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最終章 薔薇魔女のキセキ

番外編1 お茶会と言う名の××会なのです 後

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「お、お兄様ったらーーーーーー!!」


 ――やっぱり、とんでもないスパダリだったーーーーーー!! ぐおおおおお!!
 
 
 真っ赤になって悶絶するレオナに
「さすがフィリ様ね」
 うんうんと頷くシャルリーヌ。
「わたくし、本当に夢だと思っておりました」
 フランソワーズは、思い出して両頬を押さえながら、クネクネしている。

 が、途端に居住まいを正す元公爵令嬢は、真剣な顔でレオナに向き直り
「ですからその、わたくしの母が、レオナ様にしたことは」
 と切り出した。
「え? ああ、そのこととフランソワーズ様とは、無関係よ?」
 だがレオナは、ケロリだ。
「だからエリデ(家庭教師)は、私の手を叩いたのね~本当にあの時はびっくりしたのよ」


 ――それで前世の記憶を思い出したくらい、ね!


「……ですが……」
「あら、兄はそのことで貴女を責めて?」
「いえ。無関係だと」
「ね。それに、そんな小さなの時のことまで罪に問われるのだとしたら、私もだわ」
「え!?」
「だって私『伝説の隠密』が殺し屋として来たのに、公爵邸に招き入れたのよ?」
 レオナが笑う。
「ひっ」
「ちょお、人聞き悪いのお、レーちゃん」
 ふわ、と現れたリンジーが、仁王立ちで苦笑する。
「はい。彼がその人ですわ」
「うは。えーと、どうもー! 殺し屋やで~」
「!?!?」
「リンジー、冗談にしても」
 シャルが眉間に皺を寄せると
「すまんこって、団長夫人。ちょっとフランちゃんに言わなあかんことあってん」
「フランちゃんて、わたくし?」
「そそ。フィリ様とレーちゃんに頼まれてのー。ローゼン公爵令嬢毒殺未遂事件を調べててんな。あんさんのオカン……ガブリエラやったか。無実やで」

 ガタッ! と思わず立ち上がるフランソワーズ。

「毒盛ったメイドは、白狸のやってんな。第一夫人は跡取り産んだから、第二夫人を使ってローゼンに打撃をってのが真相やな。まー、白狸がそそのかしたんかしらんけど、自分の命まで懸けてやることかいねえ」
「なら、お母様は……」
「自分が表に出たらフランちゃんが危ないから、引き籠ってたんやと。縁談のごり押し止めるために、裏で色々動いてくれててんよ。ゲルルフの不正の証拠、提供してくれたんは、ガブリエラやねんで。ほんで、謝っとったで」
「!!」
「ようやくピオジェと離縁成立で、実家に戻れてん。フランちゃんも一緒にってことで、今日から伯爵令嬢やな!」
「そっ……」

 フランソワーズは、全身から力が抜けて、文字通り崩れ落ちた。
 リンジーが、そっとその背を支え、椅子に座らせる。
 
「よかった! じゃあ認められたのね」
 とレオナがはしゃぐ。
「伯爵令嬢なら、公爵家に嫁いでも全然違和感ないわね~」
 とシャルリーヌが微笑む。
「白狸とガブリエラの婚姻関係が破綻していたのは、明らかやったからな。十年以上別居やで。そら認められんかったら、逆にびっくりやわ」
 にししし、と笑うリンジーが差し出す書類には『移籍届』と書いてある。
「今から、フランソワーズ・ブルイエ、やな。んでフィリ様から伝言や」

 びく、とフランソワーズの肩が揺れる。

「『他に、私との結婚を躊躇うような懸念があれば、全て叩き潰すから教えて欲しい』やて」
「はう!」
「うわー! 熱烈ー!」
「お兄様ったら……」
「……ご」
「「「ご?」」」
「ございません、とお伝えくださいませ……」

 わー! とレオナとシャルリーヌが拍手する傍らで、
「あーよかった、命拾いしたでえ」
 肩から力を抜いたのはリンジーだ。
「『第三師団長として、これぐらいの問題を解決できなければ即刻……あとはわかるな?』とか言われてみいや。生きた心地せえへんでえ。たまらんっちゅうねん。ほなな!」
 黒霧とともに消えた。すぐに報告しに行くのだろう。
 

 ――そうかもだけど、自分の婚約者のために隠密使っちゃうお兄様、ちょっとアレだね!? あと、結構モノマネ似てるね!?


「よかったわねー、フラン」
 シャルリーヌが、ニコニコと言うと
「はい……ですが正直、そこまで求めて頂ける、フィリ様のお気持ちもまだ、その、信じられなくって……」
 と戸惑うフランソワーズ。
 それもそうだろう、とレオナは暴露を決意する。

「あのね、お兄様はね、一途で気の強い方がお好きなのよね。お母様もほら、あんな感じでしょう」
 
 アデリナは、氷の宰相を溺愛しつつ、顎で使うと有名だ。
 
「フランは、芯がある女性だし、あのゲルルフに対してすら、怯まなかったでしょう?」
「あ……」
「密かに、お兄様の好きな色の髪留めとか、好きなお花が描かれた扇子とか、愛用してたでしょう? それにも気づいてらしてよ」
「え! お、お見通しでしたの!?」
「「お見通し」」

 それにね、とレオナはオッホンと咳払いをする。

「ベヒモス戦で、言葉には出せなくても、お兄様を気遣っていたでしょう」
「それは……その……はい……」
「恐怖で震えているのに、目で猛烈な愛を告白されて、心が動かない男はいないと思う、て仰っていたわ。それで、『気が強いのに、一途でけなげな女性』はフィリベルト・ローゼンの好み、ど真ん中なわけなんだから」
「「ど真ん中」」
「自信をお持ちになって?」
「ありがたく存じます……レオナ様」
「いいえ。それでも不安なら、本人に確かめてね! あと、私はもう義妹よ? 様も敬語もいらないわ」
「! ふふ、そうね、レオナ!」
「あーよかったー! もうほんとどうなることかと……フィリ様、鬼気迫ってて怖すぎるって、エルも愚痴ってたのよー」

 シャルリーヌが、紅茶をごくりと飲み下す。
 レオナは、ふと気づいた。

「ねえシャル?」
「ん?」
「いつからエルって呼んでるの?」
「う」
「この際、シャルも暴露しちゃって?」
 レオナが身を乗り出すと、フランソワーズも
「それ、是非聞きたいわ! あの大層おモテになると有名な麗しの蒼弓そうきゅう様を、どうやって夢中にさせたのか!」
 と追撃する。
「うう」
「「白状しなさい」」
「ちょっと、なにこの姉妹、急に息ぴったり……」
「「ごまかさない」」
「ええ!? もう、わかったわよー!」

 フランにばっかり話させても、不公平だもんね、とシャルリーヌは紅茶のお代わりを指示した。

「あれは確か、十歳ぐらいの時かな」

 
 
 ※ ※ ※



 七歳で、レオナの『お友達』としてローゼン公爵邸に出入りするようになったシャルリーヌ。
 ヒューゴーも専属侍従となるべく修行中で、九歳年上の少し悪ぶった、だが夢へと邁進まいしんする男性は、侯爵令嬢から見ると非常に魅力的な存在に感じ――これが初恋かな、と自分でも思っていた。
 
 そのヒューゴーに対して
「おやー? ずいぶんいい気になってるみたいじゃーん」
 と度々という名目で一方的にやり込めていたのが、ジョエル・ブノワ。
 
 英雄ヴァジーム・ダイモンのパーティメンバーであった、ローゼン公爵家執事のルーカスが、一番弟子と認める存在だ。ブノワ伯爵家四男であったジョエルもまた、ローゼン公爵家の侍従として鍛えられ、王立学院の卒業と同時に王国騎士団入り。輝く蒼髪と紺色の瞳を持つ美男子は、その高い武力もさることながら、数多の浮名を流してもいた。
 遠征に行くたびに、宿に女性が群れをなす。各地に懇意の女性がいる。とても名前を覚えきれず、全員を「レディ」と呼んでいる。などなど。

 シャルリーヌからすると、十三歳も年上の「汚い大人の男」そのものだった。

「ずいぶん甘くて苦ーいねえ」
 
 ある日の、ローゼン公爵邸の中庭。
 ルーカスに剣技の指導を受けているヒューゴーを、椅子に腰掛けて眺めていたシャルリーヌ。その隣にどかりと勝手に座る、ジョエル。(レオナはなぜか、ヒューゴーの近くで腹筋に勤しんでいる。)
 
「うるさい」
「えー。僕これでも、伯爵家子息だよー?」
「だからなに?」
「いっつも僕に対してそんな態度だよねー。ひどくないー?」
「からっぽな人間を、敬う必要はないわ」
「毒舌だねー!」
「虚しくならない?」
「あのー、僕これでもだいぶ年上なんだけどー」
「年齢関係あるの?」
「……ないねえ」
「何を埋めようとしてるのかは、知らないし、知りたくもないけど。ヒューゴーを無駄にいじめるのは、やめて」
「……」
「そんなに、まぶしい? 羨ましい?」
「っ……」
「貴方って、最高にカッコ悪い。気持ち悪い」
「うはあ、傷つくー!」
「……ごめんなさい」

 シャルリーヌは立ち上がって、ぽんぽんとスカートの膝をはたく。

「ただの、八つ当たりよ」

 とっくに、分かっている。
 ヒューゴーにとって一番はレオナだし、そしてきっと、伴侶として選ぶのはマリーだ。自分は、好きな人の一番にはなれない。

「私は、余り物だから。なんとなく貴方の気持ちが分かるだけ」

 ジョエルが、キョトンとシャルリーヌを見上げているのがおかしくて、シャルリーヌは笑った。

「私、レオナのこと好きよ。貴方は? ヒューゴーのことが、好きではないの?」
「そりゃあ好きだよ。可愛い弟弟子だもんー」
「なら、すごいって言われる兄弟子になればよいのに」
「ふわあ……シャルって、すごいねー」
 ジョエルは、眩しそうにシャルリーヌを見ている。
「そう?」
「ねー、僕が心を入れ替えたら、僕のことも好きになってくれるー?」
「どうかな。ドラゴンスレイヤーとか、騎士団長とかになったら見直すかもね」
「うはー、そりゃ、大変だなあ」
 でも、とジョエルは続ける。
「んじゃなるよ、どっちにも」
 にこ、と笑う。
「ほんとかしら?」
「うん。それまで……これ、預かっててくれる?」

 ジョエルが、首から外したネックレスを差し出す。ペンダントトップの銀細工の馬蹄の上に『ジョー』と彫ってあった。

「一番上の兄貴の形見なんだ」
 ジョゼフっていうんだけどね、とジョエルは続けた。
「っ」
「僕、情けないけど、逃げてた」

 死んだ兄貴達を超えるのが、怖い。
 あの子が生きていたら、って言われるのも怖い。

「でも、シャルが好きって言ってくれるんなら、頑張っても良いかなって、今思った」

 ――ああ、なんて優しい人なのだろう、とシャルリーヌは直感で思った。ブノワ伯爵家には四人の男子がいたが、スタンピードと病で長男から三男まで亡くなってしまった。
 ジョエルは四男だが、今や唯一の跡取りだ。
 偉大な兄を超えなくてはならない。だが超えれば、兄達の扱いがおざなりにならないかを、恐れている。

「きっと、好きになるわ。それまで『ジョー』は預かっておくわね……エル」
「! うん。二人の秘密の約束。エルって呼ばせるのは、シャルだけだよ」
 ジョエルは、ぱちりとウインクをして、シャルリーヌに跪き、手の甲にキスをする。
 シャルリーヌは、初めてのその『誓い』の行為が恥ずかしく、照れくさかったが、それをジョエルに悟られたくはなかった。
 
「ふん! なってみせてよね」
「必ずや」

 決意した男の顔が美しすぎて、直視できなかったのは、シャルリーヌの秘密だ。

 それから間もなく、ジョエルの女性達との浮き名はなりを潜めた。
 破竹の勢いで魔獣を討伐しまくり、戦功でもって最年少第一師団長となり、『麗しの蒼弓そうきゅう』と呼ばれ、ブラックドラゴンスレイヤーとなり、さらに最年少副団長へと駆け上がっていくのだ。
 

 
 ※ ※ ※

 

「だから、もう呼び方戻そうって言ってるんだけど、本人が嫌なんですって」
 
  話を聞き終わって、ほう、と息を吐くレオナとフランソワーズ。
 
「圧倒的なノロケだわー」
「どこがノロケなのよ、レオナったら」
「いやだって、ジョエル兄様ったら、そんな時から? え? 十歳のシャル?」
「あ、もちろん、最初は違ってたらしいわよ。私が学院に入学する直前くらいから、ちらほら婚約話が持ち上がって来たのだけど、それを聞いて誰にも渡したくないって思ったんですって」
「のおー! やっぱりノロケじゃない!」
「シャル様すごい……」
「うぐ……あ、フラン、様いらない」
「はうっ」
「で、レオナは?」
「……はい?」
「はい? じゃないわよ。まったく。さっさと吐きなさいったら!」
「うふふ。次はレオナの番てことね!」
「うおー……」
 

 ――えーとえーと……どこから話せば!?


「とりあえず、あの黒ポンコツは、ちゃんとしたわけ!?」
「んもー、シャルったら!」
「黒ポンコツって……」
「ルスラーン・ダイモンのことよ、フラン」
「えええ!」
 フランソワーズが、衝撃を受けている。今やダークロードスレイヤーとして名を馳せている英雄を『黒ポンコツ』呼ばわりとは。
「その呼び方は、やめてあげてー」
「だって事実だし。ノロケなんてあるの?」
「あ……る……?」
「ほら、シャル、その、かなり真面目な方でしょうし、ね」


 ――フランにフォローされてるー! やっぱり友達思いよねー。


 ここはルスラーンの名誉のために! とレオナは気合いを入れた。

「ちゃんと、やる時はやる男なのよ!」
「ほーう?」と不敵な笑いのシャルリーヌ。
「まあっ」と真っ赤になりつつ、興味津々のフランソワーズ。
 
「ブルザークでダークサーペントに襲われた時は、私が力を使い切った後支えてくれたし、ホワイトドラゴンの時だって優しく寄り添ってくれて。あ! カミーユやヒューゴーにヤキモチ焼いてくれたりして」
「「へえ……」」
「リヴァイアサンとの戦いで、全滅状態で私が闇堕ちしかかった時なんてね、毅然と呼び戻してくれたわ。愛してる、一緒に生きようって何度も叫んでくれた」
「「……」」
「おまけにリンジーとヒューゴーが、決闘に勝たないと婚約を申し込ませないって言ってたらしくって。ちゃんとその決闘に勝った後に、王宮の宰相執務室に来てくれたのよ。お父様、また『だが、断る!』って言ったのに、負けずに目の前で、デートに誘ってくれたわ。その後トール湖で、ちゃんともう一度愛してるって言ってくれて……素敵だった……」

 沈黙しているシャルリーヌと、フランソワーズ。
 
「あの……なんか……だめだった……?」
「次元が違いますわね」
 フランソワーズが、ほう、と大きく息を吐く。
「んん。で? そのダークロードスレイヤー様は、結婚を申し込んでくれたわけ?」
「うっ」
「「まだなの!?」」
「いやほら、忙しいみたいで……」
「あーもう! やっぱり黒ポンコツ!」
「それはちょっと……忙しいのとお話は違うっていうか……黒ポンコツですわね」
「フランまで!?」
「ちょっと揺さぶってみたらどうなの?」
 シャルリーヌが、悪い顔をしている。
「揺さぶるって?」
「ゼルも魅力的だなーとか、この間ブルザーク皇帝陛下素敵だったなーとか」
「他の男性を褒めると、焦るかもってことね」
 フランソワーズも頷く。


 ――うぐ。そんな高度な駆け引きできないってばよ! それに……


「ルスのことだから、下手したら、決闘を申し込むんじゃないかしらね」
「まあ……それは……外交問題ですわね」
「っていうか、大陸全土滅ぼしそう」
「シャルったら!」


 ――本気出したら、できちゃうかもしれないなぁ~


「でも、良かったわ、レオナ」
 シャルリーヌが、目尻を下げる。
「ん?」
「愛してるって言ってくれたのね」
「……うん」
「良かった……夢、叶いそうね?」
「叶ったわ」
「夢って?」
 フランソワーズが、パチクリしているので、
「恋してみたい、デートしてみたい、キスしてみたい」
 とレオナが答えると。
「!」
「キスも!?」
「あっ」


 ――やっべ!


「ちょっと詳しく聞かせなさいよー!」
「え、え、羨ましい……」
「フランったら……え? お兄様まだなの!?」
「違うの。恥ずかしくって、逃げちゃった」
「「かわいい」」
「はう!」


 そうして延々と、お茶会と称した愚痴と、暴露と、ノロケ会は日が暮れるまで続き。

「うわ、まだやっとるんかいな。そろそろお開きにしーやー。フランちゃん、王宮まで送ったるわ。フィリ様、夕食一緒に取りたいて、待っとるさかい」

 報告を終えて戻ってきたリンジーに、呆れられるのであった。
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