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最終章 薔薇魔女のキセキ

〈198〉終末の獣4

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※残酷な表現があります。


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「驚いたな……」
 騎士団本部で情報収集と通信統制を行っていたフィリベルトは、途端に集まりだした情報量に目を丸くしていた。一人ではさばききれなくなってくるだろう。だが、隠密部隊である第三騎士団は全員出払っている。一人でやるしかない。
 
 ある団員が、そのフィリベルトを会議室まで呼びに来た。
 
「失礼いたします! 師団長。魔術師団本部へ移動くださいとの要請です」

 頬を上気させて、緊張しているが、
「?」
 フィリベルトのなぜだ? という顔色をすぐに読んだ。
 
「学院講師の方が、通信魔道具を強化したとのこと! 持ち歩けないので、来て頂きたいそうです!」
「なるほど、わかった。すぐに行こう」
 
 そういうことか、とフィリベルトはすぐに腰を上げた。
 バサバサと書類や道具を鞄に詰め込み始めると、その団員も手伝い、しかも黙って重い鞄を持ち、扉まで開けてくれる。
 しっかりしている所作だが、フィリベルトより年下の雰囲気だ。

「君は……従士か」
「はい!」

 マーカムで騎士団に入団するには二つの道がある。
 貴族の子息で王立学院に入学し、騎士見習いとして入団する。
 平民だが腕っぷしの強さや志の高さによって、入団試験を受けて合格する。
 前者は一定期間の訓練を受けさえすれば、騎士宣誓を経て正式に騎士となることができる。
 一方従士は厳しい訓練を経て(耐えきって)騎士見習いに昇格し、さらなる訓練と試験を経て『合格』(合格率は決して高くない)しなければ、騎士にはなれない。
 そんな大変困難な道だからこそ、アルヴァーとブロルのように、従士から騎士になった者は実力派揃いだ。

 フィリベルトは、彼の察しと手際の良さに感心した。
 緊張している様子なので、気遣って、歩きながら声を掛けてみる。

「ありがとう。名前は?」
「は! エリックです!」
「エリック。助かる」
「は、はい! こ、こ光栄です!」
「こんな状況だ。さぞ怖いだろう」
「っ、でも母ちゃんと妹……じゃなかった、母と、えっと」
「ほう。妹は何歳だ」
「八つです!」
「妹は可愛いよな。妹の名前は?」
「可愛いです! サマンサです! 守りたいんです!」
「サマンサか。良い名前だな。きっと守れるさ」
「!」

 純粋な「救いたい」という気持ちに救われたのは、フィリベルトの方だ。
 この王国を、なんとしてでも守らなければならない、と決意を新たにできた。

「よ、よか、よかったです。おれ、ほんとは、怖くて倒れそうで」
「そうか」
「でも、師団長がそう言ってくれたら、がんばれます!」
「怖いのは一緒だ。だが皆で力を合わせれば良いのだ」
「そうですね!」

 すると、ふ、と急に廊下が暗くなった。

「ちっ……ここまで浸食してきたか」
「え」
「エリック。今すぐその鞄を抱えて、魔術師団本部まで走れ。結界が弱まった。冥界獣が湧いてしまう。急げ!」
「でも師団長っ」
「全速力だ! いけ!」
「は、はい!」
 
 フィリベルトは、懐からローゼンの秘宝である魔法の杖『ティアマト』を取り出した。

「やれやれ。凍らせながら行くか……」

 呟いた公爵令息の声は、何よりも冷たかった。



 ※ ※ ※
 


 宰相執務室の地下には、隠し部屋がある。
 アザリーの刺客であったアドワに襲撃された時は、致し方なく潜ったベルナルドであったが、今は有事なので自らその部屋に降りていた。

「歴代宰相で二度もこの部屋を使ったのは、俺だけだなあ」
「王子で降りたのは、私だけでは?」

 溜息すらこもるぐらいの小さな部屋に辟易としていたが、王太子のアリスターが横でくすくすと笑うのでまだ救われている。
 安全な場所にいながらこの国の舵を取るには、ここが最適だった。
 

 さて、フィリベルトの精査後に降りてくる情報――有事には所謂いわゆるガセネタも多いのだ――は、全て有益かつベルナルド達を高揚させていた。
 
 
「アザリーとガルアダの国境にゼル君がもう到着したとはなあ。どうやったんだ? 移動魔法でも使ったのか? これで南は安泰だな」

 そのベルナルドの言葉に、アリスターが矢継ぎ早に話して答えながら、机に広げてある地図に丸を描いていく。

「信じられない速度です。カミロの通信具もまたすごい。なんと、タウィーザ殿下からもうお礼の言葉が届いています。闘神が現れれば問題ないそうです。摂政の求心力はすでに失われていますからね。ガルアダとマーカムの国境は……」
「カミーユ殿下子飼いの護衛部隊が、目を光らせてくれているんだそうだ」
「ああ! あの凄腕冒険者の二人ですね。よく知っています」
「ガルアダは冒険者ギルドの傭兵部隊を、国軍として雇いあげているだろう? あの二人にギルドで勝てるものはいないらしくてな。誰も敵にしたがらないんだそうだ」
「それはまたすごいですね。二人だけでドラゴンの眷属を倒せるそうですから、納得です」

 アリスターがまた、丸を描く。

「問題は」
「……ブルザーク、ですね」
「白狸め。俺の誘いを無視しよって」
「おや。ということは、私の誘いを取るということですね」
「賭けは俺の負けだな」
「ふふ。じゃあミレイユにもぜひ『皇帝の赤』を! 喜びますよ。レオナ嬢とお揃いがいいって騒いでましたから」
「ぐぐぐ。あれ、高いんだぞ! こうなれば、ラディに強請ってやる!」

 アリスターは、ブルザーク国境にはまだ丸を描かない。

「サシャ殿が間に合ったら、確実です」
「うむ。その報せを待つばかりだな。あとは」
「ドラゴンスレイヤー達を、信じましょう」
「ふう、そうだな」

 アリスターは、ペンを置いて近くのベッドに直接腰かけた。
 狭いので、椅子もベッドも一つしかないのだが、王族としてはかなり気安い態度だ。それほどベルナルドに気を許しているということだろう。

「それにしても――本当に驚きです」
「ん? 何がだ?」
 ベルナルドは、水差しからグラスに果実水を注ぐ。
「お気づきでいらっしゃるでしょう? マーカム周辺の友好国を全て繋げたのは、レオナ嬢ですよ」
「そうだなあ」
 ベルナルドは、果実水をごくりと飲み干して、眉尻を下げた。

 アザリーから亡命してきた『闘神』ゼルを救ったばかりか、第一王子の陰謀を暴き、周辺の者たちも全て救った。アザリー次期国王との呼び声高い『守護神』タウィーザが、レオナのことを「恩人だ!」と言ってはばからない(秘密裏に、彼自身を死蝶から救ったのもレオナだ)。戦いだけでなく、塩胡椒貿易協定という、画期的な経済協定まで実現させてしまった。

 ブルザーク皇帝ラドスラフからも求婚を受けたばかりか、貴族女性初の帝国留学を成功させてしまった。帝国学校の問題を解決し、陸軍大将子息をはじめとした友人達を、薬物汚染やダークサーペントから救い、画期的な調理魔道具まで作ってしまった。しかも皇帝だけでなく、帝国軍人や侯爵令嬢からの支持まで得てしまった。

 ガルアダではホワイトドラゴンの加護を成功させ、今や王太子とは呼び捨てしあうほど懇意の仲だ。これにより、ゼルの脚も治してしまった。

「だが、どうせまた『特別なことは何もしてません!』て言うんだろうなあ、あの娘は」
「ふふ、そうですね」
「産まれながらに『薔薇魔女』という過酷なものを背負わせてしまった、と思ったのだが……」

 
 ――いやだなあ、年かな。最近涙もろいぞ。

 
「ぐす。どうだ! この生き様は! 誰にどう言ったって、誇れるだろう!」
「ええ。そう思います」
「だからせめて平和を勝ち取って、普通の、幸せな結婚をさせてやりたいなあ」
「漆黒の竜騎士と、ですね?」
「おお? 殿下まで知っているとはなあ」
「お互いに駄々洩れですから」
「そうだなあ」
「ということは、お許しになると?」

 悪戯っぽく、アリスターが促した。

「だが、断……」

 言いかけて、はあ、今度は言えないよなあ、とベルナルドは笑った。

 
 
 ※ ※ ※
 


「ぐるるるるっはーーーーー」

 の叫ぶ口元から飛び散る唾液に閉口するジョエルは、切り結ぶのを避け、間合いを取って中距離攻撃をしようと画策していたが、うまくいかず悶々としていた。
 弓の方が魔力を乗せられる。だがゲルルフは近接戦闘が得意なため、間合いを取らせない。

「あーもー! きったねえし、服とけるしーーーーー! みんなー! もっとさがっとけーーー!」

 騎士団員たちは、躊躇いながらも戦いの場からじりじりと距離を取りつつ、囲んでいる。
 リヴァイアサンはさすが冥界の神だけあって、腕を振るわれるだけでも、その余波でダメージを食らってしまう。

 弓が有名なジョエルだが、剣の腕も超一流。
 なにせ、切りまくりすぎて辺境伯ヴァジームに「おまえは弓にしとけ」と言われたぐらいなのだ。
 だが、その弓が、性に合っていた。
 直接ほふるより、矢を放つ方が客観的でいられる――本当は誰よりも熱く、誰よりも死にたがりだったからだ。
 
「ブノオオオオオオ」
「気安く呼ぶんじゃねえ!」
「グガア!」
「伯爵家の四男坊なめんなあ! ブノワなんてな、ゴロゴロ居たんだぜええええっと!」

 兄が三人も居たのだ。
 たまたま病とスタンピードで亡くなってしまって、今はジョエルしか残っていない。そうでなければ、早々にどこかへ養子へ出されていた。そんなおまけの末っ子で、好き放題暴れていれば良かったはずだが、今やすっかり立派な後継者になってしまった。

「副団長! 魔獣がっ」
「うおっ、こっちもだ」
「湧いたぞー!」

 浮き足立つ騎士団員たちに、ジョエルは戦いながらもげきを飛ばす。

「慌てんなーっ! 予定通りだー!」
「「「「おおっ!!」」」」

「総員、落ち着いて魔法陣展開。騎士団員の補助を主任務とする!」

 ラザールが戦況を見ながら後方で、冷静な指示を出す。

「要救護者に注視! バフをかけ続けろ!」
 
「よしゃー!」
 その横で、張り切るトーマスはきっと空元気だ。

 ここには、ジンライの結界などない。
 湧いた魔獣は、直接襲いかかってくる。
 目の前で人が戦い、傷つけられ、血と怒号と悲鳴が行き交う戦場に、早変わりするのだ。

「落ち着け、トーマス」

 ラザールも実は、これ程の大きな戦いは経験がない。ドラゴン戦は、敵は一体。だが大規模な混戦は、それこそ魔法を誤射してしまう可能性が高い。
「浮ついたら負けだ。慌てるなよ。大丈夫だ」
 と部下たちに声を掛ける。
 

 事前の戦略会議で、ジョエルとラザールはこれが忍耐戦になると踏んだ。
 ベヒモスよりも強力と言われる奈落の二神目、リヴァイアサンは、火に強く土に弱い。雷神の加護を持つジンライをまた前線に、という声もあったが、騎士団員ではないからと却下した。

 初陣を担うジョエルとラザールで、敵戦力を分析し、できるだけ体力を削り、最後はドラゴンスレイヤー達の総力戦で、と絵は書いた。
 
 ――が。


「!」

 ジョエルは気づいた。徐々に敵が、ではなくなってきていることに。

「ラザーッ……」

 警告を発しようとしたが、突然声が出せなくなった。
 

 ぐぼ!
 

 息が、できなくなった。
 
 
 まさ、か、溺れている?
 ここは、王都郊外だぞ?
 まるで、水中……


 ――あ、だめだ、意識……が……


 
「グオオオオオオオ!」

 吼える黒い獣が、突如としてその質量をはち切れさせた。
 
 ぐんぐんと大きくなる体躯が、ただでさえ暗雲に覆われはじめたこの場所に、さらに濃い影をもたらす。
 もう首が痛くなるほど見上げても、その顔を見ることができない。それぐらい巨大な、かつ身体中に棘がびっしりと生えた黒いグロテスクな竜に――成った。

 の長く太い尾が、ぶお、と揺れたかと思うと、周辺の騎士団員をなぎ倒し、レンガ造りの道をえぐり、土が露出した。
 
「ジョエルッ!」
 
 遠くで叫ぶラザールの声は、もうジョエルには届かない。



 ――ごめん、シャル……



 ジョエルは、白目を剥いてどしゃり、と無造作に倒れた。
 この非現実な光景に、誰も反応ができない。

 
 ドラゴンスレイヤーが、何も出来ずに、倒れる、だと?


 ヒルバーアが封印の外に出た、今、この瞬間。
 絶望の海神は空神に狂おしいくらいに惹かれ、ゲルルフの自我をあっという間に食い尽くしたのだ。そして――

「ごば!」
「ごごば……」
「がぼがぼ」

 騎士団員の命を、生き生きと、たちまち吸い取っていく。


 そしてふい、と無造作に首を、南東へ向けた。


「まさ、か……」

 ラザールは、悟る。



「ジ、ズ……ジ、ズ……」
 リヴァイアサンが、呼ぶのは。


「空神ジズのもとへ、行くというのかっ。つまりは」



 ――ローゼン公爵邸、か!


 
 ラザールの意識も、薄くなっていく。

 
 ああ、ブリジット、署名はできそうにない……



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お読み頂き、ありがとうございました。
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