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最終章 薔薇魔女のキセキ

〈189〉とりあえず、卒業です

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 プロムでの怒涛の解決劇。学生たちの動揺はもちろんあったが、瞬時に対応した騎士団のお陰で、大きな混乱は起きずに済んだ。
 
 その場に、副団長のジョエルが居たことが非常に大きい。
 
 卒業生ひとりひとりに声を掛けるようにして周り、騎士団入団予定の者たちとざっくばらんに交流をする副団長は、学生たちの羨望のまなざしを集めた。もちろん、その隣で微笑む、仲睦まじい様子の婚約者、シャルリーヌもだ。
 怪我からの復活を遂げたアザリー王子であるゼルと、ブルザーク帝国陸軍大将子息のディートヘルムも、今後のマーカムとの交流をアピールした。そこでジンライとペトラの婚約も明かされ、祝福ムードが一気に高まった。
 
 おかげで、心が落ち着いた彼らは、それぞれの婚約者や、想いを告げたいパートナーとダンスを楽しむことができた。

 さて、レオナはというと
「お、お兄様……? あの、あの」
 動揺しつつも、隣の真っ赤な顔をしたフランソワーズと交互に見て尋ねる。
「もしか……して?」
「ああ、うん。婚約を申し込んだよ」
「え!」
「でもなんか、保留にされちゃってるんだけど。レオナからも何か言ってくれないかな?」
「保留? ほりゅう? ほりゅー!?」


 ――大事なことなので、三回も叫んじゃったよ! YOYO!
 
 
「ええ!? えっ、なんで? なんでなのフランソワーズ様!」
 

 ――ちょっとその肩を掴んでグラグラ揺らしてやりたいけど、ここは我慢だわよレオナ! あなたは公爵令嬢よ!

 
「レオナ様……が、その、お嫌なのではと……」
「へ??」
「わたくしの家は、父の行いによって廃爵になると思いますわ。致し方がないとはいえ、とても不名誉なこと。それに……わたくし個人は貴女様に、たくさんの嫌なことをしてまいりましたわ」


 ――おっほう! それで遠慮しちゃうのねー! オーゲーわかった! どんとその背中、押しちゃうよ!

 
「私が一番嫌なことは」
 レオナが口を開くと、びくっとフランソワーズの肩が揺れた。
「そうやって、私の気持ちを勝手に言われることですわ!」
「!」
「フランソワーズ様。お家のことは関係ありません。兄を愛しているかどうかです! 私は、貴女様の高貴な立ち居振る舞いは、尊敬しておりましてよ。それに」


 ――覚えてるよ。友達のために、怒れる人だって。


「とってもお友達思いなお方。あちらのお二人、いつもあなた様を慕ってらしてよ」
 伯爵令嬢ザーラと、子爵令嬢クラリッサが、祈るようにこちらを見ている。
「そのようなお方をどうして拒絶いたしましょう。歓迎いたしますわ、お姉さま」
「レオナ様……!」
「もう、妹ですからね?」
「……ううう、ごめんなさい……ううう」

 フィリベルトがようやく肩から力を抜いた。
「ああよかった。もしかしたら、断られるのかと」
 すると、キッ! といつもの強気を取り戻したフランソワーズが
「そんな……わたくしは、子供のころからずっと!」
「うん?」
「ずっと、ずっと、お慕い申し上げておりました!」
 清々しく言い切った。
「うん。ありがとう。君が貫いてくれたから、誰か一人を愛するのも良いものだなって、素直に思えたんだよ」
「……」

 かああああ、とさらに真っ赤になるフランソワーズ。
 気が強くてヒステリックではあるが、フランス人形のような整った容姿は、氷の貴公子フィリベルトと並ぶと美男美女でお似合いである。

「あー、いちゃいちゃは、あっちでやってくれないか」
 ルスラーンが、むすりと言う。
「ああルス。……お先に?」
「っ、フィリてめえ! とんでもねえ裏切りだぞ!」
「お前が遅いのが悪い」
「うっ!」
「あっはっは! 合同結婚式になったらいいんだけどねえ」

 ぐわし、とフィリベルトとルスラーンの背後から肩を抱きながらウインクするのは、ジョエル。

「ジョエル兄様!」
「ぐう!」

 だがそこで私も! とならないのが、レオナである。

「おのお幸せを、心からお祈りいたしますわ!」
「あ、のさ、レオナ」
 言いかけるルスラーンを遮って、レオナは言う。
「申し訳ございません。私、ゼルとお話しなければなりませんの。少々失礼いたしますわ」
「……そ……か」
 これは完全にフラれたに違いない、とがっくりと肩を落とすルスラーン。
 だが、レオナの本心は


 ――ゼルに、ちゃんとルスが好きだって言わなくちゃ!

 
 である。
 そして周りは、『あのドレス見ても察しないとか、どんだけ鈍感なんだ!』と、ルスラーンに哀れみの目を向けるのだった。



 ※ ※ ※



「ゼル?」
 壁際の休憩用の椅子に腰掛けて、一人静かに水を飲んでいるゼルは、さすがにしんどそうだ。
「レオナ……大変だったな」
「ううん。ゼルこそ、疲れたでしょう?」
 ゼルはタイを乱暴に外すと、大きく息を吐き、左膝をさすった。本当に疲れているようだ。
「はあ、さすがにな。だが、来られて良かった。心から感謝している。ありがとう」
「そんな! 感謝だなんて」

 正直言うと、レオナは石を握って祈っただけなのだ。
 お礼ならリサに! と言いたいところである。
 
「俺はレオナに、何が返せるだろうか」
「返す必要は」
「って考えてしまうから、ダメだ。対等な立場でレオナを愛することは、できなそうだ」
「ゼル……」
「そんな顔をするな。とっくに分かっていた。ディートも言っていただろう?」
「そんなに分かりやすい?」
「側で見ていたからな」
 
 ゼルは向かいに立つレオナの両手を取って、真剣な面持ちで見上げる。
 
「なあレオナ。俺はお前に、幸せになって欲しいんだ。例えそれが俺自身の手で、でなくとも良い。あきらめるな。遠慮もするな。思うがままに生きるレオナが、大好きなんだ」

 ゼルの金色の瞳が、シャンデリアのようにきらきらと煌めいている。この人の想いに応えられたら、誰もが幸せになれるんだろうな、とレオナは思う。それでも、レオナが選びたいのは、彼ではないのだ。
 
「ありがとう、ゼル。私もゼルが大好きよ。でもね、男性としてじゃなくて、戦友としてなの」
「うん。光栄だな」

 そして、少し躊躇ったのちに、ゼルは言った。

「……抱きしめて良いか?」
「もちろんよ」

 よ、と立ち上がるゼル。レオナは両手を広げてそれを待つ。

 ぎゅ、と正面から抱きしめられた。鍛えられた肉体と、ココナッツのような甘い香り。力強くて、熱いくらいの体温。全てを委ねたくなるような包容力を感じる。
 
「レオナ……大好きだ」
「うん……ゼル……ごめんなさい……」
 耳元で囁く甘い声に応えられないことが、レオナは切なくてたまらない。
 やがて身体を離したゼルが、困ったように笑う。
「いいんだ。だから、頼むから殺さないでくれ、て言っといてくれないか?」
「へ?」
 
 目で促されて振り向くと、殺気に満ち溢れたルスラーンが、ジョエルとフィリベルトになだめられていた。

「えーと。分かったわ?」
「なるほど、さすがに気づいてはいるんだな」

 レオナは返事の代わりに、肩をすくめて見せた。

「はあ。ほんと黒ポンコツだなぁ……もっと煽るか? だがそうなるといよいよ命懸けかな」
「ちょ、ゼルったら!」
「ははは! いつでも、俺に乗り換えて良いんだからな?」
「んもう! 乗り換えるだなんて……それに、あの人のああいう不器用で奥手なところも、好きだから」
「……そうか」
「ゼル、本当にありがとう」
「ああ。行ってこい」
「ええ!」
 レオナはゼルの手を離して、再びルスラーンのもとへと歩いていく。

「幸せになれ」
 ゼルは、じくじくとした胸の痛みとともに、その背中を見送った。



 ※ ※ ※

 

「いやあ! 離してよ! 闇魔法とか、知らないってばあ!」

 暴れて泣き叫ぶユリエは、ダンスホールの外に止めてあった格子付きの馬車内へと押し込まれた。騎士団員が馬を操り、そのまま騎士団本部へと運んでいく。ヒューゴーとテオは、馬車とは別の道を歩き出した。王宮のダンスホールからなら、本部へは徒歩で問題ないくらいの距離だ。まさに目と鼻の先である。

「極刑……ですよね……」
「王国法に基づくなら、そうだな」
「……」

 マーカム王国法では、王族に危害を加えた者は、絞首刑になる。

「あの様子では、本当に知らなかったんじゃ」
 テオとて、同級生を死罪になどしたくはない。が、王国法には誰も逆らえない。王国民である限り、王族に害を及ぼすなど、絶対にしてはならないことなのだ。
「けど、死蝶は本物だった。意図せずに使っていたのか、もしくは」
「……利用されたか、ですね」
「ラジさんは、そう言ってる。ユリエの頭じゃ、悪巧みは無理だろうから、良いように操られたんだろうと」
「ですね」
「学院長が捕まれば学生名簿の閲覧ができる。そうすれば、属性の測定結果も分かる。それで真犯人を吐ければ、恩赦おんしゃもあるだろうって」
 ヒューゴーはそう言って、慰めるようにテオの肩をぽんぽんと叩く。
「ヒュー兄さん……」
「苦しいだろうけどな。本当にに入るんなら、友人を殺す命令だってありえるんだぞ」
「……」
「とはいえ、俺は臨時所属だからなあ……あとはナジャに色々聞くと良い」
「……はい」
「とりあえず、引き渡す。収監まで見届けてから戻ろう」
「分かりま……あれ? 様子が……」
「!?」

 騎士団本部手前で、先程見送ったはずの格子付き馬車が止まっている。が、傍らに誰かが倒れ、扉が開けっ放しだ。

「おい!」
 駆け寄ったヒューゴーが、慌てて抱き起こすと、その男は胸を深く切られていて、出血が酷い。
 馭者ぎょしゃをしていたのは、騎士団員の若手。この短い距離で一体何が!? と動揺している暇はない。この暗がりだ。見失えば、捜すのは難しい。
「テオ! 逃げた! 治癒士! あと周囲を捜せ!」
「はっ、はいっ!」
「大丈夫か! 身体を見るぞ!」
 血止めをしながら、声をかける。弱々しい彼の呼吸は頼りなく、身体がどんどん冷えていく。血が失われているのだ。
「くそ! 頑張れ!」
「ぐ、すみま……」
「しゃべんな! 今すぐ治療を!」
「こ、この……え」
「ああ!?」
「この……え」

 バタバタと足音が鳴り響いてきた。
 ここは騎士団本部。もちろん、魔術師団本部も近い。
 
「おーい! どこだ! 怪我人は、どこだ!? はあ、どこだあ!」

 あの声はブランドンだな、とヒューゴーはすぐに気づき、上空に火の玉を放り投げた。

「運が良いぞ! 第二魔術師団長様だ、回復の専門家だぞ!」
「んぐ、は、は、は……」
「がんばれ! あきらめんな!」
「う、ごば」

 ごぽり、と口の端から血の泡が流れる。
 肺にまで傷が到達している証拠だ。かなり深い。
 
「っくそっ! ブランドンさん急いで! 肺まで傷ついてる!」
「! ハイヒール!」
「く、は!」
「もいっちょ! エクストラヒール!」
「!!」
「うは、すっげー」

 最高位の回復魔法。この王国で唱えられるのは、ブランドンとブリジットだけだ。イゾラ聖教会には、国王の名前で届け出ている。再三、聖教会所属にしろと言われるらしいが、その度にラザールが莫大な寄付をして逃れている。

「は! う、……」
 団員が、目を開けた。が、まだ起き上がれはしないようだ。
 
「あー、疲れた! お前、ほんと運が良かったな」
 ブランドンが、地面にへたりこんで笑う。
「俺、帰り支度してたんだぞ」
「……ありが……」
「うそうそ。間に合って良かった。テオに感謝だな。まだ起きるな。傷が開く」

 ブランドンの後からやってきていた魔術師団員たちが、担架を用意している。
 
「ゼーハー、まわ、り、ゼーハー、いません!」
 戻ってきたテオは、さすがに全速力で走り回った後で、膝に両手を突いてキツそうに肩で息をしている。
「くっそお、逃げやがったか!」
 ヒューゴーが怪我人を引き渡しながら悔しがると、
「近衛、でした」
 彼が、血が乾いて動かしづらそうな口で、あえぐように言う。
「は!?」
「近衛の、制服……」
「「!!」」

 そして彼はがくり、と意識を失った。
 当然だ、致命傷を負って、急回復したのだ。精神も肉体も休息が必要だろう。
 魔術師団員たちが、そっと担架に乗せて運んでいくのを見ながら、
「近衛騎士が、逃がした?」
 ヒューゴーが独り言のように発すると
「……なら納得です。いくらなんでも、このわずかな時間で騎士団員に致命傷を与えて、痕跡を残さず逃げるなんて」
 テオが同意した。
「だな」

 マーカムの近衛騎士は、いわゆるエリートだ。家柄も、容姿も、腕前も、超一流の選りすぐりしかなれない。

「ち。アザリーん時の、近衛の間諜がいるって話、まじだったかもなあ! この格好じゃ、俺は会場には戻れねえ。テオ、ジョエル副団長に伝えて、指示を仰いでくれ」
「はい!」
 ひゅん、とまたすぐに走って行くテオを見送りながら、ブランドンが伸びをした。
「追跡隊は既に指示したぞ。あの子、裏山の時も活躍してたね。優秀だなあ。無駄がない伝令で助かったよ」
「っすね……」
「ヒュー君。大丈夫だよ。誰の落ち度でもない。着替えておいで」

 いずれにせよ、血まみれタキシードでは動けない。

「はい……」

 ヒューゴーは、嫌な予感を覚えつつ、予備の制服を借りるため騎士団本部へと向かった。



 ※ ※ ※



「逃げ……た? ユリエ嬢が近衛と?」
「「「!!」」」
 
 会場に舞い戻ったテオから第一報を受け取ったジョエルは、瞬時にルスラーン、テオとともに会場を抜けて本部へと向かうことにした。フィリベルトは、公爵邸に戻りの体制を整えることにし、フランソワーズに途中退席を詫びる。

 レオナは、ルスラーンに今こそ気持ちを伝えようとしていた訳だが、こうなれば全てを片付けてから! と思い直した。そしてそれはルスラーンもであった。たとえレオナが、ゼルの元に行くと決めたとしても、この想いだけは伝えよう! 送り出そう! と密かに決意をしたのだった。
 
「レオナ……」
 シャルリーヌが、不安げにレオナの腕に寄り添う。
「大丈夫よ、シャル。マーカム王国騎士団を、信じましょう?」
「うん……そうね!」

 だが言葉と裏腹に、胸騒ぎがする。
 レオナは、ゾクゾクする背筋の寒気を感じつつも、笑顔で卒業パーティの閉幕を迎えるべく、友人達の輪に戻った。

 
 ――せめて今日だけは、平和に。


 そうして無事、レオナ達は卒業したのである。



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お読み頂き、ありがとうございました。
なんとか無事、卒業です。
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感想 44

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