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最終章 薔薇魔女のキセキ

〈182〉暴露は突然に

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 生まれ変わったら、結婚しようねって約束したのに。
 どこにいるの?
 もう待ってるの、疲れたよ……



 ※ ※ ※

 

「おはよう、ヒューゴー」
「おはようございます」
 レオナは自ら扉を開け、朝食をトレイに乗せて持ってきてくれたヒューゴーを、部屋に招き入れる。

 実は、ラザールは朝にめっぽう弱いことを知った。
 ジョエルとルスラーンは、朝の鍛錬。ヒューゴーだけが、レオナの世話をしてくれるというわけだ。

「ありがとう」
「……いえ」

 ゼルのことを気に病んで激しく落ち込んでいるヒューゴーを、ぬか喜びはさせたくなく、『百薬ひゃくやくの魔石』の話はまだしていない。カミーユも「一度倒したけど、落とさなかったんだよね。百パードロップじゃないみたいで」と眉をひそめていた。

「あの、レオナ様」
「うん?」

 テーブルにトレイを置いて椅子を引きながら、ヒューゴーが切り出す。
 
「……その……何か、見つかりましたか……? 回復魔法」

 レオナは自分が席に着いてから、ヒューゴーに隣に座るように促して、正直に話そうと心に決めた。生半可な希望は、良くない。
 
「聖属性魔法に関する書物って、イゾラ聖教会が過去に焚書ふんしょ――つまり、焼いてしまったみたいなの」
「……そ、うですか……」
「カミロ先生の研究室には、古代魔法の書物がいくつかあるのだけれど、あくまで四属性だけだったわ。闇は禁忌だからなくて、聖は焚書となると……」
「ありがとうございます、そこまで調べて下さって」
「ううん。私もなんとかしたいの」

 見舞いに行くと、ゼルはいつも、前と変わらず明るい。
 だが、必死になって演じているんだと、分かってしまう。

 レオナが行くと、時折辛そうな顔をされるので……公爵領の視察という名目は、申し訳ないがありがたかった。公務のためにしばらく会えない、と言えたからだ。

 レオナは思わずヒューゴーの手を握った。――ゴツゴツしている、傷だらけの、男の手だ。微かに震えている。

「レオナ様?」
「何が正しかったかなんて、私にも分からない」
「……」
「でも、ゼル、生きてる」
「!」
「ヒューゴーが……決断しなかったらきっと……」
「うぐ……はい……分かって、ます……」

 あそこで離脱できなければ、ゼルはメテオに焼かれ、命を落とした。それは間違いないのだ。
 それでも、ヒューゴーは後悔し続けるのだろう。

 ――それも、私たちが生きているから、だ。

「ぐし、朝から、泣かせないでくださいよ」
「うん、ごめんね。一緒にいるからね」
「……うん」

 レオナは、彼を横から抱きしめる。
 学院で魔力暴走しかけた時にしてくれた温かいハグが、どんなに心強かったことか。
 それをただ、返したい。

 ヒューゴーが座ったまま身体を向けて来たので、レオナは中腰になって正面からぎゅう、とハグし直した。相変わらずヒューゴーからは陽だまりの匂いがして、ほっとする。

 ――二人してどうやらノックの音に気づかなかったようだ。

「っ、……」

 人の気配にハッとすると、ルスラーンが紙袋を片手に立っていた。目を見開いて、何かを言おうとして口を開きかけて、また閉じて。

「あー、すまない……その、朝飯一緒に食べようかと来たんだが、返事がないから……邪魔、した……」
 そう言い捨ててきびすを返し、出て行こうとするルスラーンに
「俺が! 落ち込んでたから」
 ヒューゴーが短く言うと、その動きがぴたりと止まった。
 
「情けねえけど、慰めてくれただけだ。心配するようなことはない」
 キッパリと。そして。
「――安心しろよ、俺、結婚してっから」
 
「……は?」
 ば、とルスラーンが振り返る。
「えっ、ヒューゴー、言ってなかったの?」
 レオナがキョトンと聞くと
「だって潜入任務だし」
 ケロリと返ってきた。
「あっ、そっか」
「は……?」
「だーかーらー。俺ほんとはお前より年上だし、嫁もいるっつの」
「はああああああああああ!?」

 ルスラーン全力の叫びが、早朝の宿屋に響き渡った――



 ※ ※ ※

 

「ギャハハ! ついに言ったのかー、ヒュー」
 ジョエルが腹筋崩壊か? というぐらい馬の横でゲラゲラ腹を抱えて笑っている。
 出発準備の時に雑談がてら、ヒューゴーが護衛として学院に潜入していたことを、ルスラーンに説明したのだった。
 
「知らなかったの、俺だけすか?」
 ルスラーンが、レオナの横でむすりと拗ねている。――レオナはそれを正直可愛いと思っているのだが、とても言えない。
「そうだな。ブルードラゴンを共に倒したパーティメンバーが、しれっと学生のふりをしているのはなかなか」
 意地悪な笑みで言うのは、ラザール。
「だはー。ラジさん笑うの堪えてたでしょ。俺知ってるんすからね」
 ヒューゴーが苦笑いしながら言うと
「仕方ないだろう。制服に全く違和感がなくてだな」
 くくくく、と今度は堪えきれていない。
 
「「確かに」」
 
 ジョエルとレオナが頷くと
「おいこら! どーせ歳の割にガキっぽいて言うんだろ! くそー」
「え、ちょ、何歳……? なんすか?」
 ルスラーンが衝撃を受けたまま尋ね、
「二十五」
 しれっと答えるヒューゴーに
「うっそおおおおおおおお」
 また追加の衝撃を喰らっている。
「敬え!」
「えええええええ、五歳? 五歳も上!?」
「媚びへつらえ! このガキが! へたれ!」
「ええええ……急に年上ぶる……」
 
「んふふふふ」
 レオナが思い切り笑うと、ヒューゴーもルスラーンも眉尻を下げた。
 
「ヒューゴーはね、私が六歳の時に専属侍従になってくれたの。だから、兄のような人なのよ」
 とレオナはルスラーンに改めて紹介した。
「な、るほど……だからあんなに仲良い……のか」
「そうなの。ローゼンて、なんていうかすぐハグするのよね」
「そっすねえ。閣下がなー」
「「「閣下?」」」
 ヒューゴーの言葉に、三人の男達の時が止まる。
「うん。お父様がとにかくハグ好きなのよね」
「そー。俺ですら未だに何かあると、ハグされますもん。あれどうしたら……」
「受けてあげて」
「っすよねえ」

 ――氷の宰相、まさかのハグ好き。

「ん、んんん。とーにかく出発するかー」
 ジョエルの言葉で、皆馬に乗り始めるが、


 ――こんなに締まらない、ドラゴン討伐でいいのかなー?


 独りジョエルは苦笑するのであった。



 ※ ※ ※



「やあ、おはよう」

 金鉱山の入口で、昨日と同じ二人の護衛を伴って既に待っていたカミーユは、キラキラしい王太子オーラを薄汚いローブに隠していた。
「見てこれ! 街で買ったんだー」
 
 ジョエルは、その苦笑を口の中で噛み砕いているのだが、レオナはしっかりとそれに気づいている。ここは私が対応せねば、と気を取り直し――

「おはようございます、殿下。お似合いと言いたいのですが、着なれてらっしゃらないですわ」
「そういうレオナ嬢もね! でもドレスじゃなくても可愛いね!」
「……っまあ、ありがたく存じますわ」
「そこまで、エスコートさせてね」
 カミーユの差し出す手を断る理由がない。
「光栄ですわ」

 二人の背後で
「おーいルスー。その苛立ちはドラゴンにぶつけようぜえ」
「っす」
「ふむ。私の魔力も調子が戻ったようだぞ。暴れて良い」
「おー? まさかのラジも、イラついてる?」
「……馴れ馴れしすぎだろう」
「んはー、まさかラジさんまで……さすがレオナ様」
 と、男達がもだもだしていると
「おーい! 置いてくよー?」
 さらにヘイトを集めるカミーユは、さすがとしか言いようがなかった。


 
 ※ ※ ※

 

 鉱山崩落事故後は、調査以外の人の出入りがないため、ドラゴンの住処へ続くというその道無き道は、砂利と岩に足を取られつつ進まなければならなかった。
 
 舞い上がる砂埃に、目が涙で滲んで、足も滑る。
 レオナがこそりと
「カミーユ、ごめん」
 と言うと、
「うん、僕じゃ大変だね……おーい」
 振り返って
「足元が悪いみたい。レオナ嬢をお願い」
 大声で呼んでくれた。
 
「ね、もし真っ先にルスラーンが来たらさ。僕の言ったこと、信じてね」
 と囁くので、レオナの頬がまた赤くなる。幸い今日は、ローブのフードを被っているし、鉱山の中は暗い。見とがめられることは、ないだろう。

 ざ、ざ、と足音が近づいてくるのだが、とても振り向けず……

「はい。頼むね、ルスラーン殿」
「!」
「……は」
「ね? レオナ嬢」

 暗がりでも、バチン! と音がするほどのウインクだ。

「? 大丈夫か?」
「! え、ええ!」


 ――んもー! カミーユったら! 余計なこというから意識しちゃうじゃない!
 

「……手を」
「……はい」


 ――あー、心臓って、そんな動くのね? バックバクだわ、自分で自分にドン引きだわー! 不謹慎! 耐えろ!


「大丈夫だ、俺らがついてるから。そんなに肩に力入ってたら、怪我する。緊張するのは分かるけどな」
 
 低く静かで、落ち着いた声に、先程まで浮ついていた自分を恥じる。そうだ、これはドラゴン討伐なのだ。

「ええ、ありがとう、ルス」
 
 ふわふわしていた気持ちが、地に着いた。
 彼の上質な革手袋越しに感じる温もりが、心を落ち着かせてくれる。が、お互い手袋。やはり心なしか手が滑る

「いや……あー、手袋取っても良いか?」
 ルスラーンも同じことを考えていたようだ。
「はい」
 レオナは、躊躇いなく取り、手を差し出す。

 二人は、初めてお互いに素手で触れたのだった。


 ――ヤバい
 ――ヤベェ


 『『ドラゴン討伐どころじゃねぇ』』


 この時、二人の心の声が完全一致していたことは、イゾラ神すら知らないであろう。


「あ、あそこが住処の入口」
 カミーユの明るい声で、我に返る。
 ここまで到達した者にとってはお馴染みの、巨大な石扉。

「!? 眷属が、いない……?」
 ジョエルが呟くと
「オルトロスなら、二人が倒してくれたよ。はい、鍵」
「あ、りがたく……」
 ジョエルが戸惑うのも無理はない。
 眷属とはいえ、ドラゴンの門番。並の冒険者パーティでは倒せないぐらいの強さなのだが。
「僕の護衛、強いから! ここまでの道も、魔獣だらけなのお掃除してくれたんだよー」
 エッヘンなカミーユに、照れたように笑う二人のゴツイ男。
「温存していかないと、ね。あと、ここで待ってたかったし」

 カミーユの言葉に、またも全員戸惑う。

「殿下。待つ、とは?」
 ジョエルが代表して尋ねると
「見届けたいからね。あ、信用してない訳じゃないよ。何かあったら、助けたいだけ」
 ニコニコと答えた後に、びし、と表情を引き締める。
 
「世界の存亡がかかっている。頼んだよ」


 そこには確かに「王太子」が居た。
 流石である。空気が、一気に変わった。
 

「「「「は!」」」」
「はい!」
 四人の騎士礼と、一人のカーテシー。

 カミーユからジョエルが受け取ったのは、お馴染みの石扉の鍵。持ち手部分に世界樹『ユグドラシル』の紋様が刻まれ、先端にムーンストーンが埋め込まれている。

 ――いざ、中へ!



 ※ ※ ※

 

 ゴゴゴゴ……と開いた扉の隙間から漏れるのは、埃っぽい湿った空気。

 体育館ほどの大きさだろうか。
 石壁で囲まれた、巨大な洞穴のような空間。
 天窓のように空いた隙間から、陽の光がところどころに差しているが、十分な明るさではない――目に見える範囲に、ドラゴンの姿が見えないことに、一行は戸惑った。


「世界の理は光、白きユグドラシルの使いよ」
 ジョエルが、まだ見えないホワイトドラゴンに、静かだが通る声で話しかける。
「光の加護を得るため、試練を与えたまえ」

 ――シン、と静まり返っている。

「……?」
「いない……のか?」
 キョロキョロするジョエルとラザール。
「見て来ましょう」
「俺も行く」
 ルスラーンとヒューゴーが動こうとしたが
「いや、罠かもしれない」
「慎重に行こう」
 二人は、その動きを止めて、尚も気配を探る。

 レオナが「あ」と、杖の先に光を灯した。
 ぎょ、とする一行だが、レオナが光で指し示すその先に、人の姿を見つけて全員で息を呑んだ。
 

 ――女の子?
 

 真っ白な肌と、長い髪の毛の少女が、壁にできた窪みの中に横たわっていた。



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お読み頂き、ありがとうございました!
今回ドラゴン戦に入るはずが……ヒューゴーのせいで入りきりませんでした。汗
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