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最終章 薔薇魔女のキセキ

〈181〉これぞチート、です!

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 マーカムとガルアダの国境までは、馬で三日かかるところを二日で進めた。
 とにかくルスラーンが、「レオナの負担を減らしたい」と馬の魔道具を駆使して頑張ってくれた。野宿もしない、なるべく安全なルートで、宿ではヒューゴーと交代でレオナの部屋の扉前に立ってくれるという過保護っぷりである。

 もう少しで目的地というところで良さそうな木陰を見つけ、休憩を取る一行。それぞれ芝生に直接腰を下ろして、胡座をかいたり、馬を撫でたり、鞄の中身を整頓したり。
 
 ラザールは水筒をあおりながら
「……はあ……キツい……ジョエルのせいだぞ」
 と苦笑い。
「僕ぅ?」
「レオナ嬢を連れていくなど、前のお前なら断固として拒絶しただろう。どういう心境の変化だ?」
「心境も何もないよー! レオナの激怒の嵐見たら、絶対逆らえないってぇ! すっごかったんだからぁ!」
「ちょ、ジョエル兄様!?」
「「激怒の嵐」」
 馬に水を与えていたヒューゴーとルスラーンが、少し離れた場所で心なしかゾッとした顔をしているのは、気のせいか。
「四属性で吹き荒れる、バッチバチのやつだよぉー! こう、髪の毛とか逆立っちゃってさあ! ほんと魔王降臨かと……まさしく薔薇の魔王だよぉ」
「なるほど、それは見たかったな」
「ラジ様!」
「「薔薇の魔王……」」


 ――おいそこの二人! いつの間にか息ぴったりだな!


「くく。まあ、私は助かる」
「ラジ様……」

 レオナは、隣に腰掛けていたラザールの腕に、ローブの上からそっと触れてみる。
 
「レオナ嬢? 何を」
「火属性をお持ちでないのに、かなりの無理をさせてしまいましたわ……もしかしたら」

 うーん、と考えながら何かを探るレオナは、ラザールの灰色の瞳を覗き込む。豊富な魔力が煌めく、真摯な瞳。銀灰ぎんかいと呼ばれるのが分かる美しさだ。――じ、と見返されると、心の中を見透かされる気がする。が、レオナはいつからか、それを畏れなくなった。

「! なるほど。ならば……こうだな?」
「っ、まあ! ええ!」

 やがてラザールが手のひらを上に向けて差し出した両手に、レオナが自身の両手を乗せた。そうして自然と見つめ合う二人の間に、二人にしか分からない空気が流れて――数分後に二人して、ふっと笑った。なんらかの治療のような行為だったのは分かる。ラザールの魔力が再びみなぎり始めたからだ。
 だがまるで熟年夫婦のような二人の雰囲気に、ルスラーンは胸がきりきりと締め付けられる。
 
 そんな後輩の肩をいきなりガッと抱くジョエルは
「僕が言うのもなんだけどさぁ、ほんと何とかしないと、誰かにさらわれちゃうよー」
 と今だ! とばかりに耳元で煽る。
「……わか、ってます」
「レオナ、好意には鈍感だからねえ。多少強引に行かないと気づかないよー」


 ――強引て言われても、どうしたらいいか、わかんねんだよ!


 ギリギリと歯ぎしりをするルスラーンが、手に持っていた枝を握力だけでべきべきと粉砕して、おが屑にしていくのを目の当たりにしたヒューゴーは
「……うは、やべぇ……マジでなんとかしねぇと!」
 一人焦るのであった。


 
 ※ ※ ※



 ガルアダ金鉱山は、マーカムとの国境から馬で丸一日かかった。魔道具込だと百キロは走るので、現代でいう東京から熱海くらいの距離だ。

 さすがガルアダ経済を支える金鉱山とあって、ふもとには街が栄えていたが、崩落事故後は閉山の噂により人の行き来も激減してしまったそうだ。

「ようこそ! 是非ゆっくりお過ごし下さい!」

 冒険者パーティということで最も良い宿を取ったら、宿屋の主人と女将にものすごく喜ばれ、ワンフロア貸切になったぐらい、困っていたようだ。
 そのことを知って肩を落とすレオナに
「ドラゴンの住処が公になれば、また栄えるよ」
 とジョエルが慰めの言葉をくれる。

 レッドドラゴンはブルザーク帝国の火山に住んでいるが、その近くの街は冒険者向けの宿場町として栄えているらしい。ブルードラゴンのいる迷宮の街も同様であるし、破邪の魔石にあやかって、験担げんかつぎに訪れる商売人も多いのだとか。ブラックドラゴンは、マーカム辺境領(ダイモン)の天然要塞とも言える岩山に住んでいて、地元民から見守られている。――ドラゴンは、創造神イゾラの宿り木である世界樹ユグドラシルが、人々に試練と恩恵を与えるための使いとして、崇められているのだ。(イゾラ聖教会は、そんなドラゴンを討伐するなど邪悪だ! と主張しているが、事実倒さなければ恩恵は受けられないし、ドラゴンスレイヤーが闇に身を落としたという話は皆無だ。)
 
「やあ、冒険者諸君」

 ワンフロア貸し切りになったので、ガルアダ王太子カミーユがお忍びでするり、と宿にやってきても目立たずに済んだ。
 わずか二名ばかりの護衛を伴って、ふらりと現れた王太子に「我々を信頼しすぎでは」とラザールが苦笑したのは致し方ないことだと思う。

 一番広い部屋を打合せに使用することにして、護衛たちを扉前に配置して入室するや否や、カミーユはレオナの手を取り
「ごきげんうるわしゅう、レオナ嬢。今日もとても美しいね」
 と盛大なお世辞をのたまった。

 びきき、とこめかみに青筋が走るのは、ジョエルとルスラーン。ラザールは冷笑、ヒューゴーはポカンとしている。
 
「ええと、ごきげんうるわしゅう存じますわ、カミーユ殿下」
「殿下だなんて。みゆちゃんって呼んで欲しいな~、レオナちゃん」
「……えと」

 どう返したものかな、とレオナが躊躇していると
「殿下。お控えください」
 ジョエルが二人の間に割り込んだ。
 
 
 ――ジョエル兄様ーーーーー!

 
「いいじゃん。僕だって結婚したいもん」
「……節操がなさすぎでは。もう少し気品と言うものを」
「おー、言うねえ! 僕、他国の王太子だよ?」

 いきなりバッチバチである。
 ジョエルからしたら、レオナは妹も同然。『シャルリーヌがダメならレオナ』かのような、こんな節操のない王太子になど、と思うのは至極当然のことだと思うが、あからさまに喧嘩売ってる? とレオナは心配になる。

「レオナ嬢だって、婚約者はいないんだから。僕が口説こうが関係ないでしょ。こないだそこの近衛にも止められたけど」

 ちろ、と目線だけでルスラーンを見下して見せるカミーユは、『平和なオタク』とは程遠い。

「ドラゴンスレイヤーだからってみんな媚びへつらうかもしんないけど。勘違いしないで欲しいな」
「何をおっしゃるか!」
「ジョエル兄様!」

 レオナが咄嗟に止めると、ジョエルもさすがにハッとなり、「ご無礼を」と頭を下げた。

「カミーユ殿下。どうぞ我が兄代わりのジョエル・ブノワの、失礼な発言をお許しくださいませ」
「……どうしようかなあ」


 ――カミーユ?


「はあ。やだな。僕だって君たちの味方をしたくて、わざわざ来たんだよ?」
 どか、と大きな態度で近くの椅子に腰掛け、頬杖を突くカミーユを、レオナたち全員が固唾を呑んで見守っている。
「せっかくガルアダ王家の古文書に少しだけあった、ホワイトドラゴンの記録を伝えに来たんだけどなあ」
「「「「「!!」」」」」
 

 ――なるほど、わかったわ。かなりの強硬手段ね……


 レオナはそのを悟った。ならばと
「殿下。どうかこのわたくしめに免じて」
 深く、お辞儀をしてみせる。
「ふーん。じゃあ、レオナ嬢だけに教えるよ。ふたりきりにして。それで許す」
「なっ」「殿下!」「それは!」「っっ」

 全員が慌てた。ふたりきりになど、させられない。ここは宿屋の一室だ。のだ。

「かしこまりましたわ。ただし扉前に、ルスラーンとヒューゴーを立たせます」
「信用ないねえ~。ま、それでいいよ」

 全員が渋々部屋から出て扉が閉じられると――「あー、さすがに死ぬかと思ったあーーーーー!」カミーユが静かに脱力した。

「攻略法なんて、言葉のどこになにが出ちゃうかわかんないからさあ」
「そうよね……無理させて、ごめんね」
「いや、実際戦うのは君らだしさ。このぐらい命張らないとね~はは!」
「カミーユ……ありがとう」
「ううん。ね、レオナ、気づいた?」
「うん?」
「一番殺気出してたの、ルスラーンだよ」
「へ?」
「愛されてるねえ」
「そ! んなことない……」
「自覚ないのは、本人ばかりかあ。でもさ、ちゃんとそういう目で見てあげなよ。好きなのにあきらめるって、変だよ」
「……」
「薔薇魔女の宿命の重さは、僕にはゲームの設定でしかわかんないけど」

 は、とレオナが顔を上げると、目の前で王子然としたカミーユが、静かに微笑んでいた。そうか、この人は全部知っているんだ、と今さらながらレオナは悟る。

「死んだら後悔しか残らない。だろ? 僕らせっかく、こうしてここで生きてるんだから。ね?」
「カミーユ?」
「応援するって言ったじゃないか。幸せな薔薇魔女を見せてよ。見たいなあ、全部乗り越えた君の姿」
「カミー……」
「僕は。この『生』でも間違えたことをいっぱいしてきたよ。でも後悔してない。君も。後悔しないで。大丈夫、すごく愛されているよ」
「ルス、に?」
「うん。ゲームだとさ、ルスラーンって奥手すぎて、ガンガン攻めないとダメなんだよ。だから、使ってあげたくなってさ!」
「へっ、ガンガン?」
「そ。三回告白してやっと信じてもらえるんだから。いっぱい好き好き言っちゃって! ね!」
 
 ボン! とレオナの顔がゆでだこになる。

「っくっくっく。その顔、すごい可愛いね~! ずっと見てたいけど、攻略法、言わなくちゃね。長くなると僕、問答無用で斬られそうだし」
「まあ! うふふふふ」
「笑いごとじゃないよー!」
 

 ――実際、遅い! と扉を二回ノックされて。
「大丈夫!」ときちんと答えたにも関わらず。
 三回目に問答無用でルスラーンが剣の柄に手をかけたまま、なだれ込んできた。
 

「ほらね? 斬る気満々でしょ、あれ」
 その剣を指差していたずらっぽく笑うカミーユに
「んもう!」
 ボン! と再び真っ赤になるレオナ。
「……お話は、終わられましたか」
 かろうじて低い声を出すルスラーンに、
「終わったよ。明日は入り口まで僕もついていくね。じゃ」
 言い捨てて、カミーユが去っていった。

 
 ――ルスが、私のこと、好き……?
 え、そ、そうなのかな……ほんとなら、う、うれしすぎるんだけど……どうなのかな……
 
 
 攻略法を頭に入れたものの、ぼけーっとしてしまうレオナを見て、ルスラーンは「くっそ、何を話してたんだ!」と悶々とするのであった。
 

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 お読み頂き、ありがとうございました!
 おが屑、ググってみました。自分で書いておいてなんですが、枝から素手でおが屑、マジでやべぇです。笑

 
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