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最終章 薔薇魔女のキセキ

〈180〉わずかな希望

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 王宮の馬車止めに停めた、ローゼン公爵家の馬車の中。
 まだ戻らないシャルリーヌを待っているレオナは、先程までカミーユと話していた内容を、頭の中で反芻はんすうしていた。
 その隣に座っているマリーは、レオナの様子がおかしいことに早速気づいて、
「レオナ様? 何かありましたか?」
 と心配そうに尋ね、手を握る。


 ――あたたかい。
 
 この世界が、たとえゲームだとしても。
 こうしてみんなで、必死に生きている!
 何も変わらない。これからも。

 
 マリーのぬくもりが、それを改めて教えてくれたことに、レオナは心の中で感謝をした。
「ううん。ありがとう、マリー」
「レオナ様……」
「シャル、遅いわね」
「ええ……あ、今来られたようですよ」

 気配を察知したマリーが、扉を開けて馬車から降り立つと、ちょうどジョエルのエスコートで歩いてくるシャルリーヌが見えた。

「え……シャル?」
 この距離で見ても、明らかに泣いた後と思われる、真っ赤な鼻の頭と頬に、腫れたまぶた。
「……泣いた……?」


 ――中庭を散歩しただけで、なんでそんな号泣させてるのよ!


 レオナは馬車から飛び降り、腰に両手を当てて怒りを滲ませ……その感情は、炎と氷と風と雷が轟々ごうごうと渦巻く嵐を作り始めた。四属性の嵐など、薔薇魔女以外に生み出せないだろう――ジョエルはその素晴らしさに一瞬気を取られた後で、これが自分に向けられたものだと、遅ればせながら気づいた。

「レオナ! 待て! 落ち着け!」
 慌てて叫ぶが、
「ジョエル兄様、シャルに何を? 兄様といえど、許しませんことよ」
 レオナの髪の毛が風に舞って表情を隠す、まさに怒髪天。人生で一番怒っていると言っても過言ではない。
「誤解だってー!」
「誤解? こんなに泣かせといて……誤解?」
「あー! 頼むから、話聞いてくれー!」
「っっ、ふふ、レオナったら。ふふふふふ!」
「シャル……?」

 泣き腫らした顔、なのに輝いているシャルリーヌの笑顔に、レオナの嵐は引っ込んだ。それを見たジョエルは安堵し、肩の力を抜く。

「はあー、死ぬかと思ったー」
「あら? もう約束破っちゃうの?」
「ちょー、シャルー!」
「んふふふ」


 ――なんだかすっごい、イチャイチャしてるな?


「えー、おっほん。良いですか。この度わたくしジョエル・ブノワはですね、えー、シャルリーヌ・バルテ嬢に結婚を申し込みました」


 ――けっこ、ん?


「わたくし、シャルリーヌ・バルテは、そのお申し出を、お受け致しました」


 ――うけ、た……


「え!!」
「まあ! それはそれは、おめでとうございます。ジョエル様、シャル様」
「ありがとー!」
「ありがとう、マリー」


 ――婚約、した、てこと? シャルが? ジョエル兄様と?


「え……シャル……?」
「もー、レオナったら、いつまで固まってるの」

 じわじわと、ゆっくり、全身にその言葉が染みていく。
 
「こんやく……?」
「うん、そうよ! ありがと、レオナ!」
「こんやく、婚約! け、っこん! 結婚するのね! シャルうううう、おめでとおおおおおおお!」

 そしてまさに、涙腺崩壊。

「シャルううううう、よかった! よがったああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「んもう、せっかく涙止まっだの゛に゛い゛い゛い゛ありがどお゛お゛お゛お゛」

 ひし、と抱き合う二人を見て、眉根を下げる二人の大人。
 
「あーあ」
「ふふ、良いではないですか。嬉し涙なんですから」
「まーねー」
「ジョエル様は、これからが大変ですわね」
「はは、さすがマリー……うん」


 ――マリーの言う通り、王国宰相ローゼン公爵の推薦状を手にし、バルテ侯爵令嬢との婚約を後押しに、ジョエルは騎士団長就任へと動いていくのである。

 

 ※ ※ ※


 
「ホワイト、ドラゴン!?」
 フィリベルトが、その一報をジョエルから聞いた時、珍しく大きな声を上げた。

 公爵邸、応接の間。
 ローゼン公爵ベルナルド、アデリナ、フィリベルト、レオナ、とはじめに珍しく勢ぞろいしていたのは、ジョエル副団長が正式にシャルリーヌと婚約した、その挨拶対応のためだった。
 
 二人の挨拶が終わると、アデリナは空気を読んで、シャルリーヌを誘って自身の私室へと連れて行った。
 これから様々な挨拶周りや、結婚式に備えて、公爵夫人の持つドレスや小物を見てお勉強していらして、と。お礼状の書き方やその他細かいマナーなどを学ぶ予定を頭に入れましょう、とさらに言われて、シャルリーヌが別の意味で戦々恐々とすると
「あら、ガルアダ王太子妃になるよりは、かなりマシよ?」
 と笑顔で言い切ったアデリナに、男性陣のお腹の底がひゅっと音を立てたのは秘密だ。
 ――「シャルリーヌは我が子も同然よ? 彼女を不幸にしたら、わかっているわね?」と日頃から脅迫されていたのは、今や笑い話になってホッとしている。

「んんん。さて。すごい情報を得たとか? ジョエル」
 二人を見送った後、ベルナルドが切り出した。
「ええ。カミーユ王太子殿下からもたらされました。アザリー事件の引き金となった、金鉱山崩落事故で入り口が出てきた、と。調査の結果、確信を得たため依頼する、と仰っていました」

 こちらが討伐許可証です、とジョエルが出した文書を、ベルナルドはさっと読み、フィリベルトに手渡す。

「まさか、今見つかるとは……」
 フィリベルトの言葉に、全員が押し黙る。
 なんの因果か。お導きか。
「なあフィリ、なぜそんなに驚いた?」
 ジョエルが静かに尋ねると
「ホワイトドラゴンの持つ魔石は、ご存じでしょうか」
「いや……」
 ジョエルが首を振り、ベルナルドとレオナも首を振る。

 ブラックドラゴンは、黒鋼くろはがねの魔石。ルスラーンの両手剣『漆黒のクレイモア』。
 ブルードラゴンは、破邪はじゃの魔石。レオナとシャルリーヌのペンダントヘッド。
 レッドドラゴンは、赫焉かくえんの魔石。ヒューゴーの片手剣『烈火れっかの剣』。
 
 「伝承によれば、ホワイトドラゴンの持つ魔石は、『百薬ひゃくやくの魔石』と言われています。ものだ、と」

 ガタ、とレオナが思わず立ち上がった。

「なら、ゼルの脚も!」
「……落ち着けレオナ。まだそうと決まったわけじゃない。あくまで伝承に過ぎない」
 フィリベルトの冷静な声に、レオナは慌てて座り直した。
「倒すしかないってわけだな」
 ベルナルドは、真剣な瞳をジョエルに向ける。
「今までと勝手が違うぞ。何の情報もない」
「……ですが、急がねば」
「そうだな。パーティメンバーはどうするんだ?」
「僕、ラザール、ルスラーン、ヒューゴー、ナジャ」
 当然の、ドラゴン討伐パーティだがしかし。
「わたくしも!」
 誰が、レオナが手を挙げると思ったか。
「「「は!?」」」
「わたくしも、まいります!!!!」

 三人の男(曲がりなりにも、宰相、副団長、公爵令息だ)が、だらしなくぽかんと口を開けた。

 当然、レオナは公爵令嬢としての身のこなしやマナーをきっちり身につけてきたため、ベルナルドとジョエルの会話に突然割り込むようなことは、決してしなかった。
 しかも、こんな無謀な申し出をすることも。
 だから誰もその無作法を指摘はしない。が、ただ心配している。
 
「レオナ、その、簡単なことではないぞ」
「承知の上ですわ、お父様」
「薔薇魔女がドラゴンスレイヤーになったらそれ、何百年後まで語り継がれちゃうけど、いいのー?」
「そんなの知りません! わたくしは、黙って待っていられません!」
 

 ――カミーユの『前世の記憶』から『攻略方法』を聞けるのは、私しかいないのだから!


「カミーユ殿下にお手紙を。私も入国する、と」
 どんな手を使ってでも、パーティについていく。
 その決意が伝わって。

「降参」
 最初に両手を挙げたのは、ジョエルだ。
「殿下なら今日帰国だから、今から王宮行けば会えるかもよ。但し、卒業パーティにはちゃんと出なよ。シャルが悲しむ」
「もちろんですわ!」
「ってことは、明後日出立してギリギリ、か」
 フィリベルトが言うと
「うはー、またジャンが泣くなあ。ま、レオナが行くなら良かったよ。ラジ、まだ本調子じゃないからさ」
 とジョエルが苦笑した。

 ラザールは、火の究極魔法「メテオ」を自身のドラゴンスキル「ヴリトラ」に引き入れるという離れわざをやってのけたのだ。まだ魔力が完全には回復していないのだろう。

「ルスは……どうかな」
 フィリベルトが苦笑する。
「わは、反応見たいー! レオナ、当日の朝しれっと行こうねー」
「え? ええと……」
「そうと決まればすぐ準備に取りかからねば。名目の任務は、こちらで用意する」
 ベルナルドがそう言い、
「レオナ、王宮行くなら、ついでに僕の馬車乗って行きなよー」
 とジョエルも言い、この場では、うやむやになった。


 ――バタバタとカミーユに会いに行くと
「あー! 攻略方法ね。確かにあるよ!」
 とトントンとこめかみを人差し指で叩きながら、ウインクをされた。
 
「ふーむ……そうか……なら僕が当日案内する方が良いかな」
「え、いいの?」
「いーよ。ガルアダの古文書うんぬん、適当にでっちあげて僕が説明した方が良い。なんてったって、ずっと見つかってないドラゴンだからね」
 ニヤリ、としてから
「応援してるし?」
 とからかった。
「カミーユー!」
「うそうそ。頑張ってもらいたいのはほんと。言ったでしょ、僕は平和なオタクなんだよ。世界滅亡なんて、見たくない」
「……!」
「とはいえ、僕が動くとなるとちょっとめんどいから。レオナ嬢とデート、て言うけど許してね」
「……分かったわ」

 シャルリーヌの次はレオナか! となっても平気なのだろうかと心配になるが
「大丈夫だよ、僕、こんなキャラだし」
 キラリン、とまたウインクされた――
 
 

 ※ ※ ※

 

 弾丸ドラゴン討伐ツアーは、順調にいっても卒業パーティの二日前に帰ってくる強硬スケジュール。

 卒業確定した学生達にとっては、プロムの用意や、卒業後進路のための勉強期間(花嫁修業含む)になっているとはいえ――「え、レオナさんどこ行くんすか?」などと、ジンライに屈託なく聞かれると、目が泳いでしまう。

「ちょっと、公爵領の視察にね」
 フィリベルトが考えた言い訳は、これになった。
 であれば、ヒューゴーが護衛で不在になっても、不自然ではない。

 一方、ジョエル、ラザール、ルスラーンという三人の主戦力が抜けることを知ったジャンルーカは「シモンをこき使います」と割と無慈悲なことを言っていた。本人は「はうっ」と喜んでいたので、大丈夫だろう。
 
 ナジャはというと
「そのメンバーなら、わいはいらんやろ」
 と断った。
「ナジャ君……?」
「レーちゃんと旅したいけどな。わいも忙しいねん。ほなな」
 覆面で、素っ気ない彼の表情が分からないことに、レオナは一抹の不安を覚えた。が、テオ、ユイとスイが「ご心配なく。大丈夫ですよ」と送り出してくれた。


 長い馬の旅は、さすがにレオナ一人では無理だろうということで、ルスラーンの馬に相乗りさせてもらうことになった。

 
 結局公爵邸に集合して、いざ出発という時に、ヒューゴーの後ろに乗ろうとするレオナを見たルスラーンが
「は? いや、は?」
 ととんでもなく動揺し、さらにマントの下に明らかに急いで揃えた旅装を着込んでいるのを見て、頭を抱えて
「行くなら、俺の馬に乗れ」
 と譲らなかったのだ。

「ルスの馬は、力持ちだからさー、そうしなよ」
 ジョエルが言い
「うむ。私は馬は苦手だし」
 とラザールが言い
「助かります。俺の馬、借り物なんで」
 とヒューゴーが言い。

 つまりは、満場一致なわけだが。

「あ、あ、あの……宜しくお願いします」
「……ん」


 ――怒ってるーーーー!


 この強行突破に、かなりご機嫌斜めな、ルスラーン。
 レオナが動揺すると
「気にしなくていーよ、レオナ」
 ジョエルがニヤニヤしながら
「そいつ、なんで俺に教えてくれなかったんだ! て拗ねてるだけだからさー」
「へ?」
「ぐ」
「だーいせーいこーう!」

 うっひゃっひゃっひゃっひゃー!

 笑いながら馬を駆っていくジョエルに、副団長としての気品はゼロである。

「くっそ」
「ルス、あの、ごめんね? ジョエル兄様が……」
「……どうせ俺を驚かそうとか言ったんだろ」
「うん……」


 一緒にいられるなら、なんでもいいけどな。


 不安げな深紅の瞳を見下ろして、
「しっかり捕まってろよ」
 ぶっきらぼうに言うしかできない自分が少し、嫌になるルスラーンだった。



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お読み頂き、ありがとうございました!
カミーユ、明るいオタクです。
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