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最終章 薔薇魔女のキセキ
〈179〉この世界は
しおりを挟む「何が良いかな……七つ集めて願いが叶うのは、何てボール?」
――!!!!
「……ドラゴン」
「よし。念のためもうひとつぐらい……えーっと」
「っ、では私が。ミルクティーに入れるお菓子で、黒いつぶつぶのもちもちした……」
「ぐは! かろうじて知ってるー! タピオカ!」
――カミーユも、異世界転生者だ!
二人のよく分からないやり取りと、驚いている様子に、ジョエルとシャルリーヌが戸惑っている。
先に我に返ったのは、カミーユだ。
「んん! ごめんごめん、僕の大好きな物語を、レオナ嬢も読んでいたことが分かって、思わず大大大興奮しちゃった」
「はあ」
「そ、うなんですのね」
「ごほん。というわけでジョエル殿。ホワイトドラゴンの住処へ行く許可証を、今日は持ってきた。これでなるべく早く討伐に行ってくれないかな。時間がないだろう?」
「っ……殿下、どこまでご存知ですか」
「これでもガルアダ王太子だよ? 知識として、神話や伝承は学んできているんだ。ベヒモスのこともね。奈落の三神なら、まだ次のが出てくるだろう? そのために」
「ユグドラシルの加護が必要」
「その通り」
カミーユが懐から出した封筒には、ガルアダ王国の封蝋がしてある。
「どうか秘密裏かつ迅速に頼むよ。僕だって、世界を滅亡させたくはないんだ」
「……見返りは、何をご所望でしょうか?」
封筒を受け取りながら、硬い表情でジョエルが尋ねると
「うーん。世界の平和って言いたいんだけど、かえって信用ならないよね……じゃ、もし取れたらホワイトダイヤ」
ホワイトドラゴンが持っているという、伝説の宝石だ。
無限の富をもたらすと言われている。
「承知つかまつりました」
「ふふ。良かったね、シャル嬢。これからは友人として仲良くしてくれたら嬉しいな。旦那様が許してくれたら、だけどね」
「! 殿下っ」
「……へ?」
ニコニコするカミーユと、表情を引き締めるジョエル、ポカンなシャルリーヌ。
「さ、用は済んだからお茶会はお開き。二人でお庭デートしてきなよ。ねね、レオナ嬢、物語の続きを話したいなあ」
さすが破天荒王太子。
全部すっ飛ばしてくれる。
ジョエルとシャルリーヌの気持ちが、全く追いついていない。
「それとも、やっぱり僕とお散歩する?」
ニヤリとカミーユが言うと、ジョエルがす、と立ち上がった。
「っ、シャル……行こう」
「あの、は、はい」
シャルリーヌは戸惑いつつも、ジョエルの差し出した腕を取ることにしたようだ。
――二人が温室から出ていくのを目で確認してから、カミーユがレオナに向き合う。
「驚いたなー。けど納得。あ、ニホンジン、だよね?」
「っ、はい」
「敬語とか、なしにしよ」
「そうね……あの、お茶、淹れ直しても?」
「おー、嬉しい! サンキュー」
レオナは、さっと立ち上がってポットに湯を足した。
仕草はいつも通りだが、心臓はずっと早鐘を打っている。
まさか、カミーユもだなんて……でもそういえば、オッケーとか言ってたな、と思い出す。
「サンキューなんて、何年ぶりに聞いたかしら」
「はは、僕も久しぶりに言ってみた! ねえ、レオナ嬢はさ、何歳から知ってた? 前世のこと。で良いんだよね?」
「うん、四歳の時に」
「そうかー。僕は十歳で高熱が出て思い出してさあ。それまで神童ってもてはやされてたのに、急にこんなんなっちゃって、申し訳なかったんだけど」
気楽に、皿の上のクッキーを取って齧りながら、カミーユは続ける。
「じゃあさ、このゲームのことは、知ってた?」
――ゲーム?
「やっぱ知らないか。そりゃそうだよね。だって君は僕の知ってる薔薇魔女じゃないもん」
「え?」
「この世界って、『恋する君を守り抜く』、通称コイキミっていう乙女ゲームと同じ世界なんだ。登場人物も、設定もね」
「あの」
「知らなかったなら、ショックかな」
「……でも、こうして生きてる」
自分がゲームのキャラクターとは、到底思えなかった。
「あ、ごめん! 僕の言い方が悪かったな。ゲームの世界観と同じ世界に、僕らは転生したんだと思うよ」
「な、るほど」
「僕達が、僕達の意思で考えて動いて、生きているのは間違いない。だって、いまの世界は僕の知ってるゲームシナリオと全然違うからね!」
コクコクとお茶のおかわりを飲んで、カミーユはレオナの目をじっと見据えた。
「なにせ悪役令嬢が、こんなに良い人になってるんだから」
「あく、やく」
「そ。本当なら君は、極悪非道の薔薇魔女」
「ご、くあく?」
「ヒロインに断罪されて、居なくなるはずの人」
「断罪……!」
物騒な単語が続き、息苦しくなってきた。
「でも違ってる。ずっと違和感はあったんだけどね」
「あなたの周りには、ほかにも?」
「いや、知る限りいないよ」
「そう……」
「で、どうする? 知りたい? 知りたくない?」
「え?」
「元々の、乙女ゲームのシナリオ」
分からない。が、知らないことは嫌だと思った。
「教えて」
「うん、分かった。僕、前世はオタクてやつでさ。この乙女ゲームも大好きで、攻略対象者の全ルートはもちろん、隠しステージに至るまでぜーんぶやりこんでたんだ。だからホワイトドラゴンのことも知ってたんだけど」
「攻略対象者って……そっか、乙女ゲームって、好きなキャラと恋をするのよね?」
「そそ。で、キャラの好感度に応じてルートが変わる」
「会話の選択肢で、成功したり?」
「バッドエンドになっちゃったりするわけー」
「バッドエンド、て」
「攻略失敗の、不幸な最期」
「うええ……」
カミーユが、レオナのその顔を見ておかしそうに笑う。
「美人がくだけた顔すると、破壊力ヤバイ!」
「へっ!?」
「レオナ嬢も婚約者いないよね? どう? 僕とか」
「悪いけど、好きな人がいるの」
「うはー、また秒速でフラれた! やっぱ、オタクじゃだめか~くうー!」
「そんなことないわよ……復興祭では、モテてたじゃない」
「あんな、僕の背後の宝石鉱山に群がるハイエナみたいなの、無理無理。あーあ。シャル嬢とジョエルは最初から分かってたから、いーけどさー」
「……シナリオで、てこと?」
「ちがうよ! 見てれば分かるじゃん、両思いだって。最初に言った通り、この世界は僕の知ってるゲームシナリオと全然違うんだよ。バトルステージは後からパッチで実装されたから、そのまんまみたいだけどさ。さっきのホワイトドラゴンの巣の場所とかもね」
あまりゲームをしなかったレオナも、なんとなくカミーユが言っていることは分かった。
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「モブ?」
「出番少ない脇役だよ。名前あるだけマシぐらいの。だから気楽に生きてる」
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レオナからしてみると、こうして目の前で息をして会話をしている人を、脇役などと割り切ることはできない。
「ねね、好きな人て、誰?」
「えー! 言わないわよ!」
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「この世界のこと!」
「そ。安心した?」
「カミーユ。貴方って良い人ね」
「お? 好感度上がった?」
「ええ!」
「じゃ、婚約してくれる?」
「……殿下」
「げ」
その、低くて凛とした声にはものすごく聞き覚えがあり。
「あーのー、えーとーあーのー」
カミーユが見たこともないぐらいに動揺して、ダラダラと冷や汗をかき始め、レオナは背筋がゾクゾクして、とても背後を振り向けない。が、その声の主が誰かは、分かる。
「ご歓談中、ご無礼を。次のご予定が詰まっておりますため、お迎えにあがりました」
「あールスラーン殿、今のはね、その」
なんだか怖くて振り向けない。
「えっととりあえず、どっから聞いてた!?」
「……良い人ね、からです」
「よりにもよって、そこからかーーーーい!」
「っっ、あの」
意を決してレオナが振り返って見上げると、久しぶりの近衛の制服のルスラーン。男らしい魅力がだだ漏れの好きな人が、近くに立っている。
――はわー、かっこよ……
思わず見とれてしまい、言葉が出てこないレオナを見たカミーユは「あの態度で気づかないって、どんだけだよ!! あー、でも恋に超絶鈍感で、奥手で、なんなら好きっつっても信じないぐらいの設定だったわ!!」と思い至り。
「あーあ、せっかく口説こうとしてたのに、邪魔するんだもんなー。わざとでしょ」
「へ!? カミーユッ……殿下、なにを……」
「ねえレオナ嬢? こんな近衛なんかほっといてさ。デートしよ」
「ちょっ」
がたり、と立ち上がったカミーユが、完璧な所作でレオナの手を取る。
「綺麗な手だね。近くに寄るとすごく良い匂いがするなあ」
――やーめーてー! もうせめて、誤解はされたくないのよ!
「髪の毛かな? 花の香りがする」
カミーユがもう一方の手で、レオナの長い髪をひと房すくって、その匂いを嗅ごうとしたその時。
「おやめ下さい」
ルスラーンが、その手を二人の間に入れて、遮った。
「未婚のご令嬢です。近すぎるかと」
「未婚てことは、僕が口説いても良いでしょ」
「っ……」
「君に邪魔する権利はない! まーでも予定あるなら諦めるか。別れの挨拶させて」
「……は」
ルスラーンは、さすがに隣国王太子にはこれ以上逆らえず、す、と脇に体を滑らせる。
レオナは、カミーユがニヤリとしているので、非常に嫌な予感がした――何かする気だ、と。
「またねレオナ嬢」
「あの、はい。ごきげんよう……」
手の甲にキスのふりをして、カミーユはそっとレオナの耳元で
「応援する。がんば!」
と囁き、案の定レオナの頬がボン! と赤くなった。
それを見たルスラーンは、殺気をかろうじて抑えてから、職務をこなすのだった――
※ ※ ※
一方。
カミーユに促されて中庭の散歩に出たジョエルは、いつ婚約を申し込もうかと悩むあまり、シャルリーヌの言葉が全く耳に入っていなかった。
「エル!」
「はっ! ごめん、なに?」
「んもう。ずっと呼んでたのに」
慌てて、左目を隠すように伸ばしている前髪を耳にかけながら、シャルリーヌを振り返る――いつの間にか、数歩離れたところで立ち止まっていたシャルリーヌの頬が、ぷうとふくれている。
幼い頃はただ可愛くて。いつから女性として見るようになったんだろう、とジョエルの思考がまた飛んでいく。
「具合でも悪いの? 様子が変だわ」
「んー……うん」
「え、具合悪い?」
「ねえシャル」
「うん?」
「大好きだよ」
「う……え?」
なんだか、小手先や、場面や、色んなことを考えるのは僕らしくないな、とジョエルは思った。
「僕と結婚して欲しい」
シャルリーヌの、品の良い絹の手袋をしているその華奢な手を取って、その場で跪いて。
手の甲におでこを付けて、すがるように思いの丈をぶつけた。
「ずっとずっと、君だけを愛しているんだ」
返事がなくて不安になったジョエルが、顔だけシャルリーヌを見上げると――ボロボロと静かに泣いていた。
「シャル?」
「死んじゃう……の?」
「え」
「死地、に、いく前に、て、こと?」
――そうか。
聡いシャルリーヌのことだ。
次にもっと大きな『何か』が起こるであろうことは、周りの雰囲気で悟っているのだろう。
あえて聞かずに、黙って寄り添う。
バルテ家は、代々『武』とともに歩んできた家だ。女性を強く育て、戦地へ赴く主人のために、家を守ってきた。
「違うよシャル」
ジョエルは、跪くのをやめて、立ち上がった。
「戻ってきたいんだ。シャルの――僕の大切で愛しい人の元に。だから」
ボロボロ落ちていくシャルリーヌの涙を、ジョエルは両手の親指でぬぐいながら、笑う。
「シャルが家で待っててくれたら、頑張れるなあって」
「絶対、帰ってくる?」
「うん」
「死なない?」
「死なないよ」
「嘘つき!」
「えぇ……」
「死んだら、許さないんだから!」
「うん、許さないで」
「エル」
「うん?」
「わたくしも、ずっと、ジョエルだけを愛してる……」
「うん」
シャルリーヌが、ぎゅう、と抱きついてきて。
ジョエルもぎゅう、と抱き返すと、シャツが涙で温かく濡れることすら――愛おしくて。
「シャル……やっと言えた……」
「わたくしもよ……」
自然と、見つめあう。
ジョエルが、シャルリーヌの小さな顎に手を添えると、シャルリーヌは、涙で濡れたまぶたをゆっくり閉じる。
ちゅ、と短く吸われた。
そんな、シャルリーヌにとって初めてのキスは、なんだか物足りなくて。
ジョエルは、そんなシャルリーヌの表情を見て、嬉しそうに微笑んで。
――それから、何度も、何度も。
お互いの吐く息を貪るかのような、口付けを交わした。
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お読み頂き、ありがとうございました!
良かったね、シャルリーヌ!(´;ω;`)
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