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最終章 薔薇魔女のキセキ

〈170〉卒業実習2

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「ナジャ様、これは……!」
「確実に何らかの陣です」

 ユイとスイが見つけた、スラムの魔法陣。上には、大量の人骨が積み上がっている。血肉の腐った匂いが立ち込め、何かの汁が地面を汚し、砂埃と土で覆われてはいるが――儀式が行われたことは、明らかだった。

「嫌な予感、当たってしもたなあ。痕跡からすると、四、五日経っとる」

 ナジャことリンジーは、黒装束の覆面の上から、頭をがしがしかいた。
 
「フィリ様は……実習行ってもうたか。セレスに報告入れよか」
「っ、ナジャ様! こっち! ここを見て!」
「んー?」
 
 ユイが呼ぶ場所に向かうと、指差す先に、かろうじてうっすらと、文字が残っている。

「ちょうどここでネズミが死んでたの、だから残ってた!」
「でかしたユイ!」
「うーん?」
 スイが懸命に読もうとしているが、古代文字だ。読める者は限られる。

「……!」

 それを目に入れた瞬間、リンジーが戦慄する。
「奴ら、ほんまに世界滅ぼす気や!」
「「!」」
 と、隠密三人が走り出そうとしたその時。

 ガシン。

 冷たい金属音がして――動きを透明な壁に阻まれた。
 

「しもた、結界や!」
「くっ、こっちも!」
「ダメです! 閉じ込められました!」
 

 路地裏に入り込んだつむじ風が、地面の砂を巻き上げるとそこには、結界陣のための魔石が埋め込まれていた。
 
 
 

 ※ ※ ※

 

 王宮東奥の裏山は小高く、その敷地は広く、自然に任せるままになっている。
 時々、委託された冒険者ギルドの人間が管理のために訪れたり、騎士団が巡回する他は、この地域に立ち入る者はない。
 
 周辺諸国や、国内の貴族をマーカム国王自ら招待しての『鷹狩り』は、やんごとなき男性たちの交流の場でもあり、年に数回この場所で行われていたのだが――アザリー第一王子ザウバアによる策略で、『死蝶』という闇魔法をその身に受けてしまったフィリベルトが落馬して以降、この場所は使われていなかった。今までに何度も巡回、点検が行われたことにより、例年通りに卒業実習が今日、行われることになった。

 その裏山で、朝から騎士団員・魔術師団員たちが協力して、会場づくりにいそしんでいた。
 季節は雪から花に移り変わり、雪は解けて新たな息吹が芽生え始めているが、早朝の風はまだ冷たい。
 マクシム、オリヴェル、ヤンも、会場設営に駆り出されている。先ほどから第一騎士団員であるアルヴァーとブロルの指示で、魔道具を運んだり、見学者(保護者と同級生・下級生たち)が座るであろう椅子やテーブル、パラソルの設置に忙しい。王宮からもメイドや侍従が多数派遣されてきており、軽食やお茶の準備にてんやわんやだ。

「良い場所ですね~! さすがマーカム」
 ヤンがタオルで汗を拭きながら、腰をぐっと伸ばす。重いものを何度も運んでは下ろし、の繰り返しで、既に若干の痛みが出てきた。
「自然が豊かだな」
 オリヴェルがヤンに水筒を差し出し、同じようにタオルで額の汗を拭く。三人の帝国軍服は黒地に赤いラインが入ったもので、山や森ではそのラインが目立つ。一方王国騎士団や魔術師団の騎士服はロイヤルブルー。こちらは意外と木陰や草陰だと目立たない。
「そろそろ来たようだぞ」
 マクシムが眼下を見下ろすと、馬や馬車の一団が山道を上がってくるのが見えた。
 小高い山頂にあるこの広場までは整備された道があるが、その他は自然そのもの。何か所か開かれた草原や、池のほとりがある他は、険しい草を分け入ったり、森に入っていったりしなければならない。
 
 学生たちは決められた結界範囲内で魔獣を討伐することになるが、貴族の子息にはなかなかキツい課題だ。実践的だな、とマクシムは感じた。

 魔術師団が檻に閉じ込めている魔獣は、王国内の迷宮で捕獲されたもの。
 一般の冒険者なら問題なく狩れる種類が選ばれており、狼型のヘルハウンド、鳥型のファイアバード、虫型のポイズンバタフライやワーム、最も難易度が高いものとして樹木型のトレントが運ばれてきていた。

「命を脅かしそうなのはいないけど、そこそこ手がかかる。良い選択っすね」
 ヤンが言うのに、マクシムとオリヴェルも頷く。
「でしょー。捕まえんの結構めんどいんすよ」
 アルヴァーが、その横で苦笑している。
「そそ。倒す方がよっぽど楽」
 ブロルも同意し、全員確かにな~と笑いあった。
 
 はじめは帝国軍人に対して抵抗感が大きかった騎士団員たちをなだめ、「とりあえず戦ってみりゃいんじゃね?」「腕っぷし勝負!」と腕相撲大会を開いて迎え入れてくれたアルヴァーとブロルに、マクシムたちは大変な感謝をしている。
 
 マクシムとブロルの腕相撲勝負(魔力なし)は今のところ互角。「俺とここまでやりあえる人、なかなかいないすよ!」とブロルは敬意をもって接しているし、アルヴァーも「オリヴェルさんの剣の腕はやべえ」と一目置いている。二人の態度のおかげで、騎士団内のも柔らかくなった。
「ま、でも中にはうるさい家もあるんでね。油断せず、保護しつつも手助けはしない感じで」
「緊張感もってやっていきまっしょい!」
「「「おう」」」

 アルヴァーとブロルは、体術講師として評価を担当している。
 ブルザークの三人は、その二人の補助をする形で、持ち場へと向かった。



 ※ ※ ※



「アリスター殿下」
 騎士団長ゲルルフが、うやうやしく挨拶をする。
「天気が良くて何よりだね、団長」
「は」
 国王も来たがったが、エドガーは見学だけでしょう? となだめて、アリスターだけが卒業実習の会場に向かう。エドガーは先んじて馬車で向かったそうだ。例の男爵令嬢を共に乗せて。


 ――ユリエ嬢と言ったか。何度言っても、親しいままだな……どう考えても、王族には適さないのだが。


 アリスターは、彼女はあまりにも礼儀がなってなさすぎるのではないか、と何度もエドガーに苦言を呈した。だがついに聞き入れられることはなく、むしろ兄弟仲がこじれてしまっている。
 
 
 ――兄上は、身分で差別しろというのか!
 
 
 違う、礼儀と教養の問題だ、と何度言っても「民には分け隔てなく接するべきだ」「彼女は私に癒しをもたらしてくれる存在」「頭ごなしに否定する!」と激高してしまって、毎回喧嘩別れに終わるのだ。最近はアリスターが口を開く前に「兄者とは話したくない!」と走り去られてしまう始末。
 
 アリスターは王太子だ。
 王子である頃よりも執務が忙しく、エドガーとゆっくり話できる時間が取れない。
 だからせめて、今日見学をしながら雑談できれば……と思っていたのだが。
 

「今日もべったりとはね」
「は?」
「いや、独り言だよ。ジョエルは?」
「本日は別任務にて」
「そうか」
 
 途端にむすりとする騎士団長に、こいつも大概面倒だな、と内心うんざりするアリスター。
 婚約者であるミレイユは、結婚式に備えてドレスとジュエリーを作るために、ガルアダへ帰国している。
 
「私も癒しが欲しいんだがな」

 ゲルルフの大きな背中にその声は、幸い届かなかった。

 

 ※ ※ ※

 
 

「レオナさん、ほんとに僕とで良いの?」
 テオが、広場の端で屈伸をしながら、レオナに問う。
 
 集合時間よりも少し早くやってきたレオナ達。実習に参加するのは、レオナ&テオ、ヒューゴー&ジンライの攻撃魔法実習ペアと、ゼル、ディートヘルムの体術組。ジンライ以外は剣術も取っているため、帯剣もしている。ペトラは、フィリベルト(レオナの保護者枠)、マリーとともに見学だ。

「もちろんよ! なぜ?」
「うん……ほら、僕もう侍従だし、その、やりたいように」

 ローゼンの侍従になる、という選択をしたテオは、将来が定まった。以前のように必死に騎士団入りを目指す必要性は、ない。
 
「テオとやりたいわ」
 それでもレオナは、テオと積み上げてきたものを披露したかった。卒業したら、主人と侍従になってしまうのだ。一緒に何かを成す機会など、もう訪れないのかもしれない。
「……ありがと」
 はにかむテオが心底嬉しそうで……不安だったのかな、とレオナはその胸の内を悟る。

 今日は学生達が自分で、各フィールドで待つ講師のもとを訪れて、魔獣を狩って見せるのだ。

「ラジ様は……東の池ね」

 事前に配られた資料によると、東が魔法、西が剣と体術に分かれている。それぞれの場所で結界が張られ、その中で魔獣が放たれ、学生の力だけで討伐する。「そんなに強い魔獣はいないよ」とフィリベルトは言っていたが――この独特の緊張感にのまれそうだ。

 そうこうしている間に、徐々に広場に人が集まってきた。
 特にアリスターとエドガーが到着すると、一斉に挨拶に並ぶ貴族やら、世話をし始めるメイドや侍従たちで騒がしくなった。

 騎士団長ゲルルフ、近衛筆頭ジャンルーカ、魔術師団副師団長ラザール。剣術講師のルスラーン、体術講師のアルヴァーとブロル、攻撃魔法講師のトーマスらが、それぞれ並び始めると、学生たちも装備を身につけて列になった。
 
「学生諸君!」
 声を上げたのは、騎士団長ゲルルフだ。
「本日は、諸君らの成果を存分に発揮せよ!」


 ――相変わらず、挨拶のセンスないなー


 レオナは、公開演習の時を思い出して溜息をつくが、目線の先にルスラーンを見つけて……少し心臓が跳ねた。


 ――!? もっと、強くなった?

 
 ルスラーンは、二十歳になっていた。誕生日カードを送り、中にブルザークで作った刺繍入りハンカチを入れたら、丁寧な礼のカードと金色の薔薇のヘアピンが返ってきた。実は今日、身につけている。

 以前までは少しヤンチャさやあどけなさも感じる、好青年だったのが――甘さが抜けて、精悍な大人の男性の雰囲気だ。女子学生たちが、チラチラと盗み見ている気持ちも、わかる。凛々しい、と素直に思うからだ。
 
 レオナは、ルスラーンとはブルザークの従軍キャンプ地でちらりと会って、ローゼン公爵邸でも挨拶の際に少しだけ会ったっきり。
 むしろブルザーク留学中の方が手紙のやり取りをしていて、近くにいるよりよっぽどコミュニケーションしていた気がするな、と思わず自嘲の笑みが漏れそうになる。



 ――元気そうで、良かった……!
 


 ホッと胸を撫で下ろし、挨拶を始めたアリスターに目を向け直した。


 
 前世も含めて、人生で初めての恋心を自覚して。
 薔薇魔女の宿命を知らされて。
 この身の中に、災禍の神ゼブブが居ると分かって。
 


 レオナは、普通の恋を。そしてその気持ちを伝えることを。

 

 ……既に、諦めていた――



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お読み頂き、ありがとうございました。

あまりにも大きなことを背負ったレオナは、恋を諦めていました。
ルスラーンは、どうするでしょうか。
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