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最終章 薔薇魔女のキセキ

〈169〉卒業実習1

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※災禍の神ゼブルをゼブブに改名しましたm(__)m
(ゼルとややこしいため)
 

 ※ ※ ※




 ――終末の獣がやってくる。地上を喰らう。海はその後だ。地に飢えた血しぶきを与うることなかれ。海に膿んだ過去を与うることなかれ。――



 ※ ※ ※

 

 スラムと呼ばれる、王都の裏路地の一角がある。華やかな王都という場所にも光と影があり、その影の部分だ。
 どこからか流れてきた貧しい人々が、身を寄せあって生きていた。怪しいものやガラクタ、ゴミや生き物、食べ物を盗んだり、集めたりしては細々売っている。
 そんなスラムの人間たちが、いつの間にか大量に居なくなった、と騎士団に情報がもたらされた。不穏だ! 何かの前触れか? と周辺住民が騒ぐので、シャルリーヌの義兄であるセレスタン第一騎士団師団長は、文字通り飛び回っている。

 そんなわけで、第三師団長でもあるフィリベルトは、珍しく騎士団本部にいた。
 早朝だというのに、本部の会議室へ副団長のジョエルをはじめ、近衛筆頭ジャンルーカ、第二師団長のウルリヒと共に、騎士団長ゲルルフから招集されたのだ。

「何か掴んでいないのか、隠密は!」

 腕組みをしたまま、コの字に並べられている中央の机でふんぞり返るのは、まさにゲルゴリラ(ゲルルフの陰口)。鼻息荒くフィリベルトを罵倒する。

「調査中です」
「ろくな情報なくして、何が影だ! この、役立たずどもめが!」
「申し訳ございません」

 レオナへのセクハラで、ハゲ筋肉ことイーヴォが辞めさせられてからのゲルルフ派は、勢いをなくしてしまった。その腹いせで、ずっとフィリベルトへの風当たりが強い。
 本人は「ジョエルと按分あんぶんできて良い」と笑っているが、傍から見ても眉をひそめるほどの口撃。ローゼン公爵家子息だぞ! と周囲は慌てふためくが、騎士団のトップは、あくまでも騎士団長。では、誰にも止められない。

「引き続き、鋭意調査致します」

 静かに見返す銀縁眼鏡越しの冷たい瑠璃色の瞳を、真正面から浴びたゲルルフは
「明日までに成果報告を必ず持ってこい! 必ずだ!」
 と木机を拳で叩きながら、怒鳴る。
 持ってこなければどうだというのだ。フィリベルトは脳内では毒舌、表面は忠臣、を使い分けている。
「承知しました」
「ちっ……ウルリヒ!」
「は」
「国境の様子は!」
「……変わりなく」
 面倒なので、どこの国境か? などとは聞き返さない。
 
 四人とも、当然忙しい。
 忙しい上に、このスラムの不気味な事件で、四人とも昨日から寝ていない。
 暴れるゴリラをただ見学するだけの時間が、非常にもったいない。
 見世物でもあるまいし、代わりに報告書の二枚や三枚、処理した方が万倍もマシ、と思っていたのだが――

「あんな飢えた者どもがどうなろうと、知ったこっちゃないがな!」

 ゲルルフのがなりたてたセリフに、フィリベルトは目を見開いた。
 

 ――地に飢えた血しぶきを与うることなかれ――


 ぐ、と会議室の気温が低くなった。
 
 ジャンルーカがそれを悟り、いち早く
「騎士団長。恐れながら、そろそろ朝議のお時間では」
 と穏やかに促すと
「む。国王陛下をお待たせする訳にはいかんな……今日は俺だけでいい!  ブノワも王都を調べ尽くせ! いいな!」
 と吐き捨て、ドカドカと出て行った。

「へいへーいっと……んでフィリ、何に気づいちゃったのー?」

 さすがだな、とフィリベルトは姿勢を正して、ジョエルに向き合う。
 ここでは、上司と部下だ。
 
「お告げのことです」
「レオナが見たっていう?」
「ええ。至急第三に、儀式の痕跡がないか探らせます」
「痕跡とやらが、あったとしたらー?」
「終末の獣が何か、まだ分かっていませんが……血起こしと呼ばれる儀式がありましたね? あれよりもっと強力な儀式で、『召喚』というのがあるそうなのです。ナジャが色々なことを調べた結果、今度はそれが危惧されると」

 ジャンルーカが、厳しい顔で
「召喚……以前何かの歴史本で読んだことがあります。古の神を起こすという、伝説の」
 と、ぽつりと告げた。
「そうです。『地上を喰らう終末の獣』を『地に飢えた血しぶきを与うる』ことで召喚するとしたら……」
「! そうか! スラムの人間を召喚の生け贄にしたってことかー! くっそ! それ、大当たりの予感だわー!」
「ってことは……もう手遅れ?」
 ウルリヒの問いに、ジョエルはぎゅっと目をつぶった後に見開き、机に両手を突いて、前屈みで次々と各師団長へ指示を出した。
 
「現時点では憶測に過ぎないが、既に儀式は完了したとみて備えるぞ! 第二騎士団は前線を王都近郊へ後退し、周辺諸国にはその動きを悟られるな。近衛は王宮周辺警護強化と、緊急通信魔道具の携帯を徹底してくれ。第一には人員増強をかける。魔術師団にも情報共有。特に第二師団には結界要員を確保するよう要請。第三は」
「至急儀式の箇所の特定、魔法陣があればその解析、結界魔道具の配給準備。情報入り次第、副団長に共有します」
「よし。情報精査次第、全体にも共有する体制を整えておく。団員への箝口令も忘れるな。全員頼んだぞ! 散会!」
「「「は!」」」

 
 ――まじで団長、いらねーのな~


 ウルリヒの呟きに全員が苦笑いを返す中、

「あと少しだけ待っててなー、リッヒ」

 ジョエルが、真剣な眼差しで言う。
 ジャンルーカが微笑み、フィリベルトが頷くと、ウルリヒがぴん! ときた顔をした。

 
 自然と全員で歩み寄り拳を合わせてから、それぞれの任務へと足早に向かった。
(あとでその様子をウルリヒに聞いたセレスタンは、俺もその場にいたかった! と悔しがった。)



 ※ ※ ※



 その日のレオナ達は、ハイクラスルームにいた。
 卒業実習について発表される、登校日になっていたからだ。
 
 ダンス、マナー、上級外交は、王宮で催されるお茶会や商談に実際に参加し、総合判断されるのだそうだ。行事ごとに数名ずつ、割り振られていた。
 
 教壇に立つカミロが、口頭で場所や時間、用意するものなどを通達している。学生たちはそれを一生懸命メモしていて、カミロの声の他は、静かなペンの走る音しかしない。
 テオとジンライは、一般クラスで同じように担任から説明を聞いているだろう。

「剣術、体術、攻撃魔法の実習は合同で、五日後に王宮の裏山で行います。各自で指定場所に集合。欠席及び遅刻早退は、単位が与えられませんので注意してください。また、講義を取っていない学生の見学は、自由となっています。是非応援してあげてください」

 王宮の東奥にある小高い山は、王家所有の鷹狩り場で、普段は人の出入りが制限されている。フィリベルトがアドワに死蝶を施され、昏倒した場所である。
 それを思い出してしまったレオナは、あの時のベッドに横たわるフィリベルトの顔が、フラッシュバックしてしまった。思わず顔を伏せると
「レオナ、大丈夫か?」
 ヒューゴーが、すぐに悟って気遣う。
「え、ええ……ちょっとその、思い出しちゃって……」
「だよな……無理するな、俺が聞いとくから」
「ありがとう、ヒューゴー」
 隣のシャルリーヌも、無言でそっと寄り添ってくれる。
「ありがとう、シャル」
「ううん」

 卒業実習は、その名に相応しく、実戦に近い内容で行われる。
 騎士団と魔術師団の監督の元、実力相応の魔獣が放たれ、実際に学生だけで討伐するのだ。
 講師たちは学生たちの実力、対処方法などを評価する。
 ただ倒せば良いというわけではなく、基礎がきちんとできているか、同じ班の人間と協力できるか、を見られる。――そもそも、勇気を持って対峙できるか、も大前提だ。

 レオナ達の前の席では、ゼルとディートヘルムが小声で「どんな魔獣が出るか」「どんな武器を選ぶか」などワクワクな様子で相談していて、男の子らしいな、と少し気が紛れる。その隣のペトラは、ジンライがどれに出るのかをゼルに聞いてメモしていて、ほほえましい。

「最後に、重要なことですが」

 ふと、カミロが、一際大きな声を出した。

「卒業がかかっているとはいえ、一番大切なのは皆さんご自身です。体調を整え、万全を期して臨むことはもちろんですが、決して無理はしないこと。本物の魔獣が相手です。命あってこそですよ。良いですね?」

 ごくり、と唾を飲み込む様子の学生たちに

「ま、当然騎士団がついていますから、安全なんですが」
 
 イタズラっぽく笑う。
 学生たちは、「なーんだー」とホッと胸を撫で下ろした。
 
 先日、酷い頭痛で倒れた彼は結局、公爵家を訪れなかった。薬草湯を飲んで良くなったといっていたが、フィリベルトは未だに心配している。
 
「では、質問がなければ、本日はここまで。十分に準備をしてくださいね。ごきげんよう」

 スタスタとハイクラスルームから退出する足取りはしっかりしており、ひとまず安心したレオナだったが――またちりり、と破邪の魔石のペンダントが反応した。

「!」
 ペンダントトップになっている、青い石がわずかだが熱い。

 
 ――闇魔法の、気配?


 まさか、災禍のゼブブが? と思ったレオナだったが、胸の奥は静かである。ヒューゴーやゼルも気づいていない様子に、気のせいか、と思い直した。

「当然、応援にいく!」
 突如響き渡ったその高らかな宣言に顔を上げると、ハイクラスルームの窓際最前列で、エドガーが鼻息荒く、クラスメイト達に声を掛けていた。ユリエを腕に巻き付かせたまま、
「我が王国の人材を、この目で確かめさせてもらうぞ! がんばってくれたまえ!」
 大きな声で言い、クラスメイト達はその周りに集まって拍手をしている。
 

 ――貴方は剣術どころか、体術も攻撃魔法も取っていないですけどねー
 
 
 レオナが思わず冷ややかな目になってしまうのは、許していただきたいところだ。
 
「うわー、相変わらず残念」
 ペトラは、ちょっと声が大きい。
「サイレントボウガンでもぶっ放すか?」
 ディートヘルムは悪ノリが過ぎる。
「なんだそれ! 楽しそうだな!」
 ゼル! 乗っからない!
 
「魔弾の一種でな。魔法を唱える魔獣に有効な、沈黙効果がある」
「それはすごいな!」


 ――いや、すごいな!
 
 
「やれやれ。テオを呼ぶか?」
「「!」」
 ヒューゴーの言葉にびくっとなる二人は、テオに頭が上がらない。
 結局公爵家は気を遣うと言って、ゼルの寮の部屋に転がり込んだディートヘルム。ゼル、テオ、ジンライとの共同生活を楽しんでいるのだが、テオが身の回りの世話をかなりの割合してくれているらしいのだ。怒らせると生活が立ちいかなくなるため、テオ様! なわけである。強い。ある意味一番偉い。

「だがな、我が帝国の誇る装備は、それだけじゃないんだぞ」
 気を取り直してニヤリと振り返りながら、ディートヘルムが耳たぶを指差す。
 キラリと光る銀色のイヤーカフ。デザインはシンプルだが、小さな魔石がはめ込まれていて、素敵だ。
「精神汚染を防ぐ周波を出すらしい。ペトラが作った」
「闇魔法の一部でも、防げたらと思って作ってみたの。人体実験中」
 ペトラの発言に、ディートヘルムが眉を下げる。
「人体実験なんて言うなよ」
「だってほんとのことだし?」
「急にやめたくなってきた!」
「ダメ。長期間付けて頭に悪影響がないか調べないと」
「ちょっと待て、それは聞いてないぞ?」
「……もう一般クラスも終わったかな? ジンを迎えに行こうかな~」
「おいペトラ! 話をそらすな!」
「じゃっ」
 
 さすが黒猫。逃げるのが速い。
 あっという間に出て行ってしまった。

「解呪の魔道具も、作ってもらった方が良いかもね」
 シャルリーヌが不吉なことを言うので、ディートヘルムが泣きそうな顔をし、ゼルとヒューゴーがそれを見てげらげらと笑う。

 レオナがとりあえず前の席のその耳の後ろを撫でて、
「ディート、大丈夫よ。貴方は強いもの」
 と慰めると
「頭、撫でられたの初めてだ……」
 真っ赤になって喜び。ヒューゴーが
「忘れろ!」
 と怒鳴り、ゼルが
「俺も撫でろ!」
 なんて騒ぎ、シャルリーヌが呆れ顔で二人をなだめる。

 
 ……いつもの日常ってやっぱり良いな、と改めてレオナは微笑んだのだった。



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お読み頂き、ありがとうございました!
ついに最終章の始まりです。
とはいえかなり長くなる予感ですので、まだまだお付き合いください。
宜しくお願いしますm(_ _)m
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