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第三章 帝国留学と闇の里

〈168〉蠢(うごめ)くもの

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※不快で残酷な表現があります。



 ※ ※ ※

 
 
 ジョエルが去った後、入れ違いに近衛の詰所に戻ってきたのは。

「戻りました」
「ルス。戻って早々すみませんが、椅子の発注をお願いしたいのです」
 眉を下げる近衛筆頭に、ルスラーンは壁際に置かれた壊れた木くず(椅子)を、意外そうに見やる。
「やっときますけど、何かありました?」
「あーいえ、ジョエルを煽ろうとして、その、やり過ぎまして」
「え! 筆頭、珍しいすね。見たかったっす!」
「反省してます……」
「いやあ、たまには良いですよ。副団長、やる気になりましたか?」
「どうでしょうねぇ……」
 腕を組んで、苦笑するジャンルーカの背後から
「抱えるものが大きいと、踏み出すのは難しいものです。発注は、教えてくれたら私がやっておきますよ」
 シモンが机を布巾でふきながら、笑顔でフォローする。
「すんません、シモンさん。発注用紙はここの引き出しで」
「はい、はい」
「五日に一回、ギルドの人が出入りしてるんで」
「ええ」
「これ書いて、本部に」
「んふふふふ」

 いつの間にか近寄っていたシモンに、思わず後ずさりするルスラーン。

「なんすか!?」
「いえ、今日はね、ラザール様の護衛で学院へ行ったんですよ。レオナ様は相変わらず、ゼル様やディート様に迫られていましてねえ。モテますねえ」
「そ、すか」
「一応ご報告しときますね。では」

 発注用紙を受け取ると、シモンはきびすを返してスタスタと行ってしまった。
 額に手を当てるルスラーンは、これにどう反応して良いか分からない。
 
「もしかして、まだ会いに行っていないのですか?」
「……ええ、その、はい……」

 マクシム達をローゼン公爵邸へ迎えに行った日以来、全く会っていない。
 レオナは卒業実習に向けて忙しいだろうし、自分も任務や訓練、雑用で相変わらず忙しい。

「休暇が欲しい時は、遠慮なく申請してくださいね」
「……はい」

 それらは、単なる言い訳なのだが。

 留学から戻ってきたレオナは、一層輝いて見えた。帝国軍人にも慕われ、新たな魔道具を開発し、さらに帝国名門家の学友を連れての凱旋帰国。
 その手腕に、今まで薔薇魔女と蔑んできた貴族の中にも、手のひらを返して褒めはじめる者たちが、出てきている。
 
 さらに、学院では下位貴族や下級生との交流もしているようで、勢いのある新興貴族がローゼンとの繋がりを持っていく橋渡しにもなっているらしい。

「全然追いつけないな……」

 自然と独り言が出てしまったが、本人は気づいていない。

 ルスラーンは、ブルザーク帝国での従軍キャンプ実習で、ダークサーペントに襲われるレオナ達を救った際、彼女から溢れ出た闇を目にしていた。
 同行していた隠密のナジャが『封印している』と言っていたが、膨大な力を感じ……いざと言う時に滅することができるよう、さらなる修行をしてきたし、過去の文献を調べたりしてきた。嫌悪感とかはないの? とジョエルに心配されたが、不思議と全くなく――ただただ、力になりたいと思っている。

 王国のために近衛騎士として日々まい進していく一方、その身のうちに闇を抱えている愛しい人を、自分はどう支えられるのか? と自問自答してしまい、なんとなく会いに行く勇気がわかないまま、今になってしまった。

「ルスは、真面目ですね。良いところなのですが、悪いところでもある」

 ジャンルーカが、愛用の剣を腰に差し、装備を確認しながら、眉を下げる。

「何も考えずに飛び込んだら、案外うまくいくものですよ」

 では、と詰所を出て行くその背中を、ぼうっと見送るルスラーン。

「飛び込む……てどうすれば……」

 かつてドラゴンの口に飛び込んだ男が、踏み出せずに迷っていた――



 ※ ※ ※



 横で上下する、学院長のでっぷりとした白い腹を肘でこづいて、ベッドから下りて服を着る。
 金ひげビーバーのような見た目の王立学院長は、昨晩も呼びつけてこの身体を好き放題にして……その後
「もうほとんど大人になっちゃったなあ。残念」
 と、のたまった。

 
 ――僕、大人には興味ないんだよね。君の父上に次の子頼んであってさ。やっと見つかったんだあ!
 

 笑顔で、あっという間のお役御免。
 宿が四歳の時から好き放題しといて、あっさりと。
 

 ――卒業? 知らないよ、僕。成績評価には関知してないもん。


 その前歯、へし折ってやろうか。


 ――ほらあの、学生台帳? 魔法属性とか魔力量とか書いてあるやつね。あれは、隠しといたままにしてあげるからさ。あとなんだっけ、高位クラスに無理矢理入れた子も、そのままで良いし。お金? じゃ、これあげるから。もう二度とここには来ないでよね!


 よくもまあそれで無防備に寝られるものだ、と鼻で笑う。
 こんな醜悪な獣が教育者だなんて、笑わせる。
 マーカムも、学院も、薔薇魔女も、ぜんぶ! 滅んでしまえ!!


 終末の獣、間もなく来たれり――

 
 じわり、とわき出す黒霧を、必死で我慢して微笑んだ。

 

 ※ ※ ※



「ふんふんふーん」
「楽しそうだね、ディス」
「だって、やっとだもの」

 マーカム王国、王都の繁華街には、一部スラムのような場所がある。
 第一騎士団が、治安の悪い場所として、その入口を頻繁に巡回しているものの、入り組んだ裏道は迷路のようになっていて、怪しい取引をする者や、家のない人間たちの吹き溜まりになっていた。

 サーディスとサービアは、この一角に潜んでいる。

「下ごしらえに時間かかっちゃったけど、間に合ったのが嬉しくてさ」
「あのツルツル、うるさかったね。薔薇魔女に恨み晴らすって言いながら、お金欲しかっただけだったね」
「うん、まさか王都までついてくるなんてさ。しつこくてがめついから、思わずやっちゃった。でもさすが腐っても元騎士団員だよね! こんなに生け贄調達してくれた」
「スラム潰してあげたんだから、国王には感謝して欲しいくらいだよね」

 二人の横には、うずたかく積まれた、人、人、人。
 そのてっぺんには、かつてハゲ筋肉、と呼ばれていたイーヴォが、仰向けでだらりと横たわっている。色を失った瞳は、見開いたまま。

 二人は向かい合わせに坐禅を組み、額と額、手のひらと手のひらを合わせた。手の甲には、青黒いあざが広がっている。

「「ルタ・マウナ・クータスタ」」

 息もできないほど凶悪な汚臭は、不潔だからだけではない。よく見ると、積み上げられた人の下には、何らかの魔法陣が描かれている。
 その近くで焚くのは、魅了草、別名チャームポピー。
 
「ジャムファーガス入りのご飯、美味しかったよね」
「最期にお腹いっぱい食べられたんだから、感謝して欲しいな」

 煙がそれらを覆うと、みるみる人の山が白骨化していく。

「バアルへ届けよ」
「バアルよ、冥界神よ、我らの願い」
 
「「叶たまえ」」


 ――黒い光が一筋。

 
 スラムから変な光が上がったのを見た!
 スラムのやつら、なんか減ってないか?
 などと人々は噂したが、すぐに忘れてしまった。



 ※ ※ ※



 魔術師団副師団長である、ラザール・アーレンツは、副長であるブリジット、トーマスと共に王立学院を訪れた。
 トーマスが、攻撃魔法実習を教えている際、屋内演習場の結界のほころびに気づいたからだ。
 
「ここと、あとあそこもです」
「なるほど……」
「何度か修復したのですが」
 トーマスが報告をすると、ブリジットが
「変ですわ。結界を壊すのが目的ではないようです」
 と深刻な顔を返す。
「壊すのが目的ではない?」
「ええ。魔道具か何かで、強引に結界の役目を変えようとした痕跡があります」

 ラザールが、指摘箇所を確認する。

「だが、まるで素人だ」
「ええ、副師団長の仰る通りです。少しでも知識がある者の仕業ならば、結界の変質で目的も分かるのですけれど」
「むしろ素人だから、やってることも適当。それで何をしたいのか分からないってことか……!」
 トーマスが、悔しげに歯噛みする。

 学生か、学院関係者か、騎士団か。

「とりあえず、巡回強化を申請しよう」
 ラザールは、嫌な予感に背筋が冷えるのを感じていた。

 すると、
「ラジ様!」
 背後から明るい声がし、振り返るとそこには。

「レオナ嬢」
「お久しぶりですわ!」
「久しぶりだな」

 後ろにヒューゴーとテオを従えているレオナが、制服姿で簡易なカーテシーをするのに併せて、ラザール、ブリジット、トーマスが騎士礼を返す。
 
 久しぶりに見たその魔力は……
 
 ラザールは思わず鑑定の魔道具である半眼鏡はんがんきょうを指で押し上げた。

「! その魔力は」
「さすがラジ様ですわね」

 少し、気まずそうにされてしまったので、慌てて取り繕う。

「ああいや、その、責めたいわけでは」
「ふふ。――我慢するのを、止めたのです」

 以前にはなかった闇属性が、七色に黒を加えた、夜のオーロラのように見えている。その力は強大で恐ろしいが、美しく思えた。

「そうか……体調は大丈夫か? 頭痛は……」
「うふふ、お優しい」
「うわー、副師団長、相変わらずレオナ様だけ特別扱い! ずるい! ボクにも優しく!」
「んん!」
「こら! トーマス!」

 ブリジットがまた、書類を挟んでいる板の角で、トーマスの頭を叩く。

「いだあ! 角はヤメテ!」
「まあ!」
「お気になさらないで、レオナ様。この子、お調子者なので」
「お調子者だな」
「「なるほど」」
「ちょお! その公式認定、辛い!」

 だがトーマスの明るさが、レオナをいつも助けてくれるのだ。

「いつもありがたく存じますわ、トーマス様」
「ほえ!?」
「女子学生たちからの評判も良くってよ」
 レオナが言い、素直に赤く頬を染めたトーマスに
「話しかけやすい、子犬」
「間違っても絶対叱らない、ヘタレ先生」
 ヒューゴーとテオが、追撃する。
「それ、褒めてるの!?」
「「たぶん」」
「ふくざつっ!!」

「あ、ラジ様、よろしければ、攻撃魔法のおさらいをしたくって」
 レオナが申し出ると
「ふむ。少し待ってくれるか? 結界を修復してから、存分にやろう」
 ニヤリ・ラザールのご降臨である。
「はい!」
「うおー。見たーい!」
「はあ。お調子者と私で見学させて頂きますわ」
「ぶ、ブリジットさーん!?」
「「がんばれ」」
 
 レオナは、ラザールに空間結界を直接教えてもらうことにしたのだが、ついでに移動魔法も、と特訓されたのだった。
 


 ※ ※ ※



「頭痛が酷くて起き上がれないんだ」
 カミロが、学院の休養室で辛そうな青い顔をしている。
 研究室を訪れたフィリベルトが、カミロ不在を不思議に思って探した結果、なんと倒れて運ばれたのだという。

「大丈夫そうではないですね。一人では不安でしょう。我が邸に来て頂ければ、治癒士も呼べますから」
 申し出た公爵令息に
「申し訳ない……」
 と、ただただすまなそうな、カミロは額を苦しそうに押さえている。

「あ、しまった……! フィリ、すまない」
「どうしました?」
「たぶん、研究室の鍵を掛けられていないんだ」
「!」
「君の方は大丈夫だけど、私の……」
「何か危険な物は置いてましたか?」
「大したものはないと思うが……魔石と、あ!」
「まさか」
「破邪の結界の応用で、拘束具を作っていた! 未完成だが机の上に」

 フィリベルトが宙を睨むと、影が動いた気がした。

「それは、どのような?」
「肉体ではなく魔力だけを封じるものだよ。レオナ嬢は制御できているが、そうではない人が普通に暮らせたらと思いついて、研究していたんだ。まだ調整できていなくて。拘束できるかも検証していない」
「……その話、どこかでされましたか?」
「いや。ただ、予算取得のため学院長には詳しい書類を提出している」
「そう、ですか」


 ――フィリベルトの懸念通り、その研究中の魔力拘束具は、何者かに盗まれたか何かで、紛失していた……



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お読み頂き、ありがとうございました!
昨日のジャンルーカ様がご心配だったと思いますが、ご安心ください。わざとでした♡
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