【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

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第三章 帝国留学と闇の里

〈167〉それぞれの、変化なのです

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 レオナが帰国してからの、学院生活は――

 自身の背負った宿命の重さを普段は忘れる努力をし、残り数ヶ月の学生としての責務を全うしようと、日々課題に取り組んでいた。
 八ヶ月の帝国留学を経た、残り三ヶ月。単位は認められているものの、卒業資格を満たすために課題の提出は必須なのである。

 馬術は
「お嬢、さては結構馬に乗ったべや?」
 とガイオ猟官が見抜いてくれた。ブルザークの皇都から従軍キャンプ地まで、単独で走れるくらいなのだ。これで合格をもらえないとなると、他の学生が困るだろう。
 経済学は
「幻のダイモンいちごを、氷と合わせて運搬する、その発想!」
 と太鼓判。食べたかった! とヘルマン財務官補佐にかなり言われたものの、ごめんなさい、ブルザーク皇帝に献上いたしましたの! の術で逃げ切った。
 国際政治学と魔道具理論は、サシャの兄で帝国学校担任のホンザ先生が、安心の優良成績通知(まさしく太鼓判つき)を送ってくれた。お礼に、たくさん手作り焼き菓子を送ったのだが、届いただろうか。
 
「はあ、やっぱり残すところあとは――」
「卒業実習ね」

 学院の食堂。
 今日は珍しく、シャルリーヌと二人きりのレオナ。
 ディートヘルムを含む男子たちは、すっかり打ち解けていた。体術の練習してくる! と、まだ寒いこの時期に屋外練習場で特訓の毎日を送っている。二人は元気ね、と苦笑いで見送った。ペトラは、風邪気味なので念のためお休み。
 
「シャルは……」
「ダンスとマナーは良いとして、上級外交よねー。まさか実地とは思わなかった!」

 そう、王宮での、他国の商人との商談を兼ねたお茶会に、上級外交の学生達も出席するのだという。
 その中でもシャルリーヌは、ドレスの販促を任されているそうなのだ。

「テイラーのマダム、素敵なのだけど、ほんっとに厳しくて」
 叩き込まれる様々な知識は、着ているだけでは見えてこないもの。
「やりがい、ありそうね! サロンでの話題にもなるんじゃない?」
「まあねえ……みんな、次の流行はなにか、すごく聞いてくるんだけど、正直そんなの知らないわよ! て感じ」
「うふふ、覚えるのに必死よね」
「そうなの」

 ひとしきり愚痴を言い合って、ふうとひと息つき、お茶を飲む。
 この時期の学院二回生は、講義はほぼ終わっていて課題が主になるので、割と自由なのだ。

「ねえ、レオナ……」
 シャルリーヌが、周囲を気にしてから、ぽそりと聞いてきたのは。
「フランソワーズのこと、なにか聞いてる?」
「ええ……」
 ほぼ自由登校になる、期末のこの時期に入る前から、全く姿を見なくなった、ピオジェ公爵家令嬢のフランソワーズ。
 
「エドガーとの婚約が不確定で、白狸が暴れてるみたい」
 
 父親の白狸ことピオジェ公爵オーギュストは、フランソワーズをエドガー第二王子と結婚させることに躍起になっていたが、国王は学院成績のあまりの悪さに閉口。卒業確定まで、エドガーに関する様々なことを凍結してしまった。そういう意味では、親としてまだなのかな、と勝手に思っているレオナである。

 他国の王族へ婿入りするか、公爵として一領地を任されるか、はたまた国内の高位貴族に婿入りするか。

 その将来が定まらないのは、全て本人の問題なのだが――王宮では兄ばかり厚遇されている! とアリスターに八つ当たりしまくって、全く勉強に身が入っていないらしい。

「だから、騎士団長がね……その、突撃中らしくて」
 女性のは短いのだぞ! と豪語し、ピオジェ公爵家に売り込み中。
 まったくもって、失礼な話である。
「お部屋から出てこないみたい」

 レオナは、他人事ながら溜息をつく。

 好きでもない男性に嫁げ、と強いられることが何よりも嫌で、常々父であるベルナルドに「だが、断る!」を発動してもらっているレオナなのだ。こういったことは、分かってはいてもかなり辛い話題でしかない。
 フランソワーズに想い人がいるのかどうか知らないが、高慢なものの、賢い女性だ。もし居たとして、少なくともエドガーやゲルルフではないのでは、と思っている。

「そう……残念王子とゲルゴリラなんて、私も逃げるわ」

 そういうシャルリーヌも、ガルアダ王太子カミーユからの猛攻撃を、ひらりひらりとかわしまくっている。

「シャルは、大丈夫なの?」
「それがねえ、慣れるとあの振る舞いが許せるんだから、不思議なお方よ。憎めないし、楽しい。お友達なら、良いのだけど……」
「ふふ、かなりアクの強い方だものね」
「なんとなく受け入れてしまうのが、怖いわ。それが殿下の戦略なのかも」
「シャル……?」
「ガルアダとの縁になるためだとお父様に言われたら、の覚悟はしている」


 ――そ、んな!


「シャル、それは……」
「レオナ。私はバルテ侯爵家の次女よ。政治利用されるのもまた、お役目」
「やめて! いやよそんなの」
「レオナ。。だから、大丈夫よ」

 レオナは、キリッとしたシャルリーヌの横顔を見つめた。可愛いと思っていたが、今はとても美しい。
 いつの間にか、立派な貴族の――高貴なオーラをまとっている。ガルアダ王妃、という道もまた、その瞳の先に見えているのを悟ってしまった。ファーストレディとして、シャルリーヌなら素晴らしい手腕を発揮するだろう。
 それでも、それは嫌だと思ってしまう。

「そうね、幸せは自分の心次第。けど、できれば自ら欲して、手に入れて欲しいわ」

 レオナには、今、それしか言えない。
 ――例え親友が、大切な恋心を懸命に押し込めていると知っていても。

「あら、レオナ」
 振り返るシャルリーヌの笑顔は、眩しい。
「私の性格知っているでしょう? 限界まで、やれることはやり抜くわよ!」
「シャル……! そうね!」

 微笑みあった。

 ――そうだ、人は、大なり小なり、こうして常に闘っているのだ。

「ありがとう、シャル」
「うん? どうしたの、急に」

 レオナは、小柄な親友に横からぎゅうっと抱きつく。

「いつも、助けられているわ。私はやっぱり、シャルがいないとダメなのね」
「あら、今さら気づいたの?」
「ふふ、大好きよ」
「私もよ、レオナ」
 
「……なんだか妬けるぞ」
「「ゼル!」」
「俺もいつでも大歓迎だぞ」
 両手を広げてニヤリ。
「おい、調子乗んな」
 後ろからヒューゴーが呆れた顔を出す。
「レオナさん、また落ち込んでた?」
 テオがするりと熱いお茶を持ってきてくれ、
「くそ、伏兵が強すぎる……!」
 天を仰ぐのは、それを見たディートヘルム。

 一気に四人の男子達の存在感で空気が熱くなったのは、稽古後の熱気だけではないだろう。(ちなみにジンライは、まだ居残り。)

「そーなのよ、なーんかまた一人で悩んでるでしょー?」
 ハグしたままシャルリーヌが頬を膨らませると
「なら、ぶっぱなしちまえよ」
 ディートヘルムが悪い顔をする。
「ぶっぱな?」
 レオナが見あげると、彼は親指をぐい、と後ろへやりながら
「魔術師団副師団長、見かけたぞ」
 と面白そうに言う。
「ラジ様が!?」
 今日は攻撃魔法実習はないはずだが、と思っていると
「屋内演習場の結界を、はり直しにきたそうですよ」
 テオが教えてくれた。
「はいはい、行ってらっしゃい」
 シャルリーヌがハグを解き、レオナが立ちあがると、無言でヒューゴーとテオが後ろに付き従う。
 
「なら、その茶には俺が付き合おうか? レディ」
 ディートヘルムがまだ口を付けていないお茶を指さし、
「ふふ、お願いするわ、ディート」
 シャルリーヌが笑って応える。
「ブルザークで好まれるドレスの話、だったな」
「覚えていてくれたのね!」
「当然だ、シャル。ついでに俺の好みは……」
「それはいらない」
「うぐっ、そ、そうか」
「ダーハハハハ!」
「ゼル? 何よその下品な笑い方」
「!」
「普段から王子らしく振る舞いなさい」
「うぐう……」
 小柄な令嬢にぐうの音も出ない巨体二名が、縮こまる。


 ――シャルさん、完全にライオンと虎の猛獣使いっす……! かっけぇ!


 尊敬の目を若干残しつつ、屋内演習場に向かうレオナであった。



 ※ ※ ※



 一方、王宮にある近衛騎士の詰所では。

「すっかり遠慮がなくなったよねー、ルス」
 ジョエルがジャンルーカのもとを訪れていた。
 
 通常なら、副団長が近衛筆頭を呼びつけるものなのだが、ジョエルは「都合良い方が行けばいーじゃん? くだんねー」というスタンス。だから古参に睨まれるし、若手に好かれる。

「ええ。それで我が騎士団の武力が底上げされているのですから、さすがですよ。もう英雄の息子でドラゴンスレイヤーだなんて、関係ないですね」
「レオナのお陰だねえ」

 その辺の椅子に腰掛けたジョエルは、頭の後ろで腕を組む。
 
「ずーっと、自分を殺してたからねえ、ルスはー」

 辺境伯の後継としての責務が背中にのしかかり。
 一挙手一投足が、常に英雄である父と比較される。
 自分らしく生きるだなんて、考えたこともなかった。

 だが、『薔薇魔女』という宿命を負いつつも、毅然と振る舞うレオナに惹かれ、ああなりたい、そして、唯一として選ばれたいと。初めて感じた、欲。

 その純粋な願いはまた、周りにも良い影響を与えた。

「好きな女がすごすぎるから、頑張る! て、言ってのけんだもんー。まぶしーわー!」
「そうですね……そういうジョエルは、どうするんです?」
「んー?」
「そろそろ、片膝で跪いて、忠誠でも誓ってみたらどうです?」
「んー……でもなー、僕十歳以上、年上なんだよー」
「は?」
「こき使われてるオッサンより、王妃になる方が……」

 それを聞いたジャンルーカが珍しく苛立ち、ジョエルが座りながらグラグラさせていた椅子の脚をガツッと蹴る。

「うあ!?」

 完全に油断していたジョエルはかろうじて飛び退いて、転ばずに済んでいる。代わりに、ブンッ、ガンッ! と木の椅子は遠くの壁までド派手に吹っ飛んだ。

 ジョエルは、壊れて床に倒れた椅子を見てから、怖々とジャンルーカを振り返る。――仁王立ちだ! とその迫力に思わずぶるりとしてしまう。
 
「ったく、情けない。以前ルスに言ったこと、忘れたのですか? ――結局、踏み出す勇気がないだけだろうが! 騎士団のことも、シャル嬢のことも」
「ばっ!」

 慌てて周囲を探るが、幸い誰の気配もない。分かってて言ってるか、と少し胸を撫で下ろすジョエル。

「皆が貴方を待っている。私もだ」
「! ジャン……」
「いい加減、こっちの我慢も限界なんだよ、ジョエル」

 だん、と机の上に手のひらを置いて、ジャンルーカがその美麗な顔ですごんだ。

「このまま何もしないんなら、騎士団も、シャル嬢も、俺が全部もらってやる。望み通り、一生副団長として俺の下でこきつかってやろう」
「!」
よ、ジョエル」
「あぁぁぁぁ! んもー! くっそー! ジャン、僕の性格よく分かってるなあ!」

 す、と姿勢を正して微笑むジャンルーカは、再び眉目秀麗の近衛筆頭に戻った。

「それほどでも」
「あーあ! そのギャップで、一体何人の美女を泣かしたのさー?」
「数えたことなど、ないですねえ」
「うーわ……モテすぎる男の発言だわー」
「それほどでも?」
「やだやだ。またどこぞの伯爵令嬢の縁談断ったでしょー」
「おや、反撃のおつもりですか?」
「ぐぬぬぬ、悔しいー」

「そうやって、やり合っていらっしゃるのも、珍しくて眼福ですがね」
 言いながらニコニコと、シモンが詰所に入ってきた。
 
 ブルザークではタウンハウスの執事だった(元、帝国軍諜報機関所属)わけだが、リンジーを追いかけてマーカムに移住し、その能力や見た目を買われて近衛騎士配属に。
 はじめは騎士団員たちからの反発も強かったが、問答無用! とその実力で黙らせてきた。
 
「人払い、大変でしたよお、筆頭ったら」
「ふふ、ありがとう、シモン」
「いーえ。そうやって部下の力量を抜き打ちで試すのはやめて頂きたいですねえ。なんとか言ってくださいな、副団長」
「だって、シモンだしなー」
「どういう意味です?」
「辛いのとか、無理強いとか、好きでしょー」
「あらあ」

 俗に言う、ドMなのがバレているわけである。

「まあ、容姿端麗な副団長と近衛筆頭の言い争い、大変良かったので許します」
「ちょーっと。なんか背中ゾワッとするー」
「……私もですねえ」
「んふふふ。いたしますよ?」

 シモンの微笑みに、ジョエルは完敗とばかりに、両手を挙げたのだった。



-----------------------------


お読み頂き、ありがとうございました!

ガルアダ王太子カミーユは、
〈117〉憂鬱なお茶会は、やはり憂鬱なのです~〈118〉破天荒王太子は、最強なのです

で暴れて!?おります。
ジョエル、ジャンルーカ、ルスラーンのメンズトーク回は
〈107〉メンズトークは、容赦がないのです
でしたので、振り返って頂いても(❤︎´艸`)

引き続き、宜しくお願い致しますm(_ _)m
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