【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

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第三章 帝国留学と闇の里

〈162〉闇の里の民2

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※残酷な表現があります。



※ ※ ※




 九歳で『出荷』された自分に
「父上と呼びなさい」
「わたしは、母上よ」
 二人の大人が付けられた。

「「ようこそ、リンジー。我が息子よ」」
 
 真っ白なキャソックは、銀糸の縁どり。
 穏やかな笑みを浮かべるが高位な神官であるということは、初対面から一年後に知った。

 一年、聖職者の息子として徹底的な修行が課せられていたためだ。
 
 世俗からは完全に隔離され、朝の祈りから夜の祈りまで。日の出と共に起き、日の入りと共に寝る。ひたすらイゾラの教え、教会の組織や成り立ち、伝説と伝統、祈りの文言、所作、言葉遣いを叩き込まれる。

 そうして十歳になったリンジーに待ち受けていたのは、戦闘訓練。

 神に仕える聖職者、信者を護り、全てを捧げることこそが聖なる貢献であり、価値があることだと教えこまれる毎日。
 両肘は常に殴られた青あざに覆われ、頬や首筋には切り傷、生傷があり、割れた足の爪が膿んで歩きづらい時でも微笑みを絶やさず背筋を伸ばし、と歩く。
 
 一方座学では、この世のありとあらゆる薬物と毒物の知識と、人体の構造、病気について学んだ。
 
 一日三度与えられるのは、乾いた硬いパンと水、わずかなスープ。

 リンジーは初めから、自己を滅してこの環境に臨んでいた。
 そうでない子どもたちは、卓越した精神力を持たない限り、もしくは盲目的に心酔しない限り、いつの間にか『堕落』するか『奉公』に行くかで、やはり居なくなっていく。

 ――リンジーには、幸か不幸か、後からが芽生えた。

 魔力が、衰弱する肉体を補い、摩耗して狂おうとする精神を肉体に押し止める。

 
 ここは、イゾラ聖教国大教会本部。
 
 
 闇属性は、本来居るべきではないに違いない、始末されるかもしれない、と警戒したリンジーだったが
「やはり貴方には才能があったのね」
 『母上』が歓喜の笑みでハグをしてきた。そして、新たに自室としてあてがわれた格子付きの部屋まで、手を繋いで歩いて行く。
 扉の前で『父上』がにこやかにそれを迎える。頭を撫でながら
「さすがわたしの息子だ。イゾラの加護を受けられるだろう」
 と褒めて、リンジーが部屋に入るのを見送ってから――ガシャンと鍵を掛けた。
 
「はは、何が加護やねん。監禁度合いが上がっただけやんけ」
 
 鉄格子に付与された魔封じに気づき、リンジーは笑う。

「てえことは、そろそろかいな~」

 従順で完璧な信者として振舞ってきた彼には、大きな目的があった。それがなければ、とっくに死ぬか、狂うかしていただろう。小さく細かった身体は、今や鍛え上げられ、その長身はしなやかな筋肉に覆われている。今まで負った傷は、この部屋に入る前に、聖職者の回復魔法で全て消された。

 リンジー、十五歳。
 レオナ、四歳。
 ――前世の記憶を取り戻し、マーカムの北の森で、スタンピードが起こった年である。


 翌日、修行を終えたリンジーを、部屋に送る『母上』と、部屋の鍵を持って迎える『父上』。どうやら、これが決まりのようだ。
「来年の成人の儀を終えたら、正式にイゾラの申し子として、働いてもらうよ」
「はい、父上」
「外に、私達のお家があるのよ。そこで一緒に暮らしましょうね」
「はい、母上」
 ガシャン。
 

 もうすぐ、ここを出られる!

 だがやはり、少年のそんな浅はかな希望は、『成人の儀』で見事に打ち砕かれるのだ。


 大教会本部、祭壇の間。
 普段は立ち入ることができないその場所に一人招かれた、リンジー。
 
「さあ。飲みなさい。聖なる遺物であるイゾラの聖血。穢れた世界を呑み込み、清浄を行ったイゾラが流した血、そのものである。信仰心の無い者には猛毒であるが、お前が信仰心を保っている間、その害は及ばない」

 初めてまみえた教皇は、それだけ言い捨て、壇上から指だけで指示を出す。でっぷりと太った身体に、顎のラインは肉が何重にもかさなって、分からなくなっている。頬肉がはちきれんばかりだからか、まぶたも開かないようで、その表情すら判然としない。
 枢機卿や司祭が、指示を受けてリンジーの髪を切り、耳に聖なる石を穿うがち、金の小さなゴブレットに入れられた毒をあおれと強いてくる。
 教皇は壇上からじとり、とリンジーを見すえるのみだ。


 かせ、か……


 毒をあおり、膝から崩れ落ちるように床にひざまずくリンジーの姿勢を、崇高な信仰心ととらえたようだ。
 教皇は満足そうに頷くと、枢機卿の手を借りて立ち上がり、祭壇の間から出ていく――滞在わずか数分。

 リンジーは、今日一日祈りを捧げたいと言い張り、特別に、祭壇の間に一人居残ることを許された。
 明日は外に出られる、喜びの日になるはずだったのだが。

 耳に穿たれた聖石という名の、縛りも。
 勝手に身体に入れられた聖血という名の毒も。

 お前の命は、お前のものではないという、証明でしかない。

「なーにが創造神やねん」
 自然と、イゾラ像に向かって、毒づいた。
「殺せるもんなら、殺しい」

 もう、目的は果たせないだろう。
 ならば、この命を手放そう。
 ――じわり、と身体が痛んだ。
 聖血が早くもその効能を発揮し始めたのだろう。徐々に息が苦しくなる。


 ……ふと、イゾラ像が、笑った気がした。

「?」

 何気なく見やると、なんと、像の重ねた手のひらの内側が光っている。

 痛みに耐えながら恐る恐る近寄ると、胸と手のひらの間に、小さな黒い石があった。ブラックオニキスのようだが、まったく光らない。闇の結晶のようで、小さいが大いなる力がこめられたような、不思議な波動を感じる石だ。

「いっ!」

 その石を手にするや、耳の聖石に激痛が走った。

「な、なんや!」

 思わず落としたその石が――リンジーの耳の聖石に、カチンとくっつく音がした。

「!?」

 慌てて指で触れると、どうやら吸い込まれていく。
 リンジーは自分で見ることはできないが、白かった聖石が、黒く染まった。


 ――申し子よ……


「!!」


 ――毒は、それでなんとか止められるであろう。
 我が愛し子を頼む……


「愛し子?」
 確かに、身体中の痛みはなくなり、呼吸も楽になった。
「イゾラ? 申し子て、愛し子て、なんやねん! もう、わいの命を勝手に使うなや! わいは、わいは! ……どないせえゆうねん!」


 泣き叫んだが、答えはなく。
 ただ困ったように微笑むイゾラ像だけが、リンジーの前に在った。

 
 
 ※ ※ ※



 翌朝、リンジーは里から連れてこられた時以来初めて、大教会本部から外に出る。
 質素な荷馬車に乗せられてイゾラ聖教国の東南にある小さな村へ行き、小さな家で、村の教会の司祭となった『父上』と『母上』を手伝う。
 
 ――表向きは。

 実際は、教会にとってのの始末を請け負う、暗部組織である。
 リンジーは、ようやく納得した。
 あの里は、こうやって人材を供給して、見返りを得ているのだ。闇属性は、暗部になくてはならない。例え持って生まれずとも、リンジーのように後から発現する者もいる。
 
 ――くだらんやん、そんなん。

 十一番を、想う。
 外に出たいと願っていた、唯一の友達。

 ――なあ相棒。外に出たって、地獄しかなかったで。

 例え悪党だろうとそうでなかろうと、人の命をこの手でほふるのだ。地獄以外の何ものでもない。

 リンジーはいつしか、闇の里を滅ぼすという目的を忘れた。忘れた、というよりも、どうでもよくなった。
 恐らくあそこが無くなっても、また別のどこかが見付かるだけなのだ。下手をすると、全世界から子どもを集める体制ができてしまう。

 ――そういう意味で、里長さとおさは、子ども達を守ってるんやなぁ。

 そう、気づいてしまったのだ。

 
 そうして、ぽっかりと胸に穴が空いてしまったリンジーは、淡々と時間を消費するしか、生きる術を見いだせなかった。そうなると、聖血を止めたあの啓示が憎くなる。

 ――んだから、愛し子てなんやねん!

 毎晩そうやって耳を触りながら毒づくのが、すっかり日課になってしまった。



 ※ ※ ※



「リンジー。貴方に、とっても名誉な仕事が来たわ」
 夕食を食卓に並べながら、『母上』が嬉々として告げた。
 リンジーの向かいに座る『父上』も、満面の笑みだ。
「名誉な仕事とは、なんでしょうか」


 ――薔薇魔女を、滅せよ。


「薔薇魔女というのは、マーカム王国のローゼン公爵家にいた、稀代の魔女のことですね? 深紅の瞳を持つという」
「その通り。忌むべき魔力を持つ、世界に滅びをもたらす魔女が、生まれていたのですって」
「生まれていた?」
「今、七歳よ」

 リンジーは、思わず鼻で笑いそうになったのを、懸命に耐えた。

 一体どこの世界に、名誉ある仕事だからと、七歳の女の子を殺せと命じる母親がいる?

「左様ですか。では、マーカムに入国する手続きを」
「いいえ、手続きはしないわ。秘密裏に入国して、任務を遂行するのよ」
「曲がりなりにも、ローゼン公爵家です」
「リンジー。名誉ある仕事だ。全力で臨みなさい」
『父上』が、そう諭すということは。
「なるほど。承知致しました」

 ――生きて戻るな、ということか。

 教会とて馬鹿ではない。
 強大な権力を持つローゼンに手を出したとあっては、タダでは済まないのは分かりきっていること。
 だから、満を持しての『捨て駒』になれと。

 リンジーは、逆に感心した。
 数年を息子として共に過ごした人間に、死んでこいと告げる、その強固な信仰心に。

「それでは準備をして、明日の早朝発ちます。父上、母上。今までお世話になりました」
 素直に頭を下げるリンジーに、
「ああ。気をつけてな」
「成功を信じているわ」
 笑顔で告げる二人はだが、その唇の端が震えている。

 リンジーはそれに気づかず、宣言通りに早朝、その小さな家を発った。振り返りもせず、淡々と。

 ――司祭夫婦が、納屋で並んで首を吊っているのが発見されたのは、その日の昼過ぎのことだった。

 

 ※ ※ ※



 国境を超えることそれ自体は、リンジーにとって容易い。
 十一番から託された禁呪の数々や、教会本部で学んだ様々な闇魔法。長きに渡り練り上げられた手段が、皮肉にもリンジーを助けていく。

 ローゼン公爵家の門に辿り着くのに、それほど時間はかからなかった。

 十八歳のリンジーは、黒装束に身を固める。まずは薔薇魔女の所在を確かめようと、庭に忍び込もうとするが……

「なんやこの屋敷。えらいえげつない結界だらけや」

 戦慄。

「こないに隙のない屋敷、初めてや……」

 それもそのはず、かつて『英雄』のパーティメンバーであった執事のルーカスが施した結界と、守備配置。これみよがしの隙間は、十中八九罠だろうと踏んだ。

「焦らんと、調べるか潜むか、するかいねぇ」
 踵を返したその背中に、
「貴方はだあれ?」
 と、ちいさな子どもの声がした。
「忍者みたい!」


 ふふ、という屈託のない笑い声に、思わず振り返ったリンジーの目の前に――深紅の瞳の少女が立っていた。


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お読み頂き、ありがとうございました。
また、ファンタジー大賞への応援ありがとうございました!
力及ばずで残れなくて、申し訳なかったですが、100位以内には入れていました!
皆様のおかげです!感謝申し上げますm(_ _)m
これからも、完結までお付き合い頂けると嬉しいです♡
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