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第三章 帝国留学と闇の里
〈160〉凱旋は、闇のお告げとともに
しおりを挟む「お帰り、レオナ!」
ローゼン公爵邸の玄関ホールには、ローゼン公爵ベルナルドを筆頭として、その妻アデリナ、公爵令息フィリベルト、執事のルーカスに侍従のヒューゴー、テオがそろい踏み。しかも、シャルリーヌとゼルまで。
「皆様! お出迎え頂き、ありがたく存じますわ!」
すかさずレオナをぎゅぎゅっとハグするベルナルド。
ローゼン公爵邸にレオナ達の馬車が着いたのは、予定通り夕方。
レオナ、マリー、ジンライに加えて、ディートヘルム、ペトラ。馬で護衛がてら追従してくれていたマクシム、オリヴェル、ヤンも加えた大所帯となった。
「遠路はるばる、大変だったね」
フィリベルトが労ってくれるその言葉が、レオナの心に染み渡る。――ついに帰って来たのだ。
「さ、お部屋に荷物を置いて、ゆっくりディナーを食べましょうね。良かったら、皆様もいかが?」
アデリナの誘いに、ぽうっとなる帝国男子達。
ディートヘルムがすかさず
「お招き頂き、光栄ですマダム」
とその誘いを受ける。
「ふふ、お久しぶりね。ようこそマーカムへ」
「お久しぶりでございます。相変わらずお若く、お美しくていらっしゃる」
「まあ! お上手ですこと!」
ベルナルドは笑顔であるものの、こめかみがピクピクしている。
「初対面の者も多いし、後でまとめて挨拶しよう! ルーカス!」
「どうぞこちらへ。お部屋へご案内致します」
「あ、私どもは」
マクシムが慌てると
「帝国軍の皆様も、本日はこちらでごゆるりとお過ごしくださいませ。明日、宿舎へご案内させていただきます」
ルーカスがニッコリ。
「では、お言葉に甘えて」
マクシムが敬礼をする背後で、オリヴェルとヤンも従った。
そのヤンに、一人殺気を飛ばす男が、だいぶ大人気ない。
ヤンは身に覚えが全くなく、ただひたすら当惑していたのだが、マリーが笑顔で
「お気になさらず。殺気に気づくか試しているのですよ。よく気づきましたね」
とフォローを入れたら、素直に照れた。
「うふふ、ヤンの照れる顔は、可愛いですね」
マリーが笑うとさらに照れて、イチャイチャしているような雰囲気になり、それを見たヒューゴーが危うく紅蓮(ドラゴンスキル)を出しかけ――マリーに即座にすねを蹴られて止められていた。
「ってえ!」
「お客様です。やりすぎ」
「……」
「あっあの、自分、気にしてないんで!」
「……」
「全く。感じが悪くて、申し訳ないですわ。無視して行きましょう」
「えっ!? は、はあ……」
オロオロするヤンの腕を持って、スタスタ歩いていくマリーを、てめぇマジか! の顔で茫然と見送る夫。あれが日頃の行い、というやつか? とレオナは苦笑が止まらない。
「あーあ。ヒューったら」
するとシャルリーヌが
「ね。相変わらずよ。レオナは……なんか、大人っぽくなった」
と少し寂しそうに笑う。
「そう? シャルも、素敵になったわ!」
「ほんとう?」
「ええ! 何か頑張ったことがあるのね? 輝いてる気がする! 詳しく聞かせてね?」
もちろん、レオナの本心であるが
「うん!」
ようやく、シャルリーヌらしい弾けた笑顔が見られて、ホッとする。
一方で
「な……んだと! 婚約者!」
ゼルが受けた衝撃は凄まじかった。
ジンライに紹介されたペトラが、ブルザークの侯爵令嬢で婚約者(予定)、だと告げられたからだ。
「はいはいゼルさん、詳しい話はあとあと」
テオが、その背中をグイグイ後ろから両手で押していくのを
「あれ、侍従……だよな?」
ディートヘルムが面白そうに見ていた。
「侍従になったのは、最近すね。どっちかと言うと、ゼルさんの保護者っす」
「おー……あれが噂の闘神か。俺と似てる?」
「「似てる」」
ジンライとペトラの即答で、マクシムが吹いた。
「おい……」
「すみません、納得だなと」
「世話が焼けると言いたいんだな?」
「……さあ、我々も移動しましょう」
「待てコラ」
――双子かな?
「ふふ、ずいぶん賑やかな友達ができたんだね」
フィリベルトが、レオナをそっと抱き寄せる。
「ええ、お兄様」
「会いたかったよ」
「私もですわ!」
「明日、ルスに会えるからね」
「へ!?」
「ふふふ。マクシム達の迎えを頼んでおいたよ」
ハグを解きながらニッコリと笑むフィリベルトに、レオナは真っ赤になる。
「おや? とうとう自覚したんだね」
「!」
――聡すぎるのも、どうかと思う!
「お兄様!」
「応援しているよ」
「ありがたく存じます……大好きですわ」
「うん、私もだよ」
「はいはい、イチャイチャご馳走様。いくわよ、レオナ!」
シャルリーヌが、腕をからませる。
「ええ!」
――ああ、やっぱりここが、私のホームだわ……!
レオナは、シャルリーヌと微笑み合いながら、私室へ向かった。
※ ※ ※
「ねー、ビア。やっぱガルアダ、動かなかった」
荒涼とした砂地が広がる場所。
古くて今は使われていない鉱山の、休憩所のような簡易の建物の入口で、二人の旅人が腰を下ろして休んでいる。
「鉱山も王妃の体調も落ち着いてるからね。他に不安材料探さないと」
「となると、ブルザークの方がやりやすいか」
「確か、大量に軍人辞めさせられたよね。再編? とかなんとかで」
「ほー」
サーディスの瞳が、きらんと光る。
「楽しそう。そっちもやりつつ、こっちも、だなー」
「宿主?」
「そ」
「なんで、まだ、関わるの?」
サービアが、不満そうに口を尖らせる。
「んー、なんで……かあ」
サーディスが、空を見上げる。
「まっすぐ、だからかなー」
「まっすぐ?」
「そ。憎しみに、まっすぐ」
「なんとなく、わかった」
はあ、とサーディスの吐いた白い息が、空中で一瞬だけ生きている証明をして、すぐに消える。
はあ、とサービアも吐いてみる。――まだ、生きている。
サーディスがおもむろに
「僕が先に地上を喰らうなら」
と言うと、それに合わせてサービアは
「僕が後から海を喰らう」
と言う。
「空は、ヒルバーアに」
眩しそうに、サーディスが見上げる。
「そうだね」
サービアが、また息を吐く。
「追いかけてきてくれるの、実は嬉しいんだあ」
「ふふ、僕も」
兄弟のようで。兄弟ではない。
血の力は感じるが。心の繋がりは感じない。
憎しみはあれど。愛はない。
「ただ、終わらせたいなぁ」
サービアの、願望。
「うん。もうすぐだよ」
サーディスの、暇つぶし。
二人の手の甲に、青黒い痣が浮かんでいる。
手首の内側には、何らかの魔法陣が刻まれている。
「ふふんふーん」
サーディスが開く巾着の中には、何かをすり潰したような粉と、巻き煙草が数本。
「そろそろ、限界だよね」
サービアがぽつりと言うと、
「うん、宿主も準備してると思うよ」
サーディスはケロリと言う。
「もうすぐ、終わる」
「そうだね……いよいよ」
――世界の……終末の時を欲する獣が。
「「イゾラを喰らう」」
※ ※ ※
真っ白な空間に座る、ほぼ白髪の青年が、困ったように笑う。
「……ごめんね、またお邪魔するよ、レオナ嬢」
「ミハル様。お会いできて、嬉しいですわ!」
「もうミハルのようでいて、ミハルではないんだ。言うなれば、イゾラの伝言係だね」
「そ……うなのですか」
「悲しまないで。魂が溶けて一つになっていくのは、ただの摂理だよ。――話がそれた。ええと、伝言だよ」
「はい」
レオナは、自然と背筋を伸ばす。
「終末の獣がやってくる。地上を喰らう。海はその後だ。地に飢えた血しぶきを与うることなかれ。海に膿んだ過去を与うることなかれ」
「……な……なん……!」
不吉な予言に、レオナは驚愕する。
「今は分からなくとも」
ミハルは、ふんわりと微笑む。
「いずれ……」
白く、眩しい。
「待って!」
――目が、覚めた。
※ ※ ※
翌朝のだいぶ早い時間、ローゼン公爵邸にやって来たのは、近衛騎士のジャンルーカとルスラーン。
「マーカム王国騎士団、近衛筆頭のジャンルーカ・ファーノ」
「同じく近衛騎士、ルスラーン・ダイモン」
「心より歓迎致します、マクシム中佐」
丁寧な騎士礼をするジャンルーカとルスラーンに対し
「わざわざのお出迎え、感謝申し上げます。ブルザーク帝国陸軍中佐、マクシム・イエメルカです。こちらはオリヴェルとヤン」
最敬礼を返すマクシムと、その背後でそれに従うオリヴェルとヤン。
そのブルザークの軍人たちの後ろに控えるのは、フィリベルトとレオナである。
「形式的なことですが、受け入れにあたっていくつか約束事がありますので、まずは宿舎の案内と、騎士団本部で説明をさせて頂きますね」
「「「はっ」」」
「では……」
「あ、ジャン様」
「どうしました、レオナ嬢?」
「あの、少しだけお時間を頂いても?」
「ふふ、どうぞ」
ジャンルーカは、ルスラーンとの再会の挨拶かと思ったが……
「ヤン!」
「へ? は、はっ!」
「貴方に、返さなければならないものがあるわ」
「!」
フィリベルトが、ニコニコと、黒いベルベットのジュエリーケースをレオナに手渡す。
ぱかり、と蓋を開けて、レオナがヤンに差し出して見せたそこには――
「ね?」
「っ……レオナ様!」
思わず、ヤンは跪いた。
傷だらけだった伍長バッジは、ピカピカに磨きあげられている。
「ありがとう、ヤン」
「こ、光栄の極みです!」
全員がポカンの表情の中、オリヴェルだけが
「なるほど。ヤンが命よりも大切にしている、ヤンの父親の形見です。レオナ様に預けていたんですね」
と静かに言う。
「はっ! 信頼を頂けるまでと!」
ヤンが、大切に抱きしめるようにケースごと受け取り、満面の笑み。
「信頼はとっくにしていたのだけれど、お守り代わりに持っていたの」
そうしてレオナが、改めて呼びかける。
「マクシム中佐、オリヴェル、ヤン」
「「「は!」」」
ビシィッ! と敬礼で応えてくれた。
「貴方がたの努力と誠意で、こうして無事に我が家まで帰って来られたこと、心から感謝します」
最大限の、カーテシー。
――三人の肩が、震えている。
「貴方がたがいなければ、困難を乗り切ることはできなかった。マクシム中佐」
「は!」
「常に最大限の思いやりをありがとう。任務を超えて、いつも気遣ってくれた貴方がいたからこそ、安心して過ごすことができたわ。貴方の気高さと強さに助けられました」
「レオナ様。そのお言葉、誇りに思います」
マクシムは跪いて、レオナの手の甲にキスのふりをする。
微笑んで頷きそれを受けたレオナは次に
「オリヴェル」
生真面目な少尉の両手を取る。
「っ、は!」
「悲しみだけが癒え、思い出が貴方とともにあるよう、私も祈り続けます」
「……か、んしゃ申し上げます」
「こちらこそ。貴方の真面目さと細やかな思慮で、快適に過ごせたわ」
「……っっ」
オリヴェルは、涙を我慢して、わずかに頷くのみだ。
「ふふ――ヤン?」
「は!」
「貴方の明るさと、猪突猛進さが、私達の救いでした」
「へへ」
「これからもっと強くなってね!」
「うはー! 自分、頑張ります!」
「応援しているわ!」
レオナはヤンとも握手を交わし。
「ジャン様、ルス様。お時間をちょうだいしましたわ。ありがとう」
二人の笑顔が温かい。
「ブルザーク陸軍の誇る、素敵な三人ですわ。遠慮なくビシバシ鍛えてくださいね」
「おまかせを」
品良く受けるジャンルーカと
「ビシバシ、了解した」
若干むくれているルスラーン。
あら? とそれを見たレオナが首を傾げると
「そういえば、マクシム中佐は、レオナに交際を断られたと言っていたね? これほど素敵な男性が弟になるかと期待したのに、残念だな」
フィリベルトがにやり。
「うわ。さすがお耳が早い」
マクシムが頭をかく。
「それ、私、申し込まれた覚えがないのですよ?」
とレオナ。
「ですが、あの時確かに、心にきっ」
マクシムがぽろりと言いかけたので、レオナは慌てて彼の懐に飛び込んで、口に両手をあてて塞ぎ――マクシムはその勢いを止めるために、真正面からハグする形になった。
「やだ、わたくしったら!」
「大丈夫ですか、レオナ様」
「ええ、ごめんなさい」
「なるほど、分かりました……黙りましょう」
「んもう、マクシム!」
マクシムは純粋に支えているだけだが、レオナはマクシムに気を許しているので、自ずと親しく見えてしまう。
「あー、レオナ?」
フィリベルトが、こめかみをぴくぴくさせながら呼ぶ。
「はい?」
マクシムに腰を支えられたまま、返事をすると
「そろそろ離れようか。――マーカムが滅んでしまう」
「へ!?」
「大袈裟だぞ、フィリ」
ふすー、と大きく息を吐くルスラーンを、オリヴェルとヤンは
――これ、本当に滅ぶところだったんじゃ……
と、脅威とともに見つめていた。
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お読み頂き、ありがとうございました!
マクシム、もちろん腹いせの確信犯です。
悪い男ですねー。
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