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第三章 帝国留学と闇の里
〈157〉寄り添う者 後
しおりを挟む「はん。報いとはまた大袈裟な」
ボレスラフが鼻白むと
「大袈裟ではございません!」
レオナの凛とした声が、パーティホールに響いた。
傍らには、グングニルと隠密。
異様な光景に息を呑むゲスト達と、アレクセイ、ディートヘルム。
「レオナ様……」
「レオナ!」
「アレクセイ閣下、ディートヘルム様。ジンライは、こちらの聖獣グングニルによって、命を取り留めましたわ」
「まことか!」
「……よ、良かったっ……」
二人の反応を見て、嬉しくなるレオナ。
とても心配してくれていたことが、伝わったからだ。
「聖獣グングニルだと? そのような世迷言」
ボレスラフがすかさず嘲笑するが
「オイラ、ホンモノだよ」
本人がそう言うのだから、さすがに驚いている。
後ろにコバンザメのようにくっついていた小太りのヒゲが
「どうせ魔法で偽っているのだろう! 魔女め!」
と叫んだ。
ラマンの元父親の、パーリン少将であるのは、レオナは食堂での出来事で知っている。が、あえて
「あら、魔女とは私のことかしら? ローゼン公爵令嬢と知っての狼藉?」
と高飛車に対応すると、黙った。
一方、もう一人のコバンザメ――バーコードハゲ――は、震えていた。
「グングニル! もしも本物なら、奇跡をこの目で!」
「ちっ、セース! 本物なわけがないだろう!」
「ですが閣下、アレを打ち消したのですぞ!」
途端に、ナジャから殺気が溢れ出た。
「ナジャ、まだよ」
「……はっ」
マクシムとマリーが居ないことが少し気になったレオナに、
「シモンに早馬を出したのだが」
とアレクセイが眉を下げる。
何かあったのか、と頭の隅で気にした瞬間。
「そこの女を、拘束する」
ボレスラフが、いきなりレオナを指さし、言った。
「わたくしを?」
「そうだ。邪悪な魔女よ!」
「言いがかりをっ」
アレクセイが怒りで沸騰するのを、レオナが手で制する。
「そう仰る理由は?」
「このような獣に言葉を操らせている」
「……それだけで、邪悪な魔女と?」
「ラマンを誘惑して堕落させた」
「ラマンを――誘惑して堕落?」
「そうだ」
ボレスラフが、ニヤつきながら片眉を釣り上げる。
「血起こしなどという邪悪な儀式を、無理矢理行わせた!」
――なーに言ってんのー?
レオナはようやく、敵の目的が分かった。
ナジャの言う通り、次の『象徴』として教会が薔薇魔女を欲しているのは、セースと呼ばれたバーコードハゲの服装が教会関係者だから、本当。
だが恐らくボレスラフにとってそれは面白くないのだ。
ツルハ家を徹底的に貶め、かつ『拘束』という形でレオナを確保しに来たのだろう。
「ローゼン公爵令嬢にその嫌疑をかけるだけの証左は、当然お持ちなのだろな?」
怒りで声が震えているが、アレクセイはギリギリで耐えている。
「もちろんだ。我が軍の諜報機関は優秀だ! 当局でじっくり取り調べをさせてもらう」
「連れて行くだけの確たる証拠を、ここで明示して頂きたい」
「機密文書だよ、アレクセイ」
「明示できないなら、承服しかねる」
「この場でか? おやおや、陸軍大将ともあろうものが、軍の規程をご存じないとでも……」
「うるせえ」
ディートヘルムが、遮った。
「今、なんと?」
「うるせえ、と言った」
「くく、なんだ、更生などしていないようだな!」
「今すぐてめえらを拘束する」
「ははは! 戯言を。一体どういった理由で」
「私邸への不法侵入。海軍大将の名を騙る賊め!」
この場の全員が、一瞬声を失った。
「なにを言っている?」
「そのような下劣な発言、海軍大将のものとは到底思えん。賊に決まっている。そちらこそ軍の規程をお忘れか? 陸軍には『逮捕権』があるのだ」
「!! なんだと! よりにもよってこのワシをニセモノで賊と言ったな!」
「ああ。魔法で偽っているんだろう? その軍服もよくできてるな」
「おのれ、どこまでも愚弄しおって!」
「逮捕だ」
「貴様!」
「重要なことを、貴様は忘れている。丘での権限は、陸軍の方が強い。今から海に引きずり込むか? タコじじい」
――確かに真っ赤だ! タコだ!
「貴様あ!」
「ぶふ、くくくく。その方の負けだ、ボレスラフ」
「へ……!?」
――あー! マリー達がなかなか来なかったのは……
「いや、タコじじいか」
「陛下っ!?」
ボレスラフが、硬直している。
「余もニセモノと申すか? ディートヘルム」
ぱちくりしていたディートヘルムが、ハッとして慌てて最敬礼を取る。
「とんでもございません! 皇帝陛下。我が邸へわざわざのお越しを頂き、光栄の極みでございます」
「うむ。その方の祝いをと思うて来てみれば……いやはや醜いな」
その後ろには、マクシム、マリー、シモンが。やはり、連れて来てくれたのだ! とレオナは悟る。
「すまぬな、ディートヘルム。もう少しそなたの祝いの時間をくれるか」
「もちろんにございます。いかようにでも」
アレクセイも、その横で頷く。
「うむ。……さて、帝国軍総督ラドスラフ・ブルザークより、この場を借りて通達する。この度、州軍の解体が元老院並びに帝国議会で可決された」
「「「「!!」」」」
「これにより、軍の大幅な再編を行う。海軍大将ボレスラフは解任。ヨナターンが新たな海軍大将となる。これは決定事項である。異議は認めん」
「そ、んなこと……があるわけがあるかー!」
「ほほほ、ホントですよー! ゼーゼー」
「……遅いぞサシャ」
「すすすみません陛下ぁ。たたタコじじいさん、こここちらが正式なつつ通達書です」
皇帝の封蝋書簡を、パーティホール全体に見せつけてから、サシャがラドスラフに恭しく渡す。
「それからな、言っておくが、その聖獣は本物だ。ジンライは、雷神トールの加護を持つ者。貴様らは、マーカム、ブルザークだけでなく、神のものに手を出した。人が手を下さずとも」
ラドスラフが、グングニルを振り返る。
「罰は自ずと下ろう」
「うん、オイラ、ゆるさないよ」
たし、たし、とグングニルがボレスラフら三人の匂いを嗅ぎながら、その周囲を歩く。
「オイラのだいじなこをきずつけて、しかも神の毒をつかったのは、だれ?」
グルルル、と喉を鳴らしながら、グングニルはぐるぐると歩き続ける。その太くしなやかな尾で、それぞれの手首や腹を撫でながら。
「あときみたち、かんちがいしてるからいっとくけど、薔薇魔女は、まじょじゃない。イゾラの『愛し子』だよ」
セースが、真っ青な顔で床に膝を突いた。
「そ、そんな! わた、わたくしは!」
「あー、きみかあ……ざんねんだけど、これがきまりだからね」
グングニルの目が光る。
「は、はうっ、ひゅ、ひゅ、ひゅ」
――膝立ちの姿勢のまま、静かになった。
「あ、しんでないよ。こころだけ、冥界へつれていかれる――そのほうが、たいへんだけどね」
グングニルがそう言って残りの二人を見やると
「あ、あああ!」
パーリン少将が、叫びながら走り出し――シモンがすかさず拘束した。
「離せっ! 無礼な!」
「少将も解任だぞ。家に通達書が届いているはずだ」
背後から、皇帝の無慈悲が襲う。
「貴様は、軍の解体とは無関係だ。教会への贈賄、癒着。安心しろ、ラマンはマクシムが引き取るそうだ」
「な! な!」
そのまま泡を吹いて気絶したところを、後からなだれ込んできた諜報員に引き渡され、ボレスラフ、セースも同様。
「やれやれ。……その怒りを、収めて頂けますか。グングニル様」
ラドスラフが、敬意を持ってグングニルに礼をすると
「いーよー!」
パアッと光って――オスカーに戻った。
すかさずレオナが駆け寄って抱き上げると、小さな声で「つかれたぁ」と言って、くたりと寝てしまった。
――そうして、ようやく場が静かになり。
「レオナ。まさか伝説の隠密まで従えていようとはなあ」
ラドスラフが、ナジャに目をやってから、半ば呆れた口調で言う。
レオナはすかさず、その場に跪くナジャの肩に手を置き、
「どうかシモンをお許しください。私が口止めを」
申し出る。
「よい。見なかったことにする。皆の者、よいな?」
「「「は!」」」
「だが一つだけ、その方、隠密に尋ねたい」
「はっ」
「神の毒とは、なにか」
全員息を呑む中、ナジャが静かに語り出す。
「別名イゾラの聖血と言われ、聖教会本部に祀られております。イゾラはかつて、この世のあらゆる闇を体内に取り込み、浄化した。その際流れ出たものだと言い伝えられております――ほんのわずかで死に至る猛毒だと」
「なるほどな……」
「ですが、非常に神聖なもの。あの程度の身分で持ち出せるとは、到底思えません」
「最高幹部が、関わっていると」
「恐らく」
「わかった」
「では、失礼を」
そうしてナジャは、黒霧とともに姿を消した――レオナとマリー以外の全員が、驚きで声を発しないまま、ナジャが居た空間を見つめている。
「ラース様。もしかしてまた公務をおろそかにされていませんこと?」
その沈黙を破るのは、レオナだ。
「お? 言うなレオナ。通達、という公務だぞこれは」
「まあ! うふふ」
「またしても、迷惑をかけた。ジンは無事と聞いているが」
「はい。ゲストルームに。後でお会いになって」
「そうか、良かった――アレクセイ」
「は!」
「せっかくだ、招待状はないのだが……余も祝いたい」
「格別のお言葉、嬉しゅう存じます陛下」
「うむ。ディートヘルム」
「はっ」
「……大きくなった」
「!」
「くくく。そなたが小さいころは、ラースと呼んで懐いてくれていたがな」
「ラース……って、陛下!?」
「くくくく。そうだぞ」
「陛下、だった……っ!?」
レオナが呆気に取られていると、アレクセイが
「陛下が王子であらせられた時、有事から逃れるため我が邸でお預かりしておった。年の離れた、本当の兄弟のようであったな」
と教えてくれた。
――だから、特別ディートヘルムに配慮してたのねー!
「……お、俺は……わ、わたしは……」
ディートヘルムから、涙が溢れ出す。
「ずっと、お側に、居て下さったのですね……てっきり、もう会えないのだと……」
「そうだぞ。まあ、サシャがうるさいから、全然会えなかったがな。すまなかった」
「陛下……」
「今日は、ラースで良いぞ。ディート。おめでとう。祝杯を、あげよう」
「はい、……はい!」
そうしてこぼれた満面の笑みで、レオナをはじめこの場の全員が、幸せな気分になった。
「俺、も、混ぜて、ほしーす」
「ジン!」
ペトラが支えつつ入室してきた、ジンライ。
その手には、金色のリボンがかけられた箱が。
その後ろにいつの間にか、オリヴェルとヤンも。きっとペトラとともに付き添ってくれていたのだろう。
「ディートさん、おめでとうっす。これ……」
「ジン! 大丈夫か! ありがとうっ」
がし、とペトラと代わってその肩を支えながら、ディートヘルムは箱を受け取る。
「開けてみて!」
ペトラが、ワクワク顔で言う。
あの表情なら、本当に大丈夫そうだと分かり、マクシムが苦笑しながらジンライのもう片方の肩を支える。
「こ、れは……」
キラキラと金色に光る、大型ナイフ。
柄にはツルハ家の紋章、そして刃には。
「『喧嘩友達へ ジンライ』だとー! よし、かかってこい!」
「今は、無理っすよー!」
わはははは!
やれー! やったれー!
ぴゅいっ、ぴゅいいっ
アレクセイをはじめ、陸軍の軍人たちが煽ると
「次の喧嘩には呼べ! 勝った方に勲章だ!」
悪ノリ皇帝陛下に全員が慌てる。
「ちょ! ラースさん!?」
「ラースッ!」
「わははは!」
「くくく勲章のむむ無駄使いっ」
「ぐはは! そうと分かれば、毎日稽古だぞ息子よ!」
「嘘だろ!?」
夜が更けるまで。
――身分も国も、忘れて。
ここでもまた幸せだな、とレオナは思ったのだった……
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