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第三章 帝国留学と闇の里

〈155〉直接対決の予感、です

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「初めてだったなー」
 ペトラが、レオナの私室のエクストラベッドで、ゴロゴロしている。

 誕生日パーティの翌日、ローゼン公爵家一行は早朝にも関わらずバタバタと旅立っていき(もちろん密かに回復魔法を施した)、レオナは見送った後に再び戻ってきたわけだが。

「何が?」
「レオナのお兄」
「うん?」
「私、自分より頭良いと思った人に、初めて会った」

 ペトラに褒められると、鼻が高い。

「えへへへ」
「あれは、ちょっと大変だ」
「大変って?」
「うん。頭良すぎて結婚とか無理そう」
「あー」

 多分もうその気はないんだろうな、とレオナは思っている。

「そういうペトラは?」
「……うっさい」
「応援、してるからね?」
「ば!」

 真っ赤になって枕を投げつけてきたので、投げ返しておいた。するとまた投げ返し……

 ドタンバタンの音が鳴り響いていたようで、マリーが呆れた顔でやってきて、
「一体おふたりとも何歳なのです?」
 とお説教。
 二人ともペロリと舌を出したので、反省する気がないのは、バレバレである。

「まったく。それほど元気なら、起きられますね」
「ちぇー」
 ペトラが渋々ベッドから降りると
「おらあ!」
「まだまだ!」
 中庭で別の騒音が。

「マリー?」
「ええもう、どいつもこいつもでございますよ」
「「あはは!」」

 大きな溜息をついてから、マリーは中庭で戦うジンライとディートヘルムを呼びに行く。
 ゲストの二人は、朝食を取ってからゆっくり帰るというので、中庭でテーブルを囲んだ。

「いやー、あの侍従すげーわ」
 ディートヘルムは、素直に昨晩のヒューゴーの立ち居振る舞いを見て感心していた。
 
 従軍キャンプ実習の際は、ディートヘルムとペトラは離脱していて、レッドドラゴン討伐パーティには会っていないし、ブラックサーペント戦も見ていないのだが。

「なんつうか、手本見つけたと思った」
「ですよね。ヒューゴーさんて、ほんとにすごいんすよ」
「おお。相当強いだろ。でも所作がなんつうか、滑らか? いーな、あれ。習いたい」
「大したことございませんよ」


 ――マリーったら、夫がべた褒めされてるのに、ソークールね!


「あれの真似をする必要は、ございません。ディートヘルム様には、ディートヘルム様なりの所作がございます」
「というと?」
「その恵まれた体躯と見た目を生かすべきです」
「……おぉ……」
 いきなりべた褒めされて面食らうディートヘルムに、マリーは
「例えば、こちらのフォーク一つ取るにしても」
 お手本を見せる。
「こう、変えてみてください」
「こうか?」
「うわ! 全然違うっすよ!」
「まあ!」

 いつも通りなら若干雑。だがマリーの言う通りに腕を動かすと、洗練された動きになった。

「……」
 ディートヘルムも、フォークを見つめて驚いている。
 
「貴方様の筋肉の癖、骨格、生まれ持ったその見た目を磨きあげるべきですわ」
「照れるな。だが嬉しい。また、教えてくれ」
「はい。喜んで」
「言葉遣いもね?」
 レオナが横から言う。
「なんでわざと悪い言葉遣いなの?」
「……」
「まさか、カッコイイとか思ってたりしてー」
 ペトラが冷めた目で言うと
「わりぃかよ」
 まさかの正解だったとは!
 
「ねえディート、余計なお世話かもだけど、真剣に言うわ」
 レオナがカトラリーを置いてディートヘルムに向き直る。
「貴方は、やはり陸軍大将閣下のご子息。その内面からにじみ出るものを生かす方が素敵よ?」
「……俺は……その、育ちがいいとか言われるのが嫌で」

 きっと、彼なりの葛藤の結果だったのかもしれないが。
 
「身につけたものは、個人の努力の結果でしょう?」
「はー、レオナが言うと説得力あるな」
 ディートヘルムも、レオナに向き直る。
 
「さすがローゼン宰相閣下、だった。会えて良かった」
 ディートヘルムの翠がかった碧眼が、朝日にきらめいている。
「あれほどまでに活力があって、堂々と気品がある男とは、良いものだな。軍人は無粋と言われる意味がよく分かった」
「まあ。アレクセイ閣下も素敵でいらっしゃるわよ」
「そうだな。両方の良いところを得たい」
「ディート……」
「俺の生きてきた世界は、せまかった」
「私もよ。ブルザークに来て、たくさんのことを学んでいるわ」
「そう言ってもらえると嬉しい。酷いことをたくさん言った。申し訳なかった」
 ディートヘルムがおもむろに立ち上がって、レオナの側で跪き、そっとその手を取った。
「えっ」
 ペトラも、ジンライも、マリーも、全員が息を呑んだ。

「レオナ・ローゼン」
「ディート、なにを……」
 胸に自身のもう片方の手のひらを当てながら、彼は真摯しんしな目でレオナを見つめる。
「過去の過ちと愚かな行為を、反省している。許してくれとは言わない。が、貴方の誇れる友人として、共にある努力をすると誓う」
 そうしてレオナの手の甲を、自身の額に付けた。
「……嬉しいわ」
「ずっと、謝りたかった」
 ふ、と笑う彼は、この上なく明るく、美しい。

 愛する人に裏切られ、傷ついた彼の心は、少しでも癒えているだろうか? とレオナがその目を見つめながら思っていると
「……やっぱり照れる」
 少年のように、はにかんだ。
 
 立ち上がって席に戻るディートヘルムに
「うん、そっちのが絶対断然かっこいっす!」
 ジンライが、にこやかに言う。
「そうか? ゼルとかいう奴よりもか?」
 途端に意地悪そうな顔をする、ディートヘルム。
「う? うーん……ゼルさんはなー」
「さぞすごいのだろう」
「いやあ、俺の中では、散らかす子供みたいになっちゃってるしなー」
「アザリーの王子で闘神、がか?」
「はい。ずっと寝てるし。食いしん坊だし」
「……ガキなのか?」
「いえ、俺と同い年なんで、十七ですよ」
「想像がつかないな」
「ふふ、是非会って欲しいわね!」
「っすね!」
 

 ――ライオンと虎、並べたら……
 学院の女子達、大騒ぎだろうなぁ……


「そうだな。世界は広い。アザリーの文化にも触れてみたい」
 勇猛な虎が自由に駆けていくのを想像して、レオナはなんだかワクワクしたのだった。


 
 ※ ※ ※



「できた……」
「できたね……」
 寝不足の顔で、タウンハウスのキッチンにいるのは、レオナとペトラ。
 女子二人で何をしているのかと言えば――

「で、これなんて名付ける?」
「えーとえーと、冷蔵庫と魔道混ぜ器?」
「……そのまんまね」
「すみません……」
「ま、分かりやすいからいっか。レオナのお兄に感謝ね」
「ほんとに……」

 フィリベルトは、レオナの誕生日にたくさんの魔石をプレゼントしてくれたのだ。「通信でも使うだろうけれど、何か作りたいんだろう?」と、相変わらずの、千里眼。

「あー、ほんと、なんか、すごいの作っちゃったんだろうけど、実感わかないわー」
 パキポキと首を鳴らしつつ肩をもむペトラは、魔道具の設計と作成はもちろんのこと、レオナの要望や使ってみての改善点を反映できるように、研究所の設備や人員確保に協力してくれた。

 はじめは、小娘が生意気にも何かやり出したぞ、と嫌悪感丸出しの研究員達がほとんどだったが、レオナがパンやジャム、お菓子を大量に差し入れて、わずかだが協力者を作ることに成功。
 表向きは「差し入れのため」と言っているが、こっそりと「面白そうだから」と手を貸してくれたのだ。

「つーかーれーたー!」
「ふふ、ありがとう、ペトラ。まさか本当に実現してしまうだなんて。本当に優秀な研究者なのね!」
「ふふん……まーでも冷蔵庫はまだまだ改良余地あるわ。魔石消費が激しすぎる。重いし」
「そうね、それはおいおい……」
「ま、まずは完成披露、ね! ディートのやつ、めちゃくちゃ喜ぶんじゃない?」
「ふふ、だと良いけど」
 
 来月頭にディートヘルムの誕生日パーティがあり、レオナ、ジンライ、マリー、ペトラの四人を招待してくれているのだ。
 ジンライが「なんか作りますよ!」と聞いたら、「ジンライの銘入のナイフ」と言われて、張り切って作っている。
 せっかくだから前から研究していた冷蔵庫(大人二人で運べる大きさ)と魔道混ぜ器と名付けたハンドミキサーを使って、ケーキを差し入れちゃおう! とレオナも張り切っているのだが。

「イチゴがなー」
 誕生日に、ルスラーンが贈ってくれたのは、以前もらった髪留めとおそろいのブローチだった。「誕生日おめでとう。いつでも貴方の側に」のシンプルなカードと一緒に、大切にしまってある。
 途端に会いたくなって……思いを抑えて、礼状を書いた。あれからルスラーンは、忙しい合間をぬって、フィリベルトと将来の販路を話し合っているそうなのだ。
「……うん、やっぱりお兄様に相談しよう」
「味見は任せてよね」

 じゃ、帰るねーというペトラをシモンに送ってもらい、レオナは私室からフィリベルトへ通信するのであった。


 
 ※ ※ ※



 そうして招かれた、ツルハ邸。
 お馴染みの執事に招待状を見せて、玄関ホールで案内を待っていると――

「はん。陸軍大将の息子ともあろうものが、平民だの女だのを招くとはな!」

 どん、とジンライに後ろから肩をぶつけつつ、金ヒゲじじいが中にズカズカと入っていった。

「っ……」
 ジンライは、かろうじて声を我慢したが、よく見ると肩よりも足を痛がっている。
 

 ――わざと踏んでいったな!
 

 めらりと怒りがわいたレオナを、
「レオナさん、ダメです。大丈夫ですから」
 とジンライが涙目で止める。


 海軍大将ボレスラフが、ラマンの父親だった少将ともう一人を連れて、なぜかふんぞり返りながら入っていったのだ。

「ってー。それより、招待されてるんすかね?」
「分からない……」
「申し訳ございません! ジンライ様、どうかこちらへお座りになってくださいませ」
「ありがとう、執事さん」

 来客用ソファにジンライが座らせてもらっていると、タキシード姿のマクシムがちょうど入ってきた。
「ん!? どうしましたか、ジンライ殿」
 すぐに気づいて駆け寄ってくれる。
「はは、海軍のお偉いさんに、踏まれちゃいました」
「! 靴を脱いでください、念のため見ましょう」
 ソファに座るジンライの足元に、すぐに跪くマクシム。
「あ、大丈夫すよ!」
「……軍靴ぐんかの底には、色々なものが仕込んであります」
「ひっ」

 ボレスラフは、式典用の軍服姿。
 当然軍靴だっただろう。

「……これは酷い」
「え、あ!」
 ジンライの足の親指の爪が割れて、おびただしい血が流れていた。
「うわあ! あれ? でも痛くな……」
「麻痺です。軍人の風上にも置けぬな」

 マクシムのこめかみに、ぼこりと青スジが浮いた。

「すぐに治療を。軍医を呼びましょう」
 言いながらマクシムは自分の胸元のハンカチーフを抜き取り、鮮やかに止血処置をする。
「あざっす!」
「ジンライ殿、我が軍の人間がまたも大変申し訳ない」
「いや、マクシムさんが謝る必要は!」
「情けないな……」

 ギリギリと歯ぎしりをするマクシムの肩を、マリーがぽんぽんと叩く。

「マリー殿」
「こう考えましょう。あちらから、喧嘩を売ってきてくれた」
「!」
「マクシム中佐。私これでも、売られた喧嘩は買う性質たちでしてよ」
 レオナが冷ややかに言うと。
 マクシムは、ニヤリと笑って立ち上がった。

 
「……よく存じております」
 


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お読み頂き、ありがとうございました!
れ、レオナさーん? ま、まさかまた……?
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