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第三章 帝国留学と闇の里

〈151〉謎は、鎮魂とともに解けるのです

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※残酷で、辛い表現があります。



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 ミハルが軍の取り調べを受けたのは、キャンプから帰ってすぐに、だった。
 ラマンはマクシムの証言と、その手首に彫られた魔法陣で、今回の件の首謀者として拘束されている。
 
「……ある日、ラマンが彫ったという魔法陣を見せられました。それは古くから教会に伝わる、血で禍々しい生き物を起こして討伐するためのものだよ、と言いました。知っている、俺は英雄になりたいんだ、と言われたので、じゃあもしみんながその呪いで死んだら、僕が祈りで鎮めてあげる。そしたら君は英雄になれるね、と」
「それは、本気で?」
「……いいえ、本当に『血起こし』を行うとは、思いませんでしたから。彼の自尊心を満たすために、そう言ったまでです」
「なら、ダークサーペントがあそこに眠っていたことは」
「知りませんでした……護衛してくれたマクシム中佐、果敢に戦ったレオナ嬢、マリー嬢、ジンライ殿に助けられました。皆様に感謝の祈りを」

 ――この聴取をもって、ミハルは部外者ということになった。

 一方別の聴取室。
「これで終わり、だ……何もかも」
 つー、と流れる涙が、ラマンの頬を濡らして。

 そこからは、とつとつと供述が始まった。

 家では常にディートヘルムと比較され、陸軍に負けるなと言われ続けた。学校では、彼の方が体格も成績も上で、カリスマもあり勝てなかった。ミハルとの関係も、明らかに自分より深い。
 
 『失脚』したディートヘルムに成り代わる、と学校で金をばらまいた。学生達の支持を取りつけて回り、最初は孤立させるのに成功したが、当の本人は意に介さず堂々。その所作と態度に、密かに憧れる者すら出て来て、絶望感を味わった。

 決定的だったのは、学校食堂での試食会。
 
 海軍大将ボレスラフに公衆の面前で殴られ、父親にも見捨てられ、家でもついに『いないもの』として扱われるようになり……自身には価値がないのだ、と思うに至った。
 
 現状打破には、全部消すしかない。
 
 思い詰めたラマンは、いにしえの儀式である血起こしを行って、ディートヘルム達を殺してミハルを救い、英雄になることしか、考えられなかった。

 だが、ダークサーペントは留学生達と、他国の騎士団に殲滅されてしまった。
 ディートヘルムさえ死んでいれば、と思ったが……

「殺してください」
 ラマンは、静かに泣き続けた。
 魔法陣とダークサーペントのねぐらについて、誰から得た情報なのかは、エリーゼ(オリヴェルの幼なじみの元教師)からと供述した。
 
 陸軍書記官から聴取内容を聞いたラマンの父親は、興味のない顔で「あれは、もはや息子ではない」とのたまったそうだ。

 
「――胸くそ悪いですが、ラマンは籍を抜かれました。平民として生きていくしかないわけですが、前科持ちですから……」
 休日の、タウンハウスの中庭。
 陽気な気候とは反対に、シモンが眉間にシワを刻んだまま、ティーカップに花の香りがする紅茶を注ぐ。
 
 ブルザークでも十六で成人。
 ラマンは罪を償った後、自分の力で、一人で生きて行くしか道は無い。

「わかったわ。ありがとう。シモン」
 正直レオナに、ラマンに対する同情は少しもなかった。
 非情と言われるかもしれないが、罵倒や企みを向けられ、ジンライは魔道具で命を落とすところだったのだ。例え家庭環境が悪かったとして、苦しかったとして、一線を超えたのは自分の意志。ましてこの国では、成人なのだから。
 
 責任は全て自分に振りかかるまでだ。
 
「いえいえ。ところで、ミハル様から先触れが届いておりますが、どうされますか」
 尋ねるシモンに、レオナが返す答えはイエス。何をしに来たいのかは分からないが、断る理由はない。
「かしこまりました」

 タウンハウスの執事は、恭しく礼をして下がる。

「ナジャ君」
 レオナは、宙に向かって独り言のようにその名を呼んだ。
 背後に控えるマリーは、じ、とそれを見守る。
 ジンライは、まだ身体がだるく部屋で休んでいて、この場にはいない。

「……ん?」
 す、と現れた隠密に目を合わさず前を向いたまま、レオナは問う。
「あの時私の中から出てきたのは、?」
「っ」
「ナジャ君が、何かしてくれているんでしょう?」
「レーちゃんは、知らんでええ」
 苦しそうに言うナジャに
「いいえ」
 今度は顔を向ける。覆面の下の彼の両眼を、深紅の瞳が捉えて離さない。
「ナジャ君、いえ、。教えて」
「っっ!」
「大丈夫よ、少しの」
「なっ!」
「レオナ様!?」
 マリーも背後で動揺している。
 
「私、ずっと不思議だったわ」
 レオナは静かに口にティーカップを口に運ぶ。
「薔薇魔女は全属性持ち。学院での測定結果もそう。でも、闇属性の魔法だけは、何度やろうとしても、
 こくり、とわずかにレオナの喉仏が上下する。
「リンジーが封じてくれているのね」
「! ……レーちゃん、あんな、それは」
「これが、薔薇魔女の秘密でしょう?」
 胸にそっと手を添える。
「かつて、この世界を滅した『闇』そのもの」

 リンジーは、立ち尽くす。

「多分ジョエル兄様やラジ様が、各地のドラゴンを討伐してくれているのと、関係あるのではなくって?」
「レーちゃん!」
「お兄様が、わざわざ隠密部隊たる第三騎士団を作ったのも、破邪の魔石も、貴方が名を封じているのも」

 レオナは、目を伏せる。

「みんな、私のため」
「……今はまだ、時やない」
 否定も肯定もしないが、それがまさしく肯定だった。
 
「なら、約束して。その時には、必ず話すと」
 リンジーが、レオナの横に跪く。
「約束します」
「顔を見せて?」
「っ……」
 リンジーが覆面を取ると、瞳に涙が浮かんでいた。
「ありがとう。……大好きよ」
 レオナが。その顔を胸に抱くように、ハグをする。
「うぐ」
「宝物は、ちゃんと私の中にあるから。いつか、返すわ」
「ええねん! 今がもう、宝物やから!」
「ふふ」

 魔力暴走で蓋が開いてしまったそれは、小さなオルゴールのような宝箱だと、レオナは感じていた。
 中には、いわくは、この世界を滅した『闇』そのものと、リンジーとレオナのが入っている。キラキラとした宝石のような、リンジーにとってのわずかな幸せな日々の記憶を代償にして、行った封印。

 馴染むまで会えない、とベルナルドとフィリベルトが言っていたのは、レオナがリンジーを思い出すことによって、封印が解けてしまうことを懸念していたからだ。

「私は、たくさんの人に支えられている……」

 中庭に咲いたポピーやダリヤ、アガパンサス。
 様々な色が入り交じり、見事な花の園を作り上げている。
 
「私に返せるものは、なんだろう……」
「幸せになることやで」
 レオナの腕をほどいて、リンジーが笑う。
 覆面をまたつけ直して
「黒ポンコツには納得いってへんけどな。レーちゃんが笑ってたら、それでええねん」
 すく、と立ち上がる。
「黒ポンコツ……?」
「こっちの話や。さ、あの胡散臭い枢機卿の息子な、心配やから、近くで見張っとくわ」
「うん。ありがとう、
「……ほな、な」
 またじわり、と黒い霧になって――消えた。



 ※ ※ ※

 

「突然の訪問にも関わらず、会ってくれてありがとう」
 ミハルは、意外にも一人でやってきた。
「いいえ。お茶はいかが?」
「ありがとう、頂くよ」

 タウンハウスの応接室。
 執事のシモン、メイドのマリーが背後に立つ、対面に座るミハルの肌の色は青を通り越して白く、生気がまるでない。心なしかやつれて見える。

 シモンが入れたのは、カモミールティー。
 蜂蜜を少し垂らすのを勧めると、ミハルは一口飲んで「ほう」と眉を下げ、またコクコクと飲み下した。

「……美味しい」

 シモンが柔らかな微笑みをたたえたまま、おかわりをそっと注ぐ。

「……レオナ嬢に、聞きたいことがあるんだ」

 世間話をするような間柄ではない。
 いきなり本題の方がかえってありがたかった。

「なんでしょうか」
「君は、薔薇魔女であることに、負けたりしないのかい?」

 はた、と止まる。

「負ける、とは」
「強大な力。忌み子。憎まれる存在。悪しきもの」

 マリーが殺気を募らせる。

「本人はそうなることを望んでいないのに、産まれた瞬間にそれらを背負わされることだよ」
「背負わされる、というのは何となく分かりますが、負けるというのはどういう意味でしょうか」
「潰れる? 消えたくなる? 死にたくなる? ――全て、壊したくなる?」
「なるほど。ミハル様がそうであったように、ですね」
「……うん」

 今、わかった。

「貴方は、んですね」
「ふふ、分かっちゃったか」
「なっ!」
「まさ、か!」
 シモンとマリーが、驚愕している。
 
 信者の欲望には、
 ジンライの勘。正直近寄りたくない、薄ら寒い、と言っていた。
 ペトラがキャンプの間ずっと、寒気がすると言っていた。
 聖なる祈りが、まったく効かなかった。

「枢機卿が、認めてくれないんだよ」
 ミハルはとても悲しそうだ。
「僕の魂は、とっくにこの世にないはずなんだけどね」
「ネクロマンサー!」
 マリーが叫ぶように言い
「まさか、ジャムファーガスはっ」
 シモンが、目を見開いた。
「ふふふ。僕の身体をこの世に留めおくためのもの、だね。あの女教師は、崇高たる僕のための神からの慈悲とか言ってたけど。違うよ。さ」
 
 ネクロマンサーとは、死霊術を行う者のことだ。
 儀式によって死者を操る。
 
「こんな僕に、みんな愛をくれ、頭を撫でてくれ、抱いてくれって言うんだ。僕は空っぽなのに。挙句の果てに、コレを続けるために孕ませて捧げるなんてさ。馬鹿だよね。罪に罪を重ねて。しかも喜んで犠牲になったんだよ。理解できない」

 レオナは、あまりの邪悪さに気絶しそうになった。 
 
「狂ってる……!」
「うん。うちの父が、双子に会ってからだよ」
「双子?」
「そこの影なら、分かるよね?」

 じわりと現れたナジャが、頷く。

「ヒルバーアの弟や」
「!」
「きっと何か大きいことを企んでいて、帝国の中で試していった。気をつけてね」

 ミハルが、じゃ、帰るよ、と立ち上がった。
 
「……私は、貴方の問いに答えていないわ」
「ううん。もう答えはもらった」

 ニコニコと、ミハルは微笑む。

「もっと早く会えていたら良かった。僕は、一人で耐える必要はなかったんだね」
「そうよ? きっと心を通じ合わせられる人に、出会えたはずよ」
「例えば君とかね」

 イタズラっぽく笑うミハルは、今までのような貼り付けたような笑顔ではなく。
 
「ええ!」
「ふふふ。じゃ、いくね。お茶、本当に美味しかった」
「ごきげんよう」


 ――ミハルの訃報が届いたのは、その日の深夜だった。


「満足したら、ネクロマンサーといえど、その魂は留めておかれへん」
「そう……」
「皇帝陛下へは、私の方から先にご説明させて頂きました」
「ありがとう、シモン」
「やはり、レオナ様が帝国に来られたのは」
 マリーが苦しそうに言うので
「偶然よ? マリー。私は、私の思うがままに生きているわ」
 レオナは、その手を握る。
「心配しないで」
「はい……はい……」
「ジンライは、どう?」
 シモンが、優しく微笑む。
「だいぶ、良くおなりですよ。ペトラ様が会いたがっているとお伝えしたら、早く元気にならないと、と」
「ふふふ、良かったわ!」

 レオナはふと思い立って、とっぷりと更けた深夜のバルコニーに、出ていく。
 さすがに肌寒く、両手で自分の二の腕を抱くと、マリーが後ろからガウンを着せてくれた。
「どないしたん?」
 ナジャが、心配そうに声を掛ける。
「……祈りたくて」
 レオナは、そっと手を合わせた。
「……」

 それにならって、全員が手を合わせた。
 悲しい神の御子が、今度こそ正しい場所へ逝けますように、と。
 


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お読み頂き、ありがとうございました。
最後までどうするか迷いましたが、こうなりました。
明日からはまた、いつもの日常です!

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