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第三章 帝国留学と闇の里

〈124〉まずは謁見です

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 ブルザーク帝国の象徴たる皇城は、皇都の北の山の上に建てられている。
 切り立った断崖だんがいをうまく利用していて、通用門は可動橋を渡らないと通れない。橋が上がると、断崖と高い石壁に阻まれ、入るのは困難になる。
 手前に外城がいしろと呼ばれる、各省庁の高官や役人が務める建屋や、軍隊の詰所があり、奥に内城ないじょうと呼ばれる、皇帝の居住区、元老院本部、諸外国外交官や賓客接遇ひんきゃくせつぐうに使用される迎賓館げいひんかん、そして後宮(現在は機能していない)の建屋がある。
 内城へ足を踏み入れることはほぼないため、皇城イコール外城のことである。

「でっかー」
 ジンライのシンプルな感想は、ごもっとも。
 マーカムは典型的な王城、王宮。ゆったりした宮殿の雰囲気である。一方ブルザークは攻め込まれることも想定された、戦う城、という感じがする。

「勝手に入っても良いのかしら?」
 レオナの質問に
「迎えの方を寄越す、とお聞きしております」
 マリーが淡々と答えると
「行ってらっしゃいませ」
 執事のシモンが、馬車の馭者ぎょしゃ台脇に立ち、ニコニコと見送っている。
 
 皇城へは馬車ごと橋を渡ることもできるが、橋の上を行き交うことは難しいため、通行証が必要になっている。
 シモンにはレオナ達を見送った後、タウンハウスへ取って返し、適当な時間に迎えに来てもらうことにした。

「誰が来て下さるのかしらね」
 レオナがふ、と溜息をつくと、ちょうど見慣れた人物が橋の上を手を振りながら走ってきた。――行き交う人にぶつかりながら。ペコペコ謝りながら。
「れれレオナちゃん!」
「サシャ君!」
「ひひひさしぶっ」
 レオナ達の手前で、べしゃ、と転んだ。
「あうー、大丈夫ですか?」
 ジンライが慌てて駆け寄り、腕を持って起こしてやると
「ひゃい」
 大きな丸い眼鏡が盛大にずれている。


 ――大丈夫では、なさそうなんだけど……


 明らかに寝不足の顔、寝癖のままくたびれた服、である。

「いやはは、参りましたー! へへへ陛下の無茶ぶりでしし死にそう!」
 ぺしぺしと服についた砂埃を払いながら、サシャはへにゃりと笑う。
「まあ! 大変お忙しい時に、申し訳ないですわ!」
「いやかかかえって助かります、ええ謁見されている間やや休めるから! 行きましょ! あだっ」
 振り返りざま、自分で自分の足首に絡まって、また転ぶ――寸前にジンライが二の腕を咄嗟に掴んで支えた。
「あっぶな! 大丈夫っすか?」
 心配そうなジンライを、潤んだ瞳で見上げるサシャは、ポッと頬を染める。
「は、はうー、ここ強面だけどやや優しい……ととと尊っ」
「とうと?」
「だだだいじょぶ!」
「足がもつれるなんて、よっぽどお疲れなんですねえ。良かったら俺おぶりましょっか?」
「ぴ!!」
「ぴ? それが返事すか? はは、面白いっすね、サシャさん」


 ――ジンライ、そこまでにしてあげて!
 その人、ギャップ萌え属性らしいから……
 ジョエルは美形なのに戦闘狂(サシャランキング、ぶっちぎりの一位。もはや殿堂入り)。
 ルスラーンは強靭なのに気遣い屋(二位)。
 ラザールは怜悧なのに甘いもの好き(三位)。
 が、良いんですって。
 ジンライも強面なのに優しいからね。うん。
 あ、ちなみにヒューゴーとかゼルとかテオは、ギャップないからランク外らしいわよ。


「お、おおおおぶ」
「いっすよ、はいどうぞ」
 ジンライがさっとサシャの前で屈んで、その背中を差し出す。
「ピャい」
 真っ赤な顔だが、素直におぶられることにしたようだ。おずおずと進み出ると、ジンライが器用に背負って立ち上がった。
「よ、と。わー、軽い。ちゃんと食ってます?」
「ぴゃう」
「うんうん、でももっと食わないとダメすよー」

 不思議と会話が成立している。

「レオナ様……」
 マリーがこそりと言う。
「私達は今、何を見せられているんでしょうか……」


 ――私だって、知りたいよ……


 とりあえず、大人しくジンライの後ろをついていくことにした。


 
 ※ ※ ※

 

 可動橋を歩いて渡ると、門前で物々しい装備の兵士が通行証を確認している。一組一組厳重に見ているので、混んでいる時はものすごく待たなければならないのだとか。


 ――QRコードってわけには、いかないわよね。


 列に並んで順番を待ちながら、魔道具で作れそうだが、そうなると不正も起こるか、とレオナが想像を働かせていると
「っ、レオナ・ローゼン様にあらせられますか! 陛下より丁重にお迎えするよう、言付かっております!」
 とどこからか慌てて走ってきた若い軍人に言われた。
 その背後から、身分の高そうな将官が近寄ってきて
「――どうぞこちらへ」
 と案内されたので、素直に従う。
「サシャ殿、並ばずに通用口を使われたら良かろう」
 歩きながらちくりと言う彼に
「はう! わわわ忘れてまひた」
 安定のサシャ節である。
「はあ……レオナ様、歩きながらで失礼を。私は帝国陸軍少佐のマクシムです。もしも城下で何らかの不都合があった時には、私の名前をお出しください」
「まあ! お心遣いとても嬉しゅう存じますわ、マクシム様」

 ものすごく分厚い身体で、銀色の短髪、薄茶色の瞳。
 三十歳前後だろうか。とても強そうだが、物腰はさすが、洗練されている。
 三十歳前後で少佐ということは――恐らくエリートの中でもトップだろう。名門出の将校ということは、間違いなさそうだ。
 
「とんでもございません。さきほど貴方様のお名前を叫んだ兵士の御無礼を、お詫び申し上げたい。街中で暴露するなど言語道断でありました」


 あー、確かに。
 身分の高い貴族は、ただでさえ狙われやすいものね。
 防犯上良くない行為だったわ。


「……でも、罰するのはできればおやめくださいまし。きっと知らなかっただけですわ」
「しかし」
「その代わり何かありました際は、マクシム様のご威光を、存分に使わせて頂きますわ!」
「……御意」
「ふふ」
「? なにか?」
「あ、ごめんなさい。マーカムの騎士団とはまた雰囲気が違って。凛々しくて素敵だなと」
「っ!」

 マリーが、思わず額を押さえた。

「き、恐縮です」
 マクシムは、その耳の上をほのかに赤く染めながら、話題の転換を試みる。
「ごほん。ところで、サシャ殿は怪我でもされたのか?」
 背負われているのだから、そう見えるだろう。
 ビクビクッと震えるサシャの代わりに、
「あ、お疲れみたいで」
 ジンライが屈託なく答えると
「はあー、誠に申し訳ない。お客人になんてことを」
 マクシムは、お前はまたか、の空気を遠慮なく出した。
「あ、俺が背負いましょうかって言ったんで!」
「ジンライ殿は、お優しくてあらせられる」
「いやいや! って、え? 俺の名前も!?」
「もちろんです」


 ――できる男だ、マクシム!


 少し不安だったレオナの気持ちを、安心させてくれる存在に出会えたことに心の中で感謝していると
「ここからは、別の者がご案内を」
 急にここまで、と言われ、思わず残念な顔をしてしまった。
 建物の中に入ったのだ。城内はまた別の所管区域なのだろう。
「マクシム様、ご案内頂きありがたく存じます」
「いえ……あー……」
 少しの躊躇いの後、迎えにきた官吏かんりと思われる人間に
「すまないが、私も謁見の間まで同行しても良いだろうか」
 と気を利かせてくれた。

 

 ――できる男だ、マクシム! (二回目)


 
「構いません。どうぞ。……サシャ殿は、そのままで?」
「あひゃい」
「はい。自分も大丈夫ですよ」
 ジンライが言うと
「左様ですか」
 その官吏は、気にも止めない様子だ。――官吏らしい、とレオナは思う。

「この城は、ご覧の通り内部構造が複雑です」
 マクシムが歩きながら、説明をしてくれた。
「中で働いている者ですら、自身の担当外区域は道が分からないのです。くれぐれもおひとりでは歩かれませんよう」
「かしこまりました。防衛のため、ですわね」
 レオナが言うと、マクシムは若干歩みを止めて目を瞬かせ――また歩き出す。
「いささか驚きましたね」
「?」
「レオナ様は、普通のご令嬢とは違っていらっしゃる」
「そう、でしょうか?」
「なるほど、皇帝陛下が気に入られるわけですね」


 ――褒められている気がしないのはなぜだろう。


「レオナさんだしなあ」
「れれレオナちゃんだもんね」
「むう」
「ははは、なるほど」


 ――せぬ!


「着きました。降りてください、サシャ殿」
 官吏に冷たく言われ、
「ひゃい」
 とん、とジンライの背中から降りたサシャは、あからさまに残念そうな顔をしている。
「少しは休めました?」
 ジンライがニコニコしながら聞くと、コクコクと無言で頷いた。
「良かったっす。またいつでも」
「ほほほんと!?」
「はい」
「いつでも、おんぶ?」
「? はい」
「はわわわ」
 ぽ、と赤くなって、頬を押えるその仕草は、完全に乙女のそれである。


 ――良かったねえ、サシャ君……


 マクシムが、それを温かい目で見ていたので、この人絶対良い人だ、とレオナは確信した。
「あ、ジン」
「ん?」
「タイが曲がっているわ。あと、ボタンを締めましょう」
「あっ、はい」
 レオナがジンライのタキシードのボタンを整えようとすると
「お嬢様……それは私が」
 マリーに遮られた。
「あっ、ごめんなさい」
「はは。すごいな。公爵令嬢に私も衣服を直されたいものです」
「あら、いつでもどうぞ?」
「え!」
「ふふ、冗談ですわ」
 さすがに、少しふざけすぎた。
「もう、宜しいですか」
 官吏の目が先程よりも、もっと冷たい。
「あっ、ああ、頼む」

 若干動揺のマクシムを置き去りに、無表情無感情な官吏が、扉をノックする。

「皇帝陛下。レオナ・ローゼン様がいらっしゃいました」

 扉が開くと、久しぶりのブルザーク皇帝ラドスラフが、玉座にいた。



 ※ ※ ※


 
「遠路はるばる、大儀である」
 形式ばった挨拶を済ませると、ラドスラフは人払いをしたのだが、ゾロゾロと退出していく人の中のマクシムに気がつき
「ん? 陸軍少佐、なぜここに」
 と問いかけたので
「あっ、私が心細いので同行をお願いしたのです」
 咄嗟にレオナが言う。
「ほう?」
「微力ながらお役に立て、光栄にございました」
「ふむ。そなたも残れ」
「! ……は」

 びしり、と先程までの柔和な態度が嘘のような、厳格な軍人の風貌になったマクシムに、レオナは驚く。ラドスラフは、本国に居るとこのように威圧を発しているのだなと。

「サシャ」
「はひゃいいい」
「書類を持て」
「すすすすぐにっ」
 どてっ、いたっ、へぎゃっ、と色々な音が遠のいていき、やがて静かになった。
 
「レオナ」
「はい、陛下」
「……もう良いぞ。場所を移そう」
 ばさり、とマントをひるがえして立ち上がる皇帝自ら、手で誘導する。

 人払いが完了し、玉座の裏の小部屋に通された。
 恐らく密会などに使われているのだろう。簡素だが家具の作りはしっかりとしており、部屋付きのメイドは一人のみのようだ。

 ラドスラフに促されて席に着くのは、レオナとジンライ。
 マリーはレオナの背後、マクシムは扉の側に立った。
 
「やれやれ、肩が凝る」
 全員が落ち着くと、ラドスラフは開口一番愚痴を言った。
「私もですわ、ラース様」
 ほ、とレオナの肩から力が抜ける。
「二人とも体調は大丈夫か?」
「ええ。ご心配、ありがたく存じますわ!」
「だだだいじょぶです!」
「くく、ジンライ。そのタキシード、なかなか似合っておるぞ」
「きょ! 恐縮です!」
「はは。力を抜け、ジン」
「無理です!」
「ははははは!」

 マクシムが、目を白黒させている。
 もしかすると、このように皇帝が笑うことなど、ないのかもしれない。

「マクシム」
「はっ」
「レオナの護衛だが、ディートだけでは、な……人材選定をと思っていたが、せっかくだ。そなたに頼んで良いか」
「はっ! 喜んで」
「うむ。勅命とする」
「!!」
 
 マクシムは、途端にびしり、と左手を腰の後ろへ回し、右手で敬礼をした後、そのまま手のひらで左胸を押さえるポーズをし、十五度、三秒ほどの礼をする。ブルザーク帝国軍の最敬礼、である。
 
「あの、護衛、て?」
「ああ、実は、残念だがまだくすぶっている勢力があってな。ガルアダ王女の件は聞いているか」
「ええ、お兄様から。獣粉じゅうふんをまた使われたと」
「その通りだ。嫌がらせを続けている奴らでな。レオナのことは、余の特別な存在として一部に認識されている。念のためにだな」


 ――ひえっ! ととと特別!?


「くはは、そう構えるな。余が自ら会いに行き、国に呼び寄せる。それだけでそうなるのだ」
「まあ……左様ですか……マクシム様、これからどうぞ宜しくお願い致します」
「こちらこそ」
「くくく。頼むぞマクシム」
「はっ!」
 
「あの、ところでディート様、とは?」
「あー」

 途端に、珍しく言い淀む皇帝に違和感をおぼえていると。

「すすすみませんー!」
 わさわさと書類を持ったサシャが入って来た。
「えっと、入出国免状、タウンハウス使用契約書に、帝国学校入学届と、警備同意書と、それから~」
「サシャ」
「んん? なななんでしょ陛下」
「ジンへの就学給付金申請書」
「あばばば! んとんと」
 ガサゴソ、ガサゴソ。
「ああああるです!」
「良かろう。説明せよ」
「はひゃい!」
「「就学給付金!?」」


 ――うやむやに、なった。
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