上 下
129 / 229
第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈121〉新天地へ 前

しおりを挟む



「お嬢様、よくお似合いですわ」
「ありがとう、マダム」

 立太子式典に合わせてオーダーしたドレスは、馴染みのオートクチュールのもの。誕生日、復興祭、と測っておいたサイズでデザインはお任せしたら、ピーコックグリーンのローブモンタントと呼ばれる、長袖ロング丈のドレスが出来上がった。
 アクセサリーは、誕生日の時のサファイアチョーカーを使いたいとお願いしたら、この色である。レオナの瞳の色は深紅。どうかな、と本人は不安であったが

「レオナ……まさに薔薇の乙女だな」

 とベルナルドも大絶賛であった。
 マダムはやはりおそろいの生地でチュールのついたトーク帽まで作っていて、マリーが
「この場合は脇を編み込んで低めにまとめ髪をした方が……」
 と髪型の相談をしていた。
 アデリナはミントグリーンの同じくローブモンタントとトーク帽。ベルナルドとフィリベルトは光沢のある黒のタキシードで、同じくピーコックグリーンのアスコットタイに、金色の薔薇のタイリング。
 リンクコーデだ! と密かに喜ぶレオナであった。

「さ、行こう」
 ローゼン公爵家勢揃いで向かうは、王宮。
 式典から舞踏会、と本来なら本日は長丁場である。
 が、レオナは式典のみで舞踏会は欠席にした。
 デビューしていないシャルリーヌら、学院の学生たちは舞踏会には出られない。しかも舞踏会に出てしまうと、否が応にでもまた誰かと誰かが婚約だのなんだの、めんどくさいのである。

「終わったら、シャル嬢達と一緒に帰ろう」

 フィリベルトが優しく微笑む。
 公爵家も侯爵家も、舞踏会に出席。であれば、学生は学生で夕食を一緒に、と、フィリベルトの提案で、お昼にマナー研修をした皆を誘ってあるのだ。公爵家で、実習がてらディナーしましょう! と。
 最初は恐縮していたが、自信がついたのかレオナと話すのに慣れたのか、徐々に行きたいです、と申し出てくれ、最後には全員参加。とても嬉しく思ったレオナである。

「ええ! お兄様、宜しくお願い致します」
 
 
 宰相たるベルナルドが率いるローゼン公爵家は、一番最後に入場。
 レオナが入場した瞬間、会場にいる者達が息を飲むのが分かった。
 上質で洗練されたデザインのドレスも、凛とした立ち姿もることながら
 
「っ、薔薇魔女……」
 誰かが呟いたのをきっかけに、その言葉は波紋のように会場全体に広がっていく。

 身から溢れ出る色とりどりの魔力が、ふんわりと彼女を覆っていた。


 ――もう、我慢しなくていいんじゃないかな?


 フィリベルトの言葉が、レオナの背中を押した。


 ――新天地へ旅立つだろう? 縮こまっていたらもったいないし、それに。


「みんなが居るじゃないか」
「はい!」


 レオナはずっと孤独だった。
 家族は温かく、心から愛してくれている。
 でもそれは、家族だから。
 ローゼンだから。
 権力と魔力がある、公爵家だから。
 ――血が、繋がっているから。

 いわば義務なのでは、と。
 だから自信がなかった。


 だが、ともに危機を乗り越えた仲間達ができた。
 レオナが命の危険に晒された時には、あんなにも心配して寄り添ってくれた。泣いてくれた。
 
 慌てて食事会に招いたって、何も聞かずに来てくれて。
 助けて! と言ったら助けてくれて。
 困った時はお互い様、と笑い合って。
 
 学院でも、学院の外でも、心で触れ合い、レオナだもんね! と笑ってくれる。そのままで好きだと、言ってくれる。

 ――暴走したって、きっと、みんななら止めてくれる!


 この一年でようやくレオナは、信頼できる『友』を得た。大きな自信が、彼女の心の封印を――溶かした。

「もう我慢は、やめますわ!」

 私は、私で。
 もう薔薇魔女とか、なんでもいいや。


 私は、レオナ・ローゼンだもの!



 ※ ※ ※

 

 レオナとゼルの様子がいつもと違ってきているのは、学院でさり気なく様子を見ているルスラーンにも、分かってはいる。焦る気持ちは、ある。それでも容赦なく過酷な任務が続いていた。

「式典が終わったら、休んでください」

 直属の上司であるジャンルーカが、労ってくれた。

「どうしても近衛は人手不足で、大変申し訳ない」

 そういうジャンルーカも、ずっと休んでいないので、部下達は何も言えないのだ――密かに紛れ込んでいると思われる間諜は、何の動きも見せないまま、立太子式典の日となった。

「ルスー、そんじゃ罰はいつにしよっかねー」

 先程人員配置を確認しにきた副団長が、口角だけを上げて言うので、首筋を冷や汗がたらりと流れた。
 ジョエルは未だに、レオナを刺されたことを許していないと豪語するが、それは自分を含めてだということは、なんとなく察している。

「……いつでも」
「分かったー。ちょっと先になるかも」
「承知しました」

 ナジャと呼ばれる隠密の男の予定が合わないのかな、とルスラーンは勝手に予想する。
 相当に神経を尖らせないと察知できない、手練てだれの彼もまた『罰』の対象らしい。ふとした時に気配を探ってみるのだが、少なくともルスラーンの周囲には居ないようだ。

 ふう、と息を吐くと、式典場の扉前の儀典官が、入場開始の合図を手で寄越した――任務開始、すなわち私情は排除、である。
 
「じゃ、気合い入れてこー」
 ジョエルはこうして定期的に巡回しながら、部下の様子を見て士気を鼓舞する。
 騎士団長ゲルルフは……国王の脇で緊張した面持ちで直立不動。今日は、将来に渡り武功に恵まれるよう、王太子に宝剣を授けるという重要な役割があるのだ。

 かつて、自分の父であるヴァジームが、現国王に別の似たような儀式を行った際は、後光を感じるほどの威風堂々さで尊敬したものだが――我が団長ながら余裕がなさすぎて、少しゲンナリしていたら。
 

「綺麗だ……」
 入場してきたレオナを見るや、思わずルスラーンの口から出たその言葉は、隣に立っていたジャンルーカの耳をくすぐった。
「ええ、本当に」
「あ、すみません」
「ふふ。我慢はやめたと見える。美しいですね」
「はい……」
「貴方も我慢しすぎですね」
「!」
「英雄は、そんなに小さな男でしたっけ」
「いいえ。いつでも超えていけと」

 この美麗な男が、珍しくニヤリと笑んだ。

「ええ。ジョエルも私も、いつでも我々を超えて欲しい、と思っていますよ」
「!!」


 ルスラーンが近衛に異動して半年。
 周囲は十分にこの英雄の息子が実直で驕らず、謙虚な人間だと認識した。
 しかも素直で臆病で、常に気を遣う優しい人柄は、身分年齢関係なく人望を集めている。むしろ遠慮するな、と思っている。自分達の力不足だろうか、と鍛錬に励む者すら、いるのだ。

「なら、俺も我慢、やめてみますかね」

 眩しそうに目を細めるルスラーンに、ジャンルーカは黙って頷く。

 
 漆黒の竜騎士が、戒めの鎖を断ち切る日も近い。

 

 ※ ※ ※


 式典は滞りなく進み、舞踏会へと移っていく。
 その前に、退出の挨拶にとアリスターとミレイユを訪れたレオナとフィリベルト。
 
「レオナ嬢……」
「アリスター殿下。この輝かしい良き日に立太子のお運び、心よりお祝い申し上げます」
 最大限のカーテシーは、膝が床につくほどのもの。
 それでもマダムのドレスは、洗練されたラインを保ったまま、かつチラリと華奢な足首も見せ、レオナの魅力を裏打ちしていた。
 たまたま周囲に立っていた貴族令息達がこっそり唾を飲み込む様を見て、フィリベルトはかろうじてブリザードを我慢する。

「ありがとう……その、なんというか、見違えた」
「ふふ。お褒め頂き光栄ですわ」
「あの、私にはあまり魔力がないのですが、それでもその、キラキラと! お綺麗ですわ!」
 ミレイユ王女が、無邪気にはしゃいでいる。
「ありがたく存じます。無理するのをやめたのです」
「そう、か」

 アリスター王太子は、残念そうな顔をする。
「貴方こそ……いや、なんでもない。来てくれて嬉しかった」
「ありがたきお言葉。益々のご繁栄をお祈り申し上げます」
 レオナは気づかないふりで、笑顔で流した。

 さ、型通りの挨拶は終えたぞ、と振り返ると
「レオナ!」
「レオナさん!」
「レオナ様っ」
 学生達の晴れやかな顔が並んでいた。

「まあ! みんな! 良く見せて……すごい、みんな素敵ね!」

 それぞれの衣装を見て、一人一人と手を握って回った。

「さすがマダムのドレスね!」
「シャルも、本当に素敵だわ!」
 その隣で、男爵令嬢の二人が目をうるませていた。
「ありがたく存じます、レオナ様」
「恥じることなく、挨拶できましたわ!」
「ええ! とってもお上手でしたわよ!」
「ぼ、僕も」
「わたくしも!」
「ふふ、夕食でゆっくりお話聞かせてね!」

 笑顔、笑顔、笑顔。
 ゼル、テオがそれぞれ手を差し出してくれて。
 フィリベルトが笑いながら頷く。
 二人がレオナを挟んで同時にエスコートをして、歩き出した。シャルリーヌは肩をすくませて、フィリベルトにエスコートをしてもらう。

 遠くで、無表情を装うジョエルとラザールと目が合って。
 微笑みを送ると、二人とも眉が下がった。
 きょろりとルスラーンを探すと、ジョエルがウインクしながら指差してくれた。
 ルスラーンに小さく手を振ると、こちらもウインクされて。近くにいた何人かのご令嬢がきゃっ! とざわめいたので、べー、を返したら、笑いを堪えられなくなったようで、顔をそらされ。

 そんなことをしながら、会場を出た。
 

 あんな低位の者達と……
 品性の欠片もないわね
 薔薇魔女に呪われるがいいわ


 そんな陰口の数々も、なぜか全く気にならなかった。
 新しい季節。花の香りのする、新たな空気に胸を踊らせる、レオナ達であった。

 
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

処理中です...