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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈113〉強力助っ人コラボで乗り切るのです

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「えーっとあとは……」
 昨日頭の中で妄想しただけの、慰労いろう会手料理リストを思い出しながら、食材屋の並ぶ王都の市場を歩き回るレオナ。後ろにはヒューゴーとマリーが、ピッタリと付き従っている。昼前に学院の制服姿はなかなか目立つので、マリーが寒さ対策も兼ねて持ってきてくれた、ストールをぐるぐる巻きにして、街歩き用眼鏡を掛けていた。
 

 ――数分前。
 
「多分それぞれに、お皿をサーブするよりも……好き嫌いもお聞きしていないし……やっぱりビュッフェスタイルが一番効率的だわ」
 馬車の中でブツブツ言うレオナを見守る夫婦は
「「ビュッフェスタイル?」」
 と顔を見合わせた。
「あー、えっとね、その、立食形式?」
 マリーが心配そうに
「皇帝陛下、ですよ?」
 と言うが。
「ええ」
 レオナも、それがインフォーマル、つまりロイヤルの接待に適していないことぐらい、分かっている。
「……名目は、塩胡椒貿易協定の説明会議よ。つまり」
「試食、ですね」
 ヒューゴーが意を汲んでくれる。
「その通り。塩と胡椒を使った料理をいくつも食べて頂きたい、と言えば」
「なるほど……!」
「商談しつつ、歩きながら料理をつまむわけですね」
「そう! プレゼンよ!」
「「プレゼン?」」
「えーと、売り込み! 宣伝!」
 

 ――やばい、テンパりすぎてダダ漏れてるっ!
 気をつけないとだ……
 

 というわけで、市場の中を色々な食材を見て周りながら、ああでもない、こうでもない、と頭を悩ませていた。


 ――どう考えても、私だけじゃ間に合わないわ……


 どんなに早く帰っても、昼前。
 ディナーまでに全て仕込んで並べるには、料理長と手分けしたとしても、到底時間が足りない。かと言って手抜きもしたくないし……と考えていると、
 
「レオナ嬢?」
 
 聞き覚えのある声が。
 
「やはりか。今日は学院のはずだが、こんなところで何を」
「ラジ様!!」

 ラザールだ。
 今日はオフなのか、珍しく私服姿。黒いコートで、さらにグレーのストールを肩から掛けている。手には、紙袋。右耳の上の髪の毛が少しはねている。完全に寝起きで油断したままな、休日の買い出しスタイルである。

「今日、お休みですの!?」
「え? あ、ああ、ようやくな」
「お時間ありますの!?」
「おい、どうした」

 思わず後ずさりするラザールに、ジリジリにじりよるレオナ。

「たすけてっ」
 ガシィッ、と両手でラザールの手首を掴むレオナに
「は!?」
 タジタジの王国魔術師団副師団長。
「大ピンチなの!!」
「だいぴん? なんだ? どうした、落ち着け」
「ラジ様ぁ……うう」
「おい……」
「んん。代わりにご説明致します」
 ヒューゴーの助け舟だ。
 その間、マリーがそっと、めそめそレオナの手をラザールの手首から、指一本ずつひっぺ剥がしている。

「――というわけです」
「なるほど。理解した。つまり、レオナ嬢の料理を、私の魔法で手伝えと」
 レオナが力いっぱい
「です!」
 と身を乗り出すと
 
「報酬は?」
「へ?」

 ニヤリ・ラザールのご降臨だ。

「まさか、公爵令嬢ともあろうものが、王国魔術師団副師団長をタダでこき使うなど……」
「わわ、私にできることなら!」
 まさにわらにもすがる思いで、レオナは即答する。
「よし。約束したぞ」
 満足げなラザールを横目で見るヒューゴーは、嫌な予感が止まらない。

 (まさか、デートとか言うんじゃないだろうな……)
 
「急がねばなるまいな……かといって服装もか……ならば、着替えを取りに戻り、公爵邸に直行しよう。それで良いか?」
「はい! お願い致します!」
「分かった。後でな」

 決めたら行動が速いラザールは、あっという間に人混みの中に姿を消した。

「……レオナ様、宜しいので?」
 マリーが心配そうだ。
「ええ! ものすごく心強い味方だわ!」

 ((ちがーうっ!!))

 夫婦の心配を他所よそに、エンジンのかかったレオナは、破竹はちくの勢いで食材を買い漁っていった。

 

 ※ ※ ※


「この攪拌かくはんを! 分離したのは、こちらへ!」
 言いながら、ボウルをラザールにパスするレオナ。
「分かった」
 即座に杖を取り出し、魔法を唱えるラザールは、次々とバター、生クリーム、ごま油、オリーブオイルを作っていく。
 さすが、副師団長。属性の使い分けも、魔力量の調整も、レオナの見本一回で完コピした。
 
「料理長、オーブンは」
「温度維持してます」
 汗を拭きながら、鉄皿を入れ替え次々焼いていく料理長。

 公爵邸のメインキッチンは、修羅場と化していた。

「んー! やっぱり間に合わないかもっ。あと一人居ればいいのにっ!」

 と嘆くレオナを護衛しながらヒューゴーは、
「一人心当たりが居ますね。ゲストですけど」
 と呟く。
「ほんと!?」
「……今日のオススメはァ、チキンソテーだよォ」
「ちょ! 全っ然似てないっ!! でも、今すぐ連れてきて!!」
「分かったよォ」


 ――ほんとは、すっっっごい似てるっ!
 調子に乗るから言わないけどっ!!


「ぶくくくく」
 ラザールが、肩を揺らして笑っている。
「なかなかやるな。くくくく」
「もー、ヒューったら。ラジ様、次はこちらをみじん切りで!」
「微塵?」
「みじん。えっと、このくらいの大きさで!」
「分かった。これが、みじん」


 ――ちょっと可愛いとか、思ってる暇はないんだけどー!

 
 レオナは忙しく指示を出したり、作業をしたりしながら、ラザールのことを見直した。
 まさか、ここまで手伝ってくれるとは、思っていなかったのだ。
 
「呼んだァ?」
「タウィーザ殿下っ!」


 ――本物だァ、とか思っちゃったじゃない! ヒューめ!


「お早いですわね?」
 チキンに下味を入れながら、レオナが言うと
「うん。ジャン殿が教えてくれてさァ。ちょうど胡椒いっぱい持ってきたところだったんだよォ! 今度こそって思ってェ」
 
 着いた途端、ヒューゴー君に呼ばれてビックリだよォ、と笑いながら、調理台の上に胡椒の袋をドサリ、と置く。

「さて、何したら良いかなァ?」
「盛り付けを、お願いできますかしら!」
「分かったよォ」
「ぶは」

 ヒューゴーの真似を思い出したのだろう、ラザールが吹き出した。

「んー? 変なこと言ったァ?」
「くく、ヒューゴーが悪いんですよ、殿下」
 ラザールがすぐバラした。
「ちょっ」
 壁際で焦る護衛に、レオナはざまあみろ! とべーをした。
「ほー? なにしたのかなァ?」
 出来上がった料理を、指示もなく素早く鮮やかに盛り付けていくタウィーザは、完全に料理人。料理長も、目を丸くしている。さすが激務の学生食堂を切り盛りしていただけはある。


 ――即戦力! でも、王子……よね?


「いやちょっとですね」
「ま、今はいっかァ。はい。次のはどこだァ?」
「こっちですわ! ヒューゴー、そろそろお兄様を連れてきて!」
「了解っす」


 怒涛の準備だが、なんとか間に合いそうで、レオナは内心ホッとした。

 ――どうか、うまくいきますように。
 

 
 ※ ※ ※



「ようこそ、ブルザーク皇帝陛下」
 ローゼン公爵家の玄関ホールで、大国の皇帝をうやうやしく出迎えたのは、ローゼン公爵ベルナルドとその妻アデリナ。
「招き、嬉しく思う」
 白いドレスシャツと黒いスラックス、黒いニーハイブーツの皇帝は、黒ベルベットで金ボタンのジャケット姿の、簡易的なフォーマル。念のため持ってきた、と思われる姿だ。後ろのサシャも同様で、シンプルかつ細身の黒いセットアップ、シャツは紺色のサテン生地。

「今夜は、どうか力を抜いて、気楽に過ごして頂きたいとの娘の要望です」
 ベルナルドが、意味深に笑う。
「ほう? 分かった」
 ラドスラフは、肩の力を緩める。


 執事のルーカスが、完璧な所作でダイニングへと案内する。
 普段のディナーの場所とは別の、来客用の豪奢な部屋だ。

「ようこそ、皇帝陛下」
 ダイニングの扉前で待ち構えていたのは、フィリベルトとジョエル。フィリベルトはタキシード姿、ジョエルはあくまでも護衛なので、騎士服だ。
 サシャが、ぶち上がってしまうテンションを必死で我慢するあまり、またも挙動不審になっていて、ジョエルはこっそり苦笑した。

「うむ」
「本日は、我が妹レオナが、一風変わった趣向にて準備をしたようです」
 フィリベルトが、にこやかに告げる。
「どうぞお楽に、お楽しみください」
 丁寧な礼を合図に
「皇帝陛下の、御親臨ごしんりん!」
 ジョエルが声をかけながら、扉を開いた。
 左側をジョエル、右側をフィリベルトが大きく開くと、入口から少し入った中央に、カーテシーで待つレオナ。
 
 レオナを頂点として、向かって左にタウィーザ、ゼル。右にシャルリーヌ、テオ、ジンライが少しずつ後ろに控える形であり、上から見たなら綺麗な三角形に見えるだろう。
 その背後の壁際にはラザール、ジャンルーカ、ルスラーンが、それぞれの制服でビシリと、騎士礼をしている。

 ラドスラフは、ひと目見るなり、この歓待を非常に嬉しく思った。
「皆の者、おもてを上げよ」
 弾む声を隠しもせず、レオナに近づいていく。
 その手を取り、甲にキスのふり。
 そのままレオナをエスコートして脇に従えると、

「この度の招き、心より感謝する。昨日の今日と急であったが、よくぞここまで」

 と、見回して言葉を紡ぐ。
 
「皆。ありがとう」

 皇帝としては、最大限の謝辞だ。
 レオナは胸が高揚して――

「皇帝陛下。発言を」
「ふ、ああ、そうよな。皆、今宵こよいは自由に発言せよ! 面倒だ!」
「まあ! うふふ」

 レオナはラドスラフから離れて再び皆を背に立ち、歓迎の言葉を伝える。

「ラース様。御自らおいでくださり、心より御礼申し上げます。本日は趣向を変えて、立食形式でお迎えしたいと存じます」
 そしてラザール、タウィーザと目を合わせ
「今宵のお料理は、御要望にお応えしたく、私の腕によりをかけて御用意させて頂きました。ですが、決して私一人の力ではございません」

 ラザール、タウィーザを近くへ招く。

「こちらのお二人が、惜しみなくそのお力をお貸しくださりました」
 目を合わせ、頷くとラザールが
「魔法を料理に活用したのは、レオナ嬢の発案ですが、なかなかどうして有意義でした」
 と言い、タウィーザはそのラザールの肩をグワシッと抱き寄せ
「我が国の胡椒も、是非ご堪能あれィ!」
 朗らかに言い放った。
「ははは! 分かった! さあ、せっかくの料理が冷めてしまう。ベルナルド!」
「全く、相変わらず人使いが荒い!」

 ルーカス、ヒューゴー、マリーがすかさず全員に飲み物を配る。レオナ、シャル、テオは果実水。それ以外はシャンパンだ。

「騎士達も、一杯だけ飲もう」
 ベルナルドがグラスを掲げると
「うむ、余の命令だ」
 と皇帝も掲げる。
「「「は!」」」
「よし。では、旧友そして隣人のブルザーク帝国に!」
「良き友、マーカム王国、そしてローゼンに!」

「「「「「「「乾杯!」」」」」」」

 

 ※ ※ ※

 

「ほお……胡椒の風味は、確かに塩とよく合う」
 
 まずレオナがラドスラフに勧めたのは、チーズ。
 ワイン造りの副産物のワインビネガーを取り寄せていて、加熱したミルクとでモツァレラチーズを作り、塩と胡椒を振りかけた簡単なもの。
 タウィーザが、待ってましたとばかりに胡椒の栽培方法や、現状など、真面目な話をし始めた。ラドスラフやサシャだけでなく、ベルナルドやフィリベルトも耳を傾けている。

 その間レオナは、ジョエルやジャンルーカ、ルスラーンにどう食べるかと、どういう食材かの説明を一通り行っていく。
 トマトなどの生野菜にはオリーブオイルと、塩、レモン、胡椒でドレッシングを作ったので、かなり食べやすくなっているということ。
 さらに、分厚く切った肉は、その場で料理長が焼くスタイルで、お好みで塩胡椒やハーブを乗せてどうぞ、と。

「各自でお皿を持って、好きに取ってくださいませ。お食事は、あちらのテーブルでなり、立ったままなり、ご自由に」
「へえー! 面白いなー!」
 ジョエルがワクワクしている。
「どれでも、食べて良いのですね?」
 とジャンルーカは、何かを見定めている。
「……焼きたて……すごいな……」
 とはお肉大好きなの? のルスラーン。
「ええ! 立ったり座ったりで、良いのです!」
「へえー!」
「お行儀より効率、ですね」
 ジョエルとジャンルーカを尻目に、レオナは躊躇っているルスラーンを強引に引っ張って、料理長のもとへと連れて行った。
「いっぱい食べてくださいませ! 料理長、分厚めで!」
「お任せを!」
「はは、分かった」


 ――うん! 高級ホテルのビュッフェスタイル、好評で嬉しいっ!


 一人悦に浸るレオナは、シャルリーヌ、テオ、ジンライにも、それぞれの料理を詳しく説明する。
 
「ちょっとほんと頭がついていかないんだけどね」
 シャルリーヌが、半ば呆れている。
「レオナさんらしいね!」
 とはテオ。
「うわー、俺、感動っす。これなら」
「マナー、気にならないでしょう?」
「はい!」
 嬉しそうなジンライが、それほど萎縮いしゅくしていなくて安心した。


 ――誕生日パーティの時は、みんな来てくれるかな? なんてドキドキしてたのに……


 こうして、たくさんの人々に囲まれて、なんて幸せなのだろうとレオナは思う。
 でもだからこそ、ここで立ち止まりたくない、とも。

「レオナ」
 フィリベルトが、にこやかに手を差し伸べる。
「お兄様!」
 ぎゅ、とその手を握ると、温かかった。
「……大丈夫、ずっと側にいるよ」
「はい、お兄様」
「いつでも。レオナの好きなように」


 大好きなお兄様。大好きな、人達。

「ええ!」
 

 ――私の決意を、どうか、受け止めてね。
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