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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀
〈112〉思い付いたら実行、は遺伝なのです
しおりを挟むゲルルフ退散後、ジャンルーカとルスラーンは、皇帝と陸軍大将を学院内のとある場所まで案内していた。
「あんなもので、良かったですかな?」
歩きながらアレクセイがニヤリとするので、ジャンルーカは歩みを止め、深々と礼を返す。
「はい。大変ありがたく。心より感謝申し上げます」
「はは。頼まれたとはいえ、事実あんなものには意味を見いだせぬ。お力になれたのならば僥倖」
「さすが、堂にいった演技でございました」
「ふふん」
「調子に乗りすぎだぞ、アレクセイ」
ラドスラフが苦笑する。
「さては、楽しんでいただろう?」
「何を仰います、陛下こそ」
「余は、まじめにだな」
「……ほう? ジャン殿に貸しを作るため以上のものがあった、と?」
「はあー。貸しなどと言うな……」
「かっかっか、事実でしょうぞ。それほどまでにローゼンに、おおっと」
さすがに喋りすぎた、とアレクセイは前に向き直る。
今回の剣術講義での『茶番』は、ジャンルーカが仕組んだものだった。ゲルルフのあの全く無意味な組み分けを、やめさせる。あわよくば、それ以上に改革の必要性を自覚させる。それが目的で、見学に際して『お願い』をした。
ラドスラフはラドスラフで――帰国前にどうしても行きたい場所があり、それには近衛筆頭の協力が不可欠。お互いに利のある取引である。
「さ、着きました」
ジャンルーカが立ち止まったのは――
コンコン
「はい」
「おいでになりました」
「……どうぞ」
「失礼致します」
優雅な仕草で扉を開け、中の人物に黙礼をしたジャンルーカは、そのまま扉を支えると、皇帝と陸軍大将を招き入れた。ルスラーンは、扉の外で待機である。
「……息災か」
部屋に入るなりラドスラフが尋ねる。
「ええ。貴方も……元気そうで何より」
「ああ、兄者」
「ふふ。そう呼んでくれるんだね。嬉しいな」
カミロは、ラドスラフをソファに座るように促す。
ジャンルーカはカミロの背後、アレクセイはラドスラフの背後に立った。
ラドスラフの別名は『血塗られた皇帝』。その名の通り、数多の人間を屠ってきた冷血な男である。
ブルザーク帝国では、深紅は王族のみが身につけることのできる、高貴な色とされている。王族の血が、その髪色に遺伝することが多いからだ。レオナの瞳も『皇帝の赤』として――今やその人格も含めて――ラドスラフは欲しいと思っている。
そもそもが皇帝直系とはいえ、末弟であったラドスラフ。
王位継承順位もなきに等しかった。だが、前皇帝が病に倒れるや否や、愚直な腐敗政治に塗れて国政を蔑ろにする者、国庫を好き勝手に使う者、果ては癒着に癒着を重ねて、対立している双方から責められ身動きが取れなくなる者、ぐしゃぐしゃになった。
そんな奴らに国を潰させるよりは、と謀略と資金源と運とで、ことの如く兄達を殺し、玉座に就いたこの男が唯一見逃したのが、異母兄のカミロ。
亡命のために頼ったのが、旧知の友のベルナルド・ローゼンであったが、カミロ自身の手腕で、今やすっかりベテラン学院講師である。
「何年ぶりかな? 変わらないね、ラディ」
「そうか? 兄者もな」
「ふふ。お茶は……飲めないか」
「いや、頂く」
「良かった! お勧めがあってね!」
嬉しそうにサッと立ち上がって、こぽこぽと、ポットに湯を注ぎながら
「それにしても学院見学なんて。どういう目的なのかな?」
カミロが尋ねる。
「目的か」
「うん。僕に会いたいだけなんかじゃないよね? レオナ嬢のためだけでも、なさそう」
「……はあ。相変わらず兄者には隠し事ができん」
「僕にも協力できることかな?」
「実は折り入って相談がある」
ゆっくりと、ティーカップをテーブルに置くと、カミロは微笑んだ。
「なにかな?」
※ ※ ※
その夜、公爵邸にて。
家族揃ってのディナーで、レオナは溜息をつく。
「どうしたんだい、レオナ?」
ベルナルドは、もう少し落ち着いてから職務に戻る、とフィリベルトとともに自宅療養、という名の家族サービス中だ。宰相業務は文官に丸投げしているらしい(時々公爵邸に、青い顔の人間達が訪ねてきてはいる)。
「お父様……申し訳ございません。その、考えごとを、していて」
「うん。言ってごらん?」
「実は、お父様とお兄様があんなにも大変でしたでしょう? それで、今回の演習と騒動を一緒に乗り越えて下さった皆様も含めて、慰労の会をしたいなと、勝手に思っているのです」
「ふむ」
「それから、その、ラース様――ブルザーク皇帝陛下が、私の手料理を食べたいと仰って下さっていて」
「ほう?」
「皆様を招いて、ホームパーティのようなものが出来ればと思ったのです。ですが、皇帝陛下がもうご帰国されるそうで、その」
「なるほど。皆を招いてレオナの手料理を振舞えれば、と考えたんだね? ところが帰国まで間がない、と。ふむ」
「皆様お忙しいでしょうし……」
「ラースはいつ戻るのかな?」
「ハッキリとはお聞きしておりませんわ」
「レオナが呼びたいと思う人達は、誰かな?」
「ええと……皇帝陛下、学院のお友達とアザリーの皆様、騎士団の皆様、それからナジャ君、ですわ」
「うーん。アザリーは、タウィーザ殿下は大丈夫だが……」
「あ、無理にとは」
「ふむ。フィリ、これは」
「ええ、公務、ですね。良いでしょうか、母上」
「もちろん。私もラースに久しぶりに会いたいわ」
「公務……?」
「「「公務」」」
公爵家全員ニヤリ。
なかなかな迫力!
「ルーカス」
ベルナルドが、視線を送ると
「承知致しました」
と恭しく礼をして下がった。
「公務、とは……?」
レオナが首を傾げるとフィリベルトが微笑んで
「ま、明日の朝には分かるよきっと」
と再びカトラリーを動かし始めた。
「はい……」
釈然としないレオナにベルナルドが
「手料理を振舞うとしたら、何を作るのかな? 揚げ鶏かな!」
とウインクした。
「ふふっ。そうですわね……考えてみますわ!」
――皇帝陛下に出しても大丈夫な手料理かぁ……
やっぱり彩り豊かなテリーヌとか、あとおイモも美味しいし、お塩と胡椒の活きるものが良いわ! となると……天ぷら!? ハンバーグ!? ひき肉作れるかな、それこそ魔法で? あ!
「お兄様、先日お取り寄せしたアレはまだ?」
「うん、残っているね」
「……とするとデザートは……」
「んもう、レオナったら」
アデリナが呆れているが、全く耳に入っていない。
「今度のお茶会のことなんて、忘れているみたいだね」
フィリベルトが、やれやれ、自国の王子のご招待なんだけどなあ、と肩をすくませて、笑った。
※ ※ ※
「ベルナルド! もう、良いのか!?」
開口一番、そう声を掛けるのは、マーカム国王ゴドフリー。
朝一番に王の間で接見を願い出た宰相に、会わないはずはなかった。暗殺未遂事件の聴取は、法務大臣主導で進められているものの、宰相本人にはまだ会えていなかったのだ。
「はい。まだ本調子ではございませんが。お心遣いに感謝申し上げます」
アデリナとともに参上し、型通りの挨拶をする。
「よいよい。復帰を心待ちにしておるが、無理はせぬようにな!」
「は。ありがたいお言葉にございます。朝早くにお時間を賜り、失礼を致しました」
「うむ」
そうして王の間を出たベルナルドが向かった先は――
王宮の最も豪奢な客室。
恭しく扉をノックする部屋付き近衛騎士の所作は、さすが優雅である。
「入れ」
朝日の差し込む明るい部屋に似つかわしくない、黒いガウンの皇帝が、ソファにだらりと腰掛けていた。
「やあ、ラース」
あえて、フランクに呼びかけるベルナルド。
「おお、もう良いのか?」
足を組み、紙を手に持ったまま迎える怠惰な皇帝は、眠そうだ。
ベルナルドは、アデリナとともに苦笑しながらその向かいに腰掛ける。
「なあに、もともと大したことはない」
メイドが、お茶の用意をし、部屋を出た。
ダージリンティーには少しレモンのしずくが落としてあり、朝には最適なさっぱりさだ。
「何よりだな」
ラドスラフも紙をテーブルにばさりと置いて、カップに口をつける。
「帰国するのか?」
「ああ、さすがに本国から連絡が来た。情けないが、七日の留守はきついようだな」
「そうか……」
「どうした?」
「いや、レオナがな。是非手料理を振る舞いたいと」
「! サシャ」
「えぇ……と、ああ明日の朝からよよ、夜通しで走れば、まま間に合うと?」
「ふむ。となると今夜だけか」
いかがか? ――と珍しくそわそわする皇帝が面白おかしく、ベルナルドは辛うじて、色々飲み込んだ。
「アデリナ」
「ええ。では、夕方迎えの馬車を寄越しますわ」
「! 良いのか?」
「ローゼン公爵との会食は、ご不満でしょうか?」
ベルナルドは、ニヤリとする。
「塩胡椒貿易協定、でしたかな? アザリーとの橋渡しを、この宰相めにもご説明頂けますかな」
「……くく、なるほどな」
ジャンルーカへの貸しは高くつきすぎたか、とラドスラフは苦笑する。
「――レオナになにか、お話がおありなのでしょう? 陛下」
「……ああ。ベルナルド。本人次第だが……」
※ ※ ※
「レオナ。早退」
「へっ!?」
学院のハイクラスルーム。
レオナは、一限目の数学を終えて次の魔獣研究に備えていたわけだが、どこからか帰ってきたヒューゴーに、いきなり帰り支度を促された。
「それとな、ゼル」
「ん?」
「学院終わったら、全員集めて公爵邸に集合」
「お? 全員て……シャル、テオ、ジンライ?」
「ああ。迎えの馬車来るから。引率よろしく」
「……おお」
面食らいつつも素直に承諾するゼルは、完全に自身が王子だということを忘れている。
あの兄にして、この弟、である。
「さ、行くぞ」
「えーと、ごきげんよう?」
「「ごきげんよう?」」
ヒューゴーに引っ張られるレオナに、ポカンのシャルリーヌとゼル。
「なんなのかしら?」
「なんなんだろうな?」
首を捻りつつ、講義に備える二人であった。
「えっ、マリーまで? どうしたの?」
馬車広場で、公爵家の馬車に乗ると、中でマリーが待っていた。
「閣下のご指示で」
「お父様?」
「ええ。相変わらず強引な手腕ですわ」
マリーが苦笑している。
「公務、だそうですよ」
ヒューゴーが大きな溜息とともに言う。
――あ、昨夜言ってたやつ?
「えー、おっほん。急ですが今夜、ローゼン公爵邸にて、塩胡椒貿易協定の打ち合わせを、ディナーを囲みながら行うとのお達しです。主賓はブルザーク帝国皇帝ラドスラフ陛下、サシャ外交官、アザリー第八王子タウィーザ殿下。護衛に副団長、近衛筆頭、それからもう一人近衛騎士が来ます」
「う」
「「う?」」
「うそおおおおおおおおおおおおお!」
叫んだよ!
ええ、叫びましたともさ!
「昨日の! 今日!」
「そっすね」
「お嬢様、今のはさすがに」
「分かってるわ! でもっ」
「「……どうぞ」」
「いぎゃーーーーーむりーーーーーー!!」
「さ、お嬢様。食材の買い出しを」
「嘘よ、嘘って言ってよマリー」
「……嘘なら同乗致しません」
「うえええええ」
「あー、がんばれ? 荷物は持つし? な」
「ちょおおおおもおおおおお」
「あ、ナジャもちょっとだけ来るって。良かったな」
「ちょっとおおおおお! まさか!」
レオナは思わずヒューゴーの襟元をひっ掴んで、がくがく揺すった。
「もう一人の近衛騎士って! まさかまさか!」
「「あー」」
あー、じゃなーーーーいっ!!!!
ヒューゴーから手を離して、頭を抱え込んだレオナは、完全に公爵令嬢なのを忘れている。
「良かったじゃないすか」
「手料理で、お心を掴むのですよ、お嬢様!」
――こんの夫婦めえ! こんな時ばっかり結託してええええ!
「ぐううう、こうなったら」
ぐ、とレオナは拳を固めた。
「掴んでやろーじゃないのおおおお!」
「「わー」」
パチパチパチパチ!
喧嘩ップルが結託するとろくなもんじゃないな、とレオナは学んだのだった。
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