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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈111〉皇帝の学院見学 後

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 ザワつく学生食堂は、ある一角が規制されているので、いつも以上にごった返している。
 巡回の騎士達も動員されて、物々しい。
 しかも、ブルザーク皇帝を一目見ようと野次馬まで……

「見てるだけで、疲れるわね」
 シャルリーヌが、カウンターからサラダを取りながら、うんざりとした様子で言う。
 その隣のゼルは
「滅多に見られないご尊顔、だそうだしな」
 と器用にチキンソテーとステーキの二皿を取っている。
「……何も無いといいが」
 不穏なことを言うのはヒューゴー。何やらピリピリしている。レオナは嫌な予感がして
「ねえヒュー、どうしたの?」
 聞いてみると
「ごきげんよーゥ」
 間延びした、だが油断ならない声がカウンターの向こうから発せられた。
「……やっぱりか……」
 はぁ、と、ヒューゴーが額に手を当てる。
「タウィーザ殿下!?」
「ター兄!?」
 ゼルも驚いている、ということは知らなかったようだ。
「今日のオススメは、チキンソテーだよォ」


 ――この人、自分が王子って自覚あるのかな!?


「えぇ……? じゃあチキンソテーで……?」
 レオナが言うと
「胡椒を売り込みに来たら、手が足りないって言うから、ほら、ハリーの代わりに?」
 言い訳しながら皿を手渡される。――絶対キッチン担当で入門したな……と悟る。
 
「スープも美味しいよォ」
 しれっと続けるタウィーザ。
「あら、オニオンスープですわね? 確かに胡椒、合いますわ!」
「さーすがレオナ嬢。皇帝陛下にもお勧めしたいんだけどさァ、今日は毒見が居ないからってさァ……」
「まあ。じゃあ見学だけなのですね?」
「そ。食べて欲しかったなァ」
 じとー、と皇帝が居る辺りを見るタウィーザ。完全に肩透かしコック、である。
「それは残念でしたわね……でもお毒見は」
 いくら友好国とはいえ、必須である。
「ま、しょうがないねェ。とりあえず、一働きするさァ!」
 
 食堂で働く王子なんて、居るのだろうか?
 公開演習でタウィーザの顔も、マーカムでは認知されてきている。その証拠に、隣の学生達がタウィーザを見てギョッとした後、首をひねっている。まさか王子? いやそんなハズは? の心の声が聞こえてくるようだ。

「まさか、無断で来たのですか?」
 ヒューゴーがチクリと刺す。
 近衛宿舎に滞在しているとはいえ、マーカムからすると賓客扱いのはずである。護衛がつけられているはずだが……
 
「皇帝陛下にお呼ばれしてるから、て言ったよォ。ゼルの剣術も見たかったしィ」

 全員でじとり、と見るも「また後でー」とそそくさと後ろに引っ込むタウィーザ。絶対嘘だな、と皆で溜息をつきながら、テーブルを探す。
 皇帝から一番離れた区画は空いていたので、そこに決めた。が――
 
「皇帝陛下の特別な人とやらが、こんな離れた場所で良いのかしら?」

 グサッと刺さるその声音は、お久しぶりのフランソワーズ。
 食事後のトレイを持って立ったまま、座っているレオナを見下すようにしている。後ろには、いつもの令嬢二人を従えて。
 今までは、さりげなく遠くから言うだけであったのに、なぜか今日はあからさまに、レオナの目を見て言ってきた。
 
「……」
 耳が早いなー、どう返そうかな、とレオナが考えていると、
「さすがは薔薇魔女。他国の皇帝までその魔力で誘惑するとは」
 さらに言われた。
「おい」
 ゼルが先にキレそうなので、手で制する。
「何か御用?」
 レオナは、同じ土壌には上がらない。
「……」
「では、ごきげんよう」
 
 シャットアウト。
 それに限る。
 だがフランソワーズは、それでも睨んで動かない。

「まだ、何か?」
「貴方が皇帝の特別な人であるのなら、ゼル様は違うのよね?」

 フランソワーズの後ろで、ザーラが見たことも無いくらいに動揺している。

「いい加減、方方ほうぼうで殿方を誘惑するのは、やめて下さらない?」
「ちょっと、何を根拠にそんな!」
 シャルリーヌがたまらず立ち上がった。
「私は、レオナ様とお話をしているのです」

 話? これが?
 一方的な物言いを話と言う?
 さすがにレオナもカチンときた。だがなるべく冷静に返す。
 
「フランソワーズ様。事実無根ですわ。それに、私から友人を奪う権利は、貴方がたにはなくってよ。それよりも、人の食事を邪魔するのは、ピオジェ家のマナーでして?」
「!」

 美味しそうなオニオンスープが、冷めてしまった。

「なんて下品なこと」


 ――温かいのが、飲みたかったあー!!!!


「そんな下品さを見て殿方は、何を思うかしら」
「……レオナ、取り替えて来てやろう」
 ゼルが立ち上がろうとしたが
「良いのよゼル。せっかくタウィーザ殿下が作って下さったんですもの。頂くわ」
 と止める。
 
「た、タウィーザ殿下、ですって?」
「ええ。ゼルの様子を見に来たついでとかで。ほら、あちらに」
 しれっと言うレオナであるが、内心は「あー、もう私めっちゃ嫌な感じじゃーん! 早くどっか行って!」と泣いている。
「……っ」
「ふ、フランソワーズ様……」
 ザーラが泣きそうだ。
「っ、失礼するわっ」

 バタバタと去っていく三人を見届けて、ようやくレオナは
「はぁー」
 と力を抜いた。
「……一体なんなの!?」
 シャルリーヌが怒っている。
 意外とヒューゴーは冷静だ。武力以外は俺の出番じゃない、とか思っているのは、レオナには分かっている。
 
「んー、結構見直したわ、フランソワーズのこと」
 レオナが言うと、全員が訳の分からない顔をする。
「だって、ザーラのためでしょう?」
 にこり、とゼルを見ると、ゼルは
「あー……」
 と頭をくしゃりとした。
 
 瞳の色を明かしてからも、ザーラは変わることなくゼルに接しているらしい。それぐらい本気なのでは、とレオナにも分かる。
 
「やり方はどうあれ、お友達のために行動できる方なのね」

 立場が違っていたら。友達になってみたかった。

「ほんとレオナって……」
「はは。相変わらず」
「すまん……」
「良いのよ! ゼルのせいじゃないわ、さ、食べましょう!」
「ところで、『皇帝陛下の特別な人』って、何? どういうこと?」
 シャルリーヌが、気づいてしまった。
「俺もそれが聞きたい」
 ゼルが身を乗り出す。
「ぶ」
「あーえーとねーそのー」
「レーオーナー?」
「おい、まさか」
 
 ザワつく食堂で、レオナは必死で言い訳をするはめになったのだった。

 

 ※ ※ ※



「心配すぎて、ついて行きたいぐらいなんだけど!」
 なプンスカ・シャルリーヌとは別れ、更衣室で着替えて屋外演習場にやって来たレオナは、そこで再びヒューゴー、ゼル、テオと合流した。
 手には練習用の、刃を潰したナイフ。
 ようやく馴染んで来ている。

 遠くから、ブルザーク皇帝ラドスラフとサシャ、それに陸軍大将アレクセイがやって来た。さすがに今日は騎士団長ゲルルフもやって来ている。ジャンルーカとルスラーンは、さぞやりづらいだろうな、と思いつつ、レオナは準備を進める。

「うわ」
 と、テオから思わず声が漏れたのは、致し方ないことだろう。
 イーヴォはめでたく? 現在謹慎中らしい。子飼いの処分で毎日不機嫌なゲルゴリラは、こちらまでそのダークオーラが漂って来ているのだ。
 
「まー、気にせずやろーぜえ」
 と軽口アルヴァーは久しぶりだ。
「おう。……ゼル殿下、公開演習では大変素晴らしかったです! まだまだ鍛える余地はありますんで!」
 とはブロル。ゼルの体術の師匠になりつつあるそうだ。
「師匠、今まで通りで頼む」
「えぇ……? でも」
「俺からも。弟を頼むよォ」
 保護者が楽しそうなタウィーザは、案の定巡回騎士に困ります! と言われていて、ジャンルーカが渋々見学許可を出していた。
「は! 承知致しました! じゃ、遠慮なく!」
「良かったなァ、ゼル」
「おう!」
「うーし、あっちは放っておいて、始めようぜーい」
 アルヴァーの掛け声で、いつも通りの準備運動が始まった。

 そうしてしばらくは、騎士団志望組と、それ以外組で訓練を続けていたわけだが、なぜかゲルゴリラがウホウホ暴れている。

「んー?」
 タウィーザがいち早く気づき
「様子見てくるわァ。俺なら、巻き込まれても大丈夫だからさァ」
 とフットワーク軽く行ってくれた。


 ――ほんとに王子なのかな?


「殿下っ、お待ちを!」

 
 あーほら、巡回騎士さん、慌ててる……お気の毒……
 

「一体何が?」
 とはアルヴァー。
 やはり皆気になって、ナイフを振っていた手を止めてしまう。
「アレクセイ様と何か話しているようですね」
 ヒューゴーが言う。
 陸軍大将の熱血親父と、ゲルゴリラ。
 なんだか頭が痛くなってきたぞ? とレオナが思っていると――


「おーい、合流だってさー」
 とタウィーザが遠くから呼ぶ。
「「「「へ?」」」」
 全員ポカンだが、タウィーザの手招きに従って素直に向かう。
 到着するなり、アレクセイが
「このような組み分けなど、無意味!」
 と吠えていた。


 ――ぐはー! 嫌な予感的中……


「失礼だが貴殿は、学生達の実力診断はされたのか? 明らかにこちらの組の方が、勝っているであろう!」
「な! 騎士団志望者達を愚弄ぐろうするか!」
 ゲルルフはそう反論しているが、実は公開演習前の合同実習は、非常に評判が良かった、とジャンルーカが苦笑していた。
 実際学生達の様子を見ても――


 王子だし、副団長の弟弟子だしな……
 公爵令嬢と、子爵の息子だろ? そりゃ志望しないって……


 である。
 それに、騎士団長は初回来たっきり。
 はっきり言って『お前が言うな』な雰囲気は否めない。
 
「アレクセイ、やめよ」
 ラドスラフが、その言を止める。
 ずい、とゲルルフの前に歩み出て
 
「確かに余計な世話かもしれんがな、騎士団長」
 
 じ、とその溢れんばかりの覇気をぶつける皇帝は、いつもレオナに接している柔和な彼とは違い、畏怖される存在へと戻っていた。
 ゲルルフも思わず怖気付いたのか、一歩下がる。
 
「こういった場は、意見交換も重要。はたから見ても非効率と感じたまで」
 
 ぐるり、と全体を見回し、ラドスラフは続ける。
 
「見よ。志望の有無で、士気の低い学生はおるか?」
「……お言葉ですが、騎士団に求められる技術と、それ以外では歴然とした差が」
「ほお? 興味深い。ならば具体的にどんな技術か?」
「……騎士団としての心得は、王国民を護ること。志望しないということはその前提が」
「自分自身は、王国民ではないのか?」
「!」
「自身を護れて初めて他者を護れる。違うか? 貴殿は、誰を護っているのだ? 騎士団に入らない学生は、王国民ではないのか?」


 ――正論過ぎると、逆上するよー
 分かっていて、煽ってるんだろうけど。
 
 
「貴殿の言いたいことも、分かるがな。アレクセイ、そなたもすぐ熱くなるのは悪い癖だぞ」
「は。大変失礼を致しました。騎士団長」


 ――器の違いまで、見せつけるのー? 鬼だわ……


「いや……こちらこそ」
 苦渋の表情のゲルルフに、シイン、とする場を収めてくれるのはやはり
「御無礼を承知で、発言を許可願えますでしょうか」
 近衛筆頭ジャンルーカである。
 
「許そう」
「まずは皇帝陛下、アレクセイ殿、ご意見を賜りありがたく存じます。我が騎士団長の申し上げた通り、慣例として、騎士団志望の学生をこのような形で手厚く指導したい、というのも我々の率直な思いでございます」
「うむ。理解できる」と皇帝。
「だが」
 言いかけたアレクセイを笑顔で制し、ジャンルーカは続ける。
「しかしながら、騎士団の慣例、慣習というのは得てして変えづらいのもまた事実。傍から見て無駄を感じるのは、本意ではございません。是非この機会に、柔軟な試みも行っていくのも一つの転換期ではと私も感じました。如何いかがでしょうか、団長」


 ――ジャン様ー!!


 ぶわ、とレオナの背筋が逆立った。
 かなりの挑戦だろう。なにせ彼は、今までどんな理不尽な命令であれ、粛々と任務をこなしてきた高潔な人物である。
 このように表立って意見を述べるなど希少。
 その証拠に、ゲルルフも、背後に控えたルスラーンも、面食らっている。

「……分かった」

 おお、と学生達がどよめいた。

「俺もそう思うよォ。弟をよろしく頼むよ。ナハラ部隊をあれだけ倒した団長だからさァ、是非稽古してやってくれェ!」

 タウィーザが、ニコニコと付け足し、ゲルルフを持ち上げることで、穏便な雰囲気となった。

 

 ※ ※ ※

 

 剣術講義は、タウィーザのお陰もあって無事に修了した。
 今後は志望に関わらず、実力別の組にしていく方向になり、講師は変わらず四人。学生達は、手厚い指導が受けられ嬉しそうであった。

「レオナ」
「ラース様」
 アレクセイとゲルルフの歓談の合間をぬって、皇帝に呼ばれた。背後には、ルスラーンを伴っている。
「今日は楽しかったぞ」
「嬉しゅう存じますわ!」
 練習着だが、簡易的にカーテシーの姿勢を取った。
「……残念ながら、近いうちに帰国しなければならなくなった」
「まあ……」
「残念だ。レオナの手料理が食べたいのだが」

 レオナはとりあえず、微笑みを返したが――ルスラーンにまたも誤解されたくはなかった。
 
「ふ。ではな」
 と、ラドスラフは気が済んだとばかりにジャンルーカのところへと戻る。――ルスラーンと、目が合った。

「! ルス、あの私」
「すまなかった、レオナ」
 
 ほんの一瞬。
 やっと交わせた言葉。
 
「あー、また話そう!」
「ええ!」
 もう小走りで、行ってしまう。

 えーん!
 一瞬すぎる! でも、嫌われてはなかったあー!
 良かったあー!


「良かったっすねー」
 ニヤニヤするヒューゴーが、憎らしい。
「あ、ゼルはテオと一緒にタウィーザのとこです。今のは見てなかったんで、大丈夫っすよ」
「……ありがとー」
 

 把握されてる! なんか嫌!

 
「ぶふ。真っ赤。タコ令嬢」
 不本意なあだ名が増えた、レオナであった。
 
 
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