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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀
〈109〉皇帝の学院見学 前
しおりを挟む「――学生達よ、面を上げよ」
厳かな声に従って姿勢を正すと、眼下には黒い軍服の上に深紅のマント、しかも襟には黒い毛皮、のゴージャスなラドスラフが居た。前髪を上げ、長い赤髪を無造作に後ろで一つに結んでいる。赤と黒の見事なコントラスト。なんだろう、ロックミュージシャンかな? ビジュアル寄りの。なんて想像したのはレオナだけであろう。
髪の毛結ぶとか珍しい……
皇帝が顔を丸出しにすることは、滅多にない。
いつも伸びた髪はそのままにしている。今日は髪型のせいか、別人に見えた。
「突然邪魔をするが、今日は楽しみにしてきた。マーカムの教育を、この目で堪能させてもらおう」
パチパチパチパチ!
ドミニクが激しく拍手をしたので、学生達もパラパラとつられたが――
「頭痛い」とシャル。
「同じく」とレオナ。
「――やべーすね」とヒューゴー。
拍手は、あくまでも披露した何かに対する賞賛、である。
ラドスラフは無表情であるが、なんだコイツ? と思っているに違いない。
ドミニクが居る以上、カミロも出しゃばるわけにいかず、このままでは場が白けてしまう。
――だ、誰か歓迎のお言葉を……ってエドガー?
残念王子には到底無理無理、どうしよう!
あ!
「ゼル」
こそりとレオナは言う。
「歓迎してくれる?」
「!」
こくり、と前を向いたまま頷き、ゼルが口を開いた。
「ようこそお越しくださった、ブルザーク帝国皇帝陛下!」
腹の底から出した、クラスルーム中に響き渡る声。
グダグダなクラスルームの空気を、砂漠の王子が変えてくれる。
「このまま上から失礼する! アザリー第九王子、ゼルヴァティウス・アザリー、このマーカム王立学院の一員として、皆とともに、心より歓迎致しております! 高い水準の教育はもちろん、美味しい学生食堂を、是非堪能してもらいたい!」
ふふ、とルーム内に品の良い笑いが起き、ゼルが丁寧な礼をすると、今度はラドスラフが
「ありがとう、ゼルヴァティウス殿。先日の公開演習も大変素晴らしく、大儀であった。美味しい食堂とやらも、気になるな! 歓迎、嬉しく思う」
と拍手のポーズをした。
実際には手袋を着けているので音は鳴らないが。
それに合わせ、学生達が大きく拍手をする。さすが、ドミニクの失敗をさりげなく帳消しにしてくれた心遣いに、レオナは内心で感謝を伝える。
拍手が止むと
「マーカム第二王子、エドガー・マーカムである!」
どかどかと、許可もなく残念王子が皇帝の側まで降りていった。
「本日は、ようこそおいで下さった!」
そのまま近づくので、ハラハラしてしまう。
「自らおいでになるとは、大変光栄! 隅々まで楽しんでいってもらいたい!」
えへん! と背を反らし、その後礼をするが、慇懃無礼にしか見えない。
――ああー、お坊ちゃま体質、ダダ漏れてるー!
レオナは頭を抱えそうになったが、ラドスラフは、
「ありがとう、エドガー殿」
とまた拍手のポーズをしてくれた。ほっとしていると……前に向き直ったラドスラフと、目が合った。
――あーはい。それが、残念王子ですー
――なるほどな。
皇帝と目で会話しちゃったよー!
「……では、この後は先生方にお任せするとしよう。後ろから勝手に見るので、構わないで結構だ」
ドミニクが仕切るのは無理だと判断したのだろう。
そう告げると、ラドスラフはクラスルームの階段を上り、一番上の真ん中廊下寄り――つまり、ヒューゴー、レオナ、シャルリーヌ、の近くにやってきた。ひええである。
そしてなんとルスラーンが、皇帝が座る椅子を持ってきて設置したかと思うと、サシャとともに皇帝の側に立った。ひええええ! である。
ど、どうしよう、気まずいし! と思いつつも、無意識に目で追いかけてしまったレオナは、ルスラーンと目が合って……優しく微笑まれたのでドキリとする。
え、勘違いかな?
一度目を逸らしたもののやっぱり気になって、もう一度見ても――きちんと目が合って、ふわっと微笑まれた。
思わず、ぶわっと頬が赤くなってしまう。
横のシャルリーヌがそれを見て
「良かったね……」
とコソリとレオナに囁いた。
――お兄様、誤解、といて下さったのかな……
こうなるともう気になって、皇帝の見学どころではないレオナである。
その様子を見てラドスラフは、盛大に拗ねていて。
サシャは『そそそ、そういうことかっ! と、尊いっ!!』と心の中で悶えて、グネグネしていた。
――ルスラーンは、またサシャがおかしなことになるのでは、とハラハラしていた。
※ ※ ※
国際政治学の講師は、ファビオ外交官。
老獪な外務大臣ガウディーノに鍛えられているエリートだが、堅物メガネで融通が利かないのが玉に瑕。
「……本日は皇帝陛下がおいでですので、ブルザーク帝国が、どういった政治を行っているのかを学びたいと思います――」
ファビオは一度咳払いをしてから、ゆっくりとクラスルームを見回した。
「皆さんご存知の通り、我がマーカム王国は王政です。王国法に基づき、宰相が各文官の統括を行って、最終的には国王陛下が全ての裁可を下します」
学生達が、うんうんと頷く。
「ブルザーク帝国は、こちらの地図にある通り、非常に広大な国土、様々な民族、文化が皇帝陛下のもと、一国として統制されています。それには、帝国法に基づいた元老院と帝国軍の役割が不可欠です。では、元老院とは何か、ご存知の方はいらっしゃいますか?」
ファビオがクラスルームを見渡すが、静かだ。
皇帝の前で発言する勇気のある者は、そうそう居ないであろう。レオナが手を挙げるか迷っていると、
「はい」
ヒューゴーが、まっすぐに手を挙げた。
ファビオがホッとして
「では、ヒューゴー君」
と即座にあてる。
「はい。ブルザーク帝国の元老院は、オクタ・セナタスと呼ばれ、八長老が終身任期で選出され、皇帝陛下の諮問機関として合議制で機能しています。帝国大書記官のメトジェイ・コウバ様が八長老のうちの一人でもあります。帝国内でどれほどの権力があるのか、是非この機会にお聞きしたいと思います」
「ありがとう。権力、というのは、どういう観点かな?」
ファビオがさらに聞くとヒューゴーは
「マーカムでは全てが国王陛下の裁可となるため、合議制というのが判然と致しません。例えば元老院で、ある法律の一文を変更すると決めたとして、皇帝陛下は独断でその決定を覆えせるのでしょうか?」
と質問をした。
「いかがでしょうか、サシャ殿」
ファビオは、外交官のサシャに尋ねる。
「ぴっ!? ほわー、えっとすすす素晴らしく良いしし質問です!」
ザワり、と学生達がどよめいた。
「ご紹介が遅れましたね。皆さん、あの方がブルザーク帝国外交官のサシャ・ヴァフ殿です」
ファビオの紹介で、
「はははいー、サシャです! えとですねーえええと」
サシャが動転している。
「でででき……るような、できないようななな?」
――ずこー!
「ぶは」
ラドスラフが吹いた。
「……真面目に答えて下さい」
ファビオがムッとしている。――多分性格、合わないんだろうな、とレオナは予想した。
「いいいやだって、法律の一文を変更すすする、ということはですよ。かか過去よりもさらに利益を得ることができる、もしくは妥当だとげ、元老院が判断したということなので、そそそれは恐らく陛下反対しないです。もももし元老院と対立するとなると、嫁候補とかでしょうねえ。今もバッチバチに喧嘩してます、なな仲悪いです!」
ファビオがポカンとしてしまったので、ラドスラフが口を出した。
「はははは! 正直に言い過ぎだぞサシャ……答えになったかな、ヒューゴー君」
ヒューゴーが、ラドスラフとサシャに向かって礼をする。
「は、ありがたく。つまり、帝国繁栄という共通目的で運用されていても、陛下の意にそぐわないものもあり、その場合は遠慮なく対立する、というわけですね」
「その通り」
「良く理解できました」
「んん、では次に――」
といった具合に、国際政治学はなんとか平穏に終わることができ、次は攻撃魔法実習だ。
シャルリーヌとゼルに頑張れ、と見送られる。
ローブと杖の入ったレオナの鞄も、いつものようにヒューゴーが持つ。そして、さらに外套を腕に掛けた状態で
「行きましょう」
とレオナに肘を差し出すので、それに手を添える。
廊下に出ると、ラドスラフが
「なあレオナ。いつもそうなのか?」
と聞いてきた。
「へ?」
「エスコート」
「? はい」
「くく、そうか」
――え!? 変なのかしら!?
「皇帝陛下、失礼ながら、発言をお許し願います」
ヒューゴーが、歩きながら言葉を発した。
「許そう」
皇帝は、レオナの隣を歩いている――通常なら有り得ない気安さに、近衛として護衛しているジャンルーカとルスラーンも戸惑いを隠せていない。
「……その……あまりこちらに密に接せられると……」
「はは、それもそうよな」
「恐縮でございます」
「それにしてもヒューゴー」
「は」
「そなたは一体何者だ?」
前を向いて歩きながら、視線だけでヒューゴーを射抜く。
「っ、何者、とは」
「あの知識とその所作。騎士見習いではないな」
「見習い……です」
「くく、そうか? ならばそういうことにしておこう」
――ひええええ!
「お、ここか」
屋内演習場には、ラザールとブリジット、トーマスが既に待っていた。
「ほう、さすが素晴らしい障壁だ」
――魔法障壁に一瞬で気づく皇帝なんて、嫌だなー
レオナは若干呆れつつも、久しぶりに見たラザールの姿にテンションが上がり、思わず手を振りそうになるのを必死で我慢した。
ラザールにもそれが伝わったようで、やれやれ、とばかりに目で笑われる。そしてなぜか、その隣のトーマスにキラッキラの目で見られていた。
別の方向からやってきたテオとジンライが、合流しようとして皇帝が側にいることに気づき……躊躇っていた。
「ラース様」
目を合わさず、こそりとレオナは言う。
「ん?」
「どうぞ、前の方へ」
「そうか、分かった」
皇帝に指示!? と周囲の大人達が慌てるが、ラドスラフは素直に従っている。ぽかーんである。
「あ、サシャ君!」
「ん、なななに、レオナちゃん」
「あの後ろに、柔らかめの椅子があるわ」
「! ありがと!」
サシャは足腰が弱い。配慮しないと今日一日もたないだろう。
二人と護衛が離れて、ようやく合流できたのが
「こんにちは」
「ちわっす」
「テオ、ジン、ごきげんよう」
「よー」
レオナとペアのテオ、ヒューゴーとペアのジンライである。ようやく肩の力を抜ける、とレオナは深く息を吐いた。
「レオナさんて凄い」
テオがはぁ、と溜息とともに言う。
「へ? 凄い?」
「皇帝と普通に接してる……」
「あー。慣れ、かしらね?」
「「「慣れ」」」
三人が同時に言ったので、レオナはおかしくなった。
「ふふ、仲良し」
「ブルザーク帝国皇帝陛下、ようこそいらっしゃいました」
ラザールが、完璧な礼で迎える。
「うむ。魔術師団副師団長殿だな。公開演習、大儀であった」
「は、ラザール・アーレンツと申します。お言葉、大変嬉しく拝受致します。また、こちらまで御足労頂き恐縮にございます。本日は、我が王国の才能ある若者たちを、御覧に入れたいと存じます」
「楽しみだ」
ブリジットが、用意されている豪奢な椅子に案内し、皇帝が腰掛ける。――ばさり、とマントを後ろにたなびかせて座る様は、皇帝というより魔王だ――その背後に立つ近衛のジャンルーカとルスラーン。サシャは、レオナのアドバイスで、トーマスに手伝ってもらって柔らかめの椅子を側に置いてもらった。
「学生諸君、ごきげんよう」
ラザールが、杖を振って注意を向けさせる。
「本日はさぞ緊張していることだろう。それは仕方がないが、そういう時は魔力も暴走しがちだ。より一層気をつけるように! では、今日はせっかくだ、諸君の素晴らしい腕前を披露するために、ペアで改善した融合魔法を見せてもらおう!」
レオナとテオは顔を見合わせて微笑みあった。
あれからかなり練習をして、連弾、そして次のステップへ進んだのである。
「とはいえ、残念ながら全員分は時間が足りない。予めトーマスとブリジットで予選を行う! 選ばれた二組が、皇帝陛下の御前披露だ。全力で挑め!」
はい! と元気よく返事をした学生達が、トーマス組とブリジット組に分かれて名簿順に披露、選抜されていくことになった。
ローブに袖を通したレオナは、学生達の移動に紛れてこそりとラザールに近づき
「お久しぶりでございますわ」
と声を掛ける。
ラザールは、片眉を下げて応えてくれた。
「久しぶりだな。色々大変だったと聞いている」
「ラジ様こそ」
「ふ、また後でゆっくり茶でもしよう」
「ええ!」
――1ヶ月ぶりぐらいかしら?
痩せたなーラジ様……
魔術師団は師団長が空位のため、全てが副師団長のラザール頼り。相当激務だったと聞いている。
――これは……お疲れ様会を企画しよう!
密かに決意したレオナは、ブリジット組の方へと向かった。
トーマス組の方では、既にジンライがヒューゴーと調整をしているようだ。
「俺、やっぱ鍛治屋なんで」
と照れながらジンライは、凄いことをやってのけるから楽しみだ。
テオはローブの下にしっかりとナイフを準備してくれている。
「残りたいわね」
ニヤリとレオナが言うと
「もちろん」
とテオもニヤリ。
――前までならきっと、「僕なんて」て言ってたよね。テオ。
「御前披露、やってみたいから、頑張るよ!」
その成長にほろりとしてしまった、レオナであった。
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