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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈104〉砂漠の王子37 ~それから

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 ピィーーーーーーー

 雄々しい鷹が、澄み切った青空を滑空している。
 その足には、小さな円筒状の包みが括り付けられており、書簡を運ぶため訓練された、特別な鷹だと分かる。

「お、イサールゥ、帰って来たかァ!」

 その白いシルクコートには金銀の装飾が施されており、先の尖った金色の刺繍靴。
 ロープベルトと斜めがけしたショールも、金糸。
 ぜいの限りを尽くしたその衣装が、金髪碧眼で日焼け肌の、がっしりとした体躯たいくに映えている。

「どれどれ……」
 彼は自ら、鷹の足から文を取り出して読み始める。
「ええーと、この度の……心よりお祝い……ふんふん、フィリベルト殿は相変わらずお堅いなァ! お、こっちはレオナ嬢か、えーっと、おめでとう……出席できずに残念、と。まあ致し方ないわなァ。会いたかったが……でも嬉しいなァ」

 イサールを肩に乗せたまま、文を読むのに没頭していると――

「お時間でございます」
 侍女が呼びに来た。
「分かったァ」 

 彼は、丁寧に刈り込まれた後頭部をシャリシャリと撫で、肩にイサールを乗せたまま、部屋を出る。

 王の間へ続く大理石の廊下には、ずらりと人々が並んで待っていた。
 一様に頭を下げて、彼が通り過ぎるのを待ち構えている。
 それぞれの顔は見えないが、皆がなんとなく微笑んでいるのが分かり、彼も笑顔で歩き出す。


 ついに、成し遂げた。
 
 
 威風堂々、金色の冠をいただいた後、彼は、白い宮殿のテラスから民衆の前に姿を現して、手を振った。
 背後には屈強、精鋭と名を馳せるナハラ部隊を従え、またその右側には、紫髪で狐目の浅黒い男が――しきりに涙を拭いながら立っている。

「アザリー王国国王、タウィーザ・アザリーである! 皆の者、これからもこの灼熱の王国を、共に盛り上げてゆこうぞ!」

 わああああ!
 国王! バンザーイ!
 タウィーザ様、バンザーイ!
 アザリー、バンザーイ!

 ひとしきり手を振った後、彼はぼそりと呟いた。

「恩には恩で」

 ――報いる。

 

 ※ ※ ※

 

「またここに居たのですか」
 大柄でがっしりとした男が、優しく微笑む。
 大樹の影で、細い金糸のような長い髪を後ろで一括りにした、白い肌の小柄な男性が、木にもたれたまま昼寝をしていた。
「風邪を引きますよ。仕方ありませんね、よいしょ、と」
 大柄な男は、軽々と小柄な男を抱え上げ、小高い丘を降りていく――さわさわと爽やかな風が走り抜ける草原、その先には赤い屋根と白い壁の建物。石塀で囲まれた庭からは、ワーワー、キャーキャー、と子供たちの声がする。

 男が庭に差し掛かると、何人か子供たちが寄ってきて、彼を見上げた。
「さ、みんな、お昼ご飯にしましょう」
 と男が声を掛けると
「アドー、ザウまた寝てたの?」
「ええ、いつもの場所で」
「風邪引くよー」
「そうですね」
 これもまた、いつものやり取りだ。

 ブルルル

 突然、馬の鼻息が背後でして、アドと呼ばれた男は振り返り――笑顔になる。
 
「ヒューさん」
「ヒューにーちゃんだ!」
「ヒューにーちゃん、遊ぼ!」

 少しヤンチャさをにじませるその青年は、荷馬車からひらりと降りると、笑顔で応えた。
 
「おーおー。みんな元気だなー。昼飯食ってからな!」
 寄ってきた子供のうちの一人を抱え上げて、彼が歩き出すと、
「やったー!」
「ずるい! 僕も抱っこ!」
「わたちも!」
「わたしも!」
 子供たちに取り囲まれた。
 
「はは、順番なー。アド、後で差し入れ受け取ってくれ」
「いつもありがとうございます」
「いえいえ。皆の様子はどうだ?」
「変わりなく。ただ……」
「じーじ、全然起きないの」
「じーじ、大丈夫かなー?」
「おー、そかそか、後で会いに行くからな。ほら皆、飯の準備してこーい!」

 子供を下ろして、ヒューゴーが言うと、皆素直に建物へ入っていく。

「そろそろかと」
 アドが、悲しそうに微笑む。
「そうか……」
 アドの胸ですやすやと眠るザウを覗き込んで、ヒューゴーは
「安らかに、見送れたら良いな」
 と囁いた。
 
 とある街の孤児院で、ゆるされた残りの時を過ごす二人に、ヒューゴーは感謝を告げる。
「シスターの後を継いでくれてありがとうな」
「っ! こちらこそ!」
「助かる。奴ら、行く場所ねーから」
「こんなに満たされた、私たちのついの住処を下さって……」
「そんな大袈裟なもんじゃねーよ! レオナ様に感謝だなー。身体、大丈夫か?」
「ぐす、はい」
「そかそか、良かったな! とりあえずシスターに会ってくるわ」
「はい、ご飯用意しますね」
「おー」

 建物の裏にひっそりと建てられた小さな白い石碑に、ヒューゴーは花束を置き、静かに手を合わせた。

「また、来たの?」
 すると背後から唐突に話しかけられ、苦笑する。
「目ぇ覚めたか。風邪引くぞ、あんなとこで寝てたら」

 ザウは、頬をぷうと膨らませた。

「いーもん」
「よかねーよ。アドが心配するぞ?」
「……」
「はは、お気に入りの場所だもんな」
「……ヒュー、怒った?」
「怒ってねーよ。心配なだけ」
「しんぱい?」
「うん、ザウは、アドの大事な人だからな!」
「だいじ……」

 ザウと呼ばれた男は、赤くなってモジモジしている。
 
「さ、飯食おう。で、一緒にじーじに会いに行こう」
「ん……じーじ、もうすぐバイバイ?」
「そうだなー、そうかもな。でも」

 ヒューゴーはよく晴れた青い空を見上げて、指差した。

「あそこに、行くだけだからな。いつも見てくれる。だから寂しくないぞ」
「おそらにいくの?」
「そう。頑張って、じーじになるまで生きたら、行ける」
「……ぼくも、いつか?」
「じーじになるまで、だぞ」
「うん、わかった」

 よし、とヒューゴーはその頭を子供にするようにくしゃくしゃと撫でてやり、もう一度空を見上げた。白い鳩が何羽か、羽ばたいていく。


 ――温かく平和なこの場所で。
 せめて、最期を迎えるその時まで。


 ※ ※ ※


「今日のオススメはなにー?」
 王立学院の食堂の、いつもの光景。
 お昼休みに混雑する中、カウンター越しに話しかけられた一人の料理人が、笑顔で応える。
「揚鶏ですよー!」
「やったー!」
「こっちのピリ辛のも、良かったら試して下さいね」
「あっ、それ、気になってたの」
「俺も!」
「じゃ、一つピリ辛と交換しましょうか。味見で」
「わー、嬉しいわ!」
「俺も俺も」
「僕も!」
「感想聞かせてくださいね」
「うん」
「分かった!」
「いつもありがとう、ハリーさん」
「いえいえ、こちらこそ」

 元気に食事を頬張る学生たちを横目で見ながら、笑顔でハリーは厨房を動き回る。

「お忙しいのにごめんなさい。バスケットセット三つ、お願いできるかしら?」

 深紅の瞳の公爵令嬢が、今日も外で食べるために注文していた。最近は、下位クラスの学生たちと交流しているようで、裏庭のガーデンテーブルで簡単なお茶会のようになっていた。一つのバスケットに三人分のサンドイッチとお茶、揚鶏も入った人気セットだ。

「はい! もうできてますよ! 良い茶葉が入ったので、オススメで入れておきました。あと、肉団子もおまけで」
「まあ嬉しい!」
「ちょっとお待ち下さいね。おーい! バスケット届けてくるー!」

 わかったー、と奥から返事が聞こえて、ハリーはバスケットを持ち上げた。
 残り一つは――
 
「俺が持とう」
「ゼル! ありがとう」
「すみません!」
「いやいや、もう皆待っているぞ、いこう」
「ええ!」

 裏庭に出ると爽やかな風が吹き抜け、ガーデンテーブルから手を振るシャルリーヌとテオ、ジンライが見えた。他にも学生が三、四人待っている。

「今日は、夜会での初めての挨拶の練習、だそうだ」
 ゼルがざくざくと芝生を歩きながら、嫌そうな顔で言う。
「ふふふ。さすがに立太子式典ですもの、王子っぽくしないと」
「王子っぽく……はないですもんね」
「おいハリー、何か言ったか」
「いえなにも」
「うふふ」

 立太子式典に初めて招かれた下位貴族の学生たちが、とても不安がっていると、テオとジンライから相談を受けた。
 ゼルの所作にも不安があったので、この際まとめてカルチャースクールにしてしまおう! とレオナ発案、シャルリーヌ指導員で始まった、ランチョンスクール。
 
 公爵令嬢と侯爵令嬢から学べる、ということでクチコミがクチコミを呼び……な状態だ。
 男子の所作はヒューゴーが見てくれることもあって、会費が取れそうなほどの人気っぷりになってしまった。やはりマナーの講義と違って、同じ学生から学ぶ方が恥ずかしくないし、質問しやすいのだとか。
 
「すんません、遅れました」
「ヒューゴー!」
「どこ行ってた?」
 ゼルが聞くと
「あー。野暮用」
 ぶっきらぼうに答える。
「またか。大変だな」
「はは」

 ゼルが黄金の瞳を明らかにしてからというもの、寄ってくる女子学生は『恐れ多い』と減ったのだが、その代わりにヒューゴーの方へ流れているようだ。
 度々呼び出されては、手紙を渡されているので
「レオナ、悪いけど」
「ええ」
 レオナが未開封のままこっそり受け取って、マリーに渡している。
 マリーは気にしていないと笑うが、ヒューゴーがそうしないと気持ち悪いのだとか。はいはい、ノロケノロケ、とレオナは思いつつ協力している。
 
「パーティの前はどうしてもな……」
 ヒューゴーは、困り顔のままテキパキと皿をテーブルに並べ、テオやジンライも手伝う。
「なんだ、良い子はまだいないのか?」
 ゼル達にはあくまでも、表向き十七歳の騎士見習いのままなので、まさか二十四歳既婚だとは言えず。
「うるせぇなー。今日は厳しくしてやろうか」
「ぐは。やめろ」
「多少厳しい方が、よろしいのでは?」
 お茶のポットをセットしながら、ハリーが笑う。
「ハリー、お前は俺の味方ではないのか?」
「アザリーのために、何卒」
「うぐ」
「さ、まずは食べましょう! ね!」
「あ、今日は揚鶏にピリ辛を混ぜてみましたよ。是非感想聞かせて下さいね」
「それは嬉しいわ!」
「では、またいつも通り、終わる頃に参りますね」
「ありがとう!」
「おお、よろしく頼む……ゼル、食うのはええ! 俺の分!」
「ふがいご」
「あ?」
「んぐ、うまいぞ」
「待てコラ、だから俺の分食うなって!」
「もー、ゼルさーん!」
「あーあ……」

 
 ハリーはワイワイ騒ぐ学生たちを微笑ましく見ながら、きびすを返す。
 忙しい時間帯だ、できるだけ早く食堂に戻らなければならない。
 バサバサ、バサバサ、と白い鳩が何羽か、青い空へ飛び立っていった。 

「こらー! ハリー、はやくー!」
「おお、ごめん!」
 厨房から外へゴミ出しに出た同僚が、叫ぶ。

  ――なんと温かく、充実した日々だろうか。
 
 走りながらハリーは、涙を拭った。
 
 

 ※ ※ ※


 
 マーカムの山奥のある小さな里から、アザリーへ間諜のために送り込まれた女は、目論みもくろみ通り残虐な国王に見初められた。
 やがてそのはらに子を宿し、いつしかすくすく膨れていく子への愛情で、任務を忘れていった。

 アザリーにとって、三は不吉な数字だ。
 
 やがて三つ子が産まれた後宮の一室で、呪われた村の女はやはり呪われている、と母子もろとも殺されそうになった。
 だが、希少な闇属性が欲しいと考えた、当時の隠密頭が手を尽くし、手のひらに闇の雲を掴んでいた一人――後のヒルバーア――のみ産まれたことにした。
 
 残りの二人は、後から闇属性が顕現けんげんするかもしれないと、人里離れた小さなオアシスで、双子として密かに育てられる。

 女は、子が育つと、知りうる故郷の禁呪を全て口伝くでんで託した。自身の死期が迫っていたからだ。
「もともと長くは生きられない身体やってん」
 せつなそうに笑う。
「子は成せないって言われててんけど……せやから、とっても幸せやで」
 ヒルバーアを何度も抱きしめる。
「私の故郷は闇属性を持って産まれてくることが多い、不浄の土地として、遥か昔から封じられててん。せやけど、みんな普通の人間や。いつか一緒に帰れたら良かったんやけどな……ほんでな、ヒル。あんたに言わなアカンことがあんねん」

 床に伏せたまま、母はすまなそうに告げる。

「絶対、秘密にしときや。――あんたには、弟が二人おんねん」
「ほんまか! ……なんで秘密なんや!?」
「サーディスとサービア言うねんけど……ほんまは三つ子やってん。せやけど、三は不吉やから……」
「分かった! 安心し! 弟は俺が守る!」
「ありがとうね」
 
 十歳になるまで『病弱』を理由に表に出て来なかった双子は、ヒルバーアの一つ年下としてお披露目された。
 ヒルバーアと同じ色同じ顔。だが育った環境が違うせいか、言葉も雰囲気も、似ていなかった。

 ヒルバーアはそれでも良かった。
 兄弟が無事でいたことに、安堵した。


 ――だが。


「どこにおんねん……」
 マーカムで好き勝手に暗躍した双子の王子は、二人の下男に魔道具を持たせ、幻惑魔法を固定して、身代わりに処刑させた。
 死体は、子飼いの侍従が第六、第七王子として埋葬し、その後、服毒自殺(恐らく強い暗示)。記録上二人は亡霊となった、と調べ尽くしたヒルバーアはみている。

 そうして、タウィーザの戴冠たいかん式を見届け、国を出た。

「必ず、見つけ出す」


 ――血には、血を。
 
 
 
-----------------------------


お読み下さり、ありがとうございますm(_ _)m
砂漠の王子編、これにて完了です!
いかがでしたでしょうか。少しでも面白いと思って頂けましたら、是非感想など頂けると励みになります。

次回から再び、ドタバタ学院生活に戻ります。
まだまだ色々なことが待ち受けておりますので、引き続き応援宜しくお願い致します!m(_ _)m
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