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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈103〉砂漠の王子36

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「薔薇魔女ちゃんに、会ったよー」
「……」
「意外と可愛かった!」
「……ちっ」
「うわあ、舌打ち! 僕これでも王子~」
「うるさい」
「言うこと、聞いてあげたじゃん~」
「何もしなかっただけだろう」
「何もしないのも大変なんだよ? 普通、妹が襲撃されたのに、動かない兄なんている?」
「……」
「ま、いーけどさ。その死蝶てやつもさ、うまくいかなかったんでしょ。無理心中って成功率低いって言うもんね」
「違う。破邪の魔石のせいだ。まさかあれほどの力があるとは」
「へー。僕にはよくわかんないけど。とにかく、君に会うのは、今日で最後ね。あとは知らないから。勝手にどうぞ」
「……お前はどうする気だ」
「んー? 別に何もしないよ。お陰様で母上、持ち直したし。よかったよかった」
「アザリーの摂政は」

 ギロリ。
 初めて、カミーユのまとう空気が、鋭くなった。

迂闊うかつに話題にするのってどうかな? 僕には関係ないね。君がどうにかしなよ、宿さん」
「……ちっ」
「あとさあ、ちゃんと進級しなよー? 落第したら馬鹿みたいだよ?」
「分かっている」
「んじゃーねー!」

 ヒラヒラ手を振り、王子は闇の中へ消えた。
 宿主、と呼ばれた人物は――

「憎たらしい、薔薇魔女め……」

 きびすを返し、カミーユとは反対の闇の中へと消えた。


 
 ※ ※ ※



「全く! 手のひら返しというやつを、俺ほど見た奴はいないだろゥ!」

 タウィーザが朝から憤慨しているのは、ローゼン公爵家の応接室にて。横に腰かけるヒルバーアは、苦笑している。
 どうやら昨日あの後、演習場から酒場に直行し、明け方まで飲まされていたらしい。ゼルを寮に送り届け、身だしなみを整えてから公爵邸にやって来た、とのことで、目の下には隈が。

「では、ナハラ部隊との関係は」
 問うのはフィリベルト。
 公開演習の様子は、昨夜のディナーでレオナから伝えてあるが、別視点の情報も必要であろう、とレオナはその横で姿勢を正す。
「とりあえずは、落ち着いた。奴らは単細胞でな、強い者に従うのが信条だ。今はそれがザウバアからゼル、ゼルの慕う俺になった、というわけだァ」
「なるほど。ゼル君は、大丈夫でしょうか?」
「……今は達成感で麻痺してるだろゥ。後から事の大きさに気づいた時が、心配だなァ」
 タウィーザはそこで、チラとレオナを見た。
 
「? 私をはじめ、友人達がおりますわ。その時できることは、していきたいと思っておりますのよ」
「いや、うん。俺達は、レオナ嬢には頭が上がらない。なんとお礼を言ったら良いのかなァ……なぁ、ヒル」
「ああ。俺達にできることがあれば、いつ何時でも」
 ヒルバーアの真剣な眼差しに、レオナは思わず怯む。
「殿下、私は特別なことはしておりませんの。全ては、支えてくれる皆のお陰ですわ! それに」
 ふふ、と微笑んで
「私、ヒルバーア殿下のお話の仕方、好きなんですのよ? どうか、肩のお力を抜いて下さいませ」
 と五番目の王子に声を掛ける。ずっと肩に力が入りっぱなしだ。このままでは、はじけて壊れてしまう、と気遣った。
「うぐ……せやったら……その」
「はい! ナジャ君とお話しているところを、もっと見たいですわ!」
「あ、ああ、せやな……ナジャにもお礼せなあかん」
「ふふ!」


 話してるだけで面白く感じるのよね!


 横でそれをニコニコと眺めるフィリベルトとタウィーザ。
 そこへ執事のルーカスが
「お帰りに、なられました」
 と声を掛けに来て。せっかく抜けたヒルバーアの肩の力が、再び強固に入ってしまった。

 そう、この二人の王子が公爵邸に足を運んだのは、ベルナルドへの謝罪のためだ。

 十日前。
 宰相に『ガルアダ金鉱山崩落を誘発した』という疑惑をかけてきたのは、誰だったのか? 結局は被疑者死亡のため真相は闇の中。
 鑑定の結果、疑惑のローゼンの銘入り魔道具は偽物と分かったものの、マーカム王国法で定められた聴取や手続き、さらに公開演習も合わさり、公爵邸に帰宅できるのにかかった時間が、十日。
 宰相襲撃については知らされていなかったレオナだが、先んじてヒルバーアから説明をされたばかりだ。――宰相が行方不明になるのは、さすがに前代未聞のことで、将来に語り継がれてしまうかも、とフィリベルトは笑う。

「やぁ」
「お父様っ!」
「「!」」

 応接室の全員が、立ち上がって迎えるのは、ローゼン公爵家当主兼王国宰相、ベルナルド。少し痩せたように感じるが顔色は良い。
 
「お待たせしてすまない。さすがに髭だのなんだの、小綺麗にしないとと思ってね」

 にこやかに部屋を見渡しながら部屋にゆっくりと入り、一番奥の当主の椅子に鷹揚おうように腰掛け、全員に着席を促した。
 皆が居住まいを正したことを確認すると、フィリベルトが口を開く。
「閣下。まずはご無事のお戻りを、心よりお祝い申し上げます」
「うむ。ありがとう。私もホッとしたよ。――それで、そこの二人は?」
「お初にお目にかかる。私は、アザリー王国第八王子、タウィーザ・アザリー」
「同じく、第五王子、ヒルバーア・アザリー」
「なるほど、ゼル君のお兄さん達か」
「は。この度の騒動に関し、お詫びに伺いたいと」
 タウィーザが言うと
「お詫び?」
 ベルナルドはきょとり、とする。
「私への、かな? であれば、指図したと思われるザウバア殿下と、その実行犯が法に基づき収監された。それ以上貴国に求めるものは何もないが」
 タウィーザが言葉に詰まると、意を決した表情でヒルバーアが口を開く。
「あの時、実行犯と一緒にいたのは」

 ふぉん、と軽い羽音のようなものが鳴ったかと思うと、ヒルバーアの見た目が、ザウバアになった。

「! 君が!」
「はい」

 再び、ふぉん、と鳴り、元に戻る。

「なんと素晴らしい!」
 ベルナルドが即座に立ち上がって拍手をするので、ヒルバーアは面食らった。
「この一瞬で容姿をいつわれる、幻惑魔法の使い手が、アザリーの王子殿下とは!」
「え、あの」
「なんとなく、あの時切羽詰まっていたのは理解している。まあ、だからと言って全てを許すと、殿下の気持ちのためにも良くないか。はてさて……」
 一人で勝手に言いながら、ベルナルドはまた椅子に腰掛け、考え始めた。
「うん、うん。ならば、これならどうだ!?」
 そして勝手に結論づける。
「レオナに、胡椒を!」


 ――もー、お父様ったら!


「ぶふふ!」
 思わず、タウィーザが吹き出した。
「か、閣下、すみません。それは既に私の方で」
「なんだと!」
「あの! であれば!」
 レオナが、手を挙げると全員が注目した。
「赤唐辛子、も!」
 ぽかーん、なヒルバーアは、少し表情が幼い。
「え、ひょっとしてあの辛いやつかいな?」
「ですです」
「食べれるん!?」
「うまく使えば、食べられます!」
「マジか!」
 ガタッ! と立ち上がるので、レオナもつられて立ち上がった。
「なんぼでも生えてんねんけど、虫除けにして終わりやってん! 食べられるなら売れるやんか!」
「勿体ないですわ!」
「そりゃすごいわ……唐辛子貿易……」

 うんうん、と頷きあってガシッと握手を交わす二人に、周りの目が温かい。
 そこにタウィーザの手も乗った。

「……塩胡椒貿易に合わせて、動いていこう。アザリーの経済発展の良い機会だ」
「素晴らしい! その唐辛子と言うのは、辛いのか? 食べてみたいな!」
 とベルナルドが乗り気になると
「ええ、我々は、辛いものはあまり食べません。マーカムにも新しい食文化ができるのは、良いことですね。公開演習でアザリーの認知度も上がったでしょう。良い時期かと」
 フィリベルトも同意した。


 ――ローゼン公爵家のお墨付きキタコレ!


「レオナ嬢……ほんま頭上がらんわ……是非ゼルの嫁に!」


 ――んっ!?


「「は?」」


 ――ギャーッ! いらん地雷踏んだ!


「レオナはやらん!」
「それとこれとは、お話が別かと」
 応接室が、極寒の地に早変わりである。
 ローゼン公爵家お約束のブリザード地獄に、灼熱の国の王子達が耐えられるわけもない。
「ひえっ、さむっ! さっぶ!」
「ヒル、謝れ! 今すぐにだァ!」
「も、もも、申し訳ございませんでしたあ!」
 直立不動、直角の見事なお辞儀だ。
「うふふふ! お父様、お兄様、大丈夫ですわ。あくまでも、ゼルとは親しいフリだけですのよ」
「ん?」
「レオナ?」
「え? あの、学院で王子ということが暴露されてから、ゼルは大変なんですの。ですから……」
「初耳だなぁ」
「……ですね」

 ビクビクゥッ!
 ベルナルドとフィリベルトのドスの効いた声に、背後のヒューゴーがなぜか震えている。

「お父様、お兄様。それよりも」

 レオナは、本題へ戻すため再び着席を促し、自身も座ると、口を開いた。
 今日アザリーの王子二人が、こうして訪ねてきてくれたのだから――と意を決して。

「私、気になることがいくつかございますの」

 一人ずつと目を合わせると、皆真剣な顔で耳を傾けてくれる。

「……まずは、セレスタン様の復帰とイーヴォの処遇について」

 きゅ、と膝の上で拳を握る。

「それから、ザウバア殿下のご様子と……差し出がましいのですが、アザリー国王陛下が目覚められたとのこと。ではタウィーザ殿下が、これからどうやって王位を継承されるのか」

 タウィーザが、軽く頷いた。

「最後に、ハーリドとゼルのこと」

 すー、ふー、と大きく深呼吸をして、レオナは言う。

「私は、ただの公爵令嬢です。ですが、関わった以上は、知りたいと存じます。お教え願えますでしょうか」
「もちろんだァ」
 タウィーザが即答する。
「アザリーに関わることは、私が全て答えよゥ」
「ありがたい。王国宰相としても是非お聞きしたい」
「では、その他のことは私から」
 フィリベルトがニコリとした。
「ですが、既に次の憂いが始まっているかと。本日お話したことは、お心に留めて頂きたく」
「密談だな」
 ベルナルドは、楽しそうにニヤリとする。
「アザリーとローゼンの関係構築を、邪推する者も出始めている。殿下らも気を付けた方が良いだろう」
「分かったァ」
「ああ。俺はもう、間違えへん」
「私も口外しないとお約束致します」
 全員が頷き、最初に口を開くのは、やはりフィリベルト。
「……ではまず、私から。ザウバア殿下についてですが……」

 

 ※ ※ ※



「お兄様っ!」
 黒い布で、顔も含めて全身を覆った女性が、帰国した第五王子と第八王子を出迎える。
「ただいまァ、タミーマ」
「っかー、遠かったでぇ」
「ふふ、こちらに冷たいお飲み物が」

 後宮の一室。
 窓際の止まり木では、勇壮な鷹が羽繕いをしている。

「イサールをありがとうなァ。お陰で助かったァ」
「……それなら良かったですわ……」
「心配かけてすまなかったなァ」
「ほんとですよ! あの文を受け取った時の、私の気持ちが分かりますかっ! もう!」

 極秘にだが、既に目覚めていた国王に対して、他国で勝手に名代のようなことをした王子が、どんな処遇になるかなど……考えただけで恐ろしかった。慌てて摂政の元へ走り、他意はない、どうかご慈悲をと願い出て、タミーマはいくつか宝石を手渡したのだった。

「お詫びにいくらでもまた宝石を仕入れてくるよォ」
「結構ですわ。元々お兄様から頂いたものですもの。こういう時のために、でしょう?」
「うお、さすが賢いやん、タミーマ!」
 ヒルバーアが、果実水を一気飲みしてから、肩を落とす。
「俺とは大違いや……」

 タウィーザとタミーマは、ヒルバーアの肩を撫で、慰める。
「兄弟でも、分かり合えないことはあるわなァ」
「あの二人は今、どこにいるのでしょうね……」
「……知らん……見つけたら、ただではおかん。国が落ち着いたら、探しに行く。それもまた俺の贖罪しょくざいや!」
「ヒル……」
「ヒル様……」
「その前に、国やな! 皆で力を合わせて、再建していこう。なんでもするで。いつか、いつか……ゼルが帰って来たくなったら」
「おお、これがお前の国だぞ! と胸を張れるようにしたいなァ」
「私も、後宮勢力を抑え込む、お手伝いを致します」
「まずは、三人で」
 タウィーザが、拳を掲げる。
「ああ、三人で!」
「はい!」
「「「共に!」」」
 ヒルバーアと、タミーマが、その拳を打った。
 

 遠くまで澄み切った青空を、イサールが悠々と羽ばたき、飛んでいった。――






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お読み下さり、ありがとうございます!
次話は、砂漠の王子編のエピローグとなります。
皆様にとってこの承の章はいかがでしたでしょうか?
少しでも面白いと思って頂けたら、嬉しいです。
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