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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈101〉砂漠の王子34

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「レオナ……」
 ラドスラフが、嬉しそうに微笑んでいる。
「なんたる妖艶ようえんさ。そこの侍従を救うためとはいえ、新たな一面だな。胸が熱くなったぞ! そのような振る舞いもできるのだな。くく」
「やはりお見通しですのね。お恥ずかしいですわ!」


 心臓ばっくばくでしたわよ!

 
「いや、すまなかったな、ヒューゴー。八つ当たりだ。ベルナルドが仕切っていれば、各国への情報共有も迅速であるだろうが……」
 ヒューゴーが恐縮して頭を深深と下げている横で、レオナは顔色を悪くする。


 白狸、まさか……


「当日の朝に、いきなりアザリーは出ないかもしれないと聞かされる。この情けなさよ」


 がっくうー!


「しかも見てみろ、ナハラのあの態度。この演習の目的を全く理解していない。士気を下げるなど言語道断。アレクセイに潰させるか?」

 ラドスラフの言うことは、ごもっともである。
 ようやく内紛の落ち着いたブルザーク帝国をはじめ、毎年小競り合いを続けていたガルアダとアザリーが、ちょうど中央に位置するマーカム王国に集まり、大陸四国の交流と結束を促す。お互いの繁栄のためにも、非常に重要なことだ。
 
 だからこそ、ラドスラフはわざわざ自らやって来たのだ。
 
 それをガルアダは致し方ないとはいえ、名代は王太子。
 アザリーは王位継承順位すら定まっていない上に、第一王子はドタキャンで、第八王子は正式な名代ではない。
 はっきり言って、なめてんのか? 状態であろう。だからこそレオナは、悪く言えば皇帝の『ご機嫌取り』のため、無理を押して来たのだ。
 ヒューゴーももちろん理解していて、殴られるか、最悪は斬られるか、と思いつつ側に控えてくれている。
 

 ――さらにそこへ、ゲルルフが『忖度そんたく』を依頼している、などとはとても言えない。


 が、レオナはあえて『王国の恥』と言及した。
 ラドスラフは、察しただろう。その証拠に
「……前々からその評判は聞き及んでいたがなあ、ゲルゴリラめ。ベルナルドは毎日歯ぎしりしているのだろうな」
 と苦笑を漏らす。
「ええ。無駄に父のご機嫌取りをしなければならない私の苦労を、ラディ様にも分かって頂けて、嬉しゅう存じますわ!」
 ぷいっとしてみると、またラドスラフが可笑しそうにくくく、と笑う。


 ――どうよ、今日の私! 公爵令嬢っぽくない!? すごくない!?


「レオナ、何を隠している?」


 びっくぅ!


「そのも楽しいがな」


 ――あかんかったかー……


 上目遣いでちらりとヒューゴーを見ると、肩をすくめていた。


 うん、そうよね。誤魔化せないのは、知ってたわ。

 
「ラース様……ご慧眼けいがん、お見逸みそれ致しましたわ。どうかここは、見守ってくださいませ。私も、ここから応援するしかできないのです」
「そうか。余はレオナに弱いからな。良かろう」
「恐れ入ります」

 何もしなければ何らかの抗議は行ったであろう皇帝は、レオナがこうして止めた。あとは、タウィーザの腕にかかっている。

 

 ※ ※ ※

 

 演習場に立つゲルルフは、拳に一番のお気に入りのナックルをはめる。金色で、大きなスタッズがごつごつと取り付けられた物騒なもので、とても交流目的の演習に向いているとは思えない。
 それを見たタウィーザはげんなりするが、それもまたナハラ部隊が受け入れたもの。自身は演習場の端で、成り行きを見守るだけだ。

「マーカム王国第一騎士団である! アザリー王国ナハラ部隊よ、存分にその力、発揮するがよい!」

 ゲルルフの宣言に、客席から拍手が沸き起こったが、ナハラ部隊長は簡単な礼をするにとどまった。
 
 隊列に戻ると、突撃の合図のファンファーレが鳴った。

 わずか二十名のナハラ部隊は、横一列に並んだ状態で、第一騎士団の攻撃を受け止めた。演習なので刃を潰した武器だが、痛いのには変わりない――

「おおおおお!」
「おりゃー!」
「ふんっ!」

 声を上げるのは騎士団側ばかり。しかもその先頭にハゲ筋肉ことイーヴォの姿を見つけ、レオナはぞっとした。まさか、処分されなかったのか? ローゼンからの抗議は、無視されたのか!? だとすると、ベルナルドとフィリベルトの怒りで騎士団本部は全て凍るのでは、と。
 
 ナハラ部隊は「わー、わー」とほどほどに反撃をして、次々地面に倒れていく。ゲルルフは生き生きと殴りつけては、ウホウホえていた。
 砂埃でよく見えない場所もあるが、数でも劣る屈強な男達が順番に尻もちをついていく様は、異様だった。
 客席の観衆も、馬鹿ではない。
 どこか様子がおかしい、とざわめいている。

 やがて。

「まいったあ!」
 ナハラ部隊長が、両手を大きく挙げた。
 その右手を掴み、満足気な顔で一緒にバンザイをしてみせるゲルルフが、白々しい。

「下らぬな」
 吐き捨てるラドスラフの呟きが、レオナの心に刺さる。
 だが
「もう少しお待ちを、ラース様」
 レオナは、毅然きぜんと前を向いたまま、断言する。

「本番は、これからですわ」

 パラパラとまばらな拍手を受けるゲルルフとナハラ部隊長のもとへ、ジョエルが歩み寄っていく。途端に客席から黄色い声援が上がり、ゲルルフがあからさまに機嫌を損ねた。
 それを無視して、タウィーザも近づいていく。
 さすがにゲルルフとナハラ部隊長が戸惑っているところへ――
 

「私はアザリー第八王子、タウィーザ! 今日この場にいられることを、誇りに思う!」

 ゲルルフとナハラ部隊長に敬意を表し、礼をすると、観衆から再び拍手が湧き上がった。
 
「ご存知だろうが、アザリーは、ここからすごーく遠いんだぞーっ! 長旅は、大変だったぞー!」

 わはは、と笑いが起きた。
 タウィーザが、満面の笑みで、続けて叫ぶ。
 
「我が自慢の部隊も、疲れが出たようだ! そこで、提案したいっ!」

 途端にどよめく演習場をゆっくりと見回して、タウィーザは大袈裟に肩をすくめてみせる。

「このまま帰ったんじゃあ、不完全燃焼だあー! だから、頼む、マーカムの騎士団よ!」

 ジョエルを手招いて、肩を組んでみせた。

「アザリーの最強戦士と、マーカムの最強騎士で、一騎打ちはどうだあー!?」

 ジョエルが今度は困ったように肩をすくめると
 
 うおおおおぉ!!
 いけー!
 やれー!
 蒼弓ー! やっちまえー!
 
 盛り上がる演習場の観衆。第一騎士団もナハラ部隊も戸惑っているが、もう止められない勢いになった。

「いかがか! マーカム国王よ! ブルザーク皇帝よ!」

 タウィーザが振り返って、問う。

「我が弟が、マーカムの学院に留学しております! 彼に是非この、晴れ舞台を!」
 
「異議なし!」
 マーカム国王は、お祭り好き。断るはずがなかった。
「とくと披露せよ!」
 ラドスラフも即座に叫んだ。

 わああああ!
 
 盛り上がる演習場を
「さあ、マーカムは、誰か!」
 タウィーザはさらにあおる。
 そしてジョエルが肩を組んだまま呼び込んだのは。

「漆黒の竜騎士! ルスラーン!」

 うおおおおぉ!
 ドラゴンスレイヤー!
 漆黒の竜騎士!
 わああああああ!
 いけー!!

 タウィーザとジョエルが頷き合うと、第一騎士団とナハラ部隊の退場を促し――代わりに手を振りながら入場したのは、ゼルとルスラーン。
 演習場は、今日最も盛り上がっているのでは、と思われる、割れんばかりの歓声と拍手だ。
 
 ゼルは、素肌の上に金糸で織られたベスト、下は白いサルエルパンツで裸足。レオナが貸した街歩き用のメガネを、今は掛けている。
 ルスラーンも武器を持たず、騎士服の上着を脱いだ格好だ。そのまま出てきたに違いない。

「怪我すると危ないから、武器防具はなーし!」
 ジョエルが、タウィーザから離れて宣言をする。
「男なら、素で殴り合えー!」

 ゼルとルスラーンが、笑っている。

 レオナは自然と身体の前で両手を合わせて、祈った。どうか、二人とも、楽しんで、と。

 ゼルがメガネを外してジョエルに預け、レオナを見上げた。――美しい、黄金の瞳で。

「なんと……」
 レオナの隣でラドスラフが息を飲む。
「シュルークとは、誠なのだな」

 ルスラーンも見上げて、鼻の頭をくしゃりとさせて、微笑む。
 
 レオナが手を振ると二人は頷き、向かい合い、握手をし
「では、アザリー第九王子、ゼルヴァティウス対、マーカム近衛騎士ルスラーン! 構えて!」
 ジョエルの声で、ゆっくり構える。

 ゼルは、コオッと吸って、カアッと吐く。
 みなぎる金色の魔力がその身を包み、演習場がどよめいた。
 ルスラーンも、はじめからニーズヘッグを発動させている。周りの空気が、歪んでいる。
 
「はじめ!」

 初手は、同時。
 ドゴン、とぶつかり合う拳の鈍い音が、観ている者たちの心に響いた。
 すぐさま蹴りを繰り出すゼルに対し、ルスラーンは腕でいなし間合いを取る。が、素早い足さばきでそれを許さず、続けざまに蹴る、蹴る、蹴る。回し蹴り、上段蹴り、飛び蹴り、また回し蹴り。それが弾かれれば地面に両手をついた姿勢でまた、蹴る。
 

 まるで、ダンスだわ――
 

 レオナはそのゼルの全力の動きに、感動する。
 ぶれない体軸。次の次の手まで読んで、上から下から、ルスラーンを翻弄する。

 一方のルスラーンも、負けていない。
 ダメージを最小限に抑えながら的確に急所を攻めている。鼻先、顎、水月。ゼルの中心線を、左右に身体を振りながらがら空きにさせて、鋭く殴ってはバックステップで間合いを取る。

 パワーならゼル、戦略ならルスラーン。

 高度な闘いに、いつの間にか演習場は水を打ったかのように静まりかえっていた。

 シュッ、ザザザ
 ガツッ、ザザ、シュシュッ

 一進一退と思われた、次の一瞬。

「シィッ」
「りゃあ!」
 
 ……ガチィッ

「!!」
 レオナは、思わず祈った手のまま立ち上がった。
 ゼルの蹴りが――足の甲が、ルスラーンの右頬にはまったからだ。
「……焦るな、レオナ」
 ラドスラフが、優しい声で言う。
「素晴らしいカウンターだな。流石だ」

 よく見ると、ルスラーンの拳がゼルの腹に突き刺さっていた。二人とも、口の端から血を流して――笑っている。

「そこまで! 引き分けっ!!」

 ジョエルが、叫ぶと。

 うおおおおぉ!!
 よくやった!
 すごいぞっ!
 アザリー!
 マーカム!
 バンザーイ!!
 バンザーイ!!

 割れんばかりの賞賛の歓声が、演習場を揺るがせた。
 ゼルとルスラーンが、お互いの肩を叩き合い、お互いを讃えている。

「よか、った……」
 レオナは、すとんと座った。
「感動したぞ、レオナ」
「はい……はい……わたくしも……」
 手が震える。握りしめすぎた。指先の感覚がない。
「よかった……」

 ジョエルが二人の腕を掲げ、健闘を讃えると、ゼルが口を開いた。

「ありがとう、マーカム! 俺はこの素晴らしい国で、優れた教育を受ける機会をもらっている! 見ただろう、今の闘いを! 漆黒の竜騎士に闘いを教わるなど、夢のようだぞ!」

 わはははは!
 羨ましいぞー!

「マーカムという国は、豊かで、平和だ! アザリーはこの国からたくさんのことを学び、ともに歩んで行きたいと願う! ありがとう、騎士団よ! ありがとう、マーカムよ!」


 わああああああ!
 アザリー! バンザーイ!
 アザリーもすごかったぞー!

 そしてゼルはルスラーンとともに、退場をした。
 満面の笑顔、金色の瞳で。
 


 ※ ※ ※
 


「レオナ、俺は明日、シュルークになる。応援、してくれるか?」
「ゼルが、そう決めたのなら」
「最後まで見ていてくれるか?」
「もちろんよ」
 
「ルス殿、すまないが力を、貸してくれ」
「……喜んで」

「アザリーの、明日のために」
「私でできることなら」
「俺にできることなら」
「ありがとう」
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