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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀
〈97〉砂漠の王子30
しおりを挟むレオナの無事を確かめ、軽く身だしなみを整えたフィリベルトは、ヒューゴーを伴ってルーカスの案内のもと、タウィーザ達を訪れた。
部屋には気絶したまま拘束されているザウバア。
その足元には、吐血し絶命したハーリドが、シーツを被され、うつ伏せで横たえられていた。
フィリベルトもヒューゴーも、そっと祈る。
レオナの容態が安定したことを聞いて安心したタウィーザだが
「……謝って済むことではないが、本当にすまない」
苦渋の表情で、膝を着いた。ヒルバーアも、それに倣う。
王族が決してしてはならない行為だが、それほど責任を感じているということの表明だ。
「私にできることがあれば、何でもさせて頂きたい」
「タウィーザ殿下」
フィリベルトの声は、静かだ。
「真実を、明らかに致しましょう」
「真実? ヒルバーアが」
「恐らくそれは正確ではありません」
びくり、とヒルバーアの肩が波打つ。
フィリベルトも膝を着き、ヒルバーアの瞳を覗き込む。
「誰を庇っているのです?」
「庇ってなど……」
いつの間にか二人の王子の背後に、ナジャことリンジーが腕を組んで立っていた。再び黒装束を身にまとっている。
「あなたがしたことは、アドワとハーリドに死蝶の話をしたこと。宰相暗殺現場に立ち会ったこと。本当の死蝶は――あなたではないですね?」
「なっ! 俺や!」
「そう思い込まされている」
「は!?」
おもむろに、リンジーが上からヒルバーアを覗き込み、恐る恐る見上げるヒルバーアの目を見ると。
「なるほど。解呪はラジはんで十分でしょ。軽い暗示ですわ」
「な!」
驚いたのは、タウィーザも同様だった。
「まさか! 俺が、暗示……やと?」
「ええ。この二人に、見覚えは?」
フィリベルトが、ヒューゴーとリンジーを目で差す。
「……今日初めて……? いや待て、どこかで会った気も……」
今度はヒューゴーが驚く番だ。
「あの小屋で、会ったろうが!」
思わず不敬な口調になったが、それを咎める状況ではない。
「小屋……そんな気もする……」
ぶつぶつ言いながら思い出そうとするヒルバーアの頭上で
「ヒュー、あのヒルバーア殿下は、やたら震えてたな?」
リンジーが淡々と言う。
「だが見てみぃ今の殿下」
「そ、ういえば」
――多少ビクついてはいるものの、そこまでではない。
まるで別人だ。
「ヒルバーア殿下。殿下は、何人いるのです?」
タウィーザが瞠目し、息を飲む。
ヒルバーアが、床に両手をつき、呻くように吐き出した。
「そうか……信じたくは、なかった。やはりそうなのだな……ハーリドも……まずは、暗示を解かねばと思うが。俺は、……本当は三つ子だ」
※ ※ ※
――そして、その夜。
ザウバアは再び近衛によって収監された。ハーリドはその遺体を引き取られたが、アドワとともに共同墓地に入れられるだろうとのこと。
ジャンルーカは、ルスラーンを見るなり「なるほど……職務放棄ではなさそうですね?」と淡々と凄んでいた。
ザウバアとヒルバーアを探すタウィーザ(暴走中)を、護衛のため追いかけて、その途中テオに会い、公爵邸に来て――という経緯を口頭で説明し、タウィーザも同意していたが、報告は怠っていた様子。きっと後でコッテリと絞られることだろう……不憫であるが致し方ない。
ザウバアの件はアザリー国王に、条件に同意する回答を送ったそうなので、法務官が着き次第聴取が始まると思われる。
リンジーは、レオナの目が覚めて異常がないことを確かめると「わいのことは誰にも口外せんといてな~頼むで~」と言い残して姿を消した。皆、隠密と分かっているから大丈夫だろう。
結局のところ、ピオジェ公爵オーギュストと、騎士団長ゲルルフは、アザリーのナハラ部隊を公開演習から締め出すことはできなかった。
代わりに、タウィーザが指揮を取ることで落ち着いたらしいのだが
「ぶっつけ本番て……ナハラの奴ら、絶対言うこと聞かないだろうなァ」
とげんなりしていた。
がんばれ! と言うしかないレオナである。
それからは、王子三人で打ち合わせのようなことを始めたので、レオナは疲労回復効果を付与したサンドイッチを作って……フィリベルトとマリーに割とガチで怒られた。
テオは、なぜか何もないところで何度かド派手にコケたり、落としたカトラリーで指を切ったりしていた。急に悪いものでも取り憑いたのかしら? とハラハラするレオナに、大したことないよ、と笑いながら
「い、たーっ……あ! そういえば、ジンは?」
と気づき、
「あ……やべ! 置いてきた……ま、大丈夫だろ……」
とゼル。
えええ! ジンライ、すごくがんばってくれてたのに。
せつない! 後で絶対慰めよう。差し入れしよう。
――そうして迎えた、公開演習当日。
「レオナ様。それで、どうされますか?」
朝食の席で、ヒューゴーがお茶を淹れながら言う。
「どう、って?」
「公開演習。皇帝陛下からお誘いが来ておりますが」
「あー」
そうでした。忙しくてお返事してませんでしたねえ。
断ったら――すごーく嫌な予感がするぞ、うん。
「行くしかないわね……ごめんね、休みたいでしょう」
「大丈夫です。お陰様で全回復です」
とヒューゴーが言うと
「お気遣い無用ですよ。廊下で騒いでただけなんですから」
プンスカ・マリーのご降臨である。
「うぐ」
「挙句の果てに、漆黒の竜騎士と小競り合いとか。馬鹿かと」
「ううう」
あれー? 全回復したはずのライフが一気に、ゼロー?
(ゼロー、はもちろんソプラノ・ボイスだ)
「ほんっと男って、ああいう時役立たず」
「ぐはぁ!」
致命傷である。
――ちょっと先かもだけど、出産の時は頑張らないとだよっ!
……ん? ちょっと先?
「お嬢様、せっかくの催しですから、珍しくピンク系はいかがでしょうか?」
「へっ?」
「恐らく『皇帝の赤』をお召しになるのを期待しておられるのではと」
「あ! そうね、さすがマリーだわ!」
復興祭の夜会で、やたら気に入ってたもんねぇ……となんだか遠い目になってしまう。
「ふふ。さて、レオナに嬉しい知らせが二つあるよ」
フィリベルトが向かいで微笑む。
「父上……母上もか。演習後に帰宅されるよ」
母のアデリナは、ベルナルドを待つと言い張って、王宮にずっと泊まっていた。お陰で凄惨な現場を見せずに済んで、本当に良かったと思っている。
「ジョエルも昨日の深夜、無事王都に帰って来たそうだ」
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「かしこまりましたわ!」
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マーカムとアザリーとの関係は、これからの話し合いや、塩胡椒貿易協定、ザウバアの聴取の結果などに依存する部分はあるが、少なくともタウィーザとヒルバーアのことは信頼できるはずだ。
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やはりお兄様には敵わないなと、レオナはそっと涙を拭った。
「ふふ。じゃあ私は療養中の身だからね。楽しんでおいで」
「……はい」
――ずるーい! 私も休みたいよ、ほんとは!
「ヒューゴー、レオナを頼んだよ。まだ何が起こるか分からない。油断は禁物」
「はっ。承知致しました」
気を引き締めるヒューゴーは
「今度こそちゃんと護衛しなさい」
マリーに脛を蹴られていた。
「いっ!? 分かってるよ……」
わあ、気合いだー! がんばれ!
※ ※ ※
騎士団演習場の貴賓席に通されると、ブルザーク皇帝ラドスラフと、外交官サシャの二人が居た。
「レオナ!」
皇帝自ら立ち上がって両手を広げ、迎えられる。
――ひええ、大歓迎!
すかさずレオナは、最大限のカーテシーを行う。
「お久しゅうございます。皇帝陛下におかれましては、ご機嫌も麗しいご様子、大変嬉しゅう存じます」
「うむ。会いたかったぞ! レオナも元気そうで何よりだ。さあ、もう堅苦しいのは抜きにしよう」
これは、愛称で呼べと言っているな、とレオナはすぐに悟る。
「ありがたく存じます、ラース様」
すると皇帝は、ニコニコしてレオナの手を取り、手の甲へのキス、そして椅子へと、流れるようにエスコートをする。
久しぶりの再会で、対応を間違えなかったことに密かに安堵するレオナは、テーブルに既に色とりどりの焼き菓子が並べられ、ポットが脇の机にいくつも並べられているのに気付いた。
「ふ、気になるか?」
楽しそうに、ラドスラフは言う。
「レオナのために、色々な茶葉を取り寄せておいたぞ。海の向こうのものもある。存分に楽しむが良い」
「まあ! とっても嬉しゅうございますわ!」
正直、この気遣い、マジでめちゃくちゃ嬉しい!
沈んだ気分が上がるっ!!
ほんのちょっとだけ、ちょっとだけだけど、グラッとくるよねー!!
「くく。それだけ喜んだ顔を見られたら、男として本望だな。な、サシャ」
「ひょえっ! はははいっ! はははじめましてサシャでです」
「ごきげんよう、サシャ様。私はレオナ・ローゼンと申します」
「れれレオナ嬢、あああの、いいイライラしませんか、だだだだいじょぶでしゅか」
「イライラ、とは?」
「ぼぼぼく、しゃべるとイライラするってよよよく言われまして。ななんなら、ずっと黙っておきますのではい」
「ふふふ。いいえ。きっと頭の回転が速すぎるのですね、サシャ様は」
「ぴっ!?」
「思っていることと、話す速度が、一致しないのでは? お口の速さは、限られてしまいますものね」
「……レオナ……」
ラドスラフが、驚愕している。
えっ、まずいこと言っちゃった!?
「あ、あのっ、私ったら不躾なことを!」
「いや、驚いたぞ! ははは! それを見破ったのは、余以外ではレオナだけだ!」
「そそそなんです、びっくり……ぼぼぼく泣きます」
ええっ……泣かないでー!
「しゅ、しゅごいうれしひでしゅ……ぐしゅ」
「ふむ……だが、サシャも漆黒の竜騎士が好きだぞ」
「……っへっ!?」
『も』ってなに、『も』って!
えっ、なに、なんで!? バレてる!? バレてるの!?
内心嵐が吹き荒れているレオナ以上に、サシャが動揺していた。
「はばばば、〇✕△?!※ 〇!」
「たまたま会談で同席したんだが、そいつしか目に入らぬようでなぁ。まったく、あんな厳つい無愛想な奴の、どこが良いんだ?」
――どこって……ぜんぶ?
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さすが、ラドスラフは人の気持ちを読むことに長けている。レオナの心がどこか沈んでいることを察し、このような雑談をふってくれているのだ。
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うっとりするサシャは、今は心と口が一致しているようだ。
なるほど、頭とは一致しないけど、心とは一致するのね!
「ジョエル兄様は、確かに麗しいですし、お強いですものね! 自慢のお兄様ですわ!」
「おおお、お兄様!?」
「あ、血は繋がっていないのですけど、幼少時からお世話になっておりますの」
「羨ましいいいぃ! ふぐぅぅぅぅ」
ラドスラフがそれを絶対零度の目線で射抜いている。
「はー。いつもこうだぞ……」
「うふふふふ! とっても楽しいですわね!」
「……楽しい……か?」
「はわわわ、ななな仲良くなれそうっ! イダアッ!!」
どうやらラドスラフがサシャの足を踏んだようだ。
「お、お、男の嫉妬ミットモナイ!」
「また寝込むか?」
「……ぷいっ」
――えーっとここって、皇帝の席だよね? 漫才かな?
「ところで、家族は息災か」
「……ええ、お陰様で」
「ベルナルドもフィリベルトも療養中と聞いたが」
じ、と見つめられると、その迫力にさすがに背中に汗をかく。
「ご心配、痛み入ります。疲れが出ただけですわ」
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「だだだめですよ陛下」
「む」
「レオナ嬢は未婚の身。そういうことができるのはこここ婚約者だけです」
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「だだだめですってば!」
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「れれレオナ嬢っ!」
思わずレオナは、サシャとがっちりと握手をしてしまった。
ここに、固い友情が結ばれた瞬間である。
「……おい……なんだ悪って」
ぶつぶつ拗ね始める皇帝を、どうしようかなとレオナが思っていると。
「ご歓談中、恐れ入ります」
聞き慣れた声が。
レオナは、満面の笑みで振り返る。
「ジョエル兄様っ!」
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