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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈96〉砂漠の王子29

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 レオナの顔面は蒼白、脂汗が滴り、遠目からでも血と汗で服がぐっしょり濡れていた――

 

「んー、これはまた……ややこしいやつやなぁ」
 リンジーが、レオナの様子と剣に残った毒を見て言う。
「! 分かるのか」
「慌てたらあかんよ、黒ポンコツ」
「くろぽん……!?」

 そして、唐突に仕切り出した。
 
「ヒュー、広くて清潔でベッドがある一番近い部屋ー」
「こっちだ!」
「フィリ様、お湯沸かす魔道具ー」
「すぐに」
「マリーちゃんは、シーツとか着替えとかの準備やなー」
「わかったわ!」

 全員、疑問を挟まず迅速に行動開始する。
 ――恐らく、一刻を争う。

 リンジーはレオナから目を離さず、ヒルバーアとタウィーザに
「それ、頼んでいいやんな?」
 と聞くと
「「神に誓って」」
 二人でザウバアとハーリドに向かいあった。
 ハーリドが
「逃げませんのでご安心を」
 と両手首を差し出す。
 念のためと、懐から出した魔道具の拘束具を二つヒルバーアに渡しながら
「ほな。ゼルちゃんとテオも色々お手伝いあるからおいで」
 と立ち上がった。
「おお」
「はい!」
 それからルスラーンに向き合い、
「――ゆっくり運んでや。剣刺さったままやで。抜くんは、解毒してからでないと……ほんまに死ぬ」
 警告してから、さ、時間ないで、と歩き始めた。
「っ、分かった」
 ルスラーンがヒルバーアから引き取って、壊れ物のようにそっとレオナを横抱きにする。ハッ、ハッ、と呼吸が浅く頻繁。体の熱もひどく高いことに、激しく動揺してしまう。
 
 マリーが戻ってきて、寄り添いながら先導し、皆が中庭から移動した。
 ルーカスは、王子達とハーリドを拘束するため、別の部屋へと案内した。



 ※ ※ ※

 

「ザウバア殿下は傀儡かいらい、です」
 ルーカスがザウバアを床に下ろして柱に拘束し、部屋の扉を閉めると、ハーリドはザウバアを見下ろして立ったまま淡々と言う。
「私ならローゼンは狙わない」
 二人の王子は顔を見合わせた。
「ハーリドが狙わせたんじゃ?」
「違います」

 振り返るハーリドの瞳は、澄んでいる。

「……恐らくは、時々誰かが私のをしていたのではと。思い返すと、話に齟齬そごがある時がありました。それから、マーカムの近衛にも間諜がいます」
 ルーカスが、驚きでハーリドを見やった。
 
「ザウバア様は分かりませんが、私はあのまま罪を償うつもりでした。ですが、解放する、といつの間にか手紙が置かれていて……それから、ゼル様を伴ってローゼンに行けと命令を受けたのです」
「そういうことやったんか」
「ヒルバーア様。あなたも、誘導されたのでは?」
「……その通りや」
 ヒルバーアが、悔しさを滲ませる。
からの手紙が来た。脱走してローゼンへ行き、薔薇魔女を殺すと。まんまと……くそ」
「はい。ヒルバーア様の動きも、ある方の手のひらの上でした。本当の死蝶は他に――です、が、それっをお、伝えすることは、できませ、ん……」

 ぐ、ぐふっ、ごはっ

 ハーリドが、突然吐血し、膝をついた。
「ハーリドッ!」
「ハーリド!!」
 慌てて駆け寄る二人の王子を、手で制する。
「さ、最期に、もう一度、闘神に会え、て幸せでした」
 そしてハーリドは、ヒルバーアの顔を震える指で指した。
「!?」
「薔薇魔女、に、死蝶……失敗……申し訳……」
「おいっ、ハーリド!」
「ハーリドォッ!」
 そして二人の王子に見守られ。ハーリドは静かに目を閉じ……床に突っ伏し。

 ――そして、静かに旅立った。

「っ、タウィーザ」
「どうしたヒル!?」
「……ハーリドのやつ、俺の顔、指さしたな」
「え? あ、ああ」
 ギリギリと歯ぎしりをし、ヒルバーアは
「……そういうことか……」
 と言った。

 

 ※ ※ ※

 

 ポタリポタリと、涙がテーブルに落ちて小さな丸い跡をいくつか作った。
「あーあ。死んじゃった? ハーリド」
「うん……ぐすぐす」
「『しゅ』が強すぎたんじゃない?」
「だっ、て!」
「うそうそ。僕が言ったんだもんね。がんばったねー、ビア。すごいすごい」
「う、うう」
「さ、次はどこにいこっか。いよ、っと」
 そう言ってロッキングチェアから立ち上がった男を、ビアと呼ばれた男は、慌てて止める。
「ディス? 確かめなくて良いの?」
「んー? 良いよ別に、どうなろうと。だもん」
「……」
「暗示と誘導と『呪』は、やっぱり同時にしないと駄目だねー、思惑とズレちゃうね。それが収穫~」
「ディス……あの人は?」
宿? ま、ゴメンね、てことで」
「いいのかな……」
「いいさ。向こうもただ薔薇魔女を怨んでるだけだし、僕らには関係ないよ。あとは自分で頑張ってねって感じ。さ、ほら、適当な証拠も持っていってくれたし、ここも用無し。支度しないと置いてくよ」
「う、うん」

 王都の郊外にある小屋から、二人の旅人が去っていく。
 それを気にする者は、いなかった。



 ※ ※ ※



「レオナ、レオナ」
「レオナッ」
「レオナ様っ」
「レオナさん!」
 ベッドに寝かされたレオナに、全員が駆け寄り声を掛けると、リンジーが
「あーはいはい、みんな心配なのは分かるけど、とりあえず一旦出て出て。必要な時呼ぶわー」
 冷たく言うので
「おまえ!!」
 危うくルスラーンと一触即発になりかけた。
「ちょ、待て待て! 喧嘩してる場合じゃねえ!」
 ヒューゴーが仲裁に入り、テオが
「……治療が最優先ですよね」
 と涙を流しながら静かに言った。
「うん。テオが一番冷静やなあ。ほな残り。後は役立たずやから……今すぐ出ろ! 命に関わる!」

 激高したリンジーから、黒いオーラがほとばしった。

 ヒューゴーとゼルが、それぞれ無言でルスラーンの腕を引いていく。――ずりずりと後ろに引っ張られながら、ルスラーンはベッドから目を離すことができない。

 意に介さず、リンジーは指示を出す。
 
「うし。フィリ様、氷と沸騰したお湯を。交互に延々出してもらいます」
「分かった」
 能面のフィリベルトは、必死で一切の感情を排している。恐らく自身の魔力が、レオナの命を繋ぐと分かって。
「テオはそれを運ぶ係な。めっちゃ大変やけど、毒を中和して抜かなあかんねん。指示通りに頑張ってや。まずレーちゃんの足から冷やすで」

 話しながら、さすがに黒装束は暑くやりづらいようで、素顔を晒し上半身を脱ぎ、肌着だけになり、脱いだ服は腰で縛る。それからマリーからタオルを受け取ると、頭に巻いた。

「ぐ……頼んだぞ……」
 歯を食いしばってそれだけ言うと、ルスラーンはようやく扉の外に出て、うずくまり、自身の両手を見た。レオナの血と汗がべっとりと付いている。ぶるぶる震えが止まらない。

「……くそ」
 血など、何度も見てきた。目の前で仲間が魔獣に食い殺されたことも、何度もある。だがこれは……これは、何だ?
 
「くそ、くそ、ちくしょう……」
 
 何が漆黒の竜騎士だ、何がドラゴンスレイヤーだ。
 護れなくて、どうする!

「はー……悔しいのがテメェだけと思うなよ」
 ヒューゴーが、唸るように頭上から言う。
「責めたいのなら、俺を責めろ。責めてくれ」
 ゼルも、その隣で、絞り出す。
「!」
「……祈るしかねえよ、もう」
 ヒューゴーがそう言って扉を睨み、ゼルは拳をギリギリと握り締め、目を瞑り、祈った。
「イゾラよ……この身にもしも本当に闘神が宿っているのなら、いくらでもこの魂を捧げよう。だからどうか」
 ルスラーンは、跪いたまま無言でイゾラの祈りのポーズを取り、ヒューゴーもそれに倣った。


 ――救いを。
 


 ※ ※ ※



 いつの間にか、真っ白な空間に、レオナは座っていた。
 見えないが、椅子のようなものに腰掛けている姿勢で。

「?」

 さっき刺されたはずなのに?
 と不思議に思い、体をまさぐると、全裸だった。

「へ!?」

 傷もない。
 なにやら、身体が白くふわふわしている。
 定まっていないような?

『それは、そなたの魂なのだよ、薔薇魔女――いや、レオナよ』
「はい!?」

 唐突に響いてきた声に驚くと
『ははは、すまない。いつも見ていたから、気安くなってしまった』
 謝られた。
 
「ええと……どなた?」
 キョロキョロと空間の天井あたりを見て問うが、何もいない。真っ白なだけである。
『案外冷静なのだな……私は、創造神と呼ばれている者だよ』
「イゾラ?」
『うむ』
「えーと、こんにちは。はじめまして」
『くくくく。はじめましてではないのだがな……こんにちは』
「へ!?」
『気にするな。私と会ったことは、忘れることになっている』
「そう……ですか」
『さて、本題に入っても?』
「は、はい! どうぞ?」
 
『はあ……実はな、これは、想定外のバッドエンドなのだ』
「へ!?」
『神の領域を超えた因子が現れるとは思わなくてな……薔薇魔女の命がここでついえるストーリーになってしまったようだ』
「ええと……」
『だが、それはこの世界にとって、全く良くない。軌道修正したいのだよ』
「なんか、ゲームみたい」
『ふふ、そうよな』
「つまり、私は今のままだと死んでしまう?」
『うむ』
「あらら……」
『……冷静よなあ』
「実感がなくてですね、はい」
 本心である。
 
『ふむ……ところでおぬしは、薔薇魔女の能力をほとんど使わぬな』
「え? だって普段そんな必要ないですし? お料理くらいかしら」
『変わっているなあ。大体がチートだ無双だと世界征服に向かうのだが』
「えぇ? なんですかそれ……厨二病?」
『あははは! あれはやまいか。そうか、そうかもな!』
「ひょっとして、征服しないといけませんでしたか? 全然興味がなくって」
『せんでよい』

 あれ? 急に不機嫌……

『チュウニビョウとやらは、面白くないのだ。次から次へと強いの倒しまくって? 何人もの女や男を手篭めにして? 城だ財宝だ国だと、散々手に入れて、勇者だ聖女だ神だと祭り上げられて、挙句の果てに最後は飽きて、死ぬ間際にやっぱり平凡が一番、などと平気で言うのだ。全く勝手すぎる!』
「はあ」

 神様の愚痴なんて、聞くことある?

『だから、そなたの行く末を見たいのだ。この世界のためにも』
「私の行く末……ですか」
『うむ。もちろん、誰と結婚するのかも含めて、な』
「けっ!?」

 顔見えないけど、今絶対ニヤニヤしてる!

『おほん。というわけで、強制的にそなたの魂を生かすために、少しだけ供物くもつが必要だ』
「は!?」
『今、各自に神託をもたらしたからな。その返事待ち……やや、全員即答だな。随分愛されているなあ。喜べ』
「……どういうことですか」

 勝手に、みんなの何をもらうと言うの……

『家族は繋がりが元々強いから、他人からだけになるが』
「……」
『ヒューゴーとマリーには、少しの間だけ赤子が訪れるのを先に延ばして良いか聞いた』
「はいっ!?」
『即答で、もちろんだと』
「ちょちょ、待って!」
『ゼルからは我が息子である闘神の魂を、少し分けてもらった。なに、修行すればすぐ戻る』
「そういうもん!?」
『テオには、今まで積んでいた徳を全て捧げてもらった。しばらく不運が続くかもしれん』
「テオー! 心配っ」
『リ……ナジャか。あやつは欲しいだけ魂取ってくるとか。死神のような奴だなあ。代わりに禁呪をいくつかもらった』
「……ナジャ君たらぁ……」
『ルーカスは残りの寿命を捧げると』
「だめ!」
『ははは。その代わり、奴が昔取った命で代用させてもらった』
「ルーカスぅ……」
『ルスラーンは、命もドラゴンスキルも全て捧げると』
「なっ……」
『ドラゴンはなあ、逆にわたしがユグドラシルに激しく怒られるからなあ……命は後味悪いし……』
「ダメです、絶対ダメ。嫌です!」
『でも捧げると言ってたぞ?』
「ダメ……」

 皆を犠牲になんて、絶対嫌だ。

「みんなの、何もかも、奪いたくない!」
『生き返れないが』
「いいです!」
『みな、悲しむぞ?』
「……それが、運命なら……」
『はは。運命などというものはないぞ』
「そう……なのですか?」
『ああ。全ては因果だ。そしてそなたは、皆にとても愛されている』
 

 ――ろ、……きろ


「え?」
『創造神などと言うが、ただのにすぎなくてなあ。安心するがよい、奪うのではないよ。作用させるために、証明をもらいたいだけだ。なに、全ては、やがて元に戻る』


 ――きろ、いきろ


『――ほら、愛は全てを凌駕りょうがする。これを見たかったのだよ……なんと愛しいことか……』


 ――生きろ! 生きてくれ!


『楽しかった、レオナよ。


「はい、イゾラ様。ありがとうございます! ごきげんよう」
 

『あ、言い忘れていた。ルスラーンからは代わりに、レオナと過ごす予定の時間をもらっておいたぞ。そこで少し進展するはずだったんだがなあ。ああ、もう聞こえてないか……ま、なるようになるか……』

 

 ※ ※ ※



「……?」
 頭が、ぼうっとする。
 ここは……見知らぬ天井?

「ッ! レーちゃんっ!」
 汗だくのリンジーが叫ぶ。
「レオナッ」
「レオナさん!!」
 フィリベルトもテオも、汗みどろでぐしゃぐしゃの酷い顔だ。
 マリーが、顔面蒼白のままぶるぶると側に立っていて、手に持っていた氷水のたっぷり入った洗面器を、ごぱん、グシャーと落とし、ぼたぼた涙を流し始めた。
「……オナ、様?」
「マリー?」
「レオナ様ああああああああぁぁぁ!」

 バンッ!!

 マリーの泣き叫ぶ声を聞いて、廊下から部屋になだれ込んできた男三人も、形容しがたいほど酷い顔だ。
 ヒューゴー、ゼル、ルスラーン。ところどころ傷だらけなのは、なぜだろう?
 
「ふふ」
 
 レオナは自然と笑いがこみあげて来た。

「みんな、ひどいかお」

 全員、それを聞いて、泣いた。――
 
 
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