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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀
〈90〉砂漠の王子23
しおりを挟む――公開演習まであと二日。
「俄に信じられませんね」
タウィーザの聴取は、アザリーの王族を名乗ったということもあり、近衛であるジャンルーカが担当することとなった。書記にはセリノ、補佐はあえて、偶然にも二度(フィリベルトとタウィーザ)も昏倒現場に立ち会ってしまった、エディという騎士を採用した。
「そうだろうなァ」
くつくつ、とタウィーザは笑う。
実はアザリー第八王子でした、しかもマーカム入国はブルザーク皇帝の依頼だと言うのだ。(ちなみにゼルはあっさりと『ああ、兄だ。間違いない』と認めた。)
「……それを、信じろと?」
「まァ、皇帝陛下に聞いてから判断して欲しいなァ。それまでは大人しくしてるよォ」
「……なんの依頼か、お聞きしても?」
「それも」
「皇帝陛下に聞け、と?」
「だねェ」
ジャンルーカは、溜息をついて、思わず額を押さえた。
不法入国は、マーカムでは大体が国外追放・再入国禁止措置となるが、他国の王族が国家行事に備えて、参加国の国王・皇帝に要請されて入国した、となると、話が警備ではなく外交になってしまう。
つまりは、騎士団の管轄ではなく、外務大臣預かりとなるのだ。――亀爺さんか、とジャンルーカの頭が痛くなってしまったのは、致し方あるまい。
セリノは、どう書けば良いのやらとオロオロしているし、エディも、どう受け止めれば良いのやら、と複雑な顔をしている。
「あ、そうだァ! 俺が倒れた時にいたのは、どっちの人ォ?」
タウィーザは、ニコニコとセリノとエディを交互に見やる。
「あ、はい。自分ですが……」
不安そうに、エディが応える。
「おー、良かったァ! 直接言いたかったんだァ」
「?」
不思議そうに見るエディに、タウィーザは真剣に目を合わせ、告げる。
「……君は、何の心配もいらないよ。俺が受けたのは、特別な呪い。俺だけにしか、かからない。対策してたから、この通りすっかり治ったし。もう元気! ね?」
そして、大きくバンザイをした後に、ぐんぐん、と両腕を曲げて力こぶを作って見せた。
エディは、それを見て、――言葉は出なかったが、うんうんと頷き、涙ぐんだ。
未知のものは、相当に怖い。一時は精神が恐慌状態にまで陥ったものの、気丈に任務をこなす彼の気持ちを救ってくれないか、とタウィーザはフィリベルトに頼まれていたのだった。
「ありがとう……ございます……」
「こちらこそだよー。マーカムの騎士って、凄いねェ」
あんまり素直に褒めるものだから、ジャンルーカは呆気に取られて、それから苦笑した。
「部下をお褒めに預かり恐縮です、殿下」
「どういたしましてェ。あ、あと弟のゼルが、お世話になってますー?」
「こちらこそでございます。ゼル君は、大変素晴らしい才能をお持ちです」
「それは嬉しいなァ! あと、俺も殿下って、やめない? ター君とかァ」
「……」
微笑のみで、ジャンルーカはスルーを決め込んだようだ。
「ダメかァ……仲良くなりたいのになァ」
しょぼんとするタウィーザは、上目遣いでさらにジャンルーカを見やるが、彼は負けなかった。
「おほん。では、ブルザーク皇帝陛下が見えられるまで、ご不便で恐縮ですが」
「はーい。ここにいまーすゥ」
タウィーザは、若干不貞腐れて言った。
「……よろしくお願い申し上げます。では」
王宮客室は、タウィーザ本人に「肩が凝っちゃう~」と拒絶されたので、とりあえず近衛宿舎の空室を使ってもらうことにした。不法入国の件が片付くまでは、見張りを立てることで体裁も整え、落ち着いた。
「またーねェ」
ニコニコと柔らかな口調で誤魔化しているが、油断も隙もない。
ジャンルーカは、無駄だと分かっていても、どうか面倒事だけは起こしてくれるな、と願ったのだった。
※ ※ ※
――その頃、アザリー。
昏睡状態のまま、全く目覚めない国王ラブトを前に誰も為す術がなく、小さな王国はまるで既に喪に服したかのように静まり返っていた。
始めは威勢よく方々に文句を叫び、暴れまくった王妃のナティージャも、誰も見向きをしてくれなくなるにつれ、部屋に引き篭ったまま出て来なくなった。
我こそはと王位の簒奪を目論む者は、国王の状態を知るや黙りこくった。誰も呪われたくは、ない。欲しいのは富と名声だが、命を失うのなら何の意味もなくなるからだ。
この砂漠の王国は、今やもう誰も政治の舵取りをせず、ゆっくりと衰退していっているが、幸いまだ何も表面化していない。
ただしいつもは陽気な国民たちも、どこか覇気をなくしていた。
だらだらとオアシスで泳ぐ者、もくもくと胡椒の世話に勤しむ者、観光客が減る様を見て、見切りをつけて出国する時期を算段する者、など、変わらないようでいて、ヒタヒタと着実に近づいてきている滅びの足音に、気づかないフリをしている。
ピィーーーーーーー
凛々しい一羽の鷹が滑空して、後宮のとある窓の桟に止まった。
「? ……イサール?」
その名を呼ぶのは、王女とは名ばかりのタウィーザの妹、タミーマ。『酷く醜い顔である』とうそぶいて、常に顔も全身も布で覆い隠している彼女は、タウィーザの尽力で静かに後宮で暮らしていた。
そんな彼女は、鷹――イサールの脚に括りつけられた手紙を読み終わるや否や、自室を飛び出た。
タウィーザからは、次の手紙を摂政宛に送ってある、念のため控えを送っておくから、保管よろしく、と書いてあった。
『第六王子サーディス、第七王子サービアの身柄について
アザリー第一王子ザウバアに、マーカム王国ローゼン公爵家当主、ベルナルド・ローゼン暗殺未遂の嫌疑が掛けられた。
ローゼン公爵家の要請により、現在投獄されている二人の王子について、第一王子関係者としての聴取が完了するまで、刑執行は無期限延期とする。尚、聴取に備え、最低限の心身の健康を保つため、投獄ではなく自室での監禁とすること。
大陸四国合同公開演習参加のため、マーカムへ入国していたタウィーザ・アザリーが、アザリー国王代理として要請を受諾したことを、ここに証明する。
ただし、アザリー国王の判断において、この要請が却下された場合には、それに従う。
第八王子 タウィーザ・アザリー
ローゼン公爵家当主代理 フィリベルト・ローゼン』
――お兄様っ!
タミーマは、懸命に走った。
今日ほど、この全身の布が邪魔だと思ったことはなかった。
※ ※ ※
――夜、近衛宿舎のとある一室。
「あー、疲れた……側近とか向いてないわ……」
「くく、そうだろうねェ」
「とりあえず飲もう、兄者たち」
ヒルバーアは、タウィーザの側近ということで姿を現し、同じ部屋に軟禁されることになった。さすがにもう一人王子が、とは言えないし、こちらは正真正銘の密入国。その能力で下手に潜伏されるよりマシですからね、と苦笑うフィリベルトの苦肉の策であり、それに異もなく従った。
「側近て、何したら良いの!?」
と終始ぷるぷるしていたので、タウィーザが『斜め後ろに黙って立っていれば良いよォ』と教え、どちらが兄だか、とゼルは苦笑した。
そのゼルは、兄への面会を正式に申請して受理され、近衛の護衛を伴って本部に会いに来られた。騎士団長ゲルルフは、確たる理由もなしに許可を渋ったらしいが、近衛筆頭であるジャンルーカが『これで外交問題になったとしても、近衛は関知致しませんから』と冷たく言い放ったとかなんとか。
こうして、アザリーの三兄弟が揃うのは、実は初めてのこと。
特に五番目のヒルバーアと九番目のゼルは、初対面だった。といってもゼルは、ほとんどの王子と面識がないのだが。
「わー、金色や~綺麗な~」
例の、レオナに借りた眼鏡を外して見せたゼルに、ヒルバーアはキラキラとした目を向ける。
「会いたかったわー! まさかマーカムで会えるとは思わんかった」
一方で、身構えていたゼルは面食らう。
「……俺を排除したかったのでは?」
「んなわけないやろ! と言いたいとこやけど、一番から四番まで殺し合っとったのはホンマのことやし、俺らに力がなくて、助けられへんかったのもホンマのこと。謝っても謝りきられへん」
生きててくれて、ありがとう。
ヒルバーアは、そう言って瞳をうるうるさせた。
「謝る必要はないぞ。ところで『ホンマ』って、なんだ?」
きょとりと問い返す弟の頭を、ヒルバーアは泣き笑顔でぐしゃぐしゃ撫でた。
「ほんとってことや!」
「面白い言葉だなあ」
「オカン……えっと、母ちゃんの言葉やねん。俺も詳しくは知らんのやけど、マーカムの東の山奥にある、小さな村の出身らしくてなぁ。そのうち同じ言葉喋るやつと会うかもしらんで」
「ほう! マーカムは広いなあ」
「せやなあ」
「くくくく」
タウィーザは、二人のやり取りを肴に、エールをちびちびと飲んでいる。実は見た目の割に、酒には弱いのだ。
「なんや一人おとなぶっとるやつがおるで」
「……兄者は、もう大丈夫なのか?」
「「大丈夫」」
ああん? 兄者は俺やぞ?
いや、どう考えても俺だろォ!
突如としてよく分からない諍いが勃発し、ゼルは
「なるほど、どちらも兄者か。ややこしいな……うん、ならば、ター兄とヒー兄だな! どうだ?」
ニハッと笑い、大の男ふたりを一瞬で悶絶させた。
ここにとんでもないブラコンが爆誕してしまったのは言うまでもない。
「ゼルヴァティウス」
タウィーザが、呼び、
「うん?」
そして杯を掲げる。
「マーカムに!」
すかさずヒルバーアが応えた。
「アザリーに!」
そしてゼルは、目をつぶり、愛しい人を思う。
「……レオナに」
アザリーの王子を救ったのは、紛れもなくマーカム王国ローゼン公爵家である。
「罪には罰で」
「血には血で」
「恩には恩で」
――報いる。
「「「乾杯」」」
一気に中身をあおる。
アザリー伝統の誓い。
「それにしても、ヒルは、怖がりだなァ」
タウィーザがニヤリとする。
「せやかて、俺、めちゃくちゃ怖いやつにしか会うてないねんぞ! 俺も可愛い子にハグされたかった」
「……でも死にかけたぞゥ?」
「うぐう」
「ん? そうだったのか!?」
「はは。気にするなァ、ゼル」
「ゼルちゃあん~色々大変やってん~俺めーっちゃ、頑張ってん~怖かったあ~よしよししてえ~」
ヒルバーアが頭を突き出してくるので
「俺がすれば良いのか? ――よしよし」
とりあえず、恐る恐る撫でてみるゼルだが、実は兄達にどう接すれば良いのか、と戸惑っていた。
「はうあ~しあわせや~」
「……」
エールのお代わりを全員の杯に注ぎながら、タウィーザがそれを妬ましそうな目で見るので
「ん? ター兄もか?」
と聞いてみるゼル。
「ぐ……ううゥ……」
「ダーハハハハ! 意地っ張りは損やでえ!」
「あ、なら肩を揉もう。どうだ?」
ゼルがすかさず立ち上がり、遠慮なくぐいぐい揉み始めた。
「!! ……嬉しいなァ」
「げえっ」
ゼルを巡る兄二人のよく分からない攻防は、そのまま明け方まで続き、結局床に雑魚寝になった。
三人ともが、最後の兄弟水入らずになるかもしれない、という切ない予感を抱えて。且つ、それを隠しながら。
短くも、とてもとても幸せな夜が、終わって。
――無情で無慈悲な朝が、やって来る。
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