【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

文字の大きさ
上 下
93 / 229
第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈86〉砂漠の王子19

しおりを挟む


 学生達の混乱を避けるためにも、まずは身柄拘束が最優先、ということで詳しい聴取は後日ということになった。
「学院が、お休みになってからにしましょう」
 と、ジャンルーカが気遣いつつも、二人を連行していった。

 レオナとシャルリーヌは、ルスラーンがマリーの待つ馬車へと送り届けてくれ、ヒューゴーはゼルとテオ、ジンライを寮のゼルの部屋へ送った後、一人でカミロの研究室に来ていた。
 
 カミロは不在だったので合鍵で入室し、フィリベルトの部屋で、いつも通り防音結界を作動させてから、緊急通信を発する。

「ヒューゴーです」
『フィリベルトだ』
「今、大丈夫でしょうか?」
『ああ。そちらこそ、大事ないか? レオナは?』

 相変わらず耳が早い上に、レオナ至上主義。
 療養中とはよく言ったものだ、とヒューゴーは苦笑する。

「レオナ様はご無事です。馬車に乗られたので、そろそろ帰宅されるかと。ハーリドというアザリーの隠密に襲撃を受けましたが、ゼルが撃退。また、タウィーザという、ゼルの兄も入国していました」
『八番目か。生存しているアザリー王子六人のうち、四人もマーカム入りとは……死蝶のいざないとはいえ、恐ろしいものだ』
「はい。しかもハーリドも、死蝶の禁呪を使用した模様です」
『!! っ誰にだ』
 さすが自身で受けた経験からか、珍しくフィリベルトが動揺している。
「タウィーザです」
『……そうか』
 恐らく今フィリベルトの頭の中では、物凄い速さでこの先の算段が、繰り広げられているであろう。
 ヒューゴーはその邪魔をせず、ただ次の発言を待つだけだ。
 
『……残念ながら一番なのは』
「タウィーザですね」
 投獄されている六番と七番は知らないが、ザウバア、ヒルバーア、ゼル、と比べるまでもない。あの間延びした口調に騙されてはいけない。油断ならない目と、頭の回転の速さ、状況把握能力。実はあの場でヒューゴーが一番警戒していたのは、ハーリドではなくタウィーザだった。
 
『問題はレオナの気持ち、だが』
「レオナ様のお気持ちは、問題ないかと」
『そうだな……危険なことはさせたくなかったが、もうそういう次元ではあるまい……』
 また何か起きたのか、とヒューゴーは身構えた。
『実はこちらにも動きがあった。恐らくだが、本命が判明したぞ』
「!!」
 本命とは、ザウバアの真の目的に違いない。
 王位については極端な話、残る王子を皆殺しにすれば済む。これだけ間諜や謀略、賄賂わいろを使うということは、狙いが別にあることに他ならず、それをずっと探っていた。
 
『ガルアダ最南部、アザリーとの国境に、ミレイユ王女所有のルビー鉱山がある。裾野は国境をまたいでいるんだが、山頂がガルアダで、採掘権は王女が持っている。それが』

 ヒューゴーの背中が、嫌な予感でビリビリと粟立った。

『さきほど、武装勢力に占拠された』
「っ! そういうことかっ」
 そして、ギリギリと歯を食いしばった。
 かねてよりアザリーとガルアダのいさかいの原因になってきた、豊富な鉱脈を持つ山。
 ミレイユ王女が魔獣に襲撃されたため、ガルアダの戦力はマーカム国境周辺に集められており、すぐに助力に割ける部隊はいないに違いない。

『無国籍の山賊を名乗っているが、どうだかな』
「それで」
『ザウバアは、ナハラ部隊の一部が国境付近を移動中だから、要請されれば助けに入ると』
「は?」
『公開演習後、マーカム入りしていた部隊とそこで合流して、灼熱の迷宮に潜る予定だったのだそうだ』

 灼熱の迷宮は、アザリー北部に存在する有名な迷宮だ。砂漠王国らしい魔獣が多々生息し、素材の宝庫と聞いたことがある。特に非常に硬いさそりなどの甲殻は、武器防具に重宝されている、アザリー経済の一角を担う代物だ。

「そんなもの」
『どうとでも、だな』
「タダな訳ないですよね」
『王宮で、ミレイユ王女との接見を希望している』

 ――公開演習ギリギリに戻る予定の王女が、母親の危篤と魔獣からの襲撃で、心身ともに疲弊しきっているのは、想像にかたくない。正常な判断能力は失われているだろう。ましてや、政治からは縁遠い、歳若い王女なのだ。どんなに理不尽な要求だろうと条件だろうと、気づかずに呑んでしまう懸念がある。

『せめてアリスター殿下が同席を、と仰られているが』
「許すはずがないですね」
『ああ。国同士の問題だと。今はまだ、ただの婚約者だ。越権行為にあたる』
「ちっ」
『ガルアダは、ただでさえ金鉱山を事故で失いかけている。あのルビー鉱山まで奪われたら』
「国が潰れかねない……」
『さらに悪いことに』
「まだ何か?」
『……ミレイユ王女に魔獣襲撃を図ったのは、ローゼンではないかと疑われた』
「は!?」
獣粉じゅうふんの存在は、マーカムでは馴染みがない。ブルザークと懇意なローゼンなら、ということらしい。もちろん否定したが、噂が王宮を駆け巡っている。さすが狸だ』
「あいつ……」

 持ち上げられるまま、ナハラ部隊をまんまと王都に引き入れた騎士団長ゲルルフ。
 目先の利に踊らされ、バクバクと餌を喰らうだけの、ピオジェ公爵オーギュスト。
 マーカムという大国を手のひらで転がし、意のままに欲しいものを得ようとする、アザリー第一王子ザウバアは、他の王子達をほふり、フィリベルトとベルナルド、そしてミレイユを襲い、巨大な鉱山をかすめとって王に就こうとしている。
 
 ――全ては、あの狂った王子が!

「このまま、手をこまねいて見ているだけなのですか」
 ヒューゴーは、怒りのあまりこめかみの血管が切れそうになった。

『怒りはごもっともだけどね、ヒューゴー』
 魔道具の先でフィリベルトが苦笑している。
『一公爵令息の手には、余りすぎるよ』
「……」
『だからまあ、使える権力を使うしかないよね』

 ――あ、あの冷酷な笑みが見える……こーわっ!

『レオナが帰宅したようだ。タウィーザのことを話してみるよ』
「承知しました」
『ゼルのことを引き続き頼む。あとヒルバーアにも承知した、と伝えてくれ』
「良いのですか?」
『さすがに父を見殺しにした、とは言われたくないからね。交換条件の例の書状は既に出した、と伝えてくれ。じゃあ』

 ――なんだかんだ、優しいんだよなぁ。

 ヒューゴーは大きく深呼吸をしてから再び、寮に向かった。結局演習が終わるまでは、公爵邸に帰れそうにない。

 ザウバアは、完全に喧嘩を売る相手を間違えた。それを、知らしめてやらなければならない。

 ヒューゴーは、一層気合いを入れた。


 ※ ※ ※


 その夜、騎士団本部はちょっとした騒ぎになっていた。
 檻付きの休養室へ収容した王立学院への侵入者、ハーリドは、その左手に青黒い焔のような痣を浮き上がらせ、目を覚ますなり、狂ったように神への祈りを吐き続けていた。
 一方で、同時に収容した謎の人物――実際にはタウィーザ――は、聴取開始の瞬間、原因不明の昏睡状態に陥った。

 運悪くタウィーザの聴取に立ち会っていたのが、例の鷹狩りでフィリベルトの側にいた近衛騎士で
「えっ!? あの時と……お、同じだ……! あ、あ、どうしよう! お、俺も!? 俺もこうなるのか!?」
 と酷い恐慌状態に陥ってしまい、暴れまくった彼を押さえるために、何人かの同僚が怪我を負った。
 
「団長! 二人とも全く聴取できません!」
「ぐぬう、仕方あるまい。逃げられないようにだけしておけ」
「あの、治療はいかがしますか」
「無駄だ。あの痣は呪いだ」
「!!」

 しかも、ゲルルフのこの不用意な発言が、一般の騎士団員達の恐怖を大いに煽った。
 収容者の見張り業務を辞退する者はもちろん、演習参加を見合わせたい、と申し出る者まで現れる始末となっていったのだ。
 
 副団長のジョエルは未だ任務から戻らない。
 第一騎士団師団長のセレスタンは謹慎中で、今はのハゲ筋肉ことイーヴォがその代理。第一騎士団は粗暴な団員達が我が物顔で仕切りだし、ほぼ瓦解がかい寸前だ。
 第二騎士団師団長のウルリヒは、通常の魔獣討伐任務と、杜撰ずさんな第一騎士団のフォローで手が回らない。王都の巡回を手助けするので精一杯だった。
 近衛筆頭のジャンルーカも通常任務に加え、国家行事の式典に備えた準備、部下への監督指導、おまけに誰の言うことも聞かないエドガーの世話も続けるはめになり、死相が出始めている。
 
 魔術師団も同様で、副師団長のラザールは、レオナの差し入れをひたすら食べながら、徹夜で黙々と業務と任務をこなす毎日だった。魔力切れにならなかったのは、大袈裟でなくレオナの回復クッキーのお陰で、密かに魔術師団幹部達からは薔薇魔女ならぬ、薔薇の女神と崇められていた。
 今やすっかり、定期的に届けられるレオナからの差し入れは、一旦イゾラへ祈りを捧げてから開けるとかなんとか。さすがにこれにはラザールも苦笑していたが、現場は疲労の臨界点を突破する勢いである。それで気が紛れるなら、と見過ごすことにしたようだ。

 
 
 ※ ※ ※


「まさか……」
「そのまさかなんだよ、レオナ」
 同じその夜、ディナー後にフィリベルトに誘われて、部屋を訪れたレオナは、驚きのあまり言葉を失った。

 

 ――あのタウィーザが、お兄様と同じように?

 

「調べたところ、あれは闇魔法の一種らしい。闇属性を持っていなくても、命と引き換えに行える呪いなのだそうだ。もちろん使用を禁じられ、とっくにすたれたものだと言われていたが……密かに口伝されていた可能性があるんだ」
 
 フィリベルトが、レオナの隣に腰掛け、膝の上で両手を組みながら苦しそうに吐露する。
 
「私は――レオナが呼びながら作ってくれた、光の道筋を頼りに、なんとか帰って来られたのだが……恐らく何もしなければそのまま……」
「なんてことっ」
 思わず口元で両手を合わせ、叫んでしまうレオナの背を、フィリベルトがゆっくりと撫でる。
「辛い話をしてしまって、すまない。だが……」
「どうしたら良いんですの? タウィーザ様を救うために、私にできることは、なんですの? どこに行けば?」
 力強く美しい薔薇の瞳が、確固たる決意を持ってフィリベルトを見た。
 そこには、一片の躊躇ためらいもない。
「ああレオナ」
 フィリベルトは、レオナを危険に晒すのを回避するよりも、この誇り高き信念を尊重することに決めた。

 ――誰にでも、手を差し伸べる。

「覚悟はできているかい? 傷つくことも、あるかもしれないよ」
「……構いません。私は、何もしないよりも、何かをして後悔することを選びます!」
「はは。そうだね。一体誰に似たんだろうね」
「ローゼンの伝統ですわよ?」
「うん、そうだね。我が家の在り方だ」
 

 フィリベルトは、レオナの肩をぎゅうっと抱き寄せ、レオナは、フィリベルトの背中に手を回し、それに応えた。
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

蕾令嬢は運命の相手に早く会いたくて待ち遠しくて、やや不貞腐れていました

しろねこ。
恋愛
ヴィオラは花も恥じらう16歳の乙女なのだが、外見は10歳で止まっている。 成長するきっかけは愛する人と共に、花の女神像の前に立ち、愛を誓う事。 妹のパメラはもう最愛の者を見つけて誓い合い、無事に成長して可憐な花の乙女になった。 一方ヴィオラはまだ相手の目処すら立っていない。 いや、昔告白を受け、その子と女神様の前で誓いを立てようとしたのだけれど……結果は残念な事に。 そうして少女の姿のまま大きくなり、ついたあだ名は『蕾令嬢』 このまま蕾のままの人生なのか、花が咲くのはいつの日になるのか。 早く大きくなりたいのだけど、王子様はまだですか? ハッピーエンドとご都合主義と両想い溺愛が大好きです(n*´ω`*n) カクヨムさんでも投稿中!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...