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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀
〈84〉砂漠の王子17
しおりを挟む「さて閣下、どこから話しましょうかねえ」
「……もうこれ、被っても?」
ベルナルドは、フードを指さすが、リンジーは冷たい。
「もうちょい頑張りや~」
「むむむ」
「……なるほど、幻惑か」
ヒューゴーは、リンジーとともにブルードラゴンの門番であるキマイラと戦った時に、幻惑を受けた経験があった。
ハーブティーで誤魔化された、発動時の不思議な香り。
「見破るのはや……怖」
閣下の顔で、そういう発言はやめて欲しいなとヒューゴーが苦笑しかけると
「よしゃ、もう追手はおらんようやな。フード被ってええよ」
リンジーが代わりに、笑いながら言った。
「はあー……助かったあ」
恐らく魔力消費が凄まじいのだろう、あきらかに黒フードの男は疲弊している。
「んで、お前は誰なんだ?」
ずいっとヒューゴーが迫ると、
「あーえっと、信じてもらえないかもしれへんけど」
黒フードの男は、リンジーを見やる。
リンジーはよいしょ、と立ち上がり、カーテンを締め切った窓際に立つ。念のため、表に人の気配がないかを確認してから
「ええで」
と言った。
リンジーの合図で男が再びフードを取ると、そこにはベルナルドではなく、濃い紫髪の短髪、狐目、だがガタイよく褐色肌の男がいた。
「えっ?」
ヒューゴーは混乱しつつも、
「閣下の顔を知っていて、幻惑魔法使いで、リンジーの血縁で、アザリーの関係者?」
とりあえず、感じたことを全部口に出した。
「こわっ!!」
黒フードの男は、またそう言いながら、あせあせとフードを被り直す。
一度素顔を晒したからには、被らなくても良いのでは? とヒューゴーは思ったが、人見知りか、臆病なのかもしれないなと思い直した。
リンジーは、窓際で腕を組んでニヤリとしながら補足する。
「全部正解、と言いたいとこやけど、わいと血の繋がりはないで。こいつのオカンがどうやら、わいと同郷らしいけどなあ」
こういう見た目多かってん、と笑う。
一方黒フードの男は、シリアスな雰囲気で、何度も唾をゴクリと飲み込んだ。
「俺は……五番目や。ヒルバーアと言う」
ヒューゴーは、目を見開いた。
行方知れずだが、恐らくもう殺されたと思われていた、アザリー第五王子だというのか。
「ザウバアと、二番から四番は進んで殺し合ったから、自業自得なんやけど……今投獄されている無実の六番と七番――サーディスとサービアっちゅう双子やねんけど……救いたいねん。アドワっちゅう、ザウバアの側近がいるやんか? めっちゃ黒いやつ。あいつを引き渡す代わりに、ローゼン公爵家の力を借りたいねん」
フードで表情は見えなくなったが、声色は真剣そのものだ。
「はー。それを信じろと? それに今は、よその人間を助ける余裕は」
「サーディス達が殺されてまう!」
「……なぜローゼンなんだ?」
「ゼルを、救ってくれてるからや」
「だから俺もと?」
「ぐ……分かっとんねん、虫が良すぎる。でも他におらんねん!」
ずずず、とハーブティーを啜りながら、面白そうにヒューゴーと、アザリー第五王子ヒルバーアのやり取りを見ていたリンジーは
「ヒュー、ちょい落ち着けや」
と目をさらに細めて言う。
「……ふう、そうだな。分かった」
「ヒルバーアがザウバアの側近を引き渡す、と言っている意味、分かるやろ」
「!! お前の手の内にいるのか!?」
ヒルバーアは、ぶるりと身体を震わせる。さきほどから震えすぎではないか? と思うが構っていられない。
「……そうや。ほんであんま言いたないけど、ローゼン公爵の命は、俺次第や」
「!!」
――まだ、生きている!
なるほど、自分はフィリベルトに八つ当たりされたのだと悟った。
レオナならまだしも、ベルナルドからも厄介事が来た、と。これ以上アザリーと深く関わることは、一公爵家として荷が勝ちすぎているにも関わらず。
ゼルだけならまだ、レオナの学友で押し通せるが、五番から七番にまで手を貸すということは、アザリーのクーデターを目論んでいると捉えられてもおかしくはない。
「だからこそ、閣下の命を握ったんだな……」
当主の命と引き換えなら、フィリベルトは助けざるを得ないというわけだ。言い訳も立つ。多少強引な手は必要だが。
「こわっ!! この数分で全部把握しよった!!」
大袈裟に震えてみせるこのリンジーもどきに、ヒューゴーが盛大に苛立ったのは言うまでもない。
「おいエセ・ナジャ」
「えっ、それ俺!? 呼び方ひどない!?」
黒ローブですっぽり覆われているが、動きだけで動揺が見てとれる。こいつに腹芸は無理だな、とヒューゴーは察した。どうあれ王子だ。陰謀には向いていないのだろう。
ぶはっ!! と横でリンジー本人は腹を抱えて笑っている。
「うるせえ。王子とかこっちは知ったこっちゃねーんだよ」
「うぐう」
「閣下の命があることの証明は」
「……俺の顔や」
「? 分かるように説明しろ」
「俺の幻惑は、会ったことがある、生きとる人間しか写されへんショボイもんや。せやからその……」
「だーから、それをどう信じろと?」
「……」
エセ・ナジャことヒルバーアは押し黙り、リンジーを見て震えた。
思わずヒューゴーは、立ち上がった。テーブルが揺れて、マグカップの中のハーブティーが少し零れ、ふわりと香る。
ガタン、と椅子が後方に倒れたので、リンジーが黙ってそれを持ち上げて、元の位置に戻した。
「蛇、お前まさか」
ヒューゴーはテーブルに両手をつき、首だけでリンジーを振り返る。
「念のため言うとくけど、わいは何もしとらんで。そいつが勝手に自分で覚悟見せよっただけや。けど、そいつの発言は全部本当なのは、わいが証明したる」
淡々と告げるリンジーに対し
「チッ」
ヒューゴーが思わず舌打ちすると、ヒルバーアは両拳をテーブルにどん! と叩きつけ、突然がむしゃらに叫び始めた。今度こそマグカップが倒れ、残り少ない中身が全部零れ、床に滴った。
「いいんや! 時間も財産もない! 俺にはこの身体しか差し出せるもんがない! 他にどう証明しろって言うんや!」
「うっせえ! 分かった! とりあえずこれ飲め! 早く治せ!!」
やたら震える身体は、どこかを酷く傷めているからだったのだ。
ヒューゴーは、常に持ち歩いているポーションを、無遠慮に差し出した。
「ぐす……ありがとう……」
「うるせぇ」
「やっさしーのー、ヒューは」
リンジーは闇の世界に触れすぎて、ネジがぶっ飛んでいるが、仕方が無いのは分かっている。彼がいなければ、恐らく自分がその役割を担うのだろうから。
どかり、と腕を組みながら椅子に座り直し、ヒューゴーは問うた。
「で、閣下はどこだ? 無事なんだろうな? 具体的に何を助ければ良いんだ」
ぐびり、と素直にポーションを飲んだヒルバーアは、モソモソ話始めた。長くなりそうだ。
せめてレオナが学院から帰るまでには、公爵家に戻りたいんだけどなぁ、とヒューゴーは溜息をついた。
※ ※ ※
――公開演習まであと五日。
レオナがフィリベルトから聞いたところによると、演習に備えてマーカム王国に入国した各国部隊は、連日稽古と宴会で賑やかに過ごしているらしい。
マーカム王国騎士団の尽力で、治安の悪化や目立ったトラブルはないが、やはり酒の席での小さな喧嘩やいざこざ――俺らのが強い! いや俺らだ! かかってこいや! ――はどうしても起こってしまうようで、巡回の団員達はより屈強なメンツに代えられているそうだ。本当にお疲れ様である。
学院では予想通りのゼル・フィーバー。
男女問わずで、レオナはとても苦笑を隠しきれないでいた。
結局のところヒューゴーとゼル、シャルリーヌの四人で常に行動することでなんとかやり過ごしているが、特に
「ゼ、ゼル様! ご機嫌麗しゅうございます!」
フランソワーズの取り巻きの一人で、以前ジンライにぶつかって叫んでいた金髪縦ロール令嬢、ザーラが本気でアピールしてくるので
「おぉ……」
と無視するわけにもいかず、困惑気味のゼルをどう助けようか、皆で頭を悩ませていた。
ヒューゴーはヒューゴーで、今日は考え事をしている時間が長く、講義中はうわの空だった。
昨日は夜遅く帰宅したようで、非常に疲れた顔をしていた。
フィリベルトの用事はそんなに大変だったのかと、今朝馬車の中で尋ねてみたものの『ええ、結構ややこしいお使いでして』と誤魔化されてしまったレオナである。
一方で、レオナの体調をものすごく心配してくれている。また暴走しかけても、ちゃんと援護しますからね、と何度も念を押された。自信を持ってもう大丈夫! と言えないところが辛かった。
シャルリーヌはシャルリーヌで、これだけ大騒ぎになってしまったゼルを助けたい、レオナの気持ちも分かってしまい、複雑な表情。とはいえ『親しいフリだけは絶対ダメ』と強固に反対されている。
「あと二日の辛抱よ」
と、自分に言い聞かせるように、気合いを入れていた。
というのも、公開演習に備えて、三日前から学院はお休みになる。
講師都合もあるが、マーカム国民は基本的に、お祭り好きなのだ。
王都の噴水広場には復興祭と同様、既に様々な屋台がずらりと並んでおり、中央ステージでは大衆演劇や踊り子たちのパフォーマンスが連日繰り広げられている。
学院内では、婚約者とデートに出かける、とふわふわな話をしている学生も多かった。つまりは――
「俺は、残念ながら行く予定はないな」
「そ、そうですか……」
ゼルは一日に何十回も、屋台に興味は、とか演劇は、とかさりげなくアピールされるはめになっている、のである。
食堂でいつも通りランチを食べながら、ゼルがボソリと
「なんていうか、『お誘いお断り』的な札を首から下げた方が良いか?」
なんて真剣な顔で言うものだから、ヒューゴーは盛大に吹いた。
「げほげほ! おま、面白すぎるだろ!」
「ダメか?」
「「「ダメ」」」
「何故だ……良い案だと思うんだが……」
「ゼルは、王族とか貴族ってこと、忘れすぎよ」
シャルリーヌが冷静につっこむ。
「ぬう」
不満げだが、納得はしたようだ。
「ならばレオナ」
「だめー」
レオナが言う前にシャルリーヌが返事をする。
「まだ何も言ってないぞ!」
「だいたい分かるわよ。レオナと約束しているって断るつもりなんでしょ」
「ぐう!」
――シャルロック・ホームズさんかな?
「とりあえず、早く食べなさいよ。午後の講義に間に合わなくなるわ」
「はぁ……シャルは容赦がないな」
「ゼルは遠慮がないわよね」
――夫婦漫才かな?
ぶくくくく、とヒューゴーが笑いを堪えきれていないので、レオナは複雑な笑みを浮かべるしかなかった。
――案外この二人の方が……
「レオナ、やめて。ゾッとする」
「ハイ」
シャルさんの第六感、ぱねぇすわ……
なんだかんだ、面倒見の良いシャルリーヌに見守られながらランチを済ませ、ハイクラスルームに戻る、その途中。
このまま穏やかなランチタイムだったら良かったのに、そうはいかないのね、とレオナは溜息をつく。
「ヒュー」
「……分かってます」
ものすごく嫌な予感がする。
これは、フィリベルトが鷹狩りに行って、事故に遭った時と同じ感覚だ。ヒューゴーもそれを感じ取ったのだろう。警戒している。
ジッ
微かな機械音が鳴る。
ヒューゴーが静かに息を呑んだ。以前手に持っていた、小さな時計のような魔道具を、手のひらに置いて見つめ
「うっし」
と言ったかと思うと、ギュッとそれを握りしめた。
「ジン」
ヒューゴーが短く呼ぶと、背後を歩いていたジンライが
「はい、起動しました」
と応え、
「テオ」
同じくジンライの隣りを歩いていたテオが
「はい。いつでも」
と応える。
万全の警戒体制だ。
「ゼル――しばらく俺らから離れるな」
「分かった」
「あーあ、結局今日も寮泊まりかよ~」
ヒューゴーが頭の後ろに手を組みながら、わざと大声で言う。牽制なのだろう。
「俺はジンだけで十分だぞ」
すかさず、ゼルが苦笑う。
「あんでだよ」
「ヒューゴーもテオも、細かいからな」
「「……」」
「あ、あはは~」
無言になる二人と、明らかに愛想笑いの一人。
――ジンライは優しいから、色々言えないだけだと思うの。うん。
レオナはそっと、シャルリーヌの手を握る。
シャルリーヌは、胸元を無意識に握り締めながら、レオナの手も握り締めた。
ゴワッ
ヒューゴーは、覇気を溢れさせる。
午後の講義は、今始まった頃だ。
次は尚書学。また手間のかかる課題を出されちゃうなぁ、とレオナはひっそりと息を吐き出す。多分ビビアナが前回のように、気を利かせてフォローしてくれるだろう。
「……くくく」
ゼルが笑いを漏らす。
「見せつけてくれる。なぁ、そう思わないか? 兄者」
振り返ると、いつの間にか廊下の先に一人の男が佇んでいた。
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