【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈82〉砂漠の王子15

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 ハイクラスルームに戻ったレオナとゼル、シャルリーヌは、やはり他の学生達の目線がいつもよりも一層集まっているのを、感じた。
 幸い次のマナー講義の始まる時間ギリギリに戻ったお陰で、エドガーにからまれることはなかったが、否が応でもゼルへの興味と、薔薇魔女との関係性を知りたくて仕方がない、という空気は感じてしまった。

 シャルリーヌは残念ながらまだ怒っている。
 そしてレオナには、その理由が分かっている。
 
 小さな頃から、普通に恋愛をするのが夢だと語ってきた。
 復興祭の交流試合で、ルスラーンへのほのかな恋心を悟られ、応援する、とまで言ってくれたのだ。その親友の気持ちを裏切る行為だと、レオナも思っている。



 ――ユリエ嬢はあんなんだけど、基本的にこの世界の人達は、異性とあからさまに仲良くしたらいけないのよね……



 一般市民は分からないが、貴族社会ではシャルリーヌの言う通り、婚約者と定められた以外の相手とは、適度に距離を保つのがである。
 だから挨拶のキスも、手の甲にするフリだけなのだ。
 家族間ですら、スキンシップを取ることは少ないらしく、その点ローゼン公爵家は例外らしい。
 レオナからすると、前世とのカルチャーギャップを感じる時はあれど、この人生で学んで来たことは守っているつもりだった。


 ちょっと、浅はかだったかもしれないわ……


 仲良いフリくらい、とついつい思ってしまったのだ。
 
 ゼルは『デートしよう』『口説いてくれ』と言ってはくるものの、いつも明るく、しつこくない。何よりいやらしくない(ちなみにかつてのエドガーの目線は、粘っこくて苦手だった)。二人きりの時間もないので、レオナはあくまで保身のためだと思っている。
 祖国を辛い思いで離れ、多少権力のありそうな(実際は皆無だが)公爵令嬢に近づくのは、戦略として正しいと思ってしまっている。


 ――カミロ先生は状況を見て、と仰ったけれど……


 今でもあからさまに、女子学生達がチラチラとゼルを見ているのだ。やはり何らかの対処はしなければならないのかもしれないな、とレオナは溜息をついた。
 
 

 ※ ※ ※


 
 ガルアダ第一王女ミレイユの馬車が魔獣の襲撃に遭ったことは、瞬く間にマーカムの王宮にも知らされた。しかも、獣粉を使われた可能性がある、ということも。

「ブルザーク帝国の冒険者ギルドに広く流通しているもの、と聞き及んでおりますが」
 文官の報告を聞きながら、アリスターは心配と興奮のあまり、報告書を引きちぎってしまった。ジャンルーカがすかさずそれを脇から回収する。
 近衛によるベルナルドの捜索範囲は、王宮から官舎、果ては離宮並びに地下牢にまで広げられたが、一向に手掛かりはなかった。
 ジャンルーカは情報集約のため、中央に留まっていた。
 
「一体、どうなっているんだ!」
 いつも冷静なこの第一王子も、さすがに自身の婚約者のこととなると、言葉を荒らげた。
 文官は、緊張のあまり何度も額の汗を拭いている。
 
「ガルアダの様子はっ」
「は、はいっ! まずはジョエル副団長への賛辞と謝辞を言付ことづかっております。マーカムとの国境付近の警備を一層強化するため、さらなる部隊を配備する、とのことです。ガルアダ王妃殿下におかれましては、峠を越えられたとのこと。治癒士がお部屋内に常駐しておられ、公開演習を優先するよう、ミレイユ殿下に伝えられたとのこと」
「分かった。しかし、さらなる部隊配備といっても、ガルアダにはあまり余裕はないだろう?」
 
 西隣の宝石王国は、騎士団はほぼ近衛のみ。冒険者ギルドと提携した傭兵団を常時雇い入れており、その資金にも限界があるはずだ。
 
「ええ。公開演習までの暫定対応で調整するようです」
「なるほど……ジョエルは、あとどれぐらいで王都に戻る?」
「遅くとも三日以内には」
「演習には間に合うな。逐次居場所を報告させろ」
「畏まりましてございます」
「もうよい、下がれ」
「はい、失礼致します」


 文官が去った後
「ジャン、ベルナルドは」
 アリスターが、頭を抱えてテーブルに突っ伏しながら問うた。他者には到底見せられない素の姿も、ジャンルーカであればこそである。
「……きっとどこかに」
 まだ痕跡すら見つかっていない、とはとても言えなかった。氷の宰相はある意味、アリスターの政治手腕を鍛えあげた、恩師でもあるからだ。
「ことの如く死蝶に出し抜かれているな。証拠はないが」
 うなるように、この聡明な王子は言った。
 ジャンルーカも同意する。
「早い段階でフィリベルト殿を封じられたのが、手痛かったですね」
 マーカム王国の暗部統括者を、自宅療養に追いやったため、さすがに指示系統に支障が出ている。
 やはり現場である王宮にいる、いないの差は大きかった。通信や伝令だけでは伝えきれない、現場の空気感を共有できない。
「ローゼンの馬車襲撃で、王国騎士団内の軋轢あつれきを増長し、警戒基準を上げさせてジョエルをガルアダに足止め、アザリー王子の暴露ばくろで学院内警備に、余計な人員と道具を割かれ、さらに宰相の拉致。今王都にはいつでも動かせるナハラ部隊」

 下手したらマーカムは転覆するな……

 物騒なアリスターの独り言に、ジャンルーカは『ご冗談を』とは返せなかった。


 ※ ※ ※


 ローゼン公爵邸のフィリベルトの私室で、ルーカスとヒューゴーは並んで立っていた。
 
 フィリベルトは、ソファに座り優雅に紅茶を飲んでいる。
「一体何が起こっているのですか?」
 ヒューゴーは、緊急通信魔法で呼び出され、学院から最速で走って来たものの、意外に落ち着いているフィリベルトの様子に虚をつかれた。
「機をうかがっている」
「機?」
「学院からヒューゴーが、慌てて走って来ただろう? アザリーの間諜かんちょうはどう動くかな」
「うえええーっと……とりあえず、水飲んでいいすか?」
 
 喉がカラカラに乾いていたヒューゴーは、部屋をキョロリと見回す。
「お行儀が悪いですね」
 ルーカスがたしなめながら、グラスに入った水を差し出してくれたので、無言で受け取り一気飲みした。
 足りないので口を袖で拭いながら、無言で再度グラスをつきつけると、ルーカスは苦笑しながら、お代わりを注いでくれた。
「んぐ、んぐ、ぷはぁ~……つまり、俺はまんまと踊らされたわけっすね?」
「くく、すまない」
 本当におかしそうにフィリベルトが笑うので、ヒューゴーは責める気にならなかった。
「では、閣下が行方不明というのは……」
「うん。行方不明だよ」
 アッケラカンと言う。
「はえっ!?」
「だいたい、家に居ても王宮に居てもうるさいんだから、いない方が静かで、快適だと思わないかい?」
「いやいやいやいや! は? え??」
「ローゼンは私が継げば問題ないだろう? 宰相は知らんが」
「いやいや! えっ? 本気で言ってます??」
「本気だよ?」
 ニコニコ笑う公爵令息の本心が、全く見えない。
「フィリベルト様。レオナ様のお迎えは、マリーに行かせますが」
 ヒューゴーの戸惑いを置いてけぼりに、ルーカスが淡々と言う。
「うん、頼む。ヒューゴーには、別の仕事があるからね」
「はい。では失礼致します」
「ベツノシゴト?」

 思わずカタコトになってしまう、ヒューゴーなのだった。

 

 ※ ※ ※



 カミロからヒューゴーが早退した、と聞かされたレオナは、またしても胸がざわめいてしまった訳だが、すかさず
「フィリベルトが用事を申し付けただけだよ、心配いらない」
 と微笑んでくれたので、何とか平常心を取り戻せた。
 そして午後の講義に備えて、レオナはシャルリーヌ、ゼルと共に食堂に来た訳だが
 
「王子なんですって」
「アザリーの?」
「お前直接聞いてこいよ」
「ゼル様……かっこいい」
「お近付きになりたいわ」
「ゼル様~」

 などと、予想以上に大騒ぎとなっていた。
 
 相変わらず噂の伝達は、光よりも速いな、とレオナは大きく息を吐く。
 当のゼルはと言うと
「腹減ったな。今日のオススメはなんだ?」
 と威風堂々いふうどうどう、マイペースなまま気楽に調理人に話しかけている。
 
「おや? いつもの彼はいないのだな。ハリーといったか」
 そういえば、ハリーが見当たらない。
「はぁい。お休みでしてェ。今日のオススメは、ローストビーフですよォ」
 例の大型新人が、代わりに答える。ゼルは知り合いかもしれないと言っていたな、とレオナが見ていると、ゼルにローストビーフのお皿を渡しつつ
「お嬢さんには、こっちかなァ」
 と、焼き野菜とチキンの上に、ハーブが乗ったものを渡された。
「まぁ! いろどりも素敵! 美味しそうですわ!」
「良い胡椒が手に入ったんですよォ。気に入ってもらえたら嬉しいですねェ。おやァ、そちらも今日は、一人足りないですねェ?」
「あ、お休みですのよ」
 レオナの答えに
「……そうですかァ。それはそれは、お忙しそうですねェ」
 とニコニコ返された。

 トレイを持ってテーブルに着きながら、レオナはなんとなく持った違和感に気づく。
「ん? どうしたレオナ?」
「何かあった?」
 ゼルとシャルリーヌに問われると
「……あっ」
 ようやく腑に落ちた。
「ねえ二人とも」
「「?」」
「普通『休む』って聞いたら、具合悪いとかだと思わない?」
「あー」
「確かにそうだな」
「あの方、ヒューゴーはお休みって言ったら、『忙しそう』って仰ったわ……」
「「……」」
「気にしすぎ、かしら?」
 
 ゼルとシャルリーヌは、顔を見合わせて
「警戒は大事だが、疲れるぞ」
「ゼルが確信を得るまで、気に止めてはおきましょう」
 それぞれ言ってくれた。
「そうね、分かったわ。さ、食べないとね」
 レオナが気を取り直してカトラリーを持ち上げると
「ここにいたのか!」
 残念王子ことエドガーが、キラッキラの笑顔でゼルの横にやって来た。

 実は先程、カミロの研究室からハイクラスルームに戻りながら、ゼルがレオナとシャルリーヌに、気持ちを聞かせてくれていたわけだが、大まかには――

 否定しても無駄だろうから、事実としては受け入れる。
 だが王位継承権もない、亡命した一般人であると押し通す。
 平穏に過ごしたい、騒がれるのは迷惑だと告げる。

 ――ということだった。
 つまり、残念王子とは、極力関わりたくないということである。

「何か用か?」
 ギロリ、とゼルがめ上げると、エドガーは少し戸惑ったようだった。
 本気で同じ王子同士仲良くしようと思っているのだとしたら、なんておめでたい脳みそなのだろう。
「クラスルームでも言ったが、仲良くしたいと……」
 はあ、とあからさまにゼルが溜息をつく。
「王子という身分と仲良くしたいなら、ザウバアで十分だろう? 俺はコンラートとして、あの国から出ている身だ。放っておいてくれないか」
「だが! ザウバア殿が」
「ほう、食事を邪魔した挙句に当人の気持ちは無視、とは。マーカムの王子の作法とはそういうものなのか?」


 ゼルさん! キレッキレです!


「うぐ」
「俺は今まで通り過ごしたい。――見てみろ、周りを」
 エドガーはそこで初めて周囲を見回し、食堂にいた学生のほとんどが、野次馬として取り囲んでいることに気づいた。
「あ……」
「王子なら、自身の発言の影響力を自覚すべきではないのか? 俺は望んでいない。静かにさせてくれ……お前らも」

 ゼルは立ち上がり、野次馬群衆に向かって、思い切り叫んだ。

「俺には、お前らが望むような身分も金も、何もないぞ!」

 ビリビリと空気が震え、皆がシーンとなる中、はー! すっきりした、とドカリと座り、ローストビーフを黙々と食べ始めたその姿は、逆に圧倒的なカリスマを印象づけてしまった。
 
 残念王子はなんとか
「そ、そうか。わ、分かった」
 と告げると、すごすごと群衆をかき分け、離れて行った。その背中をユリエがわたわたと追いかけている。是非二人だけで仲良くして頂きたい、とそれを見ながらレオナは思った。

「ゼル、大丈夫?」
 心配になり声を掛けると
「すっきりした、と言ったろう?」
 どでかいウインクが返ってきて、後ろで見ていた女子学生達から『きゃあああっ』と嬌声が上がった。
 ちなみに、心配そうに側で見守っていたテオもキラキラしていて、その横でそれを見たジンライが呆れていたので、軽く手を振っておいたレオナである。
 シャルリーヌが思わず
「あーこれ、王子関係なくなっちゃったわ」
 と吐き出した。


 ――うん、関係なくなっちゃったね。
 これから爆モテの予感ですよ、ゼルさーん!
 女子はワイルド系に弱いんだからね!
 ていうか男子からも、憧れの目線がものすごいんですけどおー



 何だかますます頭が痛くなってきた、レオナであった。
 
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