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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈81〉砂漠の王子14

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「レオナ、頼みがある。……婚約者になってくれ」
 
 ゼルのとんでもない頼みに即座に反応したのは、ヒューゴーだ。
「ああっ!?」
 と、テーブルを蹴る勢いで立ち上がった。

「ヒューゴー、落ち着いて」
「っ、しかし」
「理由を聞いても良いかしら?」
 今度こそ、身体を離して居住まいを正したレオナは、ゼルに身体ごと向けて尋ねた。
 
「……恐らく周りの女子学生達が騒ぎ出すだろう」
「そうね」
 ただでさえ学院は『婚活市場』なのだ。
「先に婚約者がいると言えば、その面倒は避けられると」
「ゼル、残念だけどそれはできないわ」
 レオナは、息をゆっくりと吸い込む。
「なぜだ? フリだけで良いのだぞ」
「氷の宰相に、氷の貴公子、麗しの蒼弓そうきゅう
「うぐ」
「そして、最強の騎士見習いと幼なじみ」
 レオナはニッコリ笑った。
「……無理だな。分かった。じゃあ」
 ゼルはニヤリとした。
だけ頼む」


 ――やられた。
 最初にハードルの高い条件を出して断らせて、妥協したと思わせといてそっちが本命のやつー!
 

「……どのくらいの範囲か分からないけれど」
 レオナは溜息とともに返事をした。
「できる限りで、ね」
「よし。分かったかヒューゴー」

 最強の騎士見習いは、仁王立ちで
「あくまで、対処が必要な時だけだ!」
 と言い放った。
「あと、フィリ様にはお前が言え! 俺は助けない!」
「げえっ! 助けろよ」
「だが断る!」
 

 
 あっ、伝統のやつー!


 
 レオナはまた笑った。


 ゆっくりお茶を飲んで身体も落ち着いた頃、カミロがシャルリーヌとともに研究室に戻ってきた。どうやら、カミロとヒューゴーにはレオナに何かあった場合、研究室を使うという暗黙の了解があったようだ。


 ――また贔屓ひいきとか言われないと良いけど……


 レオナは心配になりつつも、カミロの配慮に感謝する。
 
「レオナ! 大丈夫!?」
 不安そうなシャルリーヌに
「もう大丈夫よ、ありがとう。心配かけてごめんね」
 レオナは申し訳なさでいっぱいである。
「謝らないで!」
 と言いつつシャルリーヌは、レオナの前に立って顔色をうかがうと
「……辛そうよ? 今日はもう休んだら?」
 さらに気遣う。
 どうしようかとレオナが悩んでいると
「魔力暴走の片鱗がありましたので、勝手に結界を発動しました。初めてですし負担も重いでしょう」
 カミロの助け舟だ。
「早退しても構いませんよ」
「ありがたく存じますわ。でも私は、ゼルを助けたいと存じます」
「……そうですか。ただし体調が悪そうなことは、今日の講師の方々にお伝えしますからね。くれぐれも無理はしないように」
 カミロの優しさが身に染みるレオナであるが
「ゼルを助けるってどういう意味? なんか悪い予感しかしないんだけど?」
 腰に手を当てて仁王立ちの侯爵令嬢が、恐ろしく冷酷な顔をして問い詰めてきたので、再び身震いをした。

「……えっとあの、あのね……」
 ちらりとカミロを見ると
「大丈夫。講師にも通達がありましたよ」
 微笑んでくれる。
「左様でしたか……ありがたく存じます。シャル、あのね、ゼルが」
「婚約者になってくれと頼んだ」
 あまりにもズバッとゼルが言うので、シャルリーヌは口を開けたまま固まってしまった。
「……ゼル君、それはどういう?」
 シャルリーヌが動けなくなったので、代わりにカミロが問う。
 
「エドガーの暴露で、恐らく近づいてくる女性が増えるだろう? 先に婚約者がいると言えば」
「ああなるほど。でもね、ゼル君。君は亡命扱いになっただろう? コンラート伯の養子というのは形骸化けいがいかしてしまって、実質王子に返り咲いている状態でもあるんだ。つまり、婚約者にするためには、アザリーの手順も踏まなければならないんだよ。抑止よくし力にするだけというのはどうかな」
 やけに詳しいカミロの説明に、少し違和感を感じたレオナであったが
「先生、ローゼンの許可が取れないということで、お断りしておりますの」
 と伝えた。
「……そうかい。ふう。それなら安心した。僕もフィリベルトには殺されたくないからね」

 
 冗談だけど、冗談にならないこと言った!


「でも助ける、ってどういうこと?」
 シャルリーヌが、ずずいっと顔を近づけてくるので
「あ、えっとね、その」
 タジタジなレオナである。
「親しいフリをするんだと」
 今度はへそを曲げた侍従が言い放つ。
「は?」


 シャルさーん!
 青筋、青筋!
 あなた、侯爵令嬢でしょうよ~


「ゼル?」

 
 あなた本気? って言わなくても通じるの凄いねー


「本気だ」


 ゼルにも通じてるぅ~


「私は、大反対」
「なぜだ?」


 ッカーン!
 いや、ゴングの音なんか聞こえるはずがないよね!?


「ゼル。あなたね! 貴族の女性にとって、殿方と親しくするその意味を、分かって言っているの?」
「……別に同じ学生なのだし、具体的に何かする気は」
「当たり前でしょう! バカッ!!」
 ゼルがビクッとする。
 シャルリーヌは大きく息を吸い込み、そしてゼルの鼻に人差し指を差して畳み掛ける。
「いい!? 良く聞きなさい! マーカム王国の貴族女性は常に品性を保ち貞淑ていしゅくであれ、よ! 婚約者以外の殿方と親しくして、一度でもふしだらな女なんて烙印を押されたら人生お終いなの!」
「そうなったら俺が責任を」
「大馬鹿者っ!!」
 うぐ、とゼルは二の句をたちまち封じられた。
「命の危険があって、コンラート伯の後ろ盾がなければ生きていけない貴方が、何の責任を取れるって言うのよ!」
「ぐ……」
「レオナもレオナよ!」
「はうっ」

 
 大砲がこっち向いたぁー!


「助けたいって気持ちは大事だし良い事ですけどね! 自己犠牲もいい加減にしないと怒るわよ!」


 既に怒ってますよ、シャルさあん……


「はい。そこまで。そろそろ戻らないと」
 ぱん、と軽く手を叩いてカミロが促してくれた。
「シャルリーヌ嬢の言うことは正論。私も学院講師として反対したいところだけど、今は結論を出さずに、まずは状況を見ましょう。では、戻りなさい」
 ゼルとレオナは、ノロノロと立ち上がった。
 シャルリーヌは元々立っていたので、扉を開けに先に動いてくれる。
 ヒューゴーは
「これ片付けてから戻ります」
 と部屋に留まるようだ。――そういえば次はマナーの講義だったな、とレオナはヒューゴーがまた自主休講することを悟る。
「分かったわ。後でね」
「はい」
 レオナとゼルはすごすごと、シャルリーヌはプリプリと、ハイクラスルームに戻った。


 ※ ※ ※
 

「カミロ先生、大変助かりました」
 ヒューゴーが深深と頭を下げる。
「いや、間に合って良かった。第三者が任意に発動できるようにしてしまうと、それはそれで危険な結界だから、レオナ嬢以外は私とフィリベルトしか発動できない仕様にしたんだ。まあ、これで次はレオナ嬢も自分で対処できるようになるだろう」
「はい……」
「私としても良い経験になったよ。いつもならあの手のものは、使用者と事前に動作確認をするんだが」
「魔力を暴走させろ、とは言えないですもんね」
「ああ。そうなんだ。もしあまりにも負担が大きいようなら、再調整するので言って欲しい」
「承知致しました」
「フィリベルトはその後変わりはないかい?」
「フィリ様は、公爵家に篭っている分には安心ですから。ゼルのための結界の魔道具もお借りできて、大変助かっております」
「お礼はラザールに。たくさん魔石を支給してくれたからね」
「畏まりました」

 ヒューゴーが茶器を片付けていると胸ポケットから『リンリン』と微かな音が鳴った。
「っ、緊急通信!?」
「フィリベルトの部屋を使うと良い」
 カミロが素早く、フィリベルトの部屋の扉を開けてくれる。
 飛び込むとパタンと閉めてくれたので、即座に防音結界が作動したのを目で確認しながら、通信魔道具を起動させた。
 
「はい」
『ヒューゴー、フィリベルトだ。今話せるか?』
「はっ、ちょうど研究室にいました。結界内です」
『それなら良かった。――父上が行方不明になった』
「なっ!」
『王宮で拘留こうりゅうが決まった途端にだ。それから、もう一つ悪いしらせがある』
「……なんでしょうか」
『ミレイユ王女の一団が、国境付近で襲撃を受けた』
「は!?」
 にわかに信じ難い報せだった。
『幸いジョエルが対応して大事には至っていないようだが、再度父上の関与を疑われている』
「どういうことですか」
『通信魔法ではここまでが限界だ。すぐ戻れ』
「レオナ様は」
『……とりあえずヒューゴーだけだ。後で迎えを頼む』
「はっ!」
 走った方が速いな、と頭で考えながら扉を開け、カミロに緊急事態のため早退することを告げ、了承を得た。

 ジャケットのボタンを外しタイを乱暴に崩しながら、ヒューゴーは走り出した。


 ※ ※ ※


 ――数時間前、ガルアダとマーカムの国境付近。


「しーごとーは地味ー、じーみじみー♪」
 馬上のジョエルは、割と大きな鼻歌を披露していたが
「副団長、気ぃ抜けるんでやめてもらっていいすか」
 ブロルに冷たくあしらわれていた。
「えー、いーじゃーん。セレスの分まで働かなくちゃだしー」
「うぐっ、ほんとその節は……」
「だーから目立つ動きすんなって普段から言ってるでしょーがっ。ほんっと、バカなんだからぁ」
 
 正義感が強く、学院でレオナに接して情の厚かったアルヴァーとブロルが、派手に動き過ぎた。セレスタンも脇が甘かった。それゆえ付け込まれての、一時降格処分。セレスタンには自業自得だと説教し、カトリーヌにはうまく説明して騎士団本部への殴り込みは阻止しておいたが。
「いやほんと申し訳が」
「ま、それもブロルの良いとこだけどねーん」


 ――けどあのゲルゴリラ、この後どうなっちゃうかは全然考えてないよねえ~


 警備強化すべき公爵家をないがしろにした、という事実が、高位貴族の間で噂として広まっているその重大さに、全く気づいていない。貴族の矜恃は、何よりも優先しなければならないこの国においてそれは、致命的である。


 ――自分で自分のお尻に、火ぃ付けちゃったねえ。


 とはいえ、まだ



 ――もう少し、傀儡かいらいでいて欲しいなぁ。



 鼻歌を続けながら、ジョエルは王都に思いを馳せる。
 しばらく会えていない、レオナとシャルリーヌのことが心配だった。
 
 ローゼン家の馬車襲撃事件とフィリベルトののことは、報告書で見た以上に、影からの報告を受けている。レオナのことだから、思い詰めて魔力暴走を起こさないと良いが、などと考えていると。

 何かが臭った。
 
「マヌケだな~、風上で何かたくらんでいやがるってかぁー。アルヴァー! 索敵さくてき!」
「はっ!」
「ブロルは殿下の馬車頼むねえ!」
「はっ!」
「総員。警戒態勢っ!」
「はっ!」

 怒鳴りながらジョエルはわざと隊列から離れる。
 蒼弓の射程距離は長い。かつ魔眼で戦場を広く把握するのもジョエルの役目だ。
 
 ミレイユ・ガルアダ王女を護る、マーカム王国騎士団とガルアダ傭兵団の合同二個小隊。指揮はマーカム王国の誇る麗しの蒼弓こと副団長のジョエル。喧嘩を売る方がどうかしている、という布陣だが、相手には関係なかったようだ。

 ぞわり。

 ジョエルの肌が粟立った。
 うぞうぞとうごめく、黒い大きな影を魔眼が捉えた。

「魔獣だっ! デカい群れだぞっ!」

 ジョエルが叫ぶと、ブロルが王女の馬車を回避の方向へ導く。その他の団員はアルヴァーの指揮のもと横一列に散開し、一匹ももれなく討ち取る態勢に移った。傭兵団は王女の馬車を取り囲み防御態勢を取る、攻守分かれた布陣。緊張感が現場に迸る。


 ――あの臭いは獣粉かっ


 復興祭で、ブルザーク皇帝からもたらされた情報で判明した、意図的に魔獣を呼び寄せる粉。ブルザーク帝国の冒険者ギルドでは安価で取り扱っている、素材集めに使用する消耗品。ギルドに登録されている冒険者であれば、誰でも買える。
 
「あの挙動不審野郎に、在庫確認してもらわないとなー!」
 
 ブルザークの外交官サシャはいつもオドオドしていて、会話がなかなか成り立たないので、ジョエルは苦手だった。だがその頭の中身は極めて優秀なので話さざるを得ない。しかもジョエルに対しては、いつもぽっと染まった顔で
『そそその、前髪上げたごご尊顔を是非ぜひじゅるる』
 なんて言われて寒気がしたのを思い出した。
 とはいえ、ラザールのことは苦手なようで
『はうっ、つつつ冷たい目線っ!』
 と言いながらピャッと逃げていた。

「よし、ラジに丸投げしよー!」
「……なんの話です?」
 いつの間にか隣に並んでいたブロルが、苦笑している。
 
 王女の馬車はガルアダ傭兵団が取り囲み、安全な場所に退避していた。念のため次の指示をもらいに来たのだろう。猪突猛進だが優秀な部下である。
「こっちの話~。いやぁ、さすがうちの部隊強いねえ」
 獣粉で呼び寄せられる魔獣など、所詮は雑魚ざこなのだ(だからこそ流通している)。一般民には脅威きょういかもしれないが、鍛え抜かれた騎士団にとってはなんの障害にもならない。
 
 だからこの襲撃には、別の意図があるに違いない。
「量が多いだけですからね」
 とはいえブロルも渋い顔だ。
「一体何がしたいんでしょうね……」
「考えんのは、別の奴らの仕事ー。僕達は、無事王都まで送り届けるだけだよー。あと三日、気を引き締めようねー」
「そうですね! 皆にも伝えます!」
 カカッ、とブロルは馬首を返し主戦場(とはいえほぼ殲滅せんめつ済)に向かっていった。
 
 
「ほんと、なーにがしたいのかなー?」
 晴れた空に、副団長の大きな独り言が霧散むさんしていった。
 
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