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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈79〉砂漠の王子12

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「お父様が、拘束!?」
 剣術講義で酷いセクハラをされたものの、ルスラーンとの久しぶりの会話で気持ちが上向いたレオナであったが、学院から公爵邸に帰るや否や、フィリベルトに『ベルナルドが王宮から帰れなくなった』と言われ、激しく動揺した。
 
 シャルリーヌとお茶をしようと、メイドのマリーとともにローゼン自慢の薔薇温室(中は暖かいし、テーブルセットやソファがある)で用意をしていると、突然フィリベルトがやって来たのだ。
 
「シャル嬢にも……落ち着いて聞いて欲しいことがある」
 不安げなシャルリーヌに
「……まずはお茶を飲もうか」
 と努めて明るく言うフィリベルトだったが、思わず顔を見合わせる二人を見て
「とはいえ不安を感じるのも、無理はないな」
 椅子に腰掛け、二人にも座るよう手で促す。

 遠くからピアノの音色が、風に乗ってかすかに聴こえてくる。アデリナだ。恐らく心を落ち着かせるために弾いているのだろう。その儚い旋律に耳を傾けながら、いつも通りポットにおまじないをするレオナだが、すぐに不安げな表情になってしまう。
 
「――いいかい」
 フィリベルトは毅然として言う。
「前にも言った通り、できる限りの対策はしている」
「……そう、でした」
 レオナは、お茶を淹れながら今朝のことを思い返す。
「シャル嬢も。。もし今、不安なことを言ってくる奴らがいるとしたら、敵だ」
「「!」」
「毅然としておいて。弱みを見せたらつけ込まれる」
「はい、お兄様」
 レオナには、信じるしかできない。
「はい、フィリ様。わた、わたくしもできる限り……」
 シャルリーヌの声が少し震えている。――馬車襲撃事件がフラッシュバックしてしまったか、とレオナが心配になって顔を覗き込むと
「毅然と対応したく存じます。お話をお聞かせ願えますでしょうか」
 何かを振るい払うかのように頭を振って、きっ、と顔を上げた。


 ――さすがシャルだわ。

 
 
 前世の記憶があるお陰で、多少冷静さを保てている自分と違って、正真正銘の十四歳の令嬢。誉れ高き、貴き精神の持ち主だ、とレオナは再びシャルリーヌを尊敬する。
 これが矜恃きょうじというものか、と。

「うん……残念ながらセレスタンは、師団長から一時降格。十日間の謹慎処分となった」 
「「!!」」
 それこそ、剣術講義でのイーヴォとルスラーンの発言と一致する。
「理由を、ご存知でしょうか」
 シャルリーヌは、制服の膝の上で拳をぎゅうっと握りこんでいる。
「騎士団の私的利用だそうだ」
「お義兄様が、そんなことをするはずがございませんわっ!」
 ガタッとシャルリーヌが立ち上がり、テーブル上のカップに入った紅茶が揺れた。
「その通り。すまない。ローゼン公爵家のせいだよ」
「……ど、どういう……」
 
 そう言ったまま固まるシャルリーヌの背中を撫でて、レオナは再び座るように促す。膝から力が抜けた彼女は、素直に従ってまた腰を下ろした。スカートがぐしゃりとなっているが、それを気に留める余裕などなかった。
 
「馬車襲撃事件のあと、セレスタンはローゼンの警備強化のため、騎士団の人員配置を団長に直訴したが断られた。仕方なく部下達に『さりげなく巡回強化してくれないか』と頼み、心強い団員達が騎士団の威光を遺憾なく発揮してくれた訳だが」
「……団長がお認めにならなかった任務を部下にさせたことが、私的利用と言われたのですね」
 シャルリーヌはさすが飲み込みが早い。
「そうだ」
「なんてこと……それが降格に当たるというのですか!」
 レオナは怒りを禁じ得なかった。
 
 確かに公爵家への忖度そんたくは良くないが、襲撃後に警備強化をするのは、道理が通っているはずだ。
「だから『一時』だよ。公開演習後復帰予定だが……セレスの経歴には汚点がついてしまった。団長が代わるまで冷遇は否めないだろう。だからシャル嬢。どうかカトリーヌ嬢には、仔細は伏せて大事にならないよう、支援をお願いできるだろうか。我々もなるべく、彼の名誉回復に努めたい」
「畏まりましたわ。姉のことはお任せくださいませ」
 激情家のカトリーヌのことだ、下手をしたら騎士団本部に殴り込みに行きかねない。それを止めろ、というのがフィリベルトの依頼だった。
 
「助かるよ……だがこれでいよいよ騎士団は、組織としてますます分断していく」
「団長派と副団長派、ですね」
「そうだ。ジョエルは貴族達とも縁が深い。侯爵家の長男を一時でも処分対象にしたんだ、今回の件で、より軋轢あつれきは深まるだろう」
 あのゴリラは、そこまで考えていないと思うけどね、とフィリベルトが珍しくゴリラ呼びをする。それだけ腹が立っているということだろう。
「騎士団は、我が王国の武力のかなめだ。そこを揺さぶりたい、誰かの思惑だろうな」

 キラキラと鱗粉りんぷんを撒き散らしながら、艶やかに飛ぶ蝶が、目の前を横切った気がした。

「次に父上の拘束の件だが」
 フィリベルトはそこで言葉を切り、カップの紅茶を一口流し込んだ。珍しく迷いが見て取れる。
「ガルアダ金鉱山で、大規模な落盤事故が起きた。何人もの死傷者が発生しているし、ガルアダ経済を支える鉱山でもあったから、大騒ぎでね」
「それは……ミレイユ殿下もさぞご心配のことでしょう」
 レオナは、復興祭の夜会で挨拶した、アリスター第一王子の婚約者の、可憐な佇まいを思い返す。
「ああ。先日ジョエルが護衛について、見舞いに向かわれた。王妃殿下も危篤とのことだし、心痛はいかほどのことか……気丈に振舞っていらっしゃるけどね」
「重なる時は、重なるものなのですね……」
 公開演習前に、事件が起きすぎである。
 
「その落盤事故に、父上が関わっている、との疑いなのだそうだ」
「……え?」
 フィリベルトが何を言ったのか、すぐには理解ができなかった。
 
「事故現場に、ローゼンの銘が入った魔道具が落ちていたそうだ。魔力を貯めて増幅させるもので、鉱山では使い道がない。誰かが故意に、事故を起こすために使用したのでは、と疑われている」
「事故を起こすことに、一体なんの利が?」
「我が家には、ないね」
 レオナの素朴な疑問に、フィリベルトは苦笑する。
「ただただ、父上を拘束したかっただけだろう」
「そっ、そんな……」
「審理が完了するまでは、王宮から出られない」
「いつまで、ですの?」
 フィリベルトは、肩を竦めた。
「さあね……公開演習が終わるまでは、かな」
「なんてこと……」
「私も自宅療養だし、これで完全に、ローゼンは蚊帳かやの外になった」
 シャルリーヌが、さらに素朴な疑問を呈す。
「それほどまでして、公開演習には何があるのでしょうか?」
 それはレオナも思っていた。
 各国の軍隊・部隊が一堂に会するとはいえ、演習だ。
「まだ、なんとも言えない」
 ギリギリまで情報収集に努める、学院での噂でもなんでも構わない、何かあれば教えて欲しい、とフィリベルトは硬い表情で告げた。



 ※ ※ ※

 

 王宮、朝議の間。
 朝議を行っている場所だからこその通称であるが、朝議でなくとも会議や、国王謁見前の各事務官と他国外交官とのすり合わせなどにもよく使われる、いわば権威のある大会議室である。
 
 そこに、国王、第一王子、騎士団長、法務大臣、という顔ぶれが、重苦しい雰囲気で席についていた。行政官、宰相補佐官、法務官補佐、の三人は壁際に立っている。通常控えているはずの書記官やメイドは見当たらない。人払いされているようだ。

「ベルナルドが? そんなことをするとは思えないが」
 マーカム国王ゴドフリーが眉を寄せて、騎士団長ゲルルフを見やる。
「ガルアダ国境での不審者尋問で、『自分が公爵の命令で』と告白したのです。看過かんかはできません」
 ゲルルフは、腹に力を入れて念を押す。
「残念ながら、収監先での自死を許してしまったことについては、当直の者の処罰でもって……」
「もうよい」
 ゴドフリーは、眉間を何度か指で揉んだ。
「クラウス、報告してくれ」
「は」
 法務大臣クラウスは、ギード法務官補佐を目で呼び寄せた。彼はキビキビとした動作でテーブルの上に魔道具を並べる。イゾラの宣誓と、音声記録である。
 イゾラの宣誓が確認された後、音声記録が再生された。

 
『では、まず始めに。マーカム王国宰相ベルナルド殿に問う。ガルアダ金鉱山に赴いたことは?』
『ない』
『次に、現場で発見された魔道具だが――』
 

「――お聞きになられた通り、本人は関与を否定しております」
 クラウスが淡々と告げると
「それを丸ごと信じろと?」
 ゲルルフが気炎を吐くが
「では、イゾラの宣誓をお疑いになると?」
 クラウスがギロリと睨む。
「ぬぅ……」
 さすがに、王国法を否定する発言であることに、気がついたらしい。
 
 過去にイゾラの宣誓で虚偽を申し立てた者は、その罪悪感と創造神への背徳心から精神が壊れていったことは、記録に多々残っている
 だからこそ王国法で有意な物として認められ、おいそれとは使用しない物でもある。
 宣誓の魔道具を起動できるのは、王国法において宰相・大臣のみと定められており、ラザールは魔術師団長代理として、魔力に関する守秘義務関連でのみ使用が許可されているシロモノなのだ。
 
「当事者が亡くなっているので、真相は闇の中です。発見された魔道具の銘は、第二魔術師団へ鑑定を依頼しております」
 クラウスは、淡々と続ける。
「――鑑定結果は、三日後には出るでしょう」
 それを受けて、国王は
「では鑑定結果が出るまでは、ベルナルドは王宮内に勾留、執務停止。それ以上でもそれ以下でもない。では、解散」
 と簡潔に告げた。ゴドフリーとて馬鹿ではない。有能な氷の宰相が不在となると、如何に国政が滞るかは重々承知なのである。
 三日後、魔道具の銘がローゼンの物ではないと判明すれば、公開演習に

 ゲルルフは歯ぎしりをした。

 ――と。



 バァンッ!!


 朝議の間の扉が無遠慮に開かれ、ジャンルーカが血相を変えて飛び込んできた。
 全員が、驚きのあまり固まっている。
 
「緊急事態につき、御容赦願います!」

「どうしたっ!? ――陛下、彼の発言をお許しください」
 即座に反応したのは、第一王子アリスター。
「あ、ああ、あいわかった、申せ」
 国王は戸惑いながらも、近衛筆頭に許可を出す。

「はっ、ありがたく。緊急時ゆえ、無礼をお許しください。……ベルナルド殿が、宰相執務室から忽然こつぜんと消えたそうです!」

「なっ……」
「なんだと!」
「それは誠か!?」

 各々問い質すが、ジャンルーカが最大限の礼を取りながらキッパリと
「間違いございません! 宰相執務室付きの護衛が確認しております! すぐに周辺を捜索にあたったものの、どこにもいらっしゃらず、痕跡も全くありません。まさに消えたとしか思えないと。至急王宮内捜索のご許可を!」
 と告げた。

「誘拐か、意図的か、いずれにせよ王国宰相が行方不明など、一大事です。陛下、近衛へ勅令ちょくれいを」
 アリスターが促す。
 勅令であれば、何人なんぴとたりとも邪魔はできない。――例え騎士団長でも。

 ゴドフリーは、唇を引き結んでおごそかに告げた。
「近衛筆頭ジャンルーカに勅令を下す。王国宰相ベルナルドを捜索し発見せよ。采配については、筆頭へ一任とする。騎士団においても、できる限り捜索に協力せよ。ただし関係者以外、ひいては王宮外への口外を一切禁ずる。厳粛に対応せよ」
「はっ! イゾラに誓って!」
 ジャンルーカは退室の礼をし、慌ただしく出て行った。

「ベルナルド……無事でいろよ……」
 クラウスの独り言は、朝議の間に暗い影を落とした。
 
 

 ※ ※ ※

 

  ――公開演習まであと六日。


「おはようございます」
 いつも通りに、学院のハイクラスルームで会ったヒューゴーは、なぜだか朝からものすごく疲れた顔をしていた。
「おはよう、ヒューゴー。どうしたの?」
 レオナが心配して尋ねると、
「ゼルのやつ、課題溜め込んでて……そんなんじゃ進級できないぞって言ったら焦って教えろって……はぁ」
 と。どうやら二日間みっちり勉強合宿状態だったらしい。
「いやあ、助かった」
 その本人は、前の席でケロリと笑っている。
「まあそりゃ、あれだけ寝てたらねぇ……」
 シャルリーヌの笑いは、とっても乾いている。
「ふふ。お疲れ様、ヒューゴー」
 レオナは、業務外のことまでサポートしてくれるこの優秀な侍従を、心からねぎらった。

 また五日間講義をして、一日休んだら、公開演習当日がやって来る。どうかこのまま今週乗り切れますように、と思うレオナだったが
「ゼル! おはよう!」
 場違いに明るく大きな声が、クラスルーム中に響いた。

 いつもは講義開始ギリギリ、もしくは多少遅刻してくる残念王子ことエドガーが、なぜかきらきらの笑顔でそこに立っていた。

「水臭いではないか! アザリーの王子だったのだな! 王子同士仲良くしよう!」
 

 
 ――は? 今こいつ、なんつった?

 

 レオナは、久々に本気の殺意が沸くのを感じた。
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