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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈74〉砂漠の王子7

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 ――公開演習まであと十四日。

 アリスター第一王子から、鷹狩りの招待状がフィリベルト宛に届いたのが、三日前。
 マーカム王国では、貴族男性の交流行事として定番であるが、アザリーのザウバア第一王子から是非交流をとの申し出があり、急遽アリスターの主催で行われることになったそうだ。


 ※ ※ ※
 

 ――招待状を受け取った日の夜(つまり三日前)。
 
「どうせ、知っていたんだろう?」
 ローゼン家の客室で、フィリベルトと話すゼルは最初、そう自嘲していたが
「……コンラート伯は、真にあなたを庇おうとして口を開いてくれませんでした。ローゼン公爵家としてゼルヴァティウス殿下の身の安全を保障する、と約束して初めて教えてくれました。ご安心下さい」
 とフィリベルトが微笑むと、両手をおでこの目の前で組んで顔を伏せ、肩を震わせた。
「なぜ俺に、そこまで……」
 フィリベルトは、あえて口調を元に戻した。
「気にしなくて良いよ、ゼル君。レオナの希望は全部叶えるのがローゼン家の伝統だ」
「まあ、お兄様ったら!」
 でもそれは事実である。
「……すごい家だな」
「ゼル……」
 ふー、と大きく息を吐き、ゼルは顔を上げ、口角を少し上げて、レオナを優しく見た。
「はは、気を遣わせてすまないな、レオナ。頼むからもう気にするな。いつだったか言ったろ? 居ても恨む家族もいれば、亡くしても愛しい家族もいる。それぞれだ」
 
 ゼルは、最初は少し粗暴で明るいガキ大将、のような感じだったが、今や精悍で覚悟の据わった男の顔だ、とレオナは思った。前とは明らかに違う。
「ところで、雑談をしに来たのか?」
 ゼルはフィリベルトに向き直る。
「……本当に学院に戻られる気なのですか? いつまでも居てもらって構わないのですよ」
 フィリベルトが気遣うと
「俺はただのゼルだ。どうか今まで通りで接してくれ。――そこまで迷惑をかけるわけにはいかん。俺は俺で向き合わねばならんしな。学院には恐らくもう、アザリーの者がいるだろう?」
 レオナが驚いてフィリベルトを見ると、あっさりと頷いた。
 
「ええ、だから危険ではと」
「ああ。だがわざわざ『見つけた』などと知らせるか?」
「「!」」
「殺したいなら、見つけた時点で実行すれば良い。つまりアザリーは一枚岩ではない。ここで庇護されて冷静になれた。感謝する」
「なるほど……何かこちらで出来ることはあるかい?」
「ああ……図々しいが……」
 ゼルは、チラリとレオナとフィリベルトの背後、部屋の扉前に立つヒューゴーとテオを見る。
 
「現状、掴んでいる情報を教えて欲しい。それからやはり護衛が欲しい。そこの二人のうちどちらかで良いんだが、寮で同室にしてくれないか? 念のためだ。だいぶ危険かもしれんが……」
 フィリベルトが振り返ると
「僕が!」
 テオが真っ先に声を上げる。
 ヒューゴーは仕方ないな、という顔をした。
「俺もいいすよ」
「テオ一人で充分だがな」
 ゼルがニヤリとしながら言うと
「おまえなあ。とりあえず掃除させろ。あの部屋は汚すぎる」
 ヒューゴーが苦言を呈する。
「くくく、ヒューゴーは絶対に嫌がると思ったんだがな」
「おう。分かってんじゃねーか。テオに引き継いだら俺はすぐ戻る」
 


 あれ? いつの間にかすっごい仲良くなってない!?
 そういえば、中庭で体なまるからって稽古してたよね?
 あれなの、やっぱり男の子って拳で仲良くなるの!?



「すぐに手配しておくよ」
 フィリベルトが笑いながら言い、また真顔に戻る。
「掴んでいる情報だが、実の所あまり多くはない」
 ゼルの目が意外そうに瞬いた。
「大国の公爵令息でも、難しいこともあるのだな」
「私ができることなど、限られているよ?」
「……そういうことにしておこう」
 視線が錯綜する。
「ふふ。さすが闘神シュルークの瞳は、迫力がすごいね」
「光栄だな」
 フィリベルトもゼルも、そこでふっと力を抜いた。
 
「まず馬車襲撃だが、犯人は捕まっていない。現場に残されたナイフもありきたりなもので、何かを特定できる手がかりにはならなそうだ。ただ」
「ただ?」
「ヒューゴーが捕らえた一人の話し言葉が、ガルアダ訛りだったと」
「……アザリーとガルアダは、それほど仲良くはないはずだがな」
「そうだね。国としては、宝石と香辛料の貿易で成り立っているだけの関係だね」
「きな臭いな」
「同感だよ。引き続き調べている。それから、アザリー王国部隊だが、二十名の小隊で来ている。ナハラ部隊と言っていたが」
「げえ」
 
 部隊の名を聞いた途端にゼルが嫌な顔をした。
「知っているのか?」
「知っているも何も……ザウバア子飼いの、最悪な必殺部隊だ。一人一人戦闘能力が高い。しかも気性の荒い奴らだ。二十名で百名は楽に殺す」
「……気をつけるようにジョエルに言っておこう」
「ああ。決して煽るな。冗談が通じない」
「分かった」
 聞いているだけのレオナだが、背筋がゾクリとした。正直関わりたくないたぐいの団体のようだ。会うことはないだろうが。
 
「私からも聞きたいことがあるんだけど、良いかな? 体調は大丈夫かい?」
「ああ。大丈夫だ。何でも聞いてくれ」
 ゼルの返事を聞くと、フィリベルトは、懐から封筒を取り出した。
「三日後、アザリー第一王子ザウバアの要望で、アリスター殿下が主催の鷹狩りを行うそうだ。奴について知っていることを教えて欲しい」
「ザウバアか。あれは……言うなれば毒だ」

 ――そのひと言で、部屋にいる全員がゾッとした。

「見た目は小柄で、可憐な少女のようだ。だが……」
 ゼルは苦しげに拳を握りしめる。
「気づけばその毒に冒され、死に至る、死蝶と言われている。美しい鱗粉に誘われて、何人が命を捧げたのか見当もつかん。フィリベルトは特に気をつけろ」
「私か?」
「あいつは誰でも愛せるし、そういう、冷たそうな美しい顔の人間が好みだ」

 ――再びゾッとする。

「ゼルに顔を褒められるとはな」
 フィリベルトは苦笑する。
「ありがとう、気をつけよう」
「ああ。それから、ザウバアの側近に、やたらガタイの良い肌の黒い奴がいる。出来れば近づくな」
「護衛か?」
「……崇拝者というのが正しいかもな。ザウバアに狂っている」
「聞きしに優るというやつだな」
 フィリベルトが溜息をつく。
「憂鬱だが殿下の招待状だ、行くしかない」


 
 ※ ※ ※


 
 ――というやり取りがあったのだった。

「お兄様……大丈夫かしら……」
 ふう、と一口だけ口をつけたティーカップをテーブルに置いて、自室の窓から外を見やる。よく晴れた、お出かけ日和だ。
 鷹狩り場はどちらだったか、と意味もなく窓際に立って、探してしまう。そろそろ始まる頃だろうか。
「ヒューゴーがついておりますから」
 マリーが背後から明るい声で言うが、それでもレオナの胸騒ぎは、止まらなかった。

 マーカムの鷹狩りは、王家が代々所有する、王宮東奥の小高い山で行われる。
 普段は、誰も立ち入らないよう管理されており、なるべく自然そのままの状態にしてあるらしい。
 腕利きの狩人達が前日に下見で入山し、獣の痕跡によって、開催箇所のあたりをつける。フンや足跡などが多いところが会場となるのだ。

 基本的には、昼前に始まり夕方には解散になる短い行事で、王家が所有する鷲、鷹、ハヤブサ、それぞれに狩りをさせ、餌と引き換えに獲物をもらい、その量や質を競いながら軽食や会話、乗馬を嗜む貴族男性の遊び。
 フィリベルトは、ベルナルドと共に数年前に参加したことがあるというが、今回は王子達と公爵、侯爵、伯爵令息などの若者のみ招かれているという。
 
 前日に会場が決まる仕組みなので、何か仕掛けるのも難しい。それでも念には念を入れて気をつけよう、とフィリベルトが出掛ける際に言っていた。
 だが、喉が絞られるような閉塞感が、レオナに粘りつくように付きまとう。

 

 何もないと良いのだけれど……



 ぎゅうっと胸のペンダントを握りしめる。シャルリーヌの癖がうつったようだ。
 
「お嬢様……待っているだけでは、気も紛れませんよ。何か本でもお持ちしましょうか?」
 マリーの気遣いが嬉しい。
「ありがとう、マリー……そうね、古代魔法の研究書を、カミロ先生にお借りしているの。それを読むわ」
 
『失われた魔法だから、戯れにゆっくり読んでみると良いよ、魔法系統が学べるからね』と貸してくれた、分厚い本だ。ちょうど良い機会だし読もう、とソファに腰掛けて膝に乗せた。マリーが紅茶を淹れ変えてくれる。
 
 表紙をめくると『深遠なる世界へようこそ』と書いてある。森と湖と何かの光のイラストで、いかにもな感じだ。
 目次を見ると、結界魔法から始まり、時空魔法、精霊魔法、使役魔法、四大元素究極魔法とある。
 最後のはお馴染み火水風地だが、失われた呪文で、高威力の魔法を放つことができると書いてある。――だいぶ物騒である。

 攻撃的なものは置いといて、レオナの興味は時空魔法だ。移動手段の限られるこの世界で、例え短い距離でもテレポーテーション的に移動できれば、すごく便利に違いない。魔力がなくても、それこそ魔法陣や魔道具でどうにか……などとしばらくの間、本の中身に没入していると。


 ダンダンッ


 突如、扉がたわむほどのノック音が鳴り響いた。
 レオナは即座にマリーへ合図を送り、マリーが素早く扉を開けると、血相を変えたルーカスがいた。
「お嬢様っ、フィリ様が! 至急王宮へ!」
 レオナは持っていた本を放り出し、そのまま馬車に飛び乗るべく自室を飛び出し、階下へ走った。


 ※ ※ ※
 

 王宮内のある部屋に案内されたレオナは、既にアデリナがベッドサイドにいるのを見つける。
 肩を震わせて、両手で祈るように、フィリベルトの手を握っている。
 
「お兄様……?」
 よろり、と一歩部屋に入る。
「レオナ……」
 アデリナが、顔を上げないまま、小さく呼ぶ。
「大丈夫よ、今治癒士様を呼んでもらっているわ……」

 ――何を言っているの?

「……ヒューゴーは?」
「今は王の間へ走っております」
 ルーカスが、静かに答えてくれた。
 
 ――きっとお父様を呼びに行ったのね。

「……一体、何が……」

 よろりよろり、少しずつベッドへ近寄る。マリーが横で肘を支えてくれる。
 そこにいるはずなのに、まるでフィリベルトの気配がないことが、なんとも言えず恐ろしくてたまらない。足元が覚束無い。空中を歩いているようだ。
 

 アデリナの肩越しに、顔面蒼白で、首に血の滲んだ包帯を巻いて横たわるフィリベルトが見え――レオナは、目の前が真っ赤に染まった。

「……何があったの……」

 ルーカスが、息を飲んだ。
 アデリナが、思わず振り返る。
 マリーは、動けなくなった。


「なにが! あったの!」


 ぶわり


 息苦しい。
 視界が歪む。
 嗚呼。
 ごめんなさい。
 ――抑えきれない……
 


「く、詳しいことは分かりません! 鷹狩り中に、いきなり動きが鈍くなり落馬したと!」

 室内にいた見知らぬ騎士が、答える。
 鷹狩り場にいた近衛か。

「でてって」
「「「!?」」」

「二度言わせないで。全員、部屋から出てって」
「レオナ……」
「はやく」
 アデリナが立ち上がり、全員出るよう促し、レオナに心配そうな目を向けてくれた。こんな娘でも信頼してくれる母に感謝しつつ、レオナはゆっくりとフィリベルトに近寄る。

 扉が閉められてから、レオナはベッドに直接腰掛け、深く呼吸をする。
「お兄様ったら。気をつけてって言ったでしょう?」

 そっと頬に触れる。
 ――冷たい。

 唇に、耳を寄せる。
 ――浅いが、なんとか息はしていることに安堵した。

「お兄様、大好き。……戻ってきて」
 かけられたブランケットの上から、身体ごと優しく覆い被さる。
「私の命、いくらでもあげるから。戻ってきて」


 ぐわわん


 耳鳴りが、した。
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