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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈71〉砂漠の王子4

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 ベルナルド、フィリベルトとともに、第一騎士団師団長のセレスタンが直々にローゼン公爵邸を訪れ、今回の馬車襲撃について応接室にて聴取を行なった。レオナを始めとしてテオ、ルーカス、ヒューゴー、マリーが証言をした。
 
 ヒューゴーの見立てでは
「大した腕前ではない上に、統率も取れていませんでした。金でばらばらに雇われたたぐいではないかと」
 ということだった。
 セレスタンが逃亡した七名について、捕縛するよう騎士団へ迅速に手配をかけたが、死亡した一名は身元不明。
 他の七名も黒いローブで、フードを目深に被っており、面貌めんぼうも服装も不確か。残念ながら捕まえるのは難しいだろうとの見解ではある。目的は不明だが、公爵家の馬車を襲撃するなど由々しき事態だ、とシャルリーヌの義兄は顔をしかめていた。
 
 ゼルは、客室で眠っている。
 王宮からすぐに来てくれた治癒士は、恐らく栄養失調と寝不足でしょうと回復魔法を施し、ゆっくり休んで食べるように、と言ってまた王宮へ戻っていった。
 
 シャルリーヌは、ショックで一時茫然自失となったため、セレスタンが一緒にバルテ家へ帰ろうと促したが
「お義兄様、私ゼルのことが心配なの……」
 と帰りたがらない。
「シャル、気持ちはわかるが、無理をしてはいけない。彼はここに居れば安全だ」
「ううん、お願い、セレス義兄様。しばらくここにいさせて。せめてゼルの目が覚めるまで」
「シャル……」
 セレスタンが困ったように眉を寄せた。
 
 俯くシャルリーヌに、ベルナルドが優しく声を掛ける。
「ふむ。ゼル君の目が覚めたら、帰ると約束できるかな?」
 ぱ、と顔を上げる彼女に、優しく微笑む公爵閣下。
「はい!」
「閣下……」
「セレスタン、義妹が心配な気持ちも分かるが、シャル嬢の気持ちの切り替えのためにも、必要なことだ。家で預かろう」
「お父様、ありがたく存じます」
 レオナはベルナルドに礼を伝えてから、優しくシャルリーヌに声をかけた。
「シャル、一緒にゼルを看病しましょう。私の部屋に泊まると良いわ」
 テオも
「僕も一緒に看病します!」
 と元気づけた。
 それでも、目の前で人が殺されるというショックな出来事からは、立ち直るのは難しいかもしれないとレオナは感じた。
 
「レオナ……大丈夫かい?」
 そっと手を握ってくれる、フィリベルトの瑠璃色の瞳が、眼鏡越しに揺れている。
「お兄様。ご心配をおかけして」
「心配ぐらい、させてくれ」
 ふ、と微笑むフィリベルト。
「私は、大丈夫ですわ。皆が守ってくれましたから」
「うん」
「あの方は、残念でしたが……いずれにしろ……」
「うん……」
「それより、ゼルが無事で何よりでした」
「……そうだね」
「ゼルのことを、お聞きしても良いでしょうか?」
「……彼の目が覚めて、本人に気持ちを聞いてからにしよう」
 ヒューゴーが、少し顔を歪めた。
「そう……ですわね」
 きっと、想像以上に重いことなのだ、と分かっただけで今のレオナには十分だった。
 
「さあ皆、大変だったわね。もうそれぐらいにして、お食事にしましょう」
 アデリナが軽やかに入って来て、応接室の全員に明るく声を掛ける。
「セレスは王宮に戻るわよね」
「うぐ、はい」
 すごすごと立ち上がる第一師団長に
「残念だが私も戻らねばならない」
 ベルナルドが言う。
「私も」
 フィリベルトも立ち上がると、ベルナルドがその肩に優しく手を置き
「フィリベルトは残るといい」
 と告げた。
「っ、ですが父上」
「レオナについていてやってくれ。こちらのことは私が何とかしておく」
「……恐縮です」
「お父様! 私は大丈夫ですわ」
 ベルナルドは、慌てて立ち上がったレオナを無言でぎゅっと抱きしめ、そのまま首だけでセレスタンを振り返って言う。
「セレス。すまないが騎士団から何人か警護を寄越してくれ。門に立つだけでも抑止力になるだろう」
「はっ」
「レオナ、こんな時くらい甘えておくれ」
「……お父様……」
「さ、行くぞセレス」
 ベルナルドは、レオナの頭頂にキスを落とし、離れた。
 
「閣下、念のため騎士団の馬車にお乗り下さい」
「会議に遅れる。急げ」
「閣下! お待ちを!」
 バタバタと去って行く、宰相と第一師団長。
「さ、こんな時こそちゃんと食べるのよ」
 アデリナが、レオナとシャルリーヌの手を取って微笑む。
「はい、お母様」
「私は……」
 シャルリーヌは、とても食べられそうにない、と頭を振った。
「シャル。気持ちは分かるわ。でも生きている者には責任があるのよ」
 優しく、だが有無を言わさずアデリナは、シャルリーヌの隣に腰掛け、言う。
「あなたがフラフラなのを見たら、起きたゼル君はなんて言うかしら」
「っ」
 手を握って、目を見て語りかける。
「いつものシャルで、側にいてあげないと」
 アデリナの言うことは大変に厳しい。
 すぐに立ち直れと言うのだから。
「スープだけで良いから、食べなさい? ね。少しでも良いから」
「はい……」
 

 そうして、アデリナ、フィリベルト、レオナ、シャルリーヌ、テオで囲むディナーテーブルは、かちゃかちゃと時折カトラリーの音がするだけで、非常に静かだった。
 シャルリーヌは、スープを二口三口なんとか飲んだところでスプーンを止めてしまった。
 
「レオナは……どうして平気なの?」
 と思い詰めた顔で聞く彼女にレオナは
「平気なんかじゃないわ。でも私は、自分の行いが自分に返ってくると信じているの。あの方は、私達を襲った。襲わなければきっと、生きていられた」
 と答えた。前世でいう因果応報だと、レオナは思う。
 
 どんな事情があったにせよ、暴力に暴力で返されるのは道理に思えた。この王国でローゼン公爵家を襲撃するからには、捕まったら極刑は免れないことは承知の上だったはずだ。
 とはいえ、レオナにとっても人の死は、見知らぬ悪党であれ単純に重くて辛い。
 前世の葬式で祖母の死に水を取ったことはあれど、目の前で、は初めての惨い経験であった。
「私は、そう思うの」
 自身にも言い聞かせる。
 
 彼が誰かも、何故襲ったのかも知らないが、恐らく始末されるような何かを知っていて、凶行に及んだに違いない。
「レオナ……ごめん、平気なんて言って」
「良いのよシャル」
「シャルリーヌは優しいね」
 フィリベルトが、パンをちぎりながら淡々と割って入る。
「悪党に同情の余地はないよ。あのまま捕縛されていたらどちらにせよ縛り首だった」
「お兄様っ」
「事実だ」
 フィリベルトは、意味なく煽るようなことはしないはずだが、それにしても選ぶ言葉が強すぎる、とレオナは疑問に思った。が、フィリベルトはそのまま続ける。
「この国の侯爵家息女として、もう少し王国法について学ぶべきだ。それが我々の責務だ」
 
 怒涛の攻めが、情け容赦なくシャルリーヌの心を駆逐していく。
 
「これが現実だよ、シャルリーヌ。我々は民の血税で生かされている。彼らの命は常にこの手の中にあるんだ。善良邪悪問わずね」
「……っ」
「ま、どこかに嫁に行って、贅沢な食事とドレスにまみれるだけの生活も良いと思うけどね」
「お兄様っ!」
「君は望んでいないのだろう?」
 冷たい瑠璃色の瞳が、シャルリーヌを射抜いていた。
 
 レオナはそこでようやく気付いた。
 フィリベルトは、怒りでシャルリーヌを立ち直らせようとしている。
 
「……はい。覚悟が足りていませんでした」
 シャルリーヌは、フィリベルトの思惑通りに、スプーンを持ち直す。
「学びます。生きるために、まずは食べます」
「うん、それでいい」
 頬を緩め、フィリベルトはパンを頬張った。
 
「……僕は、悔しいです」
 今度はテオが、スプーンを置く。
「何も出来なかった」
 本人はそう言うが、ルーカスとともに乗っていた幌馬車で、襲撃されている間はゼルをしっかり庇っていたと聞いている。
 ルーカスは集団の攻撃が届かないよう、幌の端で防御に徹することが出来た、と言っていた。ヒューゴーはあえて幌馬車に敵を引きつけるルーカスの思惑通り、単独で撃退に成功できた。テオの能力への信頼で成り立っていたはずだが、それでも戦いに参加していないことが、彼の無力感に繋がっているのかもしれない。
 
「テオ」
 励まそうとしたレオナを、
「修行中の身でよくそんなことを。思い上がりですね」
 グラスに水を注ぎながらルーカスが制した。
「ルーカスさん……」
「武器を振り下ろすのだけが、守ることではないのですよ」
「……」
「少し使えるようになった頃が一番死ぬんです」
「!」
「死に急ぐ必要はありません。明日からまた鍛え直しますから」
「はい!」
 ヒューゴーが皿を下げながら、ゲンナリした顔をしていた。色々思い出したに違いない。
「ヒューゴーもですよ」
「げえ!」
 完全に流れ弾である。
「捕虜をむざむざ死なせるとは情けない」
「ぐう」
 ぐうの音が出た。
 ならまだマシかな、とレオナは思った。

 

※ ※ ※


 
「えー、失敗しちゃったノ? ま、そうだと思ったケド」
 ちゅぽん、と音を立てて葡萄の粒をむザウバアの振る舞いは、淫靡いんびだった。
「わざわざ警戒させちゃって。いいノ?」
 もっとちょうだい、と彼は寝椅子に、逞しい専属護衛の膝枕で寝そべったまま、口だけで次の葡萄をねだる。護衛は手馴れた様子で、指で彼の口に粒を運んでいる。ザウバアは、美味そうにその指までねぶっている。
 
「は。緊張感は長く続きません。九番の居場所を明らかにしておくのが目的です。隙を狙います」
「この国の騎士団を敵に回しちゃダメだヨ」
「既に対応済です。三日後また会食したいと打診が来ております。ピオジェ公爵オーギュストも同席するとか」
「へえ、イイね。手配しといて」
 ふりふり、と手だけで下がれと言われる。
 膝を着いたまま礼をし、踵を返して退室しようとする背中に
「よろしくネ」
 と声を掛けられた。
「は」
 目を合わせず、立礼をして部屋を出るその背後で、甘い空気が広がった。
「んふ、まだだぁめ。夜にネ」
 せめて出るまで我慢しとけよ、と毒づきながら静かに扉を閉めた彼は、廊下を歩く。高級宿のそれは柔らかい絨毯敷きで、怒りに任せた足音すら吸収してしまう。

 あともう少しだ……

 歯を食いしばって、手のひらを見つめる。
 もうたくさん、汚れてしまった。
 もう触れることは、叶わないかもしれない。
 だが……
 
 外に出ると、夕方の晴れた空に紅がかっていく雲が、まるで砂の海のような模様を描いていた。
 
 ――癒される気がした。

 

※ ※ ※

 

「騎士団の私的利用など、とても許可できんな」
「私的などではありません! 王国騎士団として、公爵家を保護するのは当然かと!」
「ならばそれが平民でも派遣するのか?」
「……要請があればそうすべきです」
詭弁きべんだな。それだけの人員が一体今どこにいる? 公開演習の準備でどこもかしこも人手不足だろう。公爵家に張り付くよりは、王都の治安維持に尽力すべきだ」
「しかし団長!」
「くどいぞセレスタン。この話は終わりだ」
 
 こんな時に限って、副団長は不在だ。
 公開演習に先立ち、各国の大使とすり合わせをするアリスター第一王子に、軍事面の補佐として同席している他、ガルアダでの金鉱山落盤事故を自ら見舞いに訪れたいというミレイユ王女(アリスターの婚約者でガルアダ第一王女)の護衛計画策定、会場設営指示、通常任務、決裁仕分け、と尋常でない業務量なのだ。
 
 一方騎士団長は、はたして上がってくる報告に目を通しているのだろうか? と疑いたくなるほど演習場や訓練場に入り浸りで、新人の従士がさすがに耐えきれず五人ほど辞めてしまい、頭が痛いセレスタンである。
 入団希望者は確かに後を絶たないが、素養が見込まれるものは少ない。粗暴で品性のない人間を入団させるわけにはいかないのだ。過去は騎士団長が自ら行っていたが現在は、入団選定試験も彼の仕事の一つである。
 
「言っておくが、ブノワに言っても無駄だぞ。身内贔屓びいきにも程がある」
「……」
 そんな自分はアザリーの王子との宴席で、まんまと丸め込まれているではないか、と内心歯ぎしりをするセレスタンに
「ブルザークの陸軍がそろそろ国境を超える頃だろう。お前はそれを迎えに行け」
 けんもほろろに命令を下すゲルルフ。
「はっ」
 普段は師団長の地位を誇りに思っている彼だが、今回ばかりは無力さを痛感している。
 
 とはいえブルザークの陸軍は別名魔道戦士部隊。魔力はないが魔道具を活用し、かつ常人離れした肉体の強さで圧倒してくるため気が抜けない。ゲルルフが招いた懸念とはいえ国のためだと思い直し、セレスタンはきびすを返して団長室を後にした。
 

 ――帰る前、そのままその足で騎士団の詰所に寄ったセレスタンは、部下達を労う。全員の疲弊がピークに達しようとしている中、こうして幹部自ら労いの声を掛けるのも仕事である。
 
「アルヴァー、ブロル」
「は」
「ウッス」
「すまないが、頼みがある」
 と、ついでにセレスタンは、懇意にしている部下にさりげなく巡回範囲を考慮するよう告げた。
「レオナ嬢のためならば!」
 とアルヴァーはキザな笑顔で言い、
「おう、喜んで! 他のやつにも言っとくんで」
 ブロルはムキムキとした二の腕を見せつけて笑った。
「ありがとう、助かる」

 早く家に帰って娘の顔を見て癒されようと思う、セレスタンなのであった。
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