【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈70〉砂漠の王子3

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※残酷な表現があります。



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 廊下の三人は、しゃがみこんで虚ろに空を見るゼルの瞳を見るなり、息を止めた。
 ヒューゴーが、ハッとして
「ゼル、魔道具はどうしたっ」
 へたりこんでいる、彼の頭上から問う。
「……」
 ろくに食事を取っていなかったであろう彼は、すっかりやつれ、無精髭に酷い隈、髪の毛もぐしゃぐしゃだ。ヒューゴーの圧に、すぐにでもひしゃげてしまいそうだった。
 
「ちょっと待ってろ。探してくる。入るぞ」
 開かれた扉からゼルの部屋に踏み込んだヒューゴーは、難なく机の上に置かれたイヤーカフを発見した。
 同時に、ゼルに恐怖を与えたカードも。
「ちっ、ゲスいことしやがる」
 破ってしまいたい衝動にかられた彼を、レオナは短く
「ヒュー」
 と止めた。
「っ、分かってます」
 カードを見てしまったレオナから立ちのぼる魔力が、ゆらりと空気を歪めた。
 

 ――激しい、怒り。
 
 
 今まで大丈夫だったのに……
 まだまだ制御を学ばないと駄目だな――


 レオナは自嘲した後、これはかなり漏れ出てしまったのでは、と不安になってヒューゴーを見やる。目だけで心配されていて、自分を恐れない彼に感謝し、ホッとした。
 テオは、見た目は冷静を装ってくれてはいるが、さすがに青ざめて冷や汗をかいていた。幸い、シャルリーヌはそれほどこの魔力を感じていないようだ。
 
「ほら、立て。行くぞ」
 耳にイヤーカフをはめてやり、ヒューゴーはゼルに肩を貸す。言葉は荒々しいが、所作は優しい。
「うう……」
「面倒だな、おぶるか?」
「ぐ」
「嫌なら歩けよ。お前の方がデカいだろ」
 とはいえ足にうまく力が入らないようだ。
 治癒魔法を施すべきかとレオナが近寄ると、ヒューゴーに目で制された。
「ゼルさん、僕にも掴まって」
「……」
 反対側をテオが支える。
「すまん……すまない……」
「馬鹿ねえ」
 シャルリーヌが腰に手を当てて、仁王立ちして言う。
「友達には、頼るものなのよ。知らなかったの?」
 ゼルは顔を上げ、目を瞬かせた。
「とも、だ、ち……?」
「そうよ!」
「は、ははは……っ」
 気が抜けたのか、そこでゼルは気を失った。
 ずしん、とのしかかる体重に、少しバランスを崩すテオ。
 ヒューゴーは毒づく。
「結局おぶるのかよっ。おいテオ、俺の背中に乗せろ」
「はい!」
「それから、悪いが馬車広場に先に行って、ゼルを連れて行くと伝えてもらえないか。馬車の手配はしてあるから、そろそろ着いているはずだ」
 何故か虚空を見ながら、ヒューゴーが言う。
 闇が嗤った気がした。
 
「分かりました!」
 テオは、テキパキとゼルをヒューゴーの背に乗せると、ビュンッと走って行く。
「わー、はやーい」
 呟いたシャルリーヌの声に、ホッと力が抜けるレオナ。
「シャル様はすみませんが、入口の騎士にご説明お願い致します」
「任せて」
 スタスタ先に行くシャルリーヌを見送り、レオナはヒューゴーにおぶわれたゼルの背中を優しく撫でながら、並んで歩く。
「ヒューゴー、ありがとう」
「とんでもございません」
「……知っていたのね」
「少しだけですが」
「お兄様ね?」
「はい」
「そう……」
 
 たん、たん、と石の階段を降りていく。
 ヒューゴーは軽々ゼルを背負ってはいるが、その表情は暗い。
 
「……フィリ様は、常にレオナ様のことを考えておいでです」
「分かっているわ。自分が、不甲斐ないだけ」
「そんなことは!」
「お兄様には、無理をして欲しくない」
 
 レオナはとっくに気付いていた。
 兄のフィリベルトが、何か大きなことをしていることに。
 しかも自分のために。
 
「お兄様と話したいわ。ゼルのことも」
「……そうですね」
 
 ゼルは自身を、呪われた瞳だと言っていた。
 この国に来る前に、皆自分のせいで死んだとも。
 そんな悲しいことがあるのだろうか。
 
「あ」
 ふとレオナは気付き
「ヒューゴー、ごめんね」
 と謝る。
「? 何がです?」
「魔法、かけちゃった」
「ああ、お気になさらず」
「初めて使ったわ。人に対して、ああいう……」
 思い詰めそうなレオナに、ヒューゴーはあえて軽く言う。
「まーじすか」
「……まじよ」
「光栄です」
「えーっ! なんでよ!」
「ラジさんに習ったんすか?」
 講義では四属性の基礎魔法しか学ばないことを、ヒューゴーも知っている。
「ううん、書物で読んだの」
 実際は、前世で軽くプレイしたロールプレイングゲームの、動きを遅くする魔法をイメージしたのだが。
 
 ちなみに杖がなくても魔法を唱えられるようになるのは、学院卒業後別途修行を積むくらいの練度であることを、レオナは知らない。
 ラザールは杖を使う方が魔力が安定するので好んで使っているが、なくてももちろん唱えられる。杖なしに自分の意志で『調整した魔法』を唱えられるのは、魔術師団でいうと幹部クラスなのである。
 
「――なるほど」
「どこか痛い?」
「いえ、平気っす。土属性のデバフって身体には残らないんで」
「えっそうなんだ」
「はは、実際食らってみないと分かんないっすよね」

 

 ――この人、どんだけよ!?

 

 改めてヒューゴーの経験値にビビるレオナ。
「大丈夫っすよ。意志を持って使うのは、使いこなすって言うんす」
 そしてニヤリ、と笑う。
「実は俺、最近最強になったんで。こんぐらい平気っす」


 
 ――あー、この人もドラゴンスレイヤーになったんだったわ。
 え、ルス様とどっちが強いんだろう!?

 

「さあ、どっちっすかねー。やってみないとわかんねっす」


 
 ――また声に出ちゃってた!

 

「いや、大体何考えてるか分かりますって」
「むう!」
「フグ令嬢」
「こらあ」
「ちょっと! こんな時に何イチャイチャしてるのよ」
 気付けば寮の入口まで戻ってきていた。
 シャルリーヌが腕を組んで、こちらを冷めた目で見ている。
「「さーせん」」
「ったく。ほら、行くわよ」



 ※ ※ ※


 
「おお、辛そうだな。お大事にな」
 学生証を返却してくれた騎士が、優しく声を掛けてくれた。具合が悪そうなので、ローゼン公爵家の協力で治癒士を派遣してもらう、とシャルリーヌが簡潔に説明してくれた。公爵家の許可証の威力で、疑われることなく受け入れられたようだ。
「ありがたく存じます」
「ごきげんよう」
 温かい目で見送られて、馬車広場へ三人で向かっていると
「誰すか、あれ」
 ヒューゴーが、中庭からこちらに走ってくる人を目線で差して問う。
 
「あら? 食堂のハリーさんだわ。どうしたのかしら」
 レオナも良く知っている、人の良さそうな青年が駆け寄ってきた。
「はぁ、はぁ、あのっ、大丈夫ですか?」
 ヒューゴーがゼルを背負っているのに気付いて、来てくれたのだろう。だがヒューゴーはそれに答えず、歩みを止めない。
「大丈夫ですわ」
 レオナが歩きながら答えると、
「休養室に運ぶなら、手伝いましょうか?」
 ハリーも隣を歩き、心配そうにゼルの肩に触れた。
「お構いなく」
 ズバ、と有無を言わさないヒューゴー。
「……そ、そうですか……」
「すまないが急いでいる」
 ヒューゴーが急に歩く速度を上げたので、彼は慌てた。
「わわ!」
「ごめんなさい」
 レオナも慌てて、速度を上げてついていく。
 シャルリーヌが代わって、立ち止まってお礼を伝えた。
「お気遣いありがとう、ハリーさん」
「いえ、お急ぎのところかえってすみませんでした。お大事に!」
「ごきげんよう」
 シャルリーヌはハリーに会釈をしてから、足早にヒューゴーとレオナを追いかける。


 ―――ーク……


「?」
「どうしました?レオナ様」
「ううん、なんでもないわ」

 空耳だろうか。
 
「は~、それ担いでよくそんな速く歩けるわね~」
 シャルリーヌが追い付いて、軽い口調で言う。
「ハリーさんって、密かに女子人気高いのよねえ」
「そうなの?」
「うん。笑顔が素敵で優しいって。癒される感じだから」

 確かに配膳の時にいつも声を掛けられるな、とレオナは思い返す。
 気さくで気遣いもしてくれるので、遠慮なくテイクアウトセットを頼んだり、前までは研究室へランチを届けてもらったりもしていた。

「……へえ? 俺は話し掛けられたことないすけどね」
「迫力あるからじゃない?」
 シャルリーヌが言うと
「あー」
 とレオナ。
「なんすかそれ」
 シャルリーヌが、馬車広場に立って待っているテオに、手を振りながら言う。
「強そうだもん」
「……そっすかねー」
「なんか前よりすごく強くなった気がする」
 さすがシャルリーヌ、勘が鋭い。
「漆黒の竜騎士のが強いっすよ」
 おちゃらけてヒューゴーが言うと
「試合ならね。でも実戦でなんでもありなら、分からないんじゃない?」
 シャルリーヌは真剣な顔で返す。
「はは。高評価照れる」
「……鬱陶しい」

 

 ――シャル!?
 あ、なんだ照れ隠しか。


 
「テオ、悪いが先に乗って、これ受け止めてくれ」
 ヒューゴーが、背中のゼルをこれ扱いして指示を出す。
「はい!」
 幌馬車も手配していたようで、二台広場に並んで止まっており、その幌馬車の荷台にはルーカスとマリーがいた。
 マリーが顔を出して呼ぶ。
「大丈夫、こっちへ」
「おぉ」
 ヒューゴーも二人が来るのを知らなかったようで、少し面食らっている。
 荷台に背中を向けると、ルーカスがゼルを横抱きにして受け取り、予め敷いてあった寝具に寝かせた。
「テオ、このまま同乗しなさい。マリーはあちらへ」
 ルーカスに従うテオ。
「ヒューゴーはレオナ様につきなさい」
「しかし」
 心配そうなヒューゴーに、
「こちらは大丈夫」
 とルーカスは微笑んだ。
「……分かりました」
「では、公爵邸で」
「はい」

 幌馬車にゼル、ルーカスとテオ。
 馬車にレオナ、シャルリーヌ、ヒューゴー、マリーで乗った。
 学院から公爵邸までは馬車で十五分程度。
 郊外へ向けて走るので人通りは減っていくが、普段ならあっという間に着く道のりだ。
 

 ――五分程経った頃か。
「予想はしてたが」
 ヒューゴーが、溜息をつきながら突然独り言をこぼす。
「思ったよりも早かったわね」
 マリーも同調する。
 レオナとシャルリーヌは、何のことやら? と顔を見合わせた。ヒューゴーが硬い声で告げる。
「お二人共。いいですか。絶対にカーテンも窓も開けないでください」
 
 その途端、複数の人の気配が馬車を取り囲んでいることに気が付いた。馬がいななき、車体が揺れる。
 馭者台に向かって
「走り続けろ!」
 ヒューゴーが怒鳴り、即座に振り返って
「マリー、頼んだぞ」
 と言いながら窓を開ける。
「了解」
「ヒューゴー!」
 レオナが急いでヒューゴーの肩に手を置く。

 

 ――強化するには、ええと……速くなれ!
 それと保護!

 

「!」
 驚いた目で振り返った後
「これじゃあ手加減できないかもっすよ」
 ニヤっと笑って、彼は開けられた窓の上側を持つと、逆上がりの要領で天井に上がる。マリーがすぐに窓もカーテンも閉め直し、
「レオナ様っ! バフ(強化魔法)なんていつの間に覚えたのですか!?」
 驚きながら問う。
 某ロールプレイングゲーム、とはとても言えないので
「書物でちょっとね」
 と誤魔化し、マリーにも同じようにする。
「これは……すごいです」
「そ、そう?」
 効果があるなら、良かったと思った。どのくらい保てるのかは分からないが、ないよりはマシだろう。

 ギインッ!
 ガンッ
 
 ガンガンッ

 突如、戦闘音が弾けた。剣戟だ。
 シャルリーヌは蒼白になり、咄嗟に胸のペンダントを握り締めて恐怖に耐えている。

 ガキィン!
 うおらあ
 
 ガンッ
 
 やれっ!
 !?!!っ

 わああああ!


 くそっ!

 
 剣戟音に怒号も追加され、戦況が激しくなっているのが分かった。
 
 シャルリーヌが震えて言う。
「ゼル、大丈夫かしら。テオも……」
「大丈夫よ!」
 レオナは即答する。
 
 中の様子を知られる訳にはいかないので、馬車のカーテンは閉めたまま。そのため一体何人に襲われ、今どんな状況なのかは分からない。
 それでもレオナには自信があった。
 ヒューゴーやルーカス、テオがいて、相手が誰であろうと負ける訳がない。
 シャルリーヌの肩を抱き寄せ、大丈夫よ、と繰り返す。

 
 ドガン!
 
「っ」
「きゃあ!」
「大丈夫ですか!」

 左側から大きな攻撃をされたらしい。車輪が一瞬浮いた。
 マリーが瞬時に怪我がないか確かめ、落ち着くように促す。

 ヒヒィイーーーン!
 一際大きく馬が嘶いて、馬車が止まってしまった。

 ガチャン! ガチャガチャッ

 乱暴に扉が開けられる。
 マリーが全身で二人を背に庇う。
 緊迫した空気の中、背中に汗をかいていると
「大丈夫か?」
 ひょこりと顔を出したのは。
 
「ヒューゴー!」
「とりあえず追い払いました」
 黒いローブを纏った、髭面の男を後ろ手に縛って、彼は言う。
「こいつ以外はね」
「ちくしょう! 離せ!」
「って言われて離すと思うか?」
「なんも知らねえんだが!」
「どうだか」

 カーテンを開けて窓から周囲を見渡すと、公爵邸の門の手前なのが分かった。
 幌馬車が近くにないので不安になると
「ゼルはもう中に入ってます」
 とヒューゴーが。
 全員、ようやくホッと安堵の息を吐く。

 ヒューゴーが暴れる男を押さえつけながら、馬車から離れると
「馬が怯えて言うことを聞かないようです。申し訳ございませんが、こちらから歩いて入って頂けますか」
 いつの間にか迎えに来たルーカスが、すまなそうに言いながら馬車の降り口に待機した。
「分かったわ」
 マリーが先に降り、レオナが次、その後二人でシャルリーヌの手を引く。
「もう大丈夫よ、シャル」
「う、うん」
 シャルリーヌは、膝に力が入らないようだ。無理もない。
 小さな頃から、ジョエルとヒューゴーの稽古を毎日のように見学し、学院では剣術講義を受けているレオナと違い、身近での戦闘は直接見ていないとはいえ、初めての経験だったろう。
 ジョエルがこの場に居なくて良かった、とレオナは思った。もしシャルリーヌを怯えさせたと知ったら――ぶるり、と寒気がする。
 

 ――ヒュンヒュン
 

 ふと、何かが複数、風を切る音がした。
 ルーカスとマリーが咄嗟に、背中にレオナとシャルリーヌを庇う。

 ゴッ! ガッ!

 二人が即座に蹴りで叩き落としたのは、鋭く細いナイフだった。
「ちっ」
 同時にヒューゴーが、捕らえていた男の足を払い、後ろ首を押さえつけて地面に伏せさせようとした、その刹那。

 ヒュイッ

 男の首を掠めたナイフが、地面に突き刺さった。
「が……ごは」


 ――途端に赤が、迸る。
 男が、口から大量の血を吐いたのだ。
 

 シャルリーヌが、言葉にならない悲鳴を上げて、レオナの胸にしがみついた。
「毒だっ!」
 ヒューゴーが男から飛び退いて、ナイフが投げられた方向を睨み、その周囲にも注意を走らせる。
 ルーカスとマリーも周りの安全を確認しつつ、レオナとシャルリーヌを背に庇いながら門の中に移動を促す。
 
「あ、う、……」
 男の眼から急速に光が失われていく。
「見るな! くそっ!」

 だがレオナは男から目を離せず、言葉を発することが出来なかった。

 
 目の前で命の火が消えていく。
 どうしようもない無力感に、襲われた。
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