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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈67〉暗雲の兆候なのです

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「あ、おはようございます!」
 偶然廊下で会ったテオが、たたっと小走りで近寄ってきた。
「おはよう、テオ」
「おはよ!」
「おー」
 レオナがシャルリーヌ、ヒューゴーとともに挨拶を返すと、
「あの、ゼルさんは……」
 三人、顔を見合わせてから、レオナが首を振る。
「今日も来ていないみたい」
「そうですか……」

 テオと別れて、三人でハイクラスルームに足を踏み入れた瞬間、クラスメイト達からの視線が刺さった。

「こえー」
「俺も呪われるんかな」
「おまえ試してみろよ」
「むりむりー」


 
 はいはい、聞き流しますよ!

 

 ゼルがここしばらく休んでいる。
 なんとその欠席理由が、薔薇魔女の呪いだともっぱらの噂なのだ。

 

 なんでやねん!
 なんもしとらんっちゅうねん!
 一限目の魔法制御の講義で、あいつらに何かお見舞いしてやろうかな!?


 
「レオナ。顔、顔」
 シャルリーヌの呆れ声で、我に返るレオナ。
 無言で肩を震わせるヒューゴーは、顔を逸らしている。


 
 え、どんな顔しちゃってた!?

 

「前から聞きたかったんだけど、レオナって、怖い顔しようとすると顎が出るのなんでなの?」

 へ?

「ぶっは! き、聞いちゃうんすか……ぶふふふ」
 
 ええー!!

「……知らなかったわ」
「「まじ」」

 あれかな、アントニオなあのお方が降臨しちゃうのかな。
 ダーッ!

「無意識だったのね……」
「……っっ、っっっ!」

 こら、失礼すぎるぞそこの侍従!

「今度から教えて……」
 公爵令嬢たるもの、怒ると顎が出るのは一応避けたいレオナである。ちなみに白目は必死で我慢している。
「わか、ったわっ」
「ぶふ、りょうか、いっす、ぶふふ」
「ヒューゴー?」
「ハイ、スンマセン、ンン」

 おのれ、どうしてくれようか。

「あ、ビビ! おはよう」
 ふと、シャルリーヌが明るく声を上げた。
「ふふ。シャル、おはよう」
 茶髪でソバカスの可愛いご令嬢が、席に近寄ってきてくれた。レオナはいつだったか廊下で会った子だと思い出す。
「おはようございます」
「おはようございます」
 レオナとヒューゴーが挨拶をすると、目上の家格から声掛けがあったと彼女は判断し
「エリサルデ伯爵家のビビアナと申します。レオナ様にヒューゴー様、おはようございます。お話し中に失礼を致しました」
 とまた丁寧に返してくれた。
 さすが伯爵家令嬢、完璧なマナーに綺麗な所作である。
「とんでもない、嬉しいですわ」
「よろしく」
 半年経って、ようやくシャルリーヌ以外の令嬢とまともに会話ができたことを喜ぶレオナ。
 そんなクラスルームでは、この様子を何人かのご令嬢が見ながら、ヒソヒソ話している。

「いいなー! 私もヒュー様と話したいっ」
「羨ましい!」
「はあ~、今日もかっこいいー」

 ヒューゴー本人の耳にもしっかり入っているはずだが、しれっとスルーである。
 
「不躾とは思ったのですが」
 とビビアナが続ける。
「尚書学の先生から、皆様の課題をお預かりしておりますの」
 用紙を受け取ると、綺麗な字で丁寧な内容のメモまで付けてくれていた。
 マーカムの伝統的な招待状を、他国の貴族に送る場合の様式を提出しなければならないようだ。手書きなので時間がかかるし、もちろん間違えたらやり直し、のかなり手間がかかるものだった。
「まあ、ありがとう!」
「助かります」
「いえいえ。明日の講義で提出するようにとのことでしたわ」
「えー、横暴!」
 シャルリーヌがすぐに頬を膨らませたので、レオナは
「シャルったら。でも、横暴ね!」
 と同調した。
「まあ、レオナ様まで。うふふふ」
 ビビアナは、シャルリーヌの言う通りとても印象の良い女の子で、レオナはもっと話をしてみたいと感じたので
「カミロ先生がいらっしゃったようです」
 ヒューゴーの声でそれぞれの席に戻るのが、少し寂しかった。

 

※ ※ ※

 

 ダンッ!

 朝議に使用している豪奢な大理石の分厚いテーブルが、有り得ない音を立てた。
「なぜ急にそんなことを決められたのですか! 私は何も聞いていない!」
 激高するのは、マーカム王国宰相であるベルナルド・ローゼン。レオナの父その人である。
「すまん。今言った」
 しれっと悪気なく言うこの国の国王ゴドフリーは、柔和な笑顔でベルナルドに告げた。
「各国から提案が来ていたのは知っておろう? ゲルルフが盛り上がるだろうと推してきてな。確かにそうだなと」
 国王はちらりと横目でゲルルフに促す。
「宰相殿は何をそんなに憤る? 招待国との合同演習など、大陸の友好関係強化に繋がる、良い催しではないか」
 騎士団長が当然なんでもないことのように言うので、ベルナルドは怒りのあまり、またしてもブリザードを引き起こしてしまった。頭の血管が切れそうなほどの怒りをなんとか抑えて
「少数とはいえ他国の軍事力を国内に入れるのです。簡単なことではありません。しかもなんの約定も取り交わしていない」
 と返すものの
「何年も友好関係を築いている国ばかりだぞ? 身構える必要があるのか? とりあえず寒いぞ、ベルナルド」
 というゴドフリーの屈託のない質問に
「っっ……!」
 ぶん殴らなかった自分を褒めたいベルナルドである。
 
 こんな平和ボケのおめでたい頭でも、国王だ。
 手を出せばもちろん、即座に極刑である。
 
「はっ。何をしようと我が最強の騎士団が瞬時に制圧するだけだ。何の心配もない」
 ゲルルフは国王の賛同を得ている自信からか、鼻息が荒かった。
「来年の花の季節には、アリスター殿下の立太子も控えている。各国に我が王国の力を示す上でも良い催しではないか!」

 そのへらず口、今すぐ凍らせてやろうか。

 平和な国王は、楽観主義で争いを好まない。愚王ではないが、人当たりよく親しみやすい気質は、農業大国マーカムそのものだ。普段はこの善良な国王を、後ろから軌道修正しているベルナルドだが、なにせこの国王はお祭り好きで、甘言に弱い。その弱点をことの如くゲルルフに出し抜かれていた。

 制圧したら終わりだと? 能無し馬鹿ゴリラが。
 そうなれば戦争だ。

 歯ぎしりするベルナルドに先んじて
「陛下、恐れながら」
 アリスターが口を開く。
「確かに他国との公開演習は、絆を示す意義のあるものではございますが、準備期間が不足しております。あと二十日しかございません」
「ふむ。でも延期はできんぞ」
「……至急、すでに到着されている賓客の方々と、会談の機会を設けたい所存です。その際の決め事を、私めに委任頂けますでしょうか?」
「ほう?」
「是非この機会に、外交の経験を積みたいと存じます」
 
 ベルナルドは、ブリザードを引っ込めた。
 幸いなことにマーカム第一王子は賢く、ベルナルドを師と仰ぎ国際感覚も養ってきている。
「ふむ、それは良い考えだな!」
「ありがたく。騎士団長も異存ないか?」
「……はっ」
 自身の案が通って満足気なゲルルフに、ベルナルドは強い視線で抗議したが、鼻で笑っていなされる。
「ベルナルド」
 アリスターは、目で分かっている、と告げる。
「すまないが出来る限り早く、ガウディーノ外務大臣と、クリステル儀典官との会議を設定してくれ」
「承知致しました。陛下、委任状は後ほどお持ち致します」
「あいわかった。アリスター、存分に励め」
「はっ」
「ゲルルフ、騎士団の働き、楽しみにしておるぞ」
「はっ!」
 そこで朝議は解散となった。

 ジョエルが聞いたらキレるだろうなと、宰相執務室に戻ったベルナルドは、想像だけでうんざりする。
 ジョエルもラザールも設営準備で不在。各大臣も決裁と手配指示に大わらわで、最近は国王、第一王子、騎士団長、宰相の四人での朝議となっている。平和ボケもあそこまでいくと罪だな、と大きな溜息が出た。
 
 宰相として、騎士団長ゲルルフがアザリー王子から接待を受けていたのは、影から報告を受けている。マーカムから地理的に離れた砂漠の王国一行は、想定よりもだいぶ早く入国したのだ。今から本国へ伝達すれば、彼らの部隊移動も演習参加にギリギリ
「何を企んでいる」
 思わず独り言が漏れた。
 
 アザリー王国は、王位継承権争いが激化の一途を辿っている。影からは、第一王子と第八王子の一騎打ちになりつつあるとの報告を受けており、騎士団長に接触しているのは、第一王子の方だ。

 
「ちょっと~閣下~」
 するりと現れた狐目の影に手早く情報を渡すと
「わい、全然休みないねんけど」
 ブーブー文句を言われるのは致し方がないが、突っぱねる。
「レオナに会わせてやっただろう」
「一回じゃ全然足りへんなー。……言うた通り心配なかったやろ? もう十分よってに」
「分かっている。公開演習が無事に終わったら、また会わせよう」
「よっしゃ!」
 リンジーは王国の暗い部分を一手に引き受けてきてくれている。
 それはレオナの存在に救われたからだ、と彼は言う。
 ――残念ながらレオナは覚えていないが。

 
「ほなら、ちいっと本気出しますわ~」
 ジョエルのノックの前に、彼の気配が消えた。
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