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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈65〉頭が痛いのです

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 フーレには、深緑色のオーニングテントのテラス席があった。五テーブルほどのこじんまりとしたものだが、入口や飾られている小物にセンスを感じる、素敵な外観のカフェだった。
 店内もカウンターと、十くらいあるテーブルがほぼ満席状態で、その人気がうかがえた。幸い、テラス席に空きがありすぐに案内してもらえた。
「少し寒いか? 大丈夫か?」
 ヒューゴーの気遣いに
「大丈夫よ」
 とレオナが返すと
「俺の隣に座るといい。風避けになる」
 ゼルがずずいっと身を寄せてきて、隣に座るようエスコートされた。
「ありがとう、ゼル」

 

 はーい、ヒューゴー、いちいちビキビキしない!
 テオがまたオロオロしちゃうでしょうよ。大人の対応しなさい。


 と目で訴えるとシューンとなった。世話の焼ける護衛である。
「やっぱりレオナさんだよね」
「否定はできないわね」

 

 そこの二人、コソコソしない!

 

 ミルクティーを四つと果実水、焼き菓子をそれぞれ注文すると
「ところでレオナは、ルスラーン殿とどういう関係なんだ? ずいぶん親しそうだが」
 唐突にゼルに聞かれ、パチクリしていると、バツが悪そうに
「学院では聞きづらいからな」
 と付け加えられた。まあ確かに、と思い、レオナは正直に話す。
「ルス様は、お兄様の昔からの親しいお友達で、デビューの夜会で、セカンドダンスをして頂いたのよ」
「……セカンドダンス……ファーストは?」


 
 あ、そこ食いついちゃう?

 

「……えっと」
「慣例では王族とだったな。やはりエドガーとか?」
「いいえ。ブルザーク皇帝陛下よ」
「は?」
「えっ」
 固まるゼルとテオ。

 

 ですよねー、私にとっても天上人のような存在ですよ。


 
「ほんとビックリよね~」
 のほほんと言うシャルリーヌに
「レオナのファーストダンス、見たかった」
 とのたまう侍従。


 
 いや、私ガチガチでしたから。見なくて正解よ。
 ロボットダンスの方がよっぽどうまくやれるって思ったもんね。


 
「もう、ヒューったら。皇帝陛下は、噂通り覇気を感じる方だったわ。来月の公開演習にも来られるはずよ」
「公開……演習……」
 ゼルがそう言ったまま虚空を睨む。何か気になることでも有るのだろうか。
「やっぱりレオナさんって」
「テーオー」
 何が言いたいのかは分かっているので、制しておく。
「うぐ」
 そこでおまたせいたしました! と元気な店員さんが全員分の飲み物を持って来てくれて、一息つけた。
「あ、シャル。私、そちらのカップがいいわ。交換してもいい?」
 自分のに癒し効果を付与してから、交換を申し出ると
「もちろんよレオナ」
 ニコニコでカップを差し出すシャルリーヌ。
「何か違いがあるのか?」
 じっと見るゼルに
「警護上よ」
 しれっと返すシャルリーヌに、内心そう言っちゃうの!? と驚いていると
「……そうか」
 あっさり納得されて、また驚いたレオナである。
 
 自分で淹れたのではないものに、どれだけ効果があるのかは分からないが、少しでも癒せたらなと思いつつシャルリーヌを見やると
「ふう、おいし」
 と眉がゆるんだのが見えた。頭痛は解消されたようで、ひとまず安心だ。
「ほんとね」
「褒めてもらえて良かった」
 テオもニコニコだ。
「なるほど、月摘みの茶葉だな。まろやかだ」

 

 ヒューゴー、それ以上はストップ!
 侍従として茶葉の知識もふんだんに学んでいるけれど、騎士は違うからね!

 

「「「月摘み?」」」

 

 ほらあ~!

 

「あーえっと俺も詳しくはないんだが、その」
「花摘み、風摘み、月摘み、で同じ茶畑でも、三回季節ごとに詰むのよ。花摘みは新鮮、風摘みはコクが深い、月摘みはまろやかな味になるわって昨日教えたの」
 教えられたのは私だけどな! とレオナはヒューゴーをニッコリと見る。
「「「おおー」」」
「てわけで俺のは、にわか知識」
 慌てて取り繕うが、本当ならヒューゴーの方が詳しい上に、淹れるのもプロである。
「レオナは茶葉のことまで学んでいるのね」
「お菓子に合う茶葉を選びたいから、勉強しているの」
「お菓子を作ったりもしてるんだもんね! すごいや」
 テオがリスみたいに焼き菓子を頬張りながら言う。
 彼からは、後日丁寧なクッキーのお礼のお手紙を頂いて嬉しかった。ハチミツが一番好きと書いてあったなと思い返す。
 
 そういえばゼルは食べてくれたのかな? どれが好きか聞いてみたいんだけど、とレオナがチラリと横を見ると、ゼルが険しい顔でこめかみを押さえていた。
「ゼル?」
「すまん。なんだか急に頭痛が……」
 かなり痛いのだろう、青白い顔で脂汗が頬を伝っている。
は、と気付いてレオナはゼルの果実水のグラスに触れ、癒し効果の付与を試みる。グラスを取ってあげたと装って、そのまま彼に手渡した。
「とりあえず、水分を取りましょう?」
「……く、ああ」
 素直に飲んでくれ、こくり、と彼の喉仏が上下したのを確認した。
 心配げなシャルリーヌとテオ。
 厳しい顔をしているヒューゴーが、静かに言う。
「酷ければ治癒士のところへ連れて行くが」
「……ふう、いや、いい。レオナありがとう、楽になった」

 楽になった、のか。

 シャルリーヌ、ヒューゴーとアイコンタクトをする。
 シャルリーヌと同じ症状、同じようにレオナの飲み物で回復する。
 何が起こっている? 何かが起こっている?
 レオナの疑問を察してヒューゴーが切り出す。
「……ゼル、その頭痛は結構あるのか? だとしたらいつからだ?」
「ううむ……そういえば数字を見たり、ダンスしたりするとズキズキするな。まあ、大したことは無い。いつも寝たら治る」
 ひょっとして、講義中に寝ているのは頭痛のせいだったのか?
「あ、言われてみれば僕も、攻撃魔法の後は頭痛がしますね。魔力を使うからだと思っていますが。ゼルさんと同じで、寝れば治ります」
「テオも?」
「私は、王国史とダンスの後だわ」
「みんな、普段はどう? 家や、寮に帰ってから」
 レオナが、さらに問うと、
「いや、寮では特に……まあほぼ寝ているからな」
「僕も寮では平気だったかと」
「家では大丈夫だわ、そういえば」
 その答えに、ヒューゴーの眉間の溝が深くなった。口元に手を当てて考え込んでいる。
 
 レオナは脳内で三人の共通項を反芻する。数字、ダンス、攻撃魔法、王国史……
「ねえゼル、今日馬車に乗る前に、エドガー殿下と何を話していたの?」
 シャルリーヌが思い付いたように聞くと
「ん? どこに行くのかと聞かれたから、街歩きに行くだけだと答えた」
「私達と一緒に、と?」
「……ああ、後からレオナも来る、とは言ったな」
「隣にいたユリエ嬢は、何か言っていた?」
「あん? 特に何も。いつも通り王子にベタベタしていたな」
 ニヤリと笑うゼル。ただその表情は不自然だ。
「それよりいつまでここにいる気だ? 何か見に行くんだろう? 日が暮れてしまうぞ」

 誤魔化された気がする。

 その後は手頃なアクセサリーのお店を見たり、雑貨屋さんや魔道具屋さんを冷やかして、乗り合い馬車のところでゼルとテオとは別れた。レオナは別れ際ゼルに
「次こそは二人でデートだぞ」
 とすごまれたので、ヒューゴーとまた一触即発になり、テオがオロオロしていた。

 二人を見送った後、公爵家から迎えに来てもらった馬車で、レオナ、シャルリーヌ、ヒューゴーの三人で話す。
「みんな頭痛がするなんて、なんだか変だわ」
 シャルリーヌの表情が暗い。
「何か原因があるのかしら……」
「とりあえず、フィリ様に報告します」
 ヒューゴーが固い口調で言う。
「「……」」
 症状が出ているシャルリーヌは余計に不安だろう、とレオナは気遣う。
 彼女の肩をそっと撫でていると、思い詰めたような顔で言われた。
「ねえレオナ、私、なんだか不安になってきたわ……」
 無意識につかんでいるのは、ジョエルからもらったペンダント。
「シャル。お兄様に相談すればきっと大丈夫よ……」
 この胸がジワジワする、言い知れぬ不安感は一体何なのだろう。
 レオナは、ヒューゴーが膝の上で固く握りしめた拳を、なんとはなしに見つめながら、シャルリーヌに寄り添った。

 

※ ※ ※
 


 ヒューゴーは公爵邸に戻ってすぐに、ルーカスにフィリベルトの居場所を確認した。
 すると、来月の公開演習に使用する、客席用魔法障壁補助の魔道具作りが大詰めで、まだ研究室から帰宅していないとのことだった。
 マリーへ引き継ぎを済ませると、ヒューゴーは馬で学院へ取って返し、真っ直ぐにカミロ研究室へと向かった。
 

 コンコン
 

「はい?」
「ヒューゴーです」
「どうぞ」
 応対してくれたカミロは見るからに疲労困憊で、目の下の隈が酷い。レオナがお菓子の差し入れも特別扱いになる、とお断りのお手紙を頂いた、と嘆いていたのを思い出す。
「失礼致します。フィリ様はいらっしゃいますか?」
「今少し仮眠しているよ」
「……かしこまりました。こちらで待たせて頂いても?」
「構わないよ」
「その間お茶をお淹れしましょうか」
「それは助かる」
 
 目頭をぎゅうと摘んで、応接用ソファに腰掛けるカミロは、珍しく弱っていた。
「それほど大変なのですか」
 お湯を魔道具で沸かしながら尋ねると
「……ブルザーク皇帝陛下と、アザリーの王子にガルアダ王太子来訪とあっては、ね」
 大陸四国の賓客そろい踏みだな、いないのはイゾラ関係者くらいか、とヒューゴーは思った。
「何か仕掛けるならその時、というわけですね」
「ああ」
 
 最近周辺がきな臭い。水面下で何かが燻っているようだ。特にガルアダは国王夫妻がしばらく国外に出ていない。マーカム国王とは旧知の仲で、こういった大々的な式典には必ず出席していたが、最近はずっと王太子が代理を勤めている。
「どうぞ」
 先程のフーレというカフェで購入した月摘みの茶葉を早速使い、ハチミツを入れた。
「……ふう、さすがだね」
「恐れ入ります」
「ふふ、ヒューゴー君はやっぱり、その方がしっくり来るよ」
 ハイクラスの担任には、ある程度事情を話してある。
 ヒューゴーは無言で笑顔を返した。
「……ひょっとして頭痛ですか」
 カミロはこめかみをさすって辛そうだった。
「ああ、寝不足だし、根を詰めすぎかもしれないね。まああと少しがんばるよ」
「……どうかご無理はなさらず」
「ありがとう」
 
「ヒューゴー? 来ていたのか。私にもくれ」
 フィリベルトが、仮眠室からのそりと出てきて、どかりとソファに腰掛ける。こちらも相当お疲れのようだ。
「……どうぞ」
 同じくハチミツ入りである。
「ふう、ありがたい」
「レオナ様が、心配しておいでですよ」
「分かってはいるんだが……」
 仮眠室にシャワーや着替えはあるとはいえ、ゆっくり休めていないであろう。
 大きく溜息をつきながら、この国の公爵家令息は嘆く。
「魔道具作りの人材不足は、何度も王宮に報告しているんだが、結局騎士団へ予算が回ってしまう。父上も身内贔屓と揶揄されてやりづらそうでな」
「二人でやれてしまうのも、問題では」
「はは、やらないと今度は、根幹の予算も削られてしまうからね」
 カミロが苦笑しながら、フィリベルトに付け足す。
「生来の魔力信仰はなかなか覆らないさ」
 そうかもしれない、とヒューゴーも思う。

 マーカム王国貴族の矜恃として、魔力は自身のものに頼りたいのだろう。しかしながら、人間は練度にバラツキがある。疲れる。育成する金もかかる。現実は魔道具を上手く使わないと立ち行かないのだが。
「ラザールとも連携して少しずつ改善していっているところだが。なかなか、な……」
 フィリベルトがカップを置き、大きく息を吐く。
「ところで、どうした?」
「少しご相談が」
 二人のカップを片付けながら、ヒューゴーがチラリとカミロに目を向ける。すぐに察知して彼は立ち上がる。
「ヒューゴー君、お茶ご馳走様。美味しかったよ。私は自分の部屋にまた篭るよ」
 ひらりと白衣を翻しながら、彼は自身の小部屋へ戻っていった。見送ってから、応接スペースを挟んで反対側にある、フィリベルトの小部屋へ向かった。
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