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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈64〉キュンなヒロインです!

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 解散後、皆それぞれ更衣室や任務へと別れた。
 レオナ一人女子更衣室に向かうところに、ルスラーンがさり気なく付き添ってくれ、
「レオナ嬢、すまない」
 と謝ってきたので、慌てて否定する。
「とんでもございませんわ。任務ですし!」
 ちなみにできる侍従のヒューゴーは、ささっと姿を消してくれている。
 
 騎士団の任務は何よりも優先されるべきであり、しかもルスラーンは近衛騎士。全てが王族に関わることなのだ。レオナが重々承知しております、と告げると
「いやその……」
 コソリ、と声のトーンを落として、彼は申し訳なさそうに言う。
「実は公開演習が終わるまで、もう休みを取れそうにないんだ」
 思わずレオナは目を見開いた。
 

 
 それなんて社畜? まだ一ヶ月近くあるよ?
 どんだけハードモードなのよ、騎士団!


 
「まあ……それはとっても残念ですわ……あの、もし良かったら、お手紙を書いても?」
「っ! もちろん。今は王宮の近衛宿舎にいる」
「かしこまりましたわ。お忙しいでしょうから」
 レオナもコソリと言う。
「……ジャムのやつ、また差し入れしますわね」
 途端にカアーッと赤くなるルスラーンが可愛くて、何かが胸の奥に滾るレオナは、出そうなヨダレをごくりと飲み込んだ。誰だ彼の顔が怖いとか言った人は! たくさん作ろう!と決意した。
「んん、ありがとう」
 口元に拳をあてて取り繕うけど、バレバレです! ご馳走様です! と思いつつ、レオナは何とか柔らかい表情を保った。
「公開演習が終わったら是非礼をさせてくれ」

 

 おおう、オラ胸がキュンキュンすっぞ!
 今なら巨大な元気を分けられっぞ!

 

 ルスラーンと話していると、あっという間に時間が過ぎるのはどうしてだろう、とレオナはまた切なくなる。もう更衣室に着いてしまったのだ。
「今日は残念でしたけれど、今度は私が楽しみにお待ちしておりますわね!」
「はは、そうだな!」
「では……お送り頂きありがたく存じます。ごきげんよう」


 
 くう、名残惜しい!
 でも任務の邪魔だけは、したくない!

 

「ああ、またな、レオナ嬢」
「――っ……あのっ!」
「?」
 立ち去りかけたルスラーンが、その足を止めてくれた。
「……ナと」
「ん?」
「よろしければ! あの、どうぞ、レオナと――」


 耳があっつい! 燃え落ちる!
 でも言ったよ、お兄様! 私頑張ったよ!
 一生分の勇気振り絞ったよ! 褒めて!


「ありがとう。……またな、レオナ」



 呼んでくれたーっ!!


 
「! っはい、また!」
 私のお辞儀に軽く手を上げて応えると、彼はクラスルームに向かっていく。これからエドガーの面倒を見るなんて、大変にお気の毒である。

 さて、皆を待たせるといけないし、さっさと着替えよう、と気持ちを切り替えるレオナは、何かが心に引っかかった。
 あれ、何か忘れているような……


 
※ ※ ※

 

「あー、くそっ」
 歩きながら、セリノの奴め何してくれてんだよ、と心の中で悪態をつく。もちろん体調不良は致し方がないが、それとこれとは話が別だ。
 
 今日を逃すと、怒涛の準備と訓練、巡回任務で本当にしばらく休みがない。近衛はまだ良い方で、第一騎士団は王都の警備強化に全員休みなく駆り出されているし、第二騎士団は王都周辺の魔獣討伐に忙しい。
 
 訓練では相変わらず、団長がしごきにしごき抜いていて、新人達が毎日文字通り血反吐を吐いている。よく辞めずについていっているなと思う。近衛に異動してからは他の団員と話す機会はかなり減ってしまったが、ジョエルが言うには、なかなか不満を解消できない者達のために連日酒浸りだそうだ。
 
「酒奢るくらいしかできないけどねー」
 とジョエルはヘラヘラ笑っているが、そんなことは決してない。
 副団長自らが愚痴を聞いてくれるだけでも、多少溜飲は下がるだろう。どうせ他に生きる場所はないのだ……一度王都で騎士団暮らしをしてしまうと、剣を置くようなことはできない、と以前先輩が自嘲しながら言っていた。
 王国を守るという誇りが生き甲斐であるし、過酷だが給与も環境も田舎とは比べものにならないのだ、と。
 
 ルスラーンは、北の辺境領にいずれ帰るのだ、という気持ちは今でも変わらない。が『お前のは領主としての心構えだろう。農民になるのとは訳が違うさ』と魔獣に喰われた左腕を眺めて言う彼の、最後の言葉が忘れられない。彼は、次の月には騎士団を辞めてどこかへ引っ越して行き、それ以来会っていない。そんなものだろうと思っている。
 それにしても。

「可愛かったな……」

 思わず独り言が溢れた。
 最近レオナの色々な表情を見ている気がする。
 凛とした顔、緊張した顔、怒った顔やイタズラっぽい顔。笑った顔はもちろんのこと、令嬢然として冷たく振舞っている時でさえ、彼女の賢さや優しさを感じて、目が離せないのだ。女性に対してそんな感情を持ったのは生まれて初めてで、戸惑ってしまう。
 
 しかも先程、呼び捨てで良いと言った彼女の表情といったら――可憐で、危うく発作的に抱きしめそうになった。全部フィリベルトが悪い。あいつは気軽に妹を抱きしめすぎなのだ、と八つ当たりしながら、自分の自制心を褒めているところである。
 
 
 もちろん、今まで何度か女性からアピールされたり、縁談話もあったりしたが、皆辺境での暮らしに言及すると、すぐに離れていってしまった。
 学院でも、ずっと騎士でいることありきで近付いてくる令嬢に、最初は真摯に説明していたが、ほとほと疲れてしまって逃げ回っていた。
 だがレオナは、どの令嬢とも違っていた。
 ダイモンに行ってみたいと言うし(今までお世辞でだって言われなかった)、イチゴの販路は真面目に考えようとするし、子供っぽい本だって、笑わないどころか中身を教えてと言うし、鍛錬ばかりの自分をすごいと褒めてくれる。
 
 自分が、自分のままでいられる。
 伯爵家嫡子で、雷槍の悪魔の息子で、近衛騎士のドラゴンスレイヤーではなく、ただのルスラーンでいられるのだ。

 
 もう会いたくなっている。
 だが、ダイモンでは家格が釣り合わない、と心の芯で冷えている自分もいる。

 古参伯爵家のコンラートやブノワ、子爵家とはいえ商才のあるボドワン、全てが王都の貴族で辺境とは訳が違う。おまけにローゼン公爵家の動向は、いつも何かしら誰かの口にのぼるほど影響力が強い。エドガーの婚約者はレオナで決まるのではないか、と噂する者もいる。
 
 けれども何もせずにもいられない。彼女が是と言う限り、手紙も書くし次の約束もする。貴族女性にとって手紙のやり取りは、特別な間柄の意味もあるはずだが、あの様子ではあまり分かっていないだろうなと思う。そういう鈍感なところもまた好ましい。あのご褒美に付けられたカードもまた――願わくば、いつも貴方のお側に、と書いてあった――恐らく深くは考えていないんだろうな、と思うが、正直嬉しくてたまらなかった。加護付きの小物入れをいつも身に付けて欲しい、という意味だと分かってはいても。
 
 公開演習が終わる頃には、決まった縁談を報告されることになるのかもしれないなと、暗い気持ちになる。なぜなら、彼女はもうデビューしているのだ。

 

 あーもう、やめやめ。集中集中……

 

 とりあえずしばらく忙しい。無事に公開演習を終えられるよう努めるのみだ。


 ※ ※ ※


「レーオーナー!」
 プウッと膨らんだ頬も可愛い親友が、馬車広場で腰に手を当てて、仁王立ちしていた。
 傍らにはゼル、テオ、ヒューゴーの三人が立っていて、全員制服姿で雑談している。
 そう、今日は王国史の日でもあった。さっき何か忘れている気がしたのはこのことか、と腑に落ちる。レオナは、いつものお茶の約束をスコンと忘れていた。
「ゴメンね、シャル」
 えへへーと誤魔化して笑ってみるも、無駄骨なのは百も承知だ。
「もう。みんなとデートだなんて! 私も行くからね!」


 
 ぷんすか言ってるけど可愛いだけだよ?
 むしろお願いしますって感じです。
 

 
「どうぞ。俺は馭者台に乗るんで」
 公爵家の馬車の扉を開いてくれる侍従は、気遣わしげだ。四人ならなんとか乗れる。ゼルには狭いだろうが。
「ありがとう、ヒュー」
 レオナが乗ると、
「とりあえず広場まで行こ」
 シャルもキビキビと隣に乗り込む。
「おう」
「はい」
 ゼルとテオも続いて乗り込んで、出発した。
 みんなで放課後の寄り道的なことをするのは初めて。
 ワクワクするな~美味しいものとか食べられるかな? とレオナがいそいそと街歩き用眼鏡をかけると
「まずはカフェに行かない?」
 シャルの提案が。
「いいぞ」
「分かりました!」
 と同意を得られたので、こっそりシャルのカップにおまじないしてあげよう、と心に決める。
 ゼルが腕を組んで、
「俺は店はよく知らんが」
 と言うとテオが
「あ、良かったら、兄が品物を卸しているカフェがあるんだけど。紅茶が美味しいと聞いたので」
 提案してくれた。
「まあ、是非そこに行きましょう!」
「うん! あの、お二人とも」
「はい!」
「なあに?」
「ミルクティーは好き?」
 二人で顔を見合わせた後、
「「大好き!」」
 返事がそろった。特に甘くして飲むのが大好きな二人である。
「良かった! 今の時期美味しい茶葉があるんだって」
「うう、ミルク……」
「ゼルさんには、果実水があるよ」
「……それなら良かった」
「ゼルはミルクティー苦手なの?」
 と聞くと
「ああ、ミルクが苦手なんだ」
 渋ーいお顔。確かに似合わないな! となぜか納得したレオナは、改めて向かいの彼を見る。
 
 着崩した制服が無駄にセクシーなゼルは、タイを緩めてボタンを外していて、またしても胸筋を見せつけているんじゃないかと思う。顔をじいっと見られながらイヤーカフをいじっているのが、落ち着かない気分になるんですけど、と思いつつ、はたと気付く。
 
「そういえばゼルは、いつもそれ付けてるわね。素敵ね」
「!」
 思わず耳を指差してレオナが言うと彼はびくりとしてから
「お、おお……」
「両耳に付けてるのっていいわね。オシャレよね」
 シャルリーヌも。
「わあ、近くで見たら、すごいごつくてカッコイイ」
 テオが横からじーっと見ながら言うと
「見るな」
 両手で両耳を隠してしまった。聞かざる、のあのポーズだ。照れている、というよりは困惑? 不思議な反応だなと思っていると
「僕はすぐかゆくなっちゃって、何も付けられないんだ」
 テオが残念そうに言う。
「あら、大丈夫なものもあるのよ。せっかくだし今日見てみるのはどう?」
 シャルリーヌが提案するが
「僕あんまりその……」
 お小遣いに余裕がないのは知っているので、レオナは助け舟を出す。
「見るだけだから。私も見てみたいわ。ね?」
 テオのお誕生日にでも、何か贈れたら良いなと密かに考える。あとでヒューゴーにリサーチしてもらおうと思った。テオには是非前髪を上げて欲しいので、それこそヘアピンとか、と想像したらワクワクした。
「うん、ありがと」

 そうこうしているうちに、広場に着いたようだ。

「んー!」
 さすがに四人乗りの馬車は狭かったようで、ゼルが大きく伸びをした。苦笑しながらヒューゴーも降りてきて、
「どこへ行くか決まったのか?」
 と気軽な口調のまま聞いてくれる。
「テオの知っているカフェへ!」
 気合いを入れて答えると
「ミルクティーが美味しいんですって~」
 とシャルリーヌ。
「あの、フーレというカフェで」
 テオが補足すると
「ああ、そこの角入ったとこのか」
 ヒューゴーは知っていたようだ。
「はい!」
「はは、テオはヒューゴーにはいつもそんなんだな。まるで弟子だ」
 
 びっくう!
 
 ゼルの一言で、テオの肩が面白いぐらいに波打った。
「け、剣術教えてもらってから、凄く尊敬していて!」
「確かに強いもんな。でも体術じゃ負けないぞ」
 ギロリと睨むゼルに
「へえ? 俺は体術取ってねーかんな。手合わせできなくて残念だ」
 歯を剥き出しで迎え撃つ護衛。
 なんでか急にガルガルバチバチ始まったあー……と思って見ていると、ゼルが身を乗り出すようにして
「いつでもやってやるぜ?」
 とすごみ、
「ほー」
 とクールにいなすヒューゴー。


 
 これあれかな、異種格闘技戦の前の記者会見かな?
 煽りに煽って盛り上げるパフォーマンス?
 なんかテオが真ん中でオロオロしてるの、微笑ましく見ちゃうよ。

 

「こーら、街中で何始めようとしてるわけ?」

 

 やっぱりシャル、頼りになるう~

 

 彼女はぎゅいっとレオナの二の腕に身体ごと掴まると、
「ほらほら、さっさと案内しなさい!」
 と二人を諌める。
 それに毒気を抜かれたヒューゴーが苦笑しながら、
「こっち」
 とくるりと向きを変える。
「ちっ」
「ゼルさん……」
 テオが心配そうにその背中を追いかける。
 レオナは、やっぱり最近のゼルはおかしいと感じた。
 前まではこんな風に突っかかる人ではなく、どちらかというと、多少不快なことでも陽気にケラケラ笑っていなすタイプだったはずだ。
「まるでテオの取り合いね」
 シャルリーヌの溜息交じりの発言に、レオナは思わず目をパチパチさせてしまった。

 

 その発想はなかったあー!
 確かに完全にヒロインだわ、テオったら!
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