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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈63〉なんでこうなったのです?

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「いやあまさか、ローゼン公爵家のご令嬢が剣術を選択するなんて、思いませんて」
 眉を下げて、後ろ頭に両手を組みながらする、アルヴァーの言い訳はとてもみっともなかった。
「公爵家でなければ、強引にお誘いするんですの?」


 
 身分関係ないでしょうが! って言いたいけどこの世界だしなぁ~

 
 
「ぐ」
「美女は誘わないと!」
 ブロルが、また訳の分からないことを言うから、
「黙れ」
「見るな」
「レオナさん、も少し離れよう」
 ゼル、ヒューゴー、テオが警戒態勢を解けないようだ。
「先輩方、今は剣術の講義ですし」
 騎士団は上下関係が厳しいのにも関わらず、フォローをしてくれるルスラーンに、お礼を言おうとしたレオナだが。
「んー? っていうけどよお、どうせ騎士団志望じゃねーし、のんびり遊んだってさあ」


 
 あー……ブロルさん、やらかしましたね?
 思わずルス様のお顔を見ると、苦渋の表情で手で額を押さえていらっしゃいます。ですよねー。


 
「……遊ぶ、ねえ」
 ヒューゴーが静かに怒っている。
 テオやゼルのためだろう。どういう立場であろうと真剣な学生に対して不誠実な講師など、こちらから願い下げである。
「では、遊んで頂いて結構ですわ。ヒューゴー、教えてくださる?」


 
 私、こう見えて喧嘩は買うタイプなんですのよ。
 ニヤリとするヒューゴーは、どうせじゃじゃ馬だなぁって思ってるんでしょ。いーわよ!


 
「レオナさん、怒ってる?」
「怒っても良いな」
 テオとゼルがようやくいつも通りになり、良かったと胸を撫で下ろすレオナ。
「あー、レオナ嬢、その」
「ルス様、どうぞお気になさらず、お戻りくださいませ。さ、時間が惜しいですわ!」
 はー、と深い溜息をつき、こそりとすまない、と言い残しジャンルーカの元へ戻ろうとするルスラーンに、レオナが首を振るとまた苦笑いされた。
 苦笑いもキュートだなあ、とレオナが見守っていると、はた、と気づいたかのように彼は振り返り
「先輩。念のため言っておきますが」
 ぐいっと親指をあちらの組へ向けながら
「多分あっちの全員でかかっても、こっちの三人には勝てません。では申し訳ないが後は宜しくな、ヒューゴー君」
 軽く手を上げて、今度こそすたすたと行ってしまった。
 
「「へ?」」
 
 ヒューゴーが綺麗な騎士礼を返し、その背中を見送りながら襟を正した。そして振り返り、早速指示を出す。
「では、気にせず始めよう。ゼルは体軸がブレがちなのでそこを意識、テオは手先に頼りがちなので、体幹から動かすこと。二人で形の確認をしながら、低速稽古はじめ」
 初めての指導とはとても思えない。
「はい」
「おう」
 
 低速稽古というのは、わざとゆっくり動作する対戦形式の稽古で、太極拳のような感じでお互いに攻守交替しながら剣筋や体勢を学ぶもの。定番の稽古だ。
 
「レオナは、もう少し武器に慣れる練習をしよう」
「はい!」
 さっきは思わずいつも通りの呼び方だったが、今は呼び捨て、ということは冷静さを取り戻したようだ。
 家に帰ってからも散々練習した甲斐がある、とレオナは満足げだ。ちなみに照れまくるヒューゴーを、マリーは笑いっぱなしだった。
 ゼルとテオは慎重に構えを確かめながら、対戦形をする。テオが最初は攻めのようだ。
 
「ちょちょちょ、え、まって!」
「おいおい」
 いい加減鬱陶しいな~そのままフリーズしとけば? と思うが、無碍にはできないので仕方なく対応するレオナ。
「なにか?」
「あの、ヒューゴーって何者?」
 アルヴァーに対し、本人は言う気が全くなさそうなので、レオナが代わりに淡々と告げる。
「ジョエル副団長の、弟弟子ですわ」
「「はい!?」」

 

 何も聞いてなかったのかー。
 なんか、ジョエル兄様の意図的なものを感じるな。

 

「なんでこっちの組?」
 愕然とするアルヴァーにしれっと
「ジョエル様に、直接御指導頂いておりますので」
 と答えるヒューゴーは、背筋がピシリとしていてよっぽど騎士然としている。
「先に言えよ!」
 動揺するブロル。
「……わざわざひけらかすものではありませんよね」
 冷たく言い放ち、その後は無視してレオナに向き直り、少しナイフの握りを修正する。
「握る力が強すぎると、余計な力が伝わってぶれる」
「こうね?」
「うん、よし。テオ、呼吸乱れてる。腹に力入れろ。ゼルは自由に動きすぎ。形を意識しろ。基本は大事だぞ」
「は、はい」
「はー、難しいな」

 

 講師いらなくね?

 

「ええー……」
 呆然とするアルヴァー。
 一方で、だんだんと怒りを滲ませるブロル。
「おい、てめえ」
「なんすか」
 手を止めず目を合わせないままに、口だけで返すなんて無礼、普段のヒューゴーならば絶対にしない。敬意が感じられないのだから、仕方がないとレオナは思う。
 それに比べるとルスラーンは、誰相手であろうともきちんと本質を見定めて判断し、身分もあまり気にせず紳士で懐が深い。やはり推ししか勝たん! とレオナは強く思った。
 
「弟弟子とか関係ねえ。バカにしてんだろ! ふざけんな、勝負しろ!」
 激高するブロルに、バカにしたのはそっちだろうとレオナは心の中で呆れる。
「勝負して俺に何の得があるんすか?」
 ヒューゴーの正論に
「あ?」
 まともに返事もできないほど、感情的な相手には何を言っても無駄だろう。
「……ちっ、めんどくせえな」
 どうやらヒューゴーも、レオナと同じ考えのようだ。
「ああ!?」
 彼はさらに無視して口だけで、
「テオ、悪いが勝負してやって」
 と、意外な指名をした。
「……はい!」
「おー。いいな」
 羨ましがるゼルも
「ゼルは体術でゆっくり相手できるだろ」
「なるほど」
 簡単に納得させた。流石である。
 
「てめえこら逃げんのか」
「テオに勝てたら相手してやる」
「あんだと?」
「宜しくお願いします」
 テオはこんな時もお行儀が良くて素晴らしい、とレオナは感動すら覚えた。
「ブロル! 待てって」
「うるせえ。いいぜ、かかってこい」
 アルヴァーは気が短い同僚を持って大変だな、と同情する。


「――いきます」
 テオが言うや否や、ヒュオッと風が吹き、あっという間にブロルの首筋に背後から当てられるナイフ。
 訓練用に刃が潰してある模擬ナイフである。
 もちろん、本物であれば既に彼の命はない。
「……」
 絶句するブロルに、そのままテオは背中から言い放つ。
「もう一度やりますか?」
 直立不動で口を真一文字にし、ブロルは首を振った。
「いや。いい」
 
 テオはナイフを下ろしてブロルの正面に戻ると、ぺこりとありがとうございました、と挨拶した。
 徐々にわなわなしてくるコーンロウの筋肉ムキムキ騎士は、仁王立ちのまま。なかなかに怖い光景だなーと思いつつナイフの訓練を続けていると
「すまなかった!」
 突然大声で九十度のお辞儀をされ、一瞬何が起こったのか分からなかった。



 え?

 

 学生四人、見事にポカーンである。
「血ぃのぼって相手の実力判断もできず、不意を突かれるなど騎士失格だ! 申し訳なかった!」

 

 えええええー……

 

「俺からもすまなかった」
 アルヴァーも並んで九十度の礼をする。
「正直、入団志望でもない学生なんて、となめた気持ちがあった……ブロルの暴走ももっと真剣に止めるべきだった。考えを改めるので、どうか許してもらえないだろうか」
 困惑していると、ヒューゴーが笑いながら言う。
「謝罪は不要です。もう一度テオとやってください。テオ、いいな?」
「「!」」
「はい!」
 さすがヒューゴーは脳筋の扱いに慣れているようだ。男は拳で語るってやつかな、とレオナは勝手に結論づけた。

「では、構え」
 アルヴァーが、二人の間に立つ。
 ブロルの気配が変わった。カアッと息を吸ってコオッと短く吐くと、溢れんばかりの覇気。肌がピリピリする。テオが気圧される。
「はじめ!」
 初撃はまたテオの方が速かった、が、
「はっ」
 即座にその手首を掴まれた。
 
 あっという間に後ろ手に羽交い締めにされ、首は大きな手でいつでも締められる形。テオの身動きが取れなくなったところで
「やめ!」
 とアルヴァーの声。ブロルはぱっと手を離して両手をさも降参とばかりに上げると、苦笑いして言う。
「流石に同じ速さなら、二度も負けねえよ」
「参りました!」
 テオは素直に頭を下げる。
「流石ですね」
 ヒューゴーが言うと、あからさまにホッとする二人の騎士。
 
「さっきの、教えてくれるか!?」
 すっかり目がギラギラのゼル。
「おお。基礎中の基礎だ。体術の講義でやるぞ!」
「本当か! 楽しみだ!」
 ゼルの反応に嬉しそうなブロル。また猛犬が増えたような気がするのは気のせいだろうか。
「アルヴァー様ともやってみたいです!」
 キラキラテオ、子犬がぶんぶんシッポ振ってるみたい。ブロルが嬉しそうに、その頭をわしゃわしゃ撫でる。
 いいな、私も撫でたい! とレオナもうずうずした。
「もちろんいいが、アルヴァーは強いぞ!」
「持ち上げるよね~」
 言いながら腕を伸ばして軽くストレッチするアルヴァーもまた、表情が違う。
 ああ、やっぱり騎士なんだとレオナは感心する。スイッチが切り替われば、これほどの品位と闘気をまとうのだ。
 
「お願いします!」
「こちらこそ」
「では、構え!」
 今度はブロルが間に立つ。
 レオナはヒューゴーと顔を見合わせた。ヒューゴーが肩を竦めると、レオナは思わず笑ってしまった。
 

 剣術の講義はそのまま和やかに終わり、四人はこの二人の騎士への印象を改め、尊敬するに至った。
 確かに入団志望でない貴族の子供が剣術を習うなど、冷やかしにしか思えなかっただろう。貴族の道楽に付き合ってやる、ぐらいの軽い気分でいたに違いない。
 ところが、この騎士二人は、学生達の真剣さが伝わったことで即座に態度を改めてくれた。目下の人間相手に、自分の非を認めて謝罪をするなど、そうそうできることではない。くだらない自尊心や立場に固執して、力を振りかざして捩じ伏せる人間というのは多数存在するものだ。
 
 ジョエルの人を見る目は確かで、訓練もしっかり行われているんだろうと分かった。身も心も鍛えているんだなあ、と素直に感心した。ハゲ筋肉も少しは見習えよと思ったのは内緒であるが。
 
「レオナ嬢」
 後片付けをしていると、ジャンルーカがしかめっ面で新任講師を見やりつつ、
「何か失礼な振る舞いがあったのではないですか?」
 と気遣ってくれた。さすがの視野の広さとフォローである。
 演習場を見回すと、団長組の撤収はルスラーンが促していて、丁度レオナの背後で模擬ナイフを集めていたアルヴァーが、あからさまにギクリとした。
「ええと……」
 言い淀むとゼルが代わりに、ものすごくシンプルに答えてくれた。
「もう謝ったから大丈夫だ。な、レオナ」
「ふふ、はい。その通りです」
「謝った!?」
 驚く近衛筆頭に
「「すんませんしたー!」」
 二人、またしても素早い謝罪である。鮮やかかつ綺麗な九十度。
「ぶは」
「うくくく」
 ヒューゴーとテオが笑っている。
「……はー、大丈夫なら良いんですが」
 眉間を指先で揉むジャンルーカは、大変お疲れだ。
「そちらは大変だったでしょう。半年分やり直しでしょうから」
 というヒューゴーの労いに、
「ええ、あそこまでとは……まだ間に合う時期で良かったです」
 と溜息を深くするジャンルーカ。
 ハゲ筋肉の指導は、そんなに酷かったのだろうか。であれば、学生達の苦情も頷ける。
 
「あの」
 テオが珍しく手を挙げたので、皆が片付けの手を止めて注目する。恥ずかしそうにしながら、彼は続けた。
「学院の伝統かもしれませんが、講師も代わったことですし、組を二つに分ける必要はないのでは?」
 それは密かにレオナも思っていた。
 騎士団に入る入らないはあるとして、レベル分けは必要だけど、目的分けははたして必要なのだろうか、と。
 
 ところが、ジャンルーカはますます溜息を深める。
「正直、こちらの組の練度を考えると、あちらと一緒にして刺激を与えて欲しいのですが……」
「不文律ってやつですからね」
 ヒューゴーが難しい顔をして、残念そうに言う。
「おまけに、団長が決めたことを変えるのは、今かなり難しいでしょう」

 ここでもゲルゴリラ……

「そうですか……」
「じゃあ試合でも、となると、またそれはそれで団長が張り切り過ぎると思う」
 不満そうなテオにアルヴァーがそう補足すると
「副団長組を潰せってやつな」
 ブロル、それはぶっちゃけすぎである。
「それはそれで面白いすけどね」
 と、いつの間にか加わったルスラーンが、ニヤリと言った。
「こっちは撤収完了です。巡回に戻りますか? 先輩方」
「おー」
「ありがとうな、ルス」
「いえいえ」
「お前はいいなあ。今日この後非番入れてるもんな?」
 アルヴァーが手に持っていた道具を渡しながらニヤける。
「えっ、いえその、まあ、はい」
「その動揺、もしかしてデートか何かか? 羨ましい!」
「うっ」
「誰とだ!」
 ブロルが色めき立つ。
 
 ヒューゴーが肩を震わせている。さては笑いを堪えているな! フォローせえよ! 侍従! こら! とレオナは内心思いっきり動揺しながら毒づいた。
「まさかレオナと、か?」
 ゼルが鋭い目線を投げてよこす。
 野生の勘というやつだろうか。じろりと見られると、捕食対象になった気分になって、落ち着かなくなるのでやめて頂きたい。とりあえず素知らぬ振りをしてみるも、全く信じてくれていないと分かり、ますます落ち着かなくなる。


 
 だから、そんなにジトーっと見ないで!
 デートじゃなくてお礼ですから!

 

「ルス、そうだったら大変申し訳ないんだが、しかし」
 ジャンルーカが、申し訳なさそうに告げた。
「セリノが体調不良で。この後急遽、近衛任務に入って欲しいのですよ……」
 王族の護衛はおいそれと替えがきかない、とレオナは瞬時に理解できた。
 困り顔でレオナを見るルスラーンに、レオナは無言でニッコリとし、返事とした。
 
「……っはー……わかり……ました」
 渋々ジャンルーカに従うルスラーンに、レオナはホッとする。任務の方が大事であると、伝わったようでよかった、と。
 
「レオナ。ならば俺と行こう」
 ん? と小首を傾げゼルを見やると
「デート」
 と、強く言われた。
「ルスラーン殿とは行くのに俺とは行かないのか?」 


 
 まだ何も言ってませんけど!?

 

 そして、はい! と大きく手を挙げるテオ。
「レオナさん、僕ともデートしましょう!」
「じゃあ俺も!」
「ブロルは俺と一緒に巡回任務でしょうが~」
「くそう! アルヴァーとデートなんてクソつまらん」
「俺のセリフだっつうの!」
「はー。――俺も行きます」
 ヒューゴーが額を押さえて言うと、ジャンルーカはクスクス笑っていて、ルスラーンは口を真一文字にしていた。もうこれは仕方がない。
 
「えーとでは。ゼル、テオ、ヒューゴー」
「おお」
「はい!」
「……はい」
「着替えたら馬車広場に集合です」
 遠足の先生ってこんな気持ちかな、とレオナは半目になった。
「俺はデートと言ったんだが?」

 

 むくれたって、可愛くないんだからね!
 ゼルったら!


 
「……嫌ならどうぞお帰りくださいませ」
「むう。レオナの令嬢対応には勝てんな! 分かった!」


 なんでこうなった?
 
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