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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀
〈61〉ようやくお渡し出来るのです
しおりを挟むパンケーキは包んでもらって、焼き菓子も合わせてテイクアウトセットを作ってもらった。
食堂の調理人であるハリーとは、日頃から懇意なので、こういう時に融通が利いて助かる。
図書室は別の棟にあるので、渡り廊下をシャルリーヌと一緒にバスケットを持って歩いていると、
「あれ、シャルどこ行くの?」
と一人の令嬢に声を掛けられた。
濃い茶色のロングヘアはふわりと巻いてあり、碧眼にソバカスが可愛い女の子だ。
「あ、ビビごめん。次の尚書学はお休みするわ」
シャルリーヌは知り合いらしく、対応してくれた。
「分かった。レオナ様と、お二人で?」
「っ! ええ、そうですの」
「かしこまりましたわ。先生にお伝えしておきます」
「「ありがとう!」」
ヒラヒラと手を振って、笑顔で去っていくのを見送ると
「ビビは、ビビアナっていって伯爵家の子。王国史とかダンスが一緒で最近仲良くなったの」
と教えてくれた。
いつの間に!
まあこれだけコミュ力高かったら、そりゃそうよね。
羨ましいー!
「可愛らしい方ね!」
「うん。なんか、卒業したら婚約者と結婚することが決まってて、ガツガツしてなくて楽」
……なるほど。
シャルも侯爵家だから、取り入ろうとされたり大変だもんな。
「もう、ご結婚……」
「あ、幼なじみでちゃんと好きだから、嬉しいって言ってたよ? 羨ましいね」
「まあ! それは何よりね!」
「ねー」
図書室の扉を開けると、湿った紙の匂いと埃が漂ってきて、恐らくまだ誰も来ていなかったのだと分かり、安心する。
念のために無言で奥の扉まで進み、いざ秘密のテラスに出ようとすると
「ズル休みは良くないな」
腕を組みながら、背後で長身の男性が苦笑していた。
「ルス様!」
「やあ。二人とも」
「ごきげんよう」
「なぜここに……」
「あー、また本を借りに来たんだが、悪女を二人も見つけたので、警備でもしようかと尾行してみた」
鼻の頭をくしゃりとさせた笑顔が可愛くて、直視できません!
どうしよう、手が震えそう。
だって、いつでも渡せるように、完成した物は持ち歩いているんだもの。
お休みの日に根を詰めすぎて、だいぶ早くできちゃったんだもの!
シャルリーヌはこういう時、判断と行動が速い。
「まあ、悪女だなんて! 私はこちらへレオナを送っただけですのよ。では、あとはルスラーン様にお任せしても?」
そして手に持ったバスケットをさり気なくルスラーンに渡す笑顔の圧。
「え? お、おう?」
戸惑いながら受け取るルスラーン。
「ヒューゴーが迎えに参りますので、それまで宜しくお願い致します。失礼致します」
ぎゃー!
心の準備くらいさせてよ! せめて!
ニッコリ笑ってそそくさと去っていく間際、ぐっと拳を握るけれども。
頑張れ! ってエールは伝わったけれども!
「レオナ嬢? 大丈夫か?」
「っ、え、ええ!」
ひーん、どうしよう、テンパるよー
これはあれか、公爵令嬢モード、再びマジカルパワーオン! だな。
ふう。よし、私は公爵令嬢、私は公爵令嬢……
「あの、またお茶を淹れさせて頂いても?」
バスケットを指差しながらレオナが言うと
「ありがとう、頼もう」
と笑顔が返って来た。
早速レオナが隠し扉を開けると、ルスラーンがすぐに扉を支えてくれ、小さなテラスに出るとバスケットをテーブルの上に置いてくれた。すっかり勝手知ったる何とやらだなと、レオナは思わず微笑んでしまう。
「ふふ、ではご用意致しますわね!」
「ああ」
ルスラーンは、椅子に腰掛け足を組んで本を開いた。今日もここで読んでくれるのだなと分かると、嬉しくなるレオナである。
茶器を広げながら、
「そういえば、今日はどういったご本を?」
とレオナが聞くと
「前回のと同じだ。読む時間が取れなくてな」
また表紙を見せてくれた。
「まあ! 私もかなりお邪魔してしまいましたし」
「いやいや、あの時間は有意義だった」
そう言ってもらえると、また嬉しかった。
まだ話せる段階ではないが、フィリベルトへのプレゼンが無事に終わったら、是非お話させて欲しい、とレオナは心の中で気合いを入れた。
「あの、実はお食事の時間が取れなくていなくて。失礼して、お隣で食べさせて頂いても?」
ゼルの様子が突然おかしくなったため、手をつけられていなかった。ヒューゴーが『自分が対応するんで安心して下さい』と言ってくれたので、とりあえずお任せすることにし、ようやく食べる気になった。
腹が減っては戦はできぬ、だしね! とレオナは下腹に力を入れる。ゼルがあんなことを言うなんて、という悲しみはあるが今は脇に置いて。
今日は感情のジェットコースターに乗ってる気分だなぁと、深呼吸を意識する。
テーブルに出されたパンケーキの皿を見ると、ルスラーンは
「そうだったのか、遠慮せず食べてくれ」
と優しく言ってくれ、そして不器用に続ける。
「そういえば、こないだのクッキー美味かった。ありがとう」
「まあ! とっても嬉しいですわ! どのお味がお好みでしたか?」
「あー、えーと……」
もごもごしている。
「笑わないですわよ?」
「……ジャムのやつ」
かーわーいーいー……
ぷいっと顔を背けながら言うとか、さては悶え殺す気ですね?
んん! 気を取り直そう!
「また作りますわね! ところで、レッドドラゴンは倒せたのですか?」
食事を進めながら、レオナが茶目っ気を交えて聞いてみる。
本のタイトルは、ルスラーンの言う通り前回と同じで『レッドドラゴンと時の勇者』。めくっている場所からいってもまだまだ序盤のようだ。
「いや、まだだ。ブルザークの火山にいるらしいんだが、滅多に出てこないんだそうだ。一度は見てみたいんだが、見れたとしても、灼熱のブレスを防ぐ方法がないと狩れないらしくてなあ。フィリが氷の壁を作ればあるいは」
ってリアルかい! と思わずツッコミが。
じゃなくて! やば、笑っちゃう、我慢できない!
「ん?」
気付かれた!
「……もしかして、この本の話だったのか、すまない」
ぽりぽりこめかみをかくルスラーンが、しゅーんとしていて
「ルス様は、その本の勇者様と同じなのですね」
思わず微笑ましくなって、言ってしまうレオナ。
こんなに強いのにチャーミングだなんて、レオナにとって愛しい以外の何者でもない。
「!」
「本当にすごいですわ」
とてつもない鍛錬をされているのだろうから。
「……そう言ってもらえると嬉しいな。まだ修行中だが」
食事を終えて、さっと食器をバスケットに片付けながら、レオナはさらに言う。
「ブラックドラゴンのお話も、是非お聞きしたいですわ」
「うっ、あれはなあ、結構生々しいからな」
「あら、それは残念ですわ」
そしてお茶のおかわりを注ぎ、自分にも淹れ、腰掛ける。
ルスラーンは軽くありがとう、と間に礼を挟み、
「聞きたいのか?」
と。
「? はい」
「マジで?」
「マジですわ!」
はあー、と深く項垂れるルスラーンに、また困らせちゃった!? と若干焦るレオナ。
「また今度ゆっくりな」
「約束ですわよ!」
「はは! ……約束する」
約束……嬉しい。
そして切り出すなら、今でしょ!
「約束と言えば、あの、ご褒美のことなのですが」
「……あー、わりぃ、まだ何も思い付かなくてだな」
すごくバツが悪そうな顔をさせてしまった。
ごめんなさい!
「いえ! あの、私が勝手にご用意したものでも良いでしょうか?」
えーん、膝が、勝手に、ぷるぷるしてきたよー!
止まれー! やれば出来るっ!
私は公爵令嬢!
――くっ、ダメかもしれないっ、またしてもパワー不足!
「……用意? してくれたのか?」
「はいっ! あの、今持っていますの。お渡ししても?」
「……」
ぐーの拳を口にあてたまま、しばらく固まるルスラーン。
「……も」
も?
「持ち歩いてくれていたのか?」
「は、はい! あの、いつお渡しできるか分からなかったので。――いけませんでしたか?」
「い、いやその、んん! 喜んで受け取らせてもらおう」
「はい!」
ゴソゴソとカバンから取り出した包みを、恐る恐る手渡す。黒い包み紙に紫のリボンの、ルスラーンカラーである。
「優勝おめでとうございました。遅くなりましたが、どうぞ」
「おお……ありがとう……今開けても?」
レオナは、ドッキンドッキンと心臓の音が大きすぎて、耳まで動いているかのような錯覚まで起きて、訳が分からなくなりつつ、頷いた。
しゅるり、かさり、と音がして。
とても顔が上げられなかった。
「これは……」
と言ったまま固まるルスラーンに
「あの、ナイフ入れですの」
静かにレオナは説明をする。
黒地のしっかりした布で作った、布巻きのナイフケース。
中には何本か刺せる仕切りを作って、紐は紫の細ロープの先に、小さなタッセルが付いたもの。
グルグル巻いてから縛ると、表面の左下にダイモン家の紋章である、剣とドラゴンが銀糸で小さく刺繍してあり、その横に『ルスラーン』と名前も刺繍した。
中布は、イチゴと紫の薔薇を銀糸の蔦が囲うデザインで(イチゴってバラ科なんだよ!)同じく下部に刺繍を入れてある。なるべくシックなデザインにしたつもりの、なかなかの力作なのだが、気に入ってもらえるだろうか?
「周りの方々にお聞きしたのですけれど、騎士の皆様はナイフやカトラリーを持ち歩かれるのですね? それで、作ってみましたの。この中に何本か刺して、くるくる巻いて、紐で縛るだけですわ」
遠征では、急な野営に備えてカトラリーも自身で持ち歩くと聞いた。騎士とは本当に大変な職業である。布ならじゃぶじゃぶ洗えるし、と思いついて作ったのだった。
「…………」
ルスラーンが固まったまま全然動かない。
どうしよう、やっぱり手作りで刺繍とか、気持ち悪かったかな……
ひゅるりと涼しい風が、小さな花壇の草花を揺らす。ピチチ、とどこかで小鳥が鳴いた。
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