64 / 229
第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀
〈58〉弟弟子は時々デレるのです
しおりを挟む「はーい、皆さんお久しぶりー」
本当にお久しぶりに剣術講義に来た副団長は、相変わらず疲れている。
「涼しくなって来たので、ちゃんと準備運動しましょうね~」
攻撃魔法実習の方にもラザールの姿はなく、代理のブリジットが来ている。また何か忙しいことがあるんだろうなとレオナが思っていると
「毎年恒例の、来月の騎士団公開演習なんだけどさあ」
ちょうどジョエルが勝手に愚痴り始めた。
「魔術師団も合同でやろうぜって、陛下が気まぐれでさあ」
うわぁ……
騎士団公開演習って、毎年寒くなる直前に王国騎士の皆様が武力アピールして、来年の幹部候補とかスポンサー募集とかするって、どこかの宰相さんが言ってたよ!
辺境騎士団との交流試合は個人戦で、公開演習は団体戦なんですって! 幹部の晴れ舞台なんですってよ!
「復興祭の交流試合で、騎士ばっかり注目されるのは良くないとかなんとか言って。どうせなら色んな国賓招いちゃえってさあ、もう収拾つかないわけ!」
ブルザーク帝国皇帝のラドスラフは、ようやく国政が落ち着いたから、外遊に出たいと思っている、また会おう、と手紙に書いていた(約束通りお手紙書いてるよ!)ことをレオナは思い返す。もしかすると、これを予想していたのかもしれない。
「色んな国賓?」
とゼルが聞くと
「国交のある周辺諸国に、招待状を出すらしいよ。ガルアダ、ブルザーク、聖教国イゾラにアザリーかな、来られるとすると」
ジョエルが答える。
ゼルは、アザリーの名を聞いてどう思ったのだろう?
「……なるほど」
と返事をして、そのまま黙り込んでしまった。
ところで、先生! 素朴な疑問です!
「魔術師団の演習て、魔法結界はどうするんですの?」
「うん、第二魔術師団と連携して、客席に大規模障壁作るしかないよね! 補助の魔道具はカミロに相談中ー」
てことは
「当然フィリも、巻き込まれてるよねー!」
デスヨネ。
「さ、そろそろ準備運動終わったかなー? 今日は~」
とジョエルが言いかけたところで
「こんにちは」
「間に合った?」
ジャンルーカとルスラーンのおでましだ。
なにやらイーヴォチームがザワついてる。
王国騎士団、人気ランキング推定トップスリー全員集合であるからして、学生達がザワつくのも仕方がないであろう。
「んー? ルス、間に合ったってどういうことー?」
「いや、ゼル君が、是非副団長とヒューゴー君の手合わせを見せてもらおう、と言ってたんで」
ルスラーンが言うと
「前回はゼル君とルス、ヒューゴー君がそれぞれ手合わせしたんですよ」
ジャンルーカの補足。
「……ほーん」
「自分は、ジョエル様のご指示に従います」
目だけでバチバチ会話する兄弟子と弟弟子。
涼しい季節になってきたはずなのに、なぜかここだけまだ暑い。
「……是非見たい」
「見たいです!」
爛々とするゼルとテオ。
「じゃーせっかくだしー」
……やるか、と呟いた後で鈍く光るジョエルの右眼。
わー、楽しそうー……とレオナは身震いがした。
「ウス」
屈伸していたヒューゴーは、雑に投げ渡された練習用の剣を受け取ると、ぐるりと手首だけで回しつつ構える。
「えーと、結界ないから魔力なしで」
「ッス」
「負けたら今日一日『お兄ちゃん』呼びね」
「負けてもぜってえ呼ばねーす」
「ええー! 張り合いないと力が出ないよーえーん」
泣き真似するジョエルに、心底嫌そうな顔をするヒューゴー。
恒例のめんどジョエルのご降臨なので、これは助け舟を出そう、あざとくてごめん! とレオナは目の前で手を合わせて懇願ポーズをした。
「ヒュー。――お願い」
案の定、苦い草を噛んだみたいな顔をする侍従に、心の中では土下座である。
「……レオナ様のお願いであれば、仕方ないですね」
「っしゃー! 参ったって言うか、気絶したら負けね! ジャンよろしく!」
途端に生き生きとした副団長に
「では、双方構え」
苦笑しながら、ジャンルーカが言う。
ゼル、テオとレオナが余裕をもって二人から離れると、ルスラーンが万が一のためにと、レオナの側に立った。そういうちょっとした気遣いに、レオナは密かにときめいてしまう。
「はじめ!」
ジャンルーカの合図で、即座に二つの影が踊る。
ガン、ガン、ガキィッ!
鈍い音しか聞こえない。
二人の動きが速すぎるのである。
上に下に、右に左に。
幾重ものフェイクの読み合いと仕掛け、誘い、目線、鍔迫り合いに体捌き、駆け引き。
模擬戦とはいえ、密度の濃い攻防が一瞬で交錯している。
剣筋は空を舞い、地上すれすれを這い、そして……
――バキィン!
一際派手な音がしたかと思うと、模擬剣が折れ、先端がしゅるるるるん、とあさっての方向に飛んでいった。
「……あー」
止まって剣先を確かめるジョエルに
「ダメすね」
飛んでいった方向を見るヒューゴー。
イーヴォチームがいつの間にか見学していたようで、すげー、とか見えなかった、とかザワついている。イーヴォがめちゃくちゃイライラしている。
「引き分けかな、とりあえず」
微笑むジャンルーカ。
「大変勉強になりました」
とルスラーン。
「いやいや、全然見えん」
「速すぎます!」
興奮するゼルとテオだが
「ヒューゴー、右腕大丈夫?」
レオナは彼に近づいてそっとその部分を指差す。冷やすくらいは魔法で簡単にできるからだ。
「すみません、まだまだ未熟で。恐縮です」
シャツをまくってもらうと、やはり赤くなっていた。
「ううん、相変らす凄かったわ! さすがヒューね!」
「あーのねー、僕はこれでも副団長なんだけどー? 魔力なしでここまでついてこれるの、騎士団でもそこの二人くらいよー?」
「……」
「おいこら無視すんなー! レオナに冷やしてもらうなんて贅沢だぞー!」
ムキになるジョエルを
「と言いますか」
遮るジャンルーカは、なぜか驚いている。
「見えてたのか? レオナ嬢」
ルスラーンに聞かれたので、レオナは答えた。
「あの、二人のお稽古はずっと見学していましたの。ですから見慣れていると言いますか。はい」
「マジか」
「マジですわ」
ヒューゴーが無惨に転がされている、公爵邸の庭での日常を思い出す。自分のために努力を重ねる人間から、目を逸らしてはいけない、と思って毎日応援し続けた。
ヒューゴーが、格好悪いんでと見られるのを嫌がったので、途中からは横で腹筋していたけれど(ちなみに全然お腹は割れなかった)。
「レオナは、剣は得意じゃないんだよねー」
「ええ。残念ながら、そちらの才はないようですわ」
操縦方法は分かっても、脳についてこれないこの肉体は、鍛えても多分無理だ。そういう次元ではないのだな、と剣術の講義を受けて、自分なりに分かってきた。魔法がチートで剣術までできたらそれこそ勇者なので、全然良いのだが。
「レオナ様、もう大丈夫ですので」
刃の潰れた剣でも、当たったらものすごく痛いはずだ。ヒューゴーは慣れていると笑うけれど、慣れる必要はないと思うレオナである。治癒魔法も絶対もっと練習して、抱きつかなくてもできるようにしようと、密かに心に決めた。
「傷みが続いたり、腫れが出てきたら、治療してもらってね」
「はい」
「なーんてこったーい! 引き分けじゃあダメじゃーん! なんであんな簡単に折れるんだよう」
大騒ぎの副団長を
「模擬剣ですからね」
と慰めるジャンルーカに
「むしろもった方では」
呆れるルスラーン。
うわーん、悲しー! と再びめんどくさモード突入の副団長を、どうしようかなと思っていたら
「さっさと講義始めてくれよ……にーちゃん」
突然デレる元ヤン。
こういうとこだよねー! とレオナは感心する。
本当によくツボを押さえる男なのだ、ヒューゴーは。
だから例え口調が雑でも、下からは慕われ、上からは可愛がられる。
「!!」
途端に餌がもらえる犬みたいになる副団長。威厳がマイナスに振り切っていて、残念だ。
「良かったですわね、ジョエル兄様」
シャルリーヌがいなくて、ね。
「うんー、僕今日一日頑張れるー! レオナありがとー!」
はあ、疲れる……と項垂れるヒューゴーの肩を、ぽんぽん叩いて労うジャンルーカ。ルスラーンは、ゼルとテオに先程の手合わせの解説をしていた。
「ルスー、それ照れるからもうやめてー。ゼルもテオもその内ついてこれるようになるから、焦らないでねー」
「おお!」
「はい!」
「レオナは、ヒューゴーと基礎訓練の続きねー。ゼルとテオは稽古しながら、動き確認するよー。ジャンとルスは……暇なら手伝っていけー」
「手伝いますよ、副団長」
「俺は巡回任務に戻ります」
「ジャンありがとー。ルス、怠けるなよー」
「怠けねーす。欠員補充なんで」
「……あー、了解」
「では、失礼し――」
「あ、お待ちになって!」
慌ててレオナは、ルスラーンを引き止める。
0
お気に入りに追加
886
あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
蕾令嬢は運命の相手に早く会いたくて待ち遠しくて、やや不貞腐れていました
しろねこ。
恋愛
ヴィオラは花も恥じらう16歳の乙女なのだが、外見は10歳で止まっている。
成長するきっかけは愛する人と共に、花の女神像の前に立ち、愛を誓う事。
妹のパメラはもう最愛の者を見つけて誓い合い、無事に成長して可憐な花の乙女になった。
一方ヴィオラはまだ相手の目処すら立っていない。
いや、昔告白を受け、その子と女神様の前で誓いを立てようとしたのだけれど……結果は残念な事に。
そうして少女の姿のまま大きくなり、ついたあだ名は『蕾令嬢』
このまま蕾のままの人生なのか、花が咲くのはいつの日になるのか。
早く大きくなりたいのだけど、王子様はまだですか?
ハッピーエンドとご都合主義と両想い溺愛が大好きです(n*´ω`*n)
カクヨムさんでも投稿中!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる