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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀
〈58〉弟弟子は時々デレるのです
しおりを挟む「はーい、皆さんお久しぶりー」
本当にお久しぶりに剣術講義に来た副団長は、相変わらず疲れている。
「涼しくなって来たので、ちゃんと準備運動しましょうね~」
攻撃魔法実習の方にもラザールの姿はなく、代理のブリジットが来ている。また何か忙しいことがあるんだろうなとレオナが思っていると
「毎年恒例の、来月の騎士団公開演習なんだけどさあ」
ちょうどジョエルが勝手に愚痴り始めた。
「魔術師団も合同でやろうぜって、陛下が気まぐれでさあ」
うわぁ……
騎士団公開演習って、毎年寒くなる直前に王国騎士の皆様が武力アピールして、来年の幹部候補とかスポンサー募集とかするって、どこかの宰相さんが言ってたよ!
辺境騎士団との交流試合は個人戦で、公開演習は団体戦なんですって! 幹部の晴れ舞台なんですってよ!
「復興祭の交流試合で、騎士ばっかり注目されるのは良くないとかなんとか言って。どうせなら色んな国賓招いちゃえってさあ、もう収拾つかないわけ!」
ブルザーク帝国皇帝のラドスラフは、ようやく国政が落ち着いたから、外遊に出たいと思っている、また会おう、と手紙に書いていた(約束通りお手紙書いてるよ!)ことをレオナは思い返す。もしかすると、これを予想していたのかもしれない。
「色んな国賓?」
とゼルが聞くと
「国交のある周辺諸国に、招待状を出すらしいよ。ガルアダ、ブルザーク、聖教国イゾラにアザリーかな、来られるとすると」
ジョエルが答える。
ゼルは、アザリーの名を聞いてどう思ったのだろう?
「……なるほど」
と返事をして、そのまま黙り込んでしまった。
ところで、先生! 素朴な疑問です!
「魔術師団の演習て、魔法結界はどうするんですの?」
「うん、第二魔術師団と連携して、客席に大規模障壁作るしかないよね! 補助の魔道具はカミロに相談中ー」
てことは
「当然フィリも、巻き込まれてるよねー!」
デスヨネ。
「さ、そろそろ準備運動終わったかなー? 今日は~」
とジョエルが言いかけたところで
「こんにちは」
「間に合った?」
ジャンルーカとルスラーンのおでましだ。
なにやらイーヴォチームがザワついてる。
王国騎士団、人気ランキング推定トップスリー全員集合であるからして、学生達がザワつくのも仕方がないであろう。
「んー? ルス、間に合ったってどういうことー?」
「いや、ゼル君が、是非副団長とヒューゴー君の手合わせを見せてもらおう、と言ってたんで」
ルスラーンが言うと
「前回はゼル君とルス、ヒューゴー君がそれぞれ手合わせしたんですよ」
ジャンルーカの補足。
「……ほーん」
「自分は、ジョエル様のご指示に従います」
目だけでバチバチ会話する兄弟子と弟弟子。
涼しい季節になってきたはずなのに、なぜかここだけまだ暑い。
「……是非見たい」
「見たいです!」
爛々とするゼルとテオ。
「じゃーせっかくだしー」
……やるか、と呟いた後で鈍く光るジョエルの右眼。
わー、楽しそうー……とレオナは身震いがした。
「ウス」
屈伸していたヒューゴーは、雑に投げ渡された練習用の剣を受け取ると、ぐるりと手首だけで回しつつ構える。
「えーと、結界ないから魔力なしで」
「ッス」
「負けたら今日一日『お兄ちゃん』呼びね」
「負けてもぜってえ呼ばねーす」
「ええー! 張り合いないと力が出ないよーえーん」
泣き真似するジョエルに、心底嫌そうな顔をするヒューゴー。
恒例のめんどジョエルのご降臨なので、これは助け舟を出そう、あざとくてごめん! とレオナは目の前で手を合わせて懇願ポーズをした。
「ヒュー。――お願い」
案の定、苦い草を噛んだみたいな顔をする侍従に、心の中では土下座である。
「……レオナ様のお願いであれば、仕方ないですね」
「っしゃー! 参ったって言うか、気絶したら負けね! ジャンよろしく!」
途端に生き生きとした副団長に
「では、双方構え」
苦笑しながら、ジャンルーカが言う。
ゼル、テオとレオナが余裕をもって二人から離れると、ルスラーンが万が一のためにと、レオナの側に立った。そういうちょっとした気遣いに、レオナは密かにときめいてしまう。
「はじめ!」
ジャンルーカの合図で、即座に二つの影が踊る。
ガン、ガン、ガキィッ!
鈍い音しか聞こえない。
二人の動きが速すぎるのである。
上に下に、右に左に。
幾重ものフェイクの読み合いと仕掛け、誘い、目線、鍔迫り合いに体捌き、駆け引き。
模擬戦とはいえ、密度の濃い攻防が一瞬で交錯している。
剣筋は空を舞い、地上すれすれを這い、そして……
――バキィン!
一際派手な音がしたかと思うと、模擬剣が折れ、先端がしゅるるるるん、とあさっての方向に飛んでいった。
「……あー」
止まって剣先を確かめるジョエルに
「ダメすね」
飛んでいった方向を見るヒューゴー。
イーヴォチームがいつの間にか見学していたようで、すげー、とか見えなかった、とかザワついている。イーヴォがめちゃくちゃイライラしている。
「引き分けかな、とりあえず」
微笑むジャンルーカ。
「大変勉強になりました」
とルスラーン。
「いやいや、全然見えん」
「速すぎます!」
興奮するゼルとテオだが
「ヒューゴー、右腕大丈夫?」
レオナは彼に近づいてそっとその部分を指差す。冷やすくらいは魔法で簡単にできるからだ。
「すみません、まだまだ未熟で。恐縮です」
シャツをまくってもらうと、やはり赤くなっていた。
「ううん、相変らす凄かったわ! さすがヒューね!」
「あーのねー、僕はこれでも副団長なんだけどー? 魔力なしでここまでついてこれるの、騎士団でもそこの二人くらいよー?」
「……」
「おいこら無視すんなー! レオナに冷やしてもらうなんて贅沢だぞー!」
ムキになるジョエルを
「と言いますか」
遮るジャンルーカは、なぜか驚いている。
「見えてたのか? レオナ嬢」
ルスラーンに聞かれたので、レオナは答えた。
「あの、二人のお稽古はずっと見学していましたの。ですから見慣れていると言いますか。はい」
「マジか」
「マジですわ」
ヒューゴーが無惨に転がされている、公爵邸の庭での日常を思い出す。自分のために努力を重ねる人間から、目を逸らしてはいけない、と思って毎日応援し続けた。
ヒューゴーが、格好悪いんでと見られるのを嫌がったので、途中からは横で腹筋していたけれど(ちなみに全然お腹は割れなかった)。
「レオナは、剣は得意じゃないんだよねー」
「ええ。残念ながら、そちらの才はないようですわ」
操縦方法は分かっても、脳についてこれないこの肉体は、鍛えても多分無理だ。そういう次元ではないのだな、と剣術の講義を受けて、自分なりに分かってきた。魔法がチートで剣術までできたらそれこそ勇者なので、全然良いのだが。
「レオナ様、もう大丈夫ですので」
刃の潰れた剣でも、当たったらものすごく痛いはずだ。ヒューゴーは慣れていると笑うけれど、慣れる必要はないと思うレオナである。治癒魔法も絶対もっと練習して、抱きつかなくてもできるようにしようと、密かに心に決めた。
「傷みが続いたり、腫れが出てきたら、治療してもらってね」
「はい」
「なーんてこったーい! 引き分けじゃあダメじゃーん! なんであんな簡単に折れるんだよう」
大騒ぎの副団長を
「模擬剣ですからね」
と慰めるジャンルーカに
「むしろもった方では」
呆れるルスラーン。
うわーん、悲しー! と再びめんどくさモード突入の副団長を、どうしようかなと思っていたら
「さっさと講義始めてくれよ……にーちゃん」
突然デレる元ヤン。
こういうとこだよねー! とレオナは感心する。
本当によくツボを押さえる男なのだ、ヒューゴーは。
だから例え口調が雑でも、下からは慕われ、上からは可愛がられる。
「!!」
途端に餌がもらえる犬みたいになる副団長。威厳がマイナスに振り切っていて、残念だ。
「良かったですわね、ジョエル兄様」
シャルリーヌがいなくて、ね。
「うんー、僕今日一日頑張れるー! レオナありがとー!」
はあ、疲れる……と項垂れるヒューゴーの肩を、ぽんぽん叩いて労うジャンルーカ。ルスラーンは、ゼルとテオに先程の手合わせの解説をしていた。
「ルスー、それ照れるからもうやめてー。ゼルもテオもその内ついてこれるようになるから、焦らないでねー」
「おお!」
「はい!」
「レオナは、ヒューゴーと基礎訓練の続きねー。ゼルとテオは稽古しながら、動き確認するよー。ジャンとルスは……暇なら手伝っていけー」
「手伝いますよ、副団長」
「俺は巡回任務に戻ります」
「ジャンありがとー。ルス、怠けるなよー」
「怠けねーす。欠員補充なんで」
「……あー、了解」
「では、失礼し――」
「あ、お待ちになって!」
慌ててレオナは、ルスラーンを引き止める。
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