【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

〈54〉秘密の場所です

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 学院での日々は、後期の開始以降淡々と過ぎていった。
 
 後期の講義一覧を持って、中庭のテーブルに来た鍛治見習いのジンライは、少しずつ講義に出始めていると教えてくれた。
 レオナもシャルリーヌも、本当は彼ともっと色々話したいのだが、テオから
「ハイクラスの人と関わってると知られたら、ますます状況が酷くなるかも」
 と言われ、時々こうして中庭で隠れるようにして会う以外は、渋々距離を取っている。こういった問題は根深いし、手を出して良い結果になるとも限らない、とレオナも分かっているため、静観の構えだ。
 
 もちろん、
 「担任の先生や、学院に是正を求めない?」
 とジンライに言ってはみたものの
 「平民が何言っても無駄すよ。むしろテオの言う通り悪化しそうなんで。俺は卒業できれば、何でもいっす!」
 と返された。悔しいが、これが事実で現状であった。
 
「大丈夫っすよレオナさん。テオのお陰で俺、目標決まったんで」
「うん。ジンはもう大丈夫」
 休みの間に、二人には何かがあったらしい。
 レオナとシャルリーヌで聞きだそうとしたが
「「男の秘密!」」
 と教えてくれなかった。
 なーん! と黒猫オスカーも足元で返事をしていた。
 
 フィリベルトにも、一度ジンライを会わせようと話をしたものの『まだきっと萎縮されるだろうね……もう少しレオナに慣れてからでどうかな』と提案され、激しく納得した。
 ただやはり魔力量豊富な鍛治見習いは、大変に魅力的なようで『本音は、今すぐこれを手伝って欲しいんだけどね』と苦笑しながら、何かの魔道具を指さされた。
 

 翌日の攻撃魔法実習では、次の課題として、ペアでのお互いの欠点の洗い出しが始まった。
 なんと、後期から入学のヒューゴーと、ペアが見つからなかったジンライがめでたく? ペアを組むことになった。
 実は見た目も中身も最強ペア誕生ではと、レオナとテオは苦笑した。ぶっちゃけ、対戦が始まったら勝てる気がしない! と。
 ヒューゴーは早速怯える初対面のジンライに
「取って食いやしねえよ」
 と、にひっと笑ってから
「その体格も魔力も、すげーから堂々としとけ。怖い時は言え。ぜってー助けっから」
「!! ――(コクコク)」
 兄貴肌を発揮して、心を掴んでいた。
 横でテオが、キラッキラした目でそれを見ていた。


 やりよるなおぬし!

 

 その課題だが、ペア同士で想定しうる、自分達の問題点や欠点について、改善方法や回避方法を披露しなければならない。その過程で喧嘩をするペアも出てくるらしい。それくらい、相手の欠点を指摘する、というのは難しいことだ。欠点があっても問題を乗り越えられれば良しとする、ラザールらしい良い課題とも言えた。
 
「レオナさんの欠点かあ」
 食堂でテオが溜息をつきながら、お皿に乗っているトマトをフォークでつつく。
 今日からシャルリーヌは、姉の出産に備えてしばらくお休みにしたそうだ。初産なので心配で付き添いたいとのこと。
 前世でも産んだことがないから分からないが、医療技術の進んだ日本ですら命懸けなのである。この世界ならもっとだろう、とレオナは思った。

 というわけで、ヒューゴーとテオとの三人でランチタイム(ゼルは午後休講なので寮で寝るそう)なわけだが、ここしばらくテオは、攻撃魔法の課題に悩んでいる。
「なんでも言ってくれて良いのよ?」
「案外鈍感とか、理屈屋とか、そのくせ突拍子もないとか、な」
「!! うくくくく」
「ヒューゴー!?」
 それは悪口ではないか? と抗議するレオナに
「優しいし、……面白いよ」
 とテオ。
「面白いってなに!?」
「かお」
 うくくくく、とまた。

 

 かお? 顔!? 初めて言われた!


 
「あー……」


 
 あーて何よ、ヒュー! ちょっと首絞めたい。
 帰ったら覚えとけこんにゃろう!


 
「「その顔」」


 
 !? どれよ!!



「まあまだ時間はあるんだろ? ゆっくり考えれば良いじゃないか」
 さては話題を逸らしたな? ヒューゴーめ、とレオナが睨むが、しれっと無視された。
「はい……ですね……」
「レオナ様は午後どうされますか?」
 急な休講だったのでとりあえずランチを食べたわけだが、経済学のレポートは纏めなければならない。



 課題から提出まで一週間しかない、って鬼じゃない?
 ていうかゼルはハナからやる気ないな?

 

「図書室に行こうかしら。経済学の課題を整理したいわ」
「了解す」
「僕は、猫にエサあげに」
 多分ついでに、ジンライのフォローもしに行くのだろう。任せっきりで申し訳ないが、時が来たら言うから! という彼らを信じて待つレオナである。
「ええ。テオ、ありがとう。また明日ね」
「また明日!」
「じゃあなー」
 テオを見送り、トレイを片付け、図書室へ向かう。
 
「……ヒューは退屈かもしれないけど、一緒に課題を考えてくれたら嬉しいわ」
 この優秀な侍従は、さっさと終わらせたらしい。
「もちろんす」
「ふふ、すっかり学生ね」
「……まあ正直楽しんでもいますね」
「良かった!」

 

 だって、任務だけじゃあ私の罪悪感も半端ないよ!


 
「で、どこに行き詰まってるんすか?」
「……うう、お見通し?」
「もち」
 思わずプクーと頬が膨らんでしまうレオナ。
「ほらほら、顔、顔」
 ヒューゴーの指摘で、はっ! と気付く。これかあ……と。
「フグ令嬢」
 ほっぺをツンツンされた。
「こらあ!」
「ぶはは。さ、着きましたよ」

 

※ ※ ※

 

 実は冒険小説が好きだったりして、せっかく学院まで来たし、鍛錬はやめて久しぶりに借りるか、と図書室に向かっていたら。
 
 楽しそうなレオナとヒューゴーが前を歩いている。
 
 ふと、ヒューゴーがレオナの頬を指でつついた。
 ――何だか胸がじくじくする。
 
 引き返すか迷ったが、なぜ遠慮する必要が? と思い直し、やはり借りていくことにした。二人の様子が気になるからでは、決してない。


 
※ ※ ※

 

「実はね、秘密の場所があるの」
 午後休講なので学生の姿はない、静かな空間。
「?」
 レオナは、周りを見渡して人気がないのを確かめてから、ヒューゴーを手招きする。
 ――天井高の本棚をいくつも通り過ぎ、突き当たりの壁に、見えづらい重たそうな扉があった。

 
 レオナが壁の中から把手を引き出して、下に押すと、ガチャン、と大仰な音がして開き、なんとオープンテラスに出た。
「ね!」
 

 こじんまりとした庭に、ちいさな花壇。
 テーブルが一つ、椅子が二脚だけ。

「偶然見つけたんだけど、ここなら気兼ねなく議論ができるわ!」
「なるほど。だからこそのコレですね」
 藤の籠に紅茶ポットとカップに焼き菓子。食堂の人気なテイクアウトセットである。
「ふふ。シャルと偶然見つけたんだけど、今のところここでは、誰にも会ったことがないの」
「これだけ奥まってしかも扉の向こうですから、気付かれないでしょうね」
「そうなの! さ、早速始めましょう!」
「了解っす……あ、参考文献取ってきますね」
「分かったわ。お茶の準備しておくわね」
「恐縮っす」

 

※ ※ ※

 

「……」
 選んだ本を手に取って目次を眺めていると、ふいにツンツン、と指で肩をつつかれた。本に気を取られていたとはいえ、全く気配を感じなかった。あまりの不覚に苦笑する。
 ヒューゴーは、淡々と小声で続けた。

 (ルスラーン様、すみません。大変不躾ですが、お願いが)
 (? なんだ?)
 (急用ができてしまいました。私の代わりにこの本を、レオナ様へ届けて頂きたいのです)

 手には、『流通基盤の構築』という本が。

 (……分かった、頼まれよう)
 (ありがとうございます。レオナ様はこちらです)

 とりあえず従ってみる。
 かなり奥まった場所にある扉を手で示し、本を渡され、丁寧な礼をされた。
 
 扉を開けると――
「遅かったわね?」
 と言いながら顔を上げる深紅の瞳が、固まった。
 
「……あー。えっと、ヒューゴー君は急用ができたとかで。代わりにこれ頼まれた」
「る、ルス様!?」

 

※ ※ ※

 

 はー、やれやれ。
 いきなりドス黒いオーラ出しやがって。
 何事かと思ったわー無駄に神経使ったわー。
 あんにゃろう。


 右肩を左手で押さえて右肘をぶんぶん回しながら、ヒューゴーはフィリベルトのいる研究室に向かう。レオナなら、本に挟んだメモにすぐ気付くだろう、という算段で。


 まったく……やれ雷槍の悪魔の息子だ、交流試合最年少優勝者だ、漆黒の竜騎士だとか言われても、所詮五歳下のガキだしなぁ。


 でもやっぱり余計なお世話だったかな……とも思うが、身内以外であれほどレオナが興味を持つ存在は、ヒューゴーが知る限りでは初めてなのだ。
 マリーに知られたら、余計な気遣い! と殺されるかもしれないな、とふと気付いた。相変わらず乙女心が全く分かってないんだから! とか言われてぶん殴られたらどうしよう。あいつの拳シャレにならないんだよな、と想像したら、ぶるりと寒気がした。


 まあでも、レオナ様が喜ぶのなら、殴られるくらいいいか。


 そう思う自分も大概だなと自嘲する。
「おやヒューゴー、どうしたんだい?」
 研究室へ迎えて入れてくれるフィリベルトに、どう言おうか迷った挙句。
「いらぬ気遣いをしてしまいました」
 結局正直に話したら
「ふふふ。大丈夫、あの二人はものすごく鈍感だから、多少周りが強引に応援してやらないとね」
 と笑ってくれ、ホッとした。どうもフィリベルトには頭が上がらない。


 そう言えば、ルスラーンと同い年……


 改めてこの公爵令息の規格外さに驚き、尊敬するのだった。
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