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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀
〈53〉これが気分転換なのです
しおりを挟む「……なんだお前は」
残念王子の開口一番に、かろうじて無表情を保つ。
「本日より殿下付きを拝命致しました、ルスラーン・ダイモンです」
「近衛はもういらんと、父上にお願いしたはずだが!」
未だ近衛付きで登校しているのは異常、という自覚があるのだな、と意外に思った。
「陛下のご命令ですので……」
「ちょっと話してくる!」
おいおい、そんな簡単に捕まるのかこの国の王様は? と毒づきたくなるのは仕方がないことだろう。
バァン! と勢い良く出て行くのはいいが、扉くらい閉めろ、と思う。
「はあ。本当にすまない」
ジャンルーカが、開けっ放しの扉を閉めつつ謝罪する。
「何がです?」
「教育係として情けない。辞退を申し出たんだが」
幼い頃からの付き合いで、気心の知れたジャンルーカが躾てすらあの状態だ。他に変えたらと思うと、周りはゾッとするだろう。あれで成人を控えているとは、正直呆れるしかない。
「資質と自覚の問題かと。ですのでジャン殿以外には無理です」
「ふ、ルス殿は遠慮がないな」
「恐縮です」
近衛騎士筆頭のジャンルーカは、力量も所作も完璧であり、忠誠心厚く、何より常に平静だ。
権力におもねること無く、任務を全うする。近衛にはあいつがいるからーとよくジョエルが言っている。かくいうルスラーンも彼を尊敬している。
「何かあれば自分が」
「そんな必要はないよ、淡々とやって行こう。まあ今日はもう午後からになりそうだな」
国王は朝議と他国の外交官接見で、午前の予定は詰まっている。捕まえられるとしたら昼前の数分だろう。
「前室で拗ねていらっしゃることだろう。そろそろ向かうか」
いきなり近衛に異動したのを後悔し始めたぞ、フィリのやつめ。
「前はもう少し素直な方だったのだが……」
「前? とは」
「学院入学されてから、あのような振る舞いが増えてこられたのだ。だから陛下も近衛配置を変えようとなさらない――まぁ、近衛がクラスルームに入るのはさすがに外聞が悪くなってきたから、後期は外から見ることになる。すまないが宜しく頼む」
恐らく影が配置されるのだろう、ということは察せた。
学院での交友関係を懸念しているわけだな。
「ところで聞いているかもしれないが、ジョエル副団長が多忙の際は、剣術の代理講師をしている」
へ?
「ルス殿もたまには代わらないか? 良い気分転換になる」
「あー、いいですよ」
「それは良かった! 早速今日の午後だが、セリノに護衛交代を言っておくから、一緒に出てくれないか? 学生への紹介と申し送りをしたい」
ルスラーンは後で、この軽い返事を後悔することになる。
※ ※ ※
久しぶりの屋外演習場に響き渡るイーヴォの怒号。
「てめぇら、休みの間鈍ってねーか確かめるからな!」
ここ、王立学院だよね? 品性どこ?
ジャンルーカを待つ間、テオがキラッキラした目で
「ヒューさん! 宜しくお願いします!」
と元気に挨拶していた。
ゼルはというと、
「騎士見習いなら、あっち行かなくていいのかよ」
親指で雑にハゲ筋肉を差す。
「いえ、自分はジョエル様についておりますので」
それをヒューゴーはそつなく躱していた。二人が仲良くできるかちょっと不安になるレオナだったが、
「お待たせ、皆さん。久しぶり」
振り返ると……ジャンルーカと、ルスラーンだ。瞬時に心臓が跳ね上がり、思考が吹き飛んだ。
えっ!?
ルス様!?
……会いたすぎて幻見てる?
「みんな元気そうで、何より。早速ですが、紹介させて下さい」
「今日から新しく近衛に配属になった、ルスラーン・ダイモンだ」
ホンモノダッタ
「「「「宜しくお願いします」」」」
「よろしく」
「うわあ、本物だあ!」
テオがレオナの代わりに言ってくれた。
「あの、交流試合見てました!」
はしゃいで言う彼に、ありがとうと優しく微笑むルスラーン。
「ルスラーン殿にも時々講師を代わることになったので、今日は来てもらいました」
ジャンルーカの説明にまたドキリとするレオナ。
「あ、君のことはジョエルから聞いていますよ」
ジャンルーカは、早速ヒューゴーに気付く。
「はい。ヒューゴー・ブノワと申します。ローゼン公爵家に見習いとしてお世話になっております」
「うん。ジョエルが直に見ているから、イーヴォの方へは行かないと聞いているよ」
「その通りです」
「おお、副団長が? それはすごいな」
「漆黒の竜騎士に直接見て頂けるなんて、大変光栄です。よろしくお願い申し上げます」
「……誰だよそんな名前付けたの」
「ジョエル様です」
がくうー、と項垂れるルスラーンに、有名税ですね、と微笑む余裕のジャンルーカ。ニコニコヒューゴー、内心してやったりなんだろう。悪いヤツめ、とレオナは半目になる。
「さ、早速始めていきましょう。まずは準備運動をしましょう」
ジャンルーカの掛け声に、はーい! と素直に並ぶ四人。
偶数になったので、稽古もしやすい。
ゼル、テオ、ヒューゴー、レオナの順に並ぶ。……なにやらハゲ筋肉の視線をビシバシ感じるのは、気のせいなのだろうか。
屈伸しながら、ゼルが
「なー、せっかくだから、二人とも手合わせ願いたい」
と言い出す。想定内である。
「ふふ、どうしますか? お二人」
楽しそうなジャンルーカ。
「おー、やる気満々なのは良い事だな」
ニヤリとルスラーン。
「自分も構いません」
しれっとヒューゴー。
この二人から同じ匂いがするのは、気のせいだろうか?
「僕も見たいです!」
キラキラテオが眩しい。すっかりヒューゴーのファンである。
ヒューゴーには、見習いだよ? 見習いだからね? と目線で念を送るレオナに、彼はニヤリと笑みを返すのみだ。現役の護衛、しかもドラゴンスレイヤー。見習いとは格が違う。下手をするとバレる危険がある。
「じゃあ、はい」
刃を潰した模擬剣を配ろうとするジャンルーカが
「危なかったら止めます。ではルス殿から」
と言うと、ルスラーンは
「……んー……ゼル君は剣より体術のが良い?」
首を傾げながら聞く。
「!」
「よし。武器なしで」
ゼルの反応で体術のみで戦うことを決めたルスラーンは、パキポキ指を鳴らした。
「……では遠慮なく」
不敵なゼルに、こちらの心臓がバクバクする。
「では構えて……始め!」
ジャンルーカの合図で始まる組手。
次々迫り来るゼルの蹴りを、手のひらや腕、脚でうまくいなすルスラーン。攻撃の手を緩めず、合間にフェイクを挟みながら、着実に間合いを詰めていくゼルだが、やがてルスラーンのアドバイスが始まった。
「重心ズレてるぞ」
バシィッ
「体軸を意識しろ」
バシバシッ
「右が隙だらけだ。ほら」
バチィン!
「っくそ!」
手合わせのはずが、稽古に早変わりである。
「はい、そこまで。やめ!」
ジャンルーカが止めると
「……っはあー、さすがつえー!」
満面の笑みのゼル。
「さすが面白い動きだな。靴脱げば良かったのに」
とルスラーン。
「そこまでお見通しか。それだと加減が分からなくなる」
「なるほど」
ちょっと男達の会話が分からない! とレオナが思っていると
「なるほど、闘舞ですか」
とヒューゴーが。
「お、よく知ってるな」
ルスラーンが感心する。
「以前文献で読んだ覚えが。裸足で地面を掴みながら繰り出す、足技で攻撃する、と」
カポエイラみたいな感じか!
ゼルにめちゃくちゃ似合う!
「はは。まあかじった程度だかな。うし、ヒューゴーもやろうぜ!」
立て続けに手合わせを所望するゼル。
ヒューゴーは思わず苦笑している。内心『わけーなー』と言っているに違いない、とレオナには分かる。
「……私も体術で?」
「なんでもいいんだが、今は剣が見たい!」
「承知しました」
ジャンルーカから模擬剣を受け取り、感触を確かめるヒューゴー。ゼルも片手剣を構えた。
「なんかドキドキしますね」
というテオに、うんうん、とレオナは頷くしかできない。
「では、構え……始め!」
「はっ!」
即座に斬り掛かるゼルを、そつなく打ち返すヒューゴー。
「……」
カンカンッと鈍い音が響き渡る。
「お?」
途中からゼルの様子がおかしくなる。
「おいこら!」
なぜか怒り出した。
「舐めんな!」
「……」
「おら!」
手加減て難しいよね、とレオナがハラハラして見ていると。
「!?」
一瞬でゼルの剣の柄部分を握り、剣を奪い取るヒューゴー。急に手ぶらになって、ポカンのゼル。
「すみません。剣が苦手そうでしたので、どうしたものかと」
「そのワザ……」
思わず言うルスラーンに、ヒューゴーはイタズラっぽく首を傾げた。
「あー、ゼル君。ヒューゴー君はどうやら本当に、副団長の秘蔵っ子のようだよ」
ジャンルーカがフォローする。実際、それは事実である。
「うっげー。じゃあ副団長が来た時、二人でやってもらおう!」
最初とは打って変わって笑顔のゼルに、レオナは内心ホッとした。どうやらゼルなりに警戒? 値踏み? していたらしい。
「それは俺も是非見たい」
とルスラーン。
「私も絶対見に来ます」
ジャンルーカまで。
ここには戦闘狂しかいないのだろうか、とレオナは若干呆れ気味である。
「……勘弁してください。緊張するんで」
えっ。ヒューゴーが、緊張?
思わずテオと顔を見合わせて、笑ってしまうレオナ。
「レオナ様……」
それを見付けて、困り顔になるヒューゴーがまたおかしい。
「だって、ヒューが緊張って、……ふふ!」
「三人とも、すっごくかっこよかったです!」
テオが癒しなのは間違いない。
「……私の気のせいだと良いのですが」
ジャンルーカが笑いを堪えて言う。
「こちらの方が、よっぽど騎士団の育成のような」
「あ、それ言っちゃいます? 俺我慢してましたよ!」
と頷くルスラーン。確かに! とレオナも同調する。
「でも私だけはおまけですから」
それだけは言っておかなければ、と付け足して。
「……令嬢に剣術なんかいらんだろ」
呆れるルスラーンに、咄嗟に
「護られるための、心構えってやつですわ!」
と返すと
「はは、変なやつ」
言われてしまい、思わず頬が膨れた。
むう! 変なやつだとお!
「「「令嬢……?」」」
ちょ、みんな、待って。そこでなんで疑問形?
「そういえばレオナさんて公爵令嬢だったね」
テオ!?
「お転婆ですもんね」
ヒューゴー、それ愚痴!?
「そこもまた良いな!」
ゼル、そこってどこ!
「いつもこんな?」
苦笑のルスラーンに
「ふふ、はい。ね、気分転換でしょう」
何気にジャンルーカが一番酷い。
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