【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

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第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈46〉お兄様は優しい策士なのです 後

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 ルスラーンのエスコートはとても慎重で、壊れ物を扱うかのようだった。
 言葉遣いと裏腹で丁寧で。
 的確なステップ、速さを感じさせない安定感。
 先程の皇帝とはまた違う、武人の佇まい。
 だが、畏怖を与えないよう、常にこちらの動きを読んでくれている。――優しい人だ、とレオナは再び感じた。
 
「……令嬢も、ああやって口開けて笑うんだな」
 ダンスしながら、彼がにかり、と笑う。
「本当はダメなんです。忘れて下さいませ!」
「はは! 良いじゃねーか!」
「ふふ! 私もそう思いますけど!」

 ステップと一緒に心も跳ねる。
 この人は、きっと少し臆病で、照れ屋で、そして優しい。
 手が、温かい。――なぜか離したくない。

「あのさ、その……目さ」

 じっと見られる。
 ――紫が、見ている。

「私の?」
「その胸のやつより、宝石みたいだな」


 
 どっきん!
 ゼルに似たようなことを言われた時は、こんなにドキドキしなかったのに!

 

「さ、左様ですか……」
 皇帝の赤より、て褒め文句なのかしら? とレオナは思わず遠目になる。
「あーわりい! 遠慮がないってよく言われる」
 それを悟って、すかさずフォローが。
「すげー綺麗だって……いや、忘れてくれ!」

 
 顔が熱い。なんだろこれ。
 


「ルスラーン様の目も」
「ん?」
「アメジストみたいで綺麗ですわ」
「! お、おう……ありがとう。ま、まあなんだ、親父のことは、その」
「ふふ、私、ヴァジーム様とのお喋り、とっても楽しかったんです。またお話したいですわ」
「そうか? 良かった、お世辞でも喜ぶと思う」
「お世辞ではありませんわ!」


 
 ああ、もう終わってしまう。
 ――終わりたくない。もっと話したいのに。


 
「ありがとう。親父にも言っとく」
「こちらこそですわ! とっても楽しかったです!」
 ダンスの終わりのポーズ、そしてお辞儀。


 
 ああ、もう終わってしまった……


 
 エスコートされて、元の場所へ戻る。
「様になっていたじゃないか」
 開口一番、フィリベルトの軽口。
「うるせー」
「楽しかったですわ!」
 フィリベルトが、ルスラーンにシャンパンのグラスを手渡す。レオナは果実水。三人で乾杯を交わす。
「あっ、もしかして積もるお話があるのでは? 私、外しますわよ?」
 メンズトークの邪魔はしたくないレオナである。
 
 二人が口を開く前に、
「ルスはっけーん!」
 新たな軽やかな声が。
「げ」
「ジョエル兄様!」
「レオナー! めっちゃくちゃ綺麗! 想像以上だよ!」
 手を広げながらジョエルが近づいてくるので、レオナは思わずハグに行きそうになった。
 マナー的にはカーテシーだ、と慌てて思い直して、グラスを近くのテーブルに預け、丁寧に礼をする。
「ありがたく存じますわ」
「ラザールから隠しとこー」
 ジョエルは手を広げたまま、後ろから来ているであろう副師団長を遮る。
「おい、どういう意味だ」
「うふふ、ラザール様、ごきげんよう」
「ああ、久しぶりだなレオナ嬢」
「ルスもー! 久しぶりー」
「……お久しぶりです。任務中では? 副団長」
 ルスラーンが冷たく答える。
「そーなんだけどさー、ラジがレオナのドレス近くで見たいってうるさくてさあ」
「な! 言っとらん! お前だろ!」
「えー」
 式典用の騎士礼装の二人は、それはそれは美麗な佇まいで、ここにジャンルーカが加わったら大変なことになりそうだとレオナは思った。
 案の定、周囲のご令嬢達が尋常でなくザワついている。
 わかる! 蛍光ライト持ってキャーキャー言いたい。絶対うちわ振ってしまう、とレオナはまたも妄想する。


 
 ――センターはやっぱりジョエルかな……
 キラキラなジェントル、ジャンルーカと、クールな皮肉屋ラザールと……知的イケメン、フィリベルト。
 ここに末っ子テオを加えたい!
 は、いかんいかん。
 脳内アイドルユニットを結成している場合じゃない。


 
「――ジョエル兄様やラザール様にもデビューのドレスを見て頂けて、大変光栄ですわ」
「とてもよく似合っている」
 皮肉屋ラザールが褒めるなど、明日は雨が降るかもしれない。
「レオナさあ、さっきルスと踊ってたでしょー? ルスのダンス初めて見たから、からかってやろーと思ってー」
「やっぱり俺かよ……」
「コラーッ、僕上司ー」
「俺のことですかでございますよ」


 
 ちょ!
 いちいち私のツボつくのやめて欲しい!


 
「ふふっ、ルスラーン様、とってもお優しかったですわ!」
「レオナが楽しそうで良かったよー。ブルザーク皇帝陛下とファーストダンスとか大変だったねえ」
「え! マジか!」
 ジョエルの発言に、ルスラーンが目を丸くして驚いている。席を外しているとヴァジームが言っていたなそういえば、とレオナは思い。
「マジですわ」
「そりゃー大変だったな」
「ほんとーに大変でしたわ」
「「「…………」」」


 
 ちょっと? 他の三人黙るのなんで?


 
「あーなんていうかー」


 
 ジョエル兄様?


 
「任務に戻るかあ、ラザール。終わったら自棄酒には付き合ってやるぞー」
「??」
 ふふ、とフィリベルトが微笑む。なんで自棄酒なのか、レオナにはさっぱり分からない。
「自棄ではないが、酒には付き合え」


 
 副師団長、お疲れ様です?


 
「あ、ルスー」
「なんすか」
 ジョエルが少し離れた場所からちょいちょい、とルスラーンを呼んで、なにごとか耳打ちした。は!? と動揺しているのはなぜだろう。
 気になって見ていると、フィリベルトが
「ようやくレオナに紹介できてよかった。ルスラーンはね、学院のクラスメイトで親しくなったんだが、当時ルスも私も『偉大な父親の存在』を押し付けられることに苦労していてね」
 と教えてくれる。
 
 かたや雷槍の悪魔で救国の英雄、かたや公爵家当主で王国宰相。その息子とあれば期待とプレッシャーは如何程のものか。
「普通科卒業後、ルスは結局騎士団入団を決めた。第二に配属になったから魔獣討伐のために国中を巡っていて、王都に寄り付かなくてね。あの通り裏表のない真っ直ぐな男で、尊敬しているんだよ」
 そして、ニコリと笑う。
「きっとレオナと仲良くなれると思ってね。そうだろう?」

 
 
 お兄様?


 
「私は二人を応援しているよ」
「あ、ありがたく存じますわ?」
 優しく微笑むフィリベルトは、いつも通りのようでいて、なんだか少し寂しげだった。


 
※ ※ ※


「あ、ルスー」
 副団長に呼ばれ、すぐに近寄ると、目が全く笑っていないが口角だけ上げた顔で
「あのねーレオナはねー、僕の妹でもあるからねー、泣かしたら速攻殺すよー」
 とのたまった。
「は!?」
「頼んだよー、じゃーまた明日ー」
 ひらひら手を振り、言い捨てて去って行く。
 その横の魔術師団副師団長に、去り際睨まれたのは気のせいか?

 
 副団長の妹? てか殺す? なぜ睨まれた?
 おいおい……いったいなんなんだよ……


 
※ ※ ※

 

「若い二人が仲睦まじいのを見ると、歳を感じるな、ベルナルド」
 ヴァジームの息子とのダンスを楽しむレオナは、見たことがないくらい眩く輝いていた。フィリベルトの予想通りということか、と嬉しくも寂しい親心である。
「皇帝陛下は、それほどのお歳ではないでしょう」
 確か三十代前半のはずだ。心に血を流しながら覇道を突き進む、血塗られた皇帝。その両手は数多の命を吸ってきたが、救ってもきたことを知っている。国とは綺麗事では立ち行かないのだ。
「でも手紙は書くぞ? 難攻不落を攻略するのは得意だからな」
「私は、レオナの思うがままに生きることを応援する所存です」
 
 産まれたばかりのレオナの目が開いた時、その深紅を見てアデリナは気を失った。
 目が覚めるなり、彼女は言った。
『夢に見ました。イゾラ神が仰るのです。この子を私の元に遣わした。この子を愛せよ、さすれば世界は救われる、と』
 
 ベルナルドはその時、妻が呪われた瞳を持つ我が子を受け入れるために、そのように思い込むのだと思った。否定してはなるまいと。だが違った。
『私は答えました。イゾラ神よ、あなたの子でなくとも私は愛します。我が子ですから、と』
 ね、あなた、そうでしょう? と微笑んだアデリナは、誰よりも美しかった。
『ああ、もちろんだとも。どうあろうとも、変わらず私達の愛する我が子だ』
 その時からもう、フィリベルトはレオナから離れようとしなかった。
 
 それが今や……我が息子とはいえ彼もまた修羅の道を歩み始めている、ベルナルドは苦々しい思いで見やる。
 レオナを託せそうな友がいることが、まだ幸いか。
「歳は確かに感じたよ。ラディ」
 久しぶりに昔のように呼ぶと、ラドスラフは珍しく驚いていた。
「だが娘はやらん!」

 
 それは、譲れん。たとえ大帝国の皇帝だとしても、だ。

 
「ふははは! さすがベルナルド、なかなかに厳しいな!」
 いつでも帝国に来い、歓迎する、と言い残し、大国の皇帝は会場を後にした。彼は忙しい。いくつか外交上必要な書類に目を通し、署名をし、明日の早朝には発たねばならない。
 

 ――さあて、そろそろ私が指図しないと何も動かない、我が国ののんびり屋に声をかけようか。

 
「陛下、そろそろお開きです」
「ん? お、おお、わかった――」
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