【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

文字の大きさ
上 下
56 / 229
第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈51〉それぞれの夜なのです

しおりを挟む

 
「凄かったわね……」
 シャルリーヌが馬車の中で、ほうっと息を吐く。
「ええ」
「ルスラーン様って、話すと全然雰囲気変わるのね! 怖そうって思ったけど」
「ふふ、そうね。昨夜はあんな感じだったわ」
「……レオナ」
「うん?」
「良かったね。私、ほんと、応援するから」
 なぜかウルウルしているシャルリーヌに、びっくりするレオナ。
 動揺して尋ねる。
「ど、どうしたの……」
「……だって、レオナ、今日……すっごくキラキラしてたよ!」
 
 レオナは、なるほどそんな風に見えていたのか、と恥ずかしく思うと同時に、やはりルスラーンへの特別な気持ちが芽生え始めている、ということを親友の言葉で自覚した。
 
「シャル……ありがとう……」
 レオナは、ぎゅうっとシャルリーヌの両手を握った。
 本当に素敵な友達だと、改めて思った。
 

 
 この気持ちが恋なのかどうか、まだ分からない。
 でもまた彼に会いたいし、話したい。そんなことを今まで誰かに思ったことはなかった。この想いは、かけがえのない宝物になる気がする。

 
 ――これを胸に、ずっとずっと、この生を生きていきたい。

 

※ ※ ※

 

「まーじで余計なことしかしねー親父のせいで……」
 ラフな服に着替えて、街を歩きながらブツブツ言うルスラーンは、優勝したというのに不機嫌だ。

『雷槍の悪魔に寄り添っていた、超絶美人と可憐な令嬢を紹介しろ!』と控室で騎士団連中から詰め寄られまくったルスラーンは、苦肉の策で『よく知らない。フィリベルトに聞け』と逃げたわけだが、そうすると『噂の薔薇魔女があんなに美人だったとは!』から始まって『とにかくお近付きになりたい!』『後ろの子すっごい可愛かった!』『食事に誘え!』『名前だけでも!』『フィリベルトを呼べ!』ととにかく場が収まらなくなったそうだ。

 フィリベルトは、こいつ本当に、こういうことに関しては不器用だな、と溜息をつきつつ、まあ、それがこいつの良いところだな、と独り思う。
「俺も最悪はジョエルに丸投げするぞ」
 悪友の前では、公爵令息も素に戻る。
「っはは! それしかねーな! ……あれ? でもそしたら俺、殺される?」
「だな」
「やべー!」
 旧友と飲み明かすのも、たまには良いだろう。
「……おめでとう」
「おう」
「レオナも喜んでいたぞ」
「……おう」
「何をねだるんだ?」
「……っあー、その」
「決まってないのか?」
 即断即決の男が珍しい。
「……あのさ、今日、魔術師団の副師団長に何渡してた?」
 見ていたのか。
「さあ。本人に聞け」
「……だよな」
 口がへの字のルスラーンは、そのまま押し黙る。

 

 もしかして妬いてるのか? これは。
 かつての学院在学中、強面で無愛想なのが素敵だと、女子学生にモテまくっても、ピクリともしなかったこの男が?


 
 さすが我が妹だな、とほくそ笑んでいると
「あー! やっと来たあ! 主役のくせにおっそいぞー! あら、フィリもー?」
 酒場の入口で仁王立ちの副団長。
「フィリを誘ってました」
 しれっと言うルスラーンに、こいつ……と思いつつ、つっこまないでおく。
「ほーん?」
 
 さて。十樽軍団相手に逃げ切れるかな、とフィリベルトは内心算段を始めたものの、実際は
「ああん? レオナとシャルに会わせろってー? あの二人は僕の大事な大事な妹も同然なんだけどー。紹介して欲しい奴は、まーず僕を倒してから言ってもらおっかー?」
 と酔って目の据わった副団長が、勝手に暴れ回ってくれたお陰で難を逃れたわけだが。
 殺されずに済んだ、とルスラーンはホッとしていた。
 ちなみにヴァジームは、速いピッチで飲まされ続けて早々に潰れていた。


 
※ ※ ※

 

 公爵邸へ戻り、仕事を終え自室に戻ったヒューゴーを、マリーが彼の王立学院の制服を整えながら、迎えた。

「お疲れ様。十月から大変ね」
「……はあー。やっぱマジかよ。俺に学生とか絶対無理だろ? これでも二十三だぞ?」

 護衛強化のため、学院に後期から途中入学しろ、とルーカスから指示があった時は冗談かと思ったが、実際に制服を渡されて本気だと悟った。
 ジョエルの親戚扱いでヒューゴー・ブノワを名乗り、公爵家で騎士見習い修行中の身としておけと。テオには驚かれるだろうが、まあ少し事情を話せば大丈夫だろう。とにかくジョエルが気色悪かった。マジで僕ヒューのお兄ちゃんじゃーん! て違うわ!
 
「さすがに十六歳とは言っていたけどね。まあ顔だけは童顔だから大丈夫。特にルスラーン様は『年上』だからね。間違えちゃだめよ」
「うえー。敬語ね、敬語。ヨロシクオナガシマス」
 実際はこっちが五歳上なんだが。
「喧嘩売らないように」
「売らねえよ」
「どうだか」
 
 勝ち筋はいくつかあるけどな。あのニーズヘッグってやつと一回ガチンコやってみてえな。と考えていると、マリーがイタズラっぽく
「でも二人の試合見てみたいわ。お嬢様はどちらを応援するかしら」
 とからかってくる。
「……どっちも頑張って! て言いそう」
「あはは、そうね!」
 羨ましいわ、とマリーは切なげだ。本当は自分が潜入したかったと、当然思っているだろう。
「仕方ねえよ、全部一人でカバーとなると」
「私の体力じゃね……」
 マリーは優秀だが、小柄なせいか持久力が劣る。周辺に注意を払い索敵しつつ情報収集、いざという時には戦闘、おまけに講義には、剣術と攻撃魔法も含まれる、となると、なかなかキツいものがある。
 
「その代わり家のことは頼む」
 さすがに屋敷内での警備までは、頭が回らなくなる。
「まかせて」
 二人で護っていくんだからな。
 
 ……とはいえ少々手駒不足。やはりテオを育てるか。



※ ※ ※


 
「恥をかかせよって!」
 誰もいなくなった演習場の片隅に、ゲルルフの声が響いた。

 
 宴会だと? ふざけるな。
 どいつもこいつも耄碌もうろくした爺に擦り寄りよって。辺境に隠遁いんとんしている奴の子供如きに遅れを取ったとは。恥を知れ。

 
「も、申し訳……」

 ドガッ!
 ハゲを踏み潰す。地面に散った鼻血が汚い。

「ドレインナックルは使ったのか」
 拳にはめる魔道具で、殴ることで敵の魔力を吸い取る代物だ。オーパーツと呼ばれる過去の遺物で、現在は作ることができない。騎士団が発掘した遺跡で見つかり、普段は団長室金庫に厳重保管してある。
 ヒト相手は生気も吸い取るので、使用は禁忌とされているが、魔道具の存在自体知られていない。歴代団長以外には。――まさかヴァジームが見に来るとは、想定外だった。
「……使いました」
「ちっ」

 
 まあいい。これからいくらでもチャンスはあるだろう。

 
「剣術講師に専念するんだったな」
 ジョエルがイーヴォを、体術講師から外した。

 
 身体強化を取り入れて欲しいという、学生からの要望が大きいだと? 勝手に決めるな公爵家の犬め。気に食わん。

 
「……はい」
「せいぜい精進しろ」
 決勝戦で、『あれが私の直属の部下です』などとフランソワーズに言わなければ良かった。でなければ『負けてしまいましたね』なんて言われなかった。
 ピオジェ公爵には『優勝者が前団長の息子とは、さすが英雄は格が違うのかねえ』と蔑まれた。全てイーヴォのせいだ。クソッ! ……まあいい、次の機会を待つだけだ。

 

※ ※ ※



「あー飲み過ぎた」
 散々飲まされた明け方、延々飲み続ける騎士団の仲間達から、ルスラーンはほうほうの体で逃げ帰り(フィリベルトは気づいた時にはとっくに居なくなっていた。薄情である)、ベッドにようやく横になれた。とにかく疲れた。

 今年、やっと優勝できたという充足感が、ジワジワと身体を満たしていく。

 ニーズヘッグは、ブラックドラゴンへの勝利で獲得した肉体と魔力の限界を外すスキルで、言わば身体強化の一種だ。
 限界を外してしまうので、使い過ぎると反動が酷く、去年は使いこなせていない分と、使った反動分でソゾンに歯が立たなかった。
 今年は練度を上げて、なんとか勝つことができた。苦労を知っているせいか、ソゾンには『頑張ったな!』と讃えてもらえて嬉しかった。
 
 一方で悪名轟くゲルルフの小判鮫の、イーヴォとの闘いは、全く強くないはずなのに力を吸い取られるような気色の悪い感覚だった。これは気合いを入れて一撃で決めないとマズイ、と本能で悟っていた。
 最後、寸前で加減して拳を引いたので、殺さずに済んで良かった。肋は何本か折れているかもしれないが。

 ……お互いを高め合う試合は好きだが、他者を蹂躙するようなのは好きではないな。来年からは不出場でいいな。レオナにも見てもらえたし……って、あー……

 自然と彼女のことをふと考える自分に戸惑っている自分がいる。
「ご褒美、ねえ……」

 

 ラザールに何をあげたのだろう。俺が欲しいものは……


 
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

処理中です...