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第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈50〉勝利より勝るものがあるのです 後
しおりを挟む「まあ見ておけばわかる」
嬉しそうに、ヴァジームが笑んだ。
レオナは、固唾を飲んで闘いを注視する。
シュンッシュンッ
有り得ない速さで舞う、漆黒のクレイモア。
とても目で追えない。幾重もの黒い線の残像だけが残る。
ソゾンが全てを紙一重で避けている。こちらも神業だ。
シャルリーヌが、斜め後ろからレオナの腕にしがみついてきた。
「こ、こわい」
黒竜の如く、黒く速い影となったルスラーンは、息をもつかせぬ怒涛の剣技で、ソゾンを徐々に圧倒していく。
それでもソゾンは剣圧をくぐり抜け、何度か反撃する。
ヒュイッと風が鳴り、演習場と観客席とを隔てている壁が削れた。
ルスラーンの頬が裂け、鮮血がパッと散る。
「きゃあっ」
貴賓席のご令嬢達が、悲鳴を上げた。
体勢を崩して足を止めたルスラーンに対して、戦斧を構え直し、トドメだと言わんばかりに一気に襲いかかるソゾン。
――刹那、蜃気楼がもう一回り大きくなった。そして。
「が、ぐ」
懐に潜り込んだ漆黒の剣の柄頭が、ソゾンの鳩尾を抉った。
たまらず地面に片膝をつく彼の首に、くるりと背後に回ったルスラーンが、クレイモアをピタリと当てた。
一呼吸の後、ソゾンは苦笑いで、膝を着いたまま武器から両手を離し、挙げる。
「……っぷう、やりよった」
ヴァジームが、息を吐く。
「勝者、ルスラーン!」
ジョエルの右手がルスラーンの手首を掴み、掲げた。
どおおおおおっと揺れる演習場。
立ち上がり、握手を求めるソゾン。
がっしりと握手を交わすと、ソゾンがルスラーンの肩をぽんぽん叩いている。すると、ルスラーンがソゾンの手を掴んで挙げた。観客達に二人で手を振る。お互いがお互いを讃えていることが分かる。
わああああ! と一気に盛り上がる演習場は、割れんばかりの拍手に包まれた。
「……これが決勝戦で良いのでは?」
思わずレオナからこぼれた。だって悪いが次はあのハゲ筋肉である。
「ぐはははは、確かにの」
「同情しますね」
「やめさせるか?」
ベルナルドのは洒落にならない。
ふと、ルスラーンがこちらを見た。
ヴァジームに拳を挙げた後、レオナをチラリと見て、くしゃりと笑った。
瞬間、レオナの心臓が、ギューン! と跳ねる。
「うわぁ、あれかあ」
シャルリーヌが独りごちている。
ドッドッドッドッ
自分の心臓が、こんなにもうるさいと感じるなんて!
すると、ジョエルがルスラーンを呼び戻し、耳元で何かを囁いた。二人が王族席に目を向けると、ゲルルフが戻れと演習場の中央を指で差している。その先には、イーヴォがスタンバっていた。
「まさか」
レオナは驚愕する。
「……連戦とはね」
冷たいフィリベルトの声。
「おーおー、形振り構わんのう」
どこか楽しげなヴァジーム。
「だ、大丈夫なんですの!?」
この席の男達は、全員無言で、微笑んで見守っている。
ルスラーンは、ぽりぽりとこめかみをかくと、素直に真ん中へ戻った。
「……では、決勝戦を始める!」
ぶううう! とシュプレヒコール。
わああああ! と歓声。
様々な声が入り混じるその中で、ルスラーンはなぜか背中の両手剣を下ろし、マントも外し、ジョエルに手渡した。
それから両手を組み合わせて、パキポキ骨を鳴らすと、首を左右に回す。
イーヴォは体術。――まさか。
「あいつ、相変わらず短気だなあ」
とフィリベルトが、おかしそうに笑う。
「連戦で不利な上、お前の得意分野で闘ってやるぞ、と。なかなかいい性格をしているな」
と楽しげなベルナルド。
「売られた喧嘩は買う奴だわい」
とヴァジーム。
えーっと、ハゲ筋肉、ご愁傷様?
「では、決勝戦を行う! 第一騎士団所属、イーヴォ!」
むうん! と腕を曲げて筋肉アピール。パラパラと拍手。
「第二騎士団所属、ルスラーン!」
軽く手を挙げると、どおおおおっと演習場が沸いた。
頑張れ悪魔の息子ー! とヤジが飛んで苦笑いしている。
「両者構えて……始め!」
日が傾き、夕陽が眩しい。黒鋼が光っている。
静かに構えるルスラーンに対し、
「ぬうん!」
と襲いかかるイーヴォ。
ゴツッ、ガツッ、と硬いものでお互いを殴る、鈍い音が響く。
「――ねえ、これ言ったらダメだと思うんだけど」
シャルリーヌがポツリと呟く。
「あの人って、ほんとに強いのかしら? ルスラーン様の動きがさっきと全然違う」
シャ、シャルさーん!
「「「ぶっ!」」」
多分みんな思ってるけど言ってないよ!
「あーその、ガンバッテー! とかレオナちゃんが叫んだら張り切るかも」
ジーマ様ったら!
叫びません!
「……レオナちゃんだと?」
あーあー、お父様からも冷気来ちゃったよっ。
ローゼン家伝統ブリザード、コンプリートだね!
「ぐーぐー」
寝たフリしない! 決勝戦見て!
ドカッバキッドゴン!
地味な肉弾戦が、眼下で繰り広げられている。
「あいつは、相手によって全力が変わるタイプだからな」
フィリベルトの苦笑。
「ムラっけがあるからのぅ」
ヴァジームも同意している。
だが、ガキィッとルスラーンの頬が殴られ、口許から血が飛んだ。先程の傷も開き、頬から大量の血が滴り落ちている。ブッとすかさず血を吐いて、彼は体勢を立て直す。
「……あんにゃろう」
ヴァジームが、珍しく語気を荒らげた。
「ありゃあ門外不出のはずだが」
「分かる者はいないでしょう」
フィリベルトが険しい顔でフォローする。
どうやら、かなり姑息な手を使っているようだ。
ジリジリとルスラーンが後退し、頬の出血が増えていく。
ハラハラと見ていると、
「ようやく切り替える気になったか」
とヴァジームがほくそ笑む。
またゆらりと蜃気楼。
次の刹那、大きく踏み込んだルスラーンが、その拳をイーヴォの腹に、思いっ切り叩き込んだ。
吹っ飛ぶ巨体は、演習場の遠い端まで無惨に舞った後、どさりと落ちた。
「……そこまで! 勝者、並びに優勝者、ルスラーン!」
わあああああああああああ!
拍手喝采の中、めんどくさそうに雑に頬を拭うルスラーンは、血が目に入ったようだ。
痛そう!
それでも、片手で頬を押さえながらこちらを振り返る彼は、またニカッと笑った。
「ご褒美楽しみだのう」
ヴァジームの声は、もうレオナの耳に入っていなかった。
何よりも、彼が無事なことが嬉しいと思った。
※ ※ ※
表彰式で、国王から優勝の盾を受け取ったルスラーンは、あまり目立つのが好きではないらしく、ささっと列の中に隠れてしまった。それでも背が高いので、おでこは見えるけれど。
「素晴らしき闘いであった! 勝った者も負けた者も、全力で闘ったことを誇るように!」
国王の締めの挨拶で、無事交流試合が終わった。ぞろぞろと観客達が会場からはけていく。
「ハー。疲れたー」
また柵越しの、だらけ副団長が戻ってきた。
「ジョエル兄様、とっても凛々しくて、カッコよかったですわ!」
パレードで女性達に人気があるのも納得である。今日ももちろんキャーキャー言われていた。それに余裕で手を振り返したりしているのがまた、ファンサすごっ! と思っていたレオナである。
「ははは、叫んでただけだけどねー。でもありがとー」
ニコニコして
「良かったねー。ルス、すごい頑張ったから、いっぱい褒めてあげてー」
「はい!」
「あ、でも今日はこれから騎士団で、盛大に宴会だから」
ああ、なるほど、それはそうかとレオナが思っていると
「また別の日にゆっくり会えるからねー」
別の日? と問う暇もないまま、ジョエルは『じゃーねー』とひらひら手を振って行ってしまった。
「わしもさすがに少し顔を出すかのう。ではな、レオナちゃん、シャルちゃん」
「ごきげんよう、ジーマ様」
「またお会いしたいです、ジーマ様!」
破顔して、嬉しそうに立ち去っていく、救国の英雄。優しくて、お茶目な方。息子の優勝は、やはり嬉しいだろう。
「さて、我々も撤収しましょう。父上はどうされますか?」
「王宮に戻るよ」
疲れた顔のベルナルドとは、ここで別れた。どうか無理はしないで欲しい。クッキーを渡すべきはあっちだったか……
観覧席から出て、馬車に乗り込もうとしていると、
「フィリ!」
人混みを掻き分けてやって来る、黒い長身。頬にはガーゼがあてられている。
「ルス!」
「……はー、わりぃ、色々捕まって……えーとレオナ嬢と」
シャルリーヌに気付く。
「あ、私の大事なお友達の、シャルリーヌですの」
「シャルリーヌ・バルテです! 初めまして!」
「おお、ルスラーン・ダイモンだ」
「「「優勝おめでとう」ございます」」
「あ、ありがとう」
ぽりぽりとこめかみをかいて、照れるルスラーン。
「これから宴会じゃないのか?」
「あー、それなんだが、ちょっとフィリも来てくれないか。頼む」
と、いきなりがしっとフィリベルトの肩を掴んで引き寄せ、耳元でボソボソ話すルスラーン。
「……はあー。……仕方ない。少しだけだぞ」
「わりぃ、マジで。恩に着る」
何か問題でも? 不安になって見やると、フィリベルトが安心させるように言う。
「大丈夫、ただの面倒臭ーい、お酒のお付き合いなだけだから。先に二人でお帰り。シャル嬢も、今日はありがとう」
「こちらこそですわ。では失礼いたします」
「わりぃ、またな」
「ごきげんよう」
レオナはもう少し話したかったが、主役が宴会に遅れるわけにはいかないだろう。
見送られて、馬車に乗った。
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