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第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈43〉舞踏会開幕です
しおりを挟む北都復興十周年記念祭の前夜祭である、舞踏会。
会場入りの順番は、基本的に身分の低い順。なので公爵家は最後。
ピオジェ公爵家が、毎回うちが最後! と煩いのだが、残念ながら大体は宰相兼務のローゼン家が最後だ。
ただし今日のベルナルド達は、晩餐会会場から王族と共に来るので、フィリベルトとレオナを先に呼び、次にピオジェ公爵家、の順番で体裁を整えるのだそう。それで満足ならどうぞご勝手に、とレオナは思った。
「くだらないと思うだろう?」
とは王宮へ向かう馬車の中でため息をつく、フィリベルト。
「でも、それが大半の貴族の矜恃だ」
「この王国での我々貴族の在り方は、多少弁えているつもりです。たかが順番、されど順番。階級の差別化が大事な場面もございますものね」
「うん、レオナ。それでいい」
さすが私の妹だね、と褒めてくれた。
「それにしても本当に綺麗だ。上品なドレスが、レオナの美しさを更に引き立てている。会場の視線は全てレオナのものだろう」
過大評価しすぎです!
「お兄様ったら、褒めすぎですわ」
「シャル嬢の忠告も頷ける。絶対に私から離れてはいけないよ」
あーこりゃダメだ、シスコンパワー全開だ。
「離れませんわ!」
「今日はジョエルもラザールも、任務だからね?」
ゲルゴリラはパーティ参加なんですって。
警備計画や人員配置は、結局ぜーんぶジョエル兄様の采配だし、当日チェックしつつ巡回もされるんですって。
なかなかヤバい上司だな! ほんと同情しかない。
ラジ様は『かえってやりやすくて良い』って苦笑いしているそうだけど。
「念のため言っておくが、会場には魔力無効の結界石を設置してある」
元々設置してあるものを、カミロと協力してさらに強化したのだそうだ。
「魔法は使えない。……レオナなら結界自体を壊せてしまうかもしれないから、控えてね」
「まあ! 買い被りですわ……お兄様の研究が実を結んだのですね。とっても嬉しいですわ!」
「ありがとう、レオナ。将来もしレオナが大きな魔力に苦しむことがあっても、絶対に私が護るからね」
「お兄様……」
コンコン。
馬車の扉をノックされた。
「……そろそろです」
とヒューゴー。
今日は馬車で待機してもらうことになっている。
化粧直しや着崩れに備えて、マリーも連れて来ているので、夫婦でお喋りして気楽に待っててね、とレオナが言うと
「「仕事中なので」」
と二人してつれないお返事であった。
――喧嘩しないでね?
フィリベルトのエスコートで馬車を降りると、王宮の大ホールの扉が大きく開かれていて、中にたくさんの人が見えた。
一気に緊張感が増す。
色とりどりの衣装で着飾った人々。ざわめき。いつもより背筋に力を入れたレディ達。
少し空気にあてられてしまったレオナを
「大丈夫だよ」
と、優しく手の甲をさすって宥めてくれる公爵令息は、今日のタキシード姿も美麗であった。
「大変お綺麗ですよ!」
とマリー。
「ここで待ってますんで。辛かったら戻ればいっす」
とヒューゴー。
「ありがとう、二人とも。いってきます」
――さあ、デビューだ。
「ローゼン公爵家ご子息フィリベルト様、ご令嬢レオナ様、ご入場です」
名前を呼ばれると、一瞬で人々の熱気と熱視線が襲ってくる。負けないように意識して胸を張る。大丈夫、フィリベルトについていけばいいのだ。
――ザワザワ……
(あれが噂の……)
(本当に目が赤いわ……)
(……薔薇魔女)
(恐ろしい)
(お前話しかけてみろよ)
(呪われるぞ)
(怖い怖い)
国王の椅子の手前まで、歩いて行かなければならないので、余計なことが無遠慮に耳に入ってくる。
特にレオナはデビュタント。
公の場に姿を現すのは初めてのことで、注目を集めてしまうのは致し方ない。
深紅の瞳を一目見ようと。そして、見た後に恐ろしいものを見た! と吹聴しようと。
好奇と嫌悪の目線が、レオナの精神力を削っていく。
魔法よりタチが悪いなと、下腹に力を入れて耐える。
改めて、この王国での『薔薇魔女』の忌み嫌われっぷりを実感した。
赤い目だからなんだと言うのだ、と気力だけで跳ね返さねばならない。
みんな本当に噂好きだなあ、とレオナが内心で呆れていると、体感気温が下がったように感じた。
お怒りにはまだ早いですわ!
フィリベルトの顔をチラリと窺うが、無表情。
さすがに周囲に悟らせはしない。魔力無効結界がなければ、今頃会場全体がブリザードだったかもしれないな、とレオナはぶるりとした。
「ピオジェ公爵家オーギュスト公爵、第一夫人……」
ほらほら、大トリのご入場ですよ!
どうか、そちらを見て下さいませ!
国王に始まり王妃、主賓であるブルザーク帝国皇帝、ガルアダ王太子、第一王子アリスター、第二王子エドガーの順で挨拶を交わす。
アリスターは婚約者である、ガルアダ第一王女ミレイユを伴い、エドガーの後ろにはなんとユリエがちらちら、隠れきれていなかった。しかもド派手なピンクのドレス! で。
これにはさすがのフィリベルトも、息をのんでいた。招待されていないと思うのだが、大丈夫なのだろうか? と思いつつも、レオナは何とか平静を保ち挨拶を済ませた。
――ユリエがなぜか勝ち誇った顔をしていたが、なるべく目に入れず、微笑みの口のままでスルーしておく。
ピオジェ公爵家の入場も完了し、国王から開幕の挨拶だ。
ファンファーレが響き渡り、全員が壇上に注目する。
「皆の者!」
マーカム国王ゴドフリーが立ち上がり、参加者達を見渡しながら、言葉を続ける。
「明日は知っている通り、我が王国にとって大変にめでたい記念すべき日だ。十年前の悲劇を覚えている者は多かろう。だが我々は困難に打ち勝ち、再び平穏を手に入れた。また今年も、英雄のダイモン伯爵と共に舞踏会を開けることを誇りに思う」
立ち上がり軽く手を振るおじさまが、きっとダイモン伯ヴァジーム。
「この通り、隣国から大切な我が友人達も、祝いに駆けつけてくれた」
わっと拍手が巻き起こる。
「ブルザーク帝国皇帝、ラドスラフ殿!」
国王が呼び、国賓席で赤い長髪の美丈夫が立ち上がる。
――途端に静寂が訪れた。
彼は悠然と会場を見渡しながら、裏地が深紅のベルベットでできた、踝丈の黒いマントをバサりと片手で翻し、左胸に燦然と並ぶ勲章の数々を明らかにした。
それだけで放たれる、威圧。
黒ベースの騎士服は、金色の大きな肩章に飾緒が付いており、サッシェと腰の革ベルトは鮮やかな赤だ。
「ブルザーク帝国が皇帝、ラドスラフである」
初めて聞く声は想像通り、よく通る低い美声。
「此度の招き、光栄である。武人ゆえダンスは無粋であるが、楽しませてもらおう」
一気にどっと盛り上がる会場。
「そして、ガルアダ王国王太子、カミーユ殿!」
水色の瞳で金髪の青年は、白い礼服が眩しい。
水色のサッシェには、アクアマリンやサファイアなど、たくさんの宝石をふんだんに使ったブローチが付けられている。
なんというか、きらきらしい、いかにも王子様! という感じである。
「本日はお招き頂き、大変光栄に思います。このような煌びやかな舞踏会では緊張してしまいますが」
胸に手を当て、大袈裟に言う。
「どうぞお手柔らかに」
その笑顔に、ご令嬢達が一斉に浮き足立つ。
「ははは! ありがとう二人とも!」
お互いに目で会釈を交わすと、国王が今一歩前に進み出て、鷹揚に両腕を広げ、続ける。
「同時に今夜のこの場にて、我が息子エドガー、そして公爵令嬢レオナ・ローゼン、フランソワーズ・ピオジェをデビュタントとし、ファーストダンスの機会をもたらすものとする! さあ、皆の者。今宵はこころゆくまで語り、踊り明かそう!」
そして国王が王妃を誘い、フロアに降りる。
楽団が音楽を奏で始める。
まず国王のダンス。次に第一王子と婚約者。それが終わるといよいよファーストダンスなわけだが、王族から声が掛かるのを待つしかない。
参加者達は、ファーストダンスが終わるまでは、ダンスステージに注目。その後は自由に踊ったり誘ったり、歓談したり、だ。
「お兄様……」
音楽に紛れて、レオナは不安を口にする。フィリベルトが耳に口を寄せた。
「エドガーは、フランソワーズとのダンスが決まっている。ユリエ嬢は呼ばれていない。大丈夫だ」
なるほど、ピオジェ公爵のゴリ押しか。ではアリスターとのファーストダンスになりそうだ、とレオナは予想した。婚約者と踊られた後であれば、問題ないはずだ。
緊張しながら待っていると、
「よー、倅」
気さくなおじ様が話しかけてこられた。
「ヴァジーム卿! お元気そうで」
フィリベルトが明るく返す。
「おう、田舎は空気がうまいぞー、たまに魔獣の息だけどな、がはは」
噂の『雷槍の悪魔』だ、本物だー! すごい! と途端に芸能人に会った気分になるレオナ。
黒髭のダンディで、がっしりした背の高いおじ様、想像より全然若くて驚いた。恐らくベルナルドの少し年上くらいだろう。
「お嬢ちゃんが、噂のベルナルドの娘か」
「左様でございます。お初にお目にかかります」
カーテシーをしようとすると、
「いらんいらん、わしそういうの苦手。美人さんがすると迫力あるしかなわん!」
にひ、と笑う。思ったよりだいぶ人懐っこくて面食らう。
「ふふ、レオナと申します」
「こりゃーベルナルドが家から出さんのも分かるなあ、なあフィリ坊」
「……その呼び方はやめて下さいよ」
「結婚したらやめてやる。それまでは小僧扱いだ!」
「敵いませんね……」
ヤレヤレと溜息をつきつつ、満更でもないフィリベルト。公爵家の跡継ぎを、こんな扱いにできるのはヴァジーム卿だけかも! とレオナは感動した。
「嬢ちゃん、いきなりですまんが、ちょっと頼みがあるんだが」
「? なんでしょう?」
「今日はな、わしの息子も来ておってな。今は騎士団連中と話してておらんのだが」
「まあ、そうなんですのね」
「あとで踊ってやってくれんか。顔が怖くて、嬢ちゃんたち誰も近寄れんの」
ぶふっ、なにそれ! 面白すぎる!
「ご子息様が、お嫌でなければ是非に」
むしろ興味わいちゃったの、私だけ!?
「ほんとか! 約束したぞ! 誘うように言うとくからな!」
じゃ! と気が済んだとばかりに来賓席に戻られた。
「……くくく」
フィリベルトが、肩を震わせて笑っている。
「あいつ怒るぞ……面白すぎるな。まあ、どうせレオナには後で紹介しようと思っていた。私の友人なんだが」
おほん、と咳払い。
「確かに顔は怖いかもな。くくくく。どうやって誘うのかな。楽しみだ」
お兄様が悪い顔してる~!
とっても仲の良いお友達なのね。じゃ、安心ね!
ジャジャーン、とちょうど音楽が止み、また緩やかに次の曲へ移る。
アリスターのダンスも終わったようだ。
エドガーがつまらなそうな顔で、フランソワーズを誘っている。その横ではピオジェ公爵が得意そう。
さて、アリスターを待とうかな、とレオナが思っているとなぜか……
「そなたが、噂の薔薇魔女だな?」
ぎゃーーーーす!
ゆ、油断してたら、こここ皇帝陛下来ちゃった!
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