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第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈42〉ついに復興祭当日です
しおりを挟むいよいよ迎えた復興祭当日。
大変お天気がよく、からりとした風が心地よい。
北都復興十周年祭は、正確には明日だが、今夜、オープンセレモニーとして夜会が開かれる。
国賓と呼ばれるゲスト達と王族、宰相を始めとする要職達との晩餐会があり、その後の舞踏会こそが、今回特別に選ばれた未成年貴族のデビューの場も兼ねている。
国王陛下に挨拶をし、王族とファーストダンスをすることで、この国の貴族として一人前と認められるから『デビュー』だ。特にデビューをする女性は『デビュタント』と呼ばれている。
宰相たるベルナルドは、アデリナを伴って晩餐会から出席なので、レオナはフィリベルトのエスコートで、舞踏会から参加する。
コルセットでぎゅうぎゅうに腰を締めるとはいえ、ご飯はちゃんと食べて行かないと最後までもたない。
飲み物と軽食は出るが、食べる余裕はないであろう。
ハイヒールで最後まで立てるかなあ、とそれだけが不安だ。ダンスの練習はしてきてはいるが、何しろ舞踏会は、初めての経験なのだ。
というわけで、レオナは朝からお風呂、マッサージ、髪と爪の手入れ、と全身磨かれていた。今日はマリーの独壇場だ。
「お兄様はどちらに? 今日はまだお見かけしていないわ」
朝食はもちろんのこと、昼食でも見かけなかった。
「お時間までやることがあるからと、お部屋に」
「大丈夫かしら」
「間に合わないようでしたら、ヒューが押入りますので」
物騒!
ヘアセットをされながら、手元の招待客リストのおさらいをする。
本当にブルザーク帝国皇帝の名前があって、ドキリとしたレオナである。
大陸中に響く高名で、拝謁できるのはごく一部の限られた人間のみ。いくつもの属州を従え、豊かな海からの恩恵があり、漁業と海洋貿易、塩で潤う大帝国。
帝国軍も頑強で大軍と聞く。ただし魔素が少なく、マーカムは魔獣蠢く北の森の管理と、魔力量豊富な人材の斡旋、農作物の輸出でもって、対等な同盟を保てている。塩害で作物が育ちにくい土地柄で、食料事情があるのだ。
帝国ではその代わり、少ない魔力でも動作可能な魔道具開発が盛んで、その技術力は非常に高く、フィリベルトも一年の留学では全然足りないと零すほど。
皇帝は未婚だが、前皇帝と五人の王子をその手で屠った『血塗られた皇帝』と呼ばれており、皆恐ろしくて近寄れないらしい。
帝国内ではそれでも、やれ正妃に、後宮に、と大量の女性達が皇城に送り込まれては、邪魔だと追い返されているそうな。
レオナは、そのコストを想像しただけで身震いがした。
広い帝国を行き来するのに、馭者も馬車もタダではない。
着飾る女性の服飾費、持たせる手土産、旅費、同行する護衛とメイドの給金。そんな暇があるなら他のことせえよ! と割と本気で思っている。でもそうしてまでも魅力的な、皇帝の寵愛なのだろう。全く理解ができないが。
一方で、未婚のガルアダ王太子も来訪ということで、別の意味でも緊張感がある。
うちの王国はなにかとガルアダと縁があるため、貴族令嬢達が躍起になるのが目に見えている。
個人的には、やはり北の英雄ヴァジーム伯に会ってみたいと思う。
雷槍の悪魔ってどんな方なんだろう! の怖いもの見たさというやつだ。ただし明日開催予定の、王国騎士団と辺境騎士団の交流試合観戦は、シャルリーヌに誘われてはいるものの保留中のレオナである。
――だって。汗みどろの男の闘いだよ? 見たいの? ゲルゴリラだよ?
シャルリーヌは見たがっているけど……カッコイイ人いるかもしれないし! て、そうかあ。
でもなあ、身近にいる騎士ってジョエル兄様とかジャンルーカ様とかだよ? 基準おかしくなってる自覚持ってね? ――
と物思いにふけっていると、
コンコン……
遠慮がちなノックが聞こえた。
「はい?」
返事をすると
「今、入っても大丈夫かい?」
フィリベルトの声に腰が浮きかけるが、マリーに優しく制された。
「もちろんですわ!」
答えるとマリーが扉を開けてくれる。
「やあレオナ」
若干やつれているフィリベルトは、珍しく部屋着のままだった。
「やっとできたよ……」
見せてくれた手のひらには、ラピスラズリのような石が乗っていた。
フェルメールが愛した鮮やかな青。日本では十二月だが海外では九月の誕生石。今日のデビュードレスの色とも同じ。
石言葉は成功と健康、だったか。レオナの前世も九月生まれだったから、覚えていた。
ちょっとその薔薇のペンダントを借りるね、と外され、花開いた金色の薔薇の下に、ゴールドの土台に嵌め込まれた青いティアドロップが付けられた。
今日の『皇帝の赤』と呼ばれるルビーと色合うかな、と思って合わせてみたら、これがまた意外としっくりきた。さすがである。
赤とゴールドと青のコントラスト、それもまた今日のドレスと同じ。
「これが、破邪の魔石だよ」
付けたレオナを満足げに眺め
「レオナを護ってくれる。どうしてもの危機に陥った時は」
頬を撫ぜながら切なげに言う。
「魔力をこめて強く握って」
「……お兄様」
メイクが崩れるのも厭わず、抱きついた。
何日もかけて休まず作ってくれた魔道具だ、きっと幾重にも難しい魔法がこめられていて、その調整は大変だったに違いない。
「ありがたく存じますわ。絶対に、肌身離さず身につけます」
「うん。ジョエルとラザールにもお礼を言ってね」
「もちろんですわ!」
「ふふ、ほらいつだったか、カミロの研究室で、ジョエルがラザールに魔石を強請っていたのを覚えている?」
はいはい、はいはい。
魔石の代わりに私をくれ、とかなんとか言われた時ですね。
覚えてます!
「ラザール、レオナに振られたのを気にしていてね。休みの日にわざわざブルードラゴンを倒しに行くなんて、意地になりすぎだよね」
はいー!?
「ジョエルまで張り切っちゃって。伝説作っちゃったよね」
うわーいーーー……
「国王陛下にも、もちろん魔石のこと内緒ね」
はあーい! 絶対に言いません!
「ふふふ。じゃあ私は少しだけ仮眠を取って準備するから、また後でね。ドレス楽しみにしているよ」
「はい、お兄様! また後ほど」
フィリベルトが部屋から出ると、マリーが微笑んで、そっとペンダントの位置を直して
「では少しお化粧を直さないといけませんが……先にコルセットの準備をして参りますね。お茶はいかがですか?」
「ふう、お願い。厨房にクッキーの残りがあったはずよ」
「お持ちいたします」
出て行った。
きっと一人で気持ちをリセットする時間を作ってくれたマリー。長い付き合いなだけあって、全部悟ってくれるのだ。
レオナは、ふーっと大きく息を吐き、鏡に映る石を眺める。
確かに魔石と言う通り、強い力を感じる。でも嫌な気持ちはしない。温かくて、寄り添ってくれるような。金の薔薇の輝きが増したような。
周りの皆は、いつもかけがえのないものをくれる。
物だけではなく心も。
「ドラゴンを倒してまで、なんて!」
突拍子もなくて、思わず笑ってしまった。皮肉屋ラザールに、たっぷりお礼をしなくては!
※ ※ ※
騎士服でいいだろ? と適当にしていたら
「辺境伯として招かれていると言うただろう。せめてタキシードにしておけ。ただでさえ顔が怖いんだ、そのぐらい気を遣え」
……めんどくせえ。
「びしーっとしとったら、どこかの娘が見初めてくれるやもしれんぞ」
……んなわけねーだろ、めんどくせえ。
「独り身は寂しいぞおー! わしももう長くないからなー」
「嘘つけ、毎日ぴんぴん魔獣倒してるじゃねーか」
「じゃあなんで参加する? 去年までわざと任務行っとったろ」
バレてたんか。
「フィリベルトに頼まれた」
「おー、ベルナルドの倅だな。あれほどわしが王都に戻れ、言うとったのに、あやつの言うことなら聞くんだなーわし悲しい」
……めんっどくっせーな! 親父の言うことは聞こうと思ってた。タイミングがなかっただけだ。魔獣討伐ばっかりしていても、領地経営は難しい。王都で情報を握れる人脈を持って、初めて成り立つのだ。
そのために野獣討伐任務の第二騎士団から、花形である近衛に異動することに決めた。たまたまフィリベルトが誘ってくれただけだ。第二の方が性に合ってるけどな、仕方ねえ。
『一年半ぶりだろう? 王都の勘を取り戻し、顔を覚えてもらうためにも、舞踏会は出た方が良い』
正論に従うだけだ。めんどくせえけどな。
髪を適当に撫で付け、ジャケットを羽織る。
「ただでさえ黒いんだから違う色にすりゃえーのに。オシャレじゃないのう。だから辺境は田舎者扱いされるんだぞい。悲しいのう」
……ああもう舞踏会なんて憂鬱でしかない。貴族の令嬢どもにまた怖いだの、黒いだの、あれが悪魔の息子だの、ヒソヒソされんのめんどくせえ! 影でピーピーピーピーうるせーんだよな。
「ちゃんと、誰かとダンスするんだぞ!」
……うるせえよ、俺の誘いに乗る女が奇跡的に居たらな!
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