【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

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第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈40〉影は陰で笑むのです

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 フィリベルトとジョエルは、このまま少し話すことがあるということだったので、レオナはシャルリーヌを私室に誘った。
 
 ここ数日ご飯もろくに喉を通らず、眠れなかった、というふらふらの親友に、ミルク粥を食べてもらうことにしたのだ。
 さすがにヒューゴーは下がらせて休んでもらい、マリーにハーブティーを頼む。

「ごめんね、シャル。そんなに思い詰めていたなんて知らなかったの」
 
 まずは謝罪。ジョエルとヒューゴーだから大丈夫、と無駄な自信があった過去の自分を、殴ってやりたいレオナである。感覚がおかしくなっていたと反省しなければならない。
 
「ううん……私、セレス義兄様にお話を聞いたら、勝手に怖くなってしまって……」

 割と脳筋だとレオナが心の中で評している、王国騎士団第一騎士団の師団長セレスタン。シャルリーヌの姉カトリーヌの夫である。
 恐らくは、ドラゴンて? と軽く聞いたシャルに対して、無神経にその困難と恐怖を語ったのではないか、と容易に予想がつく。ジョエルも察しているだろう。なんと言うか、悪気はないが、空気の読めない御仁なのだ。

「お兄様も仰っていたけれど、王国最強パーティで臨んだのだそうよ!」
 とレオナが言うと
「あの馬鹿がお役に立てたのなら、本望です」
 とマリーもフォロー? する。
「うー……」
 ひっく、ひっく、とまた涙がこみ上げてしまった彼女の背を、レオナはさする。
「心からそう思っております、シャル様」
「マリー……」
 
 マリーは、シャルリーヌの膝元で、膝を突いて見上げながら、真っ直ぐに言う。
 
「わたくしどもにとって、レオナ様と同様、シャル様も何よりも大切な存在です。出来ることがあれば、いつでも全力を尽くす所存です」
 いつだって私達は、シャルリーヌの聡明さと元気さに助けられてきたのだ。
「どうかヒューゴーの努力を否定されませんよう、お願い申し上げます」
「!! そうね、そうだわ、ヒューゴーの努力よね。私ったら……自分の気持ちしか考えていなかったわ」
「ふふ。生意気を申し上げ、大変失礼致しました。奴は、素晴らしいスキルを獲たようですよ。羨ましい限りです」
「マリー!? 行っちゃダメよ!」
 レオナが咄嗟に止める。
「ふふふ。残念ながら私では敵いません」

 
 ――いやーん、目が笑ってない気がするー!

 
「マリーったら!」
 シャルリーヌが、やっと微笑んでくれた。

 

 ――さすが私のメイド! シャルの性格を良く分かっているよね。私もまだまだだなあと、反省……

 

※ ※ ※


 
 一方応接室で。使用人を下がらせ、そのまま対談を続けるフィリベルトとジョエル。――密談である。

「レオナ、ヒューゴーの命を救っちゃったね。無意識に」
 ジョエルが涙ぐむ。
 ルーカスが戻ったらなんと言うだろうか?
「……そうだな」
 フィリベルトも、涙を懸命にこらえている。
 ジョエルは表情を引き締めて、告げた。
「フィリベルト。これから僕達で、より一層レオナを護らないといけない」
 
 ジョエルにいつもの緩さは、微塵もない。
 
「ああ。その通りだ」
「聖属性の上級魔法は、教会の専門だ。もし知られれば」
「強制的に収容される」

 レオナは、有無を言わさずイゾラ聖教国民となり、一生シスターの貢献活動と称した、教会での無料奉仕活動に従事させられる。
 治療時以外は会うことすら叶わなくなり、毎日イゾラ聖教会の教義をそらんじるまで刷り込まれ、どこかの司祭と『創造神イゾラのお導き』で結婚させられる。

 教会の手を逃れることは、現実的に難しい。
 例え王族であろうとも、ほぼ例外はない。
 信者は大陸中に溢れているのだ。

「レオナのことだから、誰かを助けるためなら」
「……躊躇いなく使うだろうな」
「使用条件を、当面フィリベルトの許可制にしよう」
 
 ジョエルの提案は、普通なら軽いが。
 
「レオナには効果があるな。そうする」
 みだりに異性に抱きついてはいけないからね、と諭そうとフィリベルトは決めた。しばらくはそれで時を稼ぐ。

「ところで、王都郊外での魔獣討伐任務に参加したのは久しぶりだったんだが、思っている以上に魔獣の活動が活性化していた」
 
 ジョエルの疲労は、数の暴力に運悪く新人部隊がぶち当たってしまい、結局一人で立ち向かう羽目になったからだった。
 
「……原因は」
 厳しい顔の二人は、意見を交わす。
「まだ分からない。スタンピードの予兆ではないようだ。人的か環境要因か、まだ判断はつかない」
「活性化するには魔素が必要だ。ということは」
「……自然と溜まったものにしては範囲が広い。しかも東側に限られる」
「不自然に、ブルザーク側だけということか」
「その通りだ」
「確かに不穏だな……」
「…………」

 復興祭の夜会には、初めて、大帝国皇帝が直々にやってくる予定なのだ。
 
「よし。とりあえず堅苦しい話はここまで。気になっていると思うけど、ヒューゴーが獲得したドラゴンスキルを説明しておくよ」
 
 ジョエルは、今度こそふうっと全身から力を抜いて、ソファの背もたれに寄りかかる。フィリベルトは、グラスに赤ワインを注いだ。

 ジョエルのヒュドラ(一定時間無敵の魔眼矢連弾)、ラザールのヴリトラ(指定区間の絶対結界)など、ドラゴンを倒すことで、獲得者の属性や性質を生かすものを、人生で一つだけ獲られるドラゴンスキル。そのためドラゴン討伐に挑戦する者は後を絶たない。
 
 だがドラゴンの巣は、迷宮の深奥の小部屋にあるため少人数しか入れず、たどり着くことすら難しい。しかも手前には強力な眷属がいる挙句に、一日以内の連戦必須。
 どんなに上級な冒険者でも、倒すのはほぼ不可能な難易度となっている。また、ドラゴンに勝利しなければ脱出用魔法陣は出現しない。つまり負けた場合、散々ダメージを負った身体で、地上までまた歩かなければならない。イコール、迷宮の道半ばで帰らぬ人になるパターンも多いのだ。
 
 ――この話をバカ正直に(しかも嬉々として)セレスタンがシャルリーヌに話したとしたら、もう戻って来ないかもしれない! と取り乱したのは当然であろう。ジョエルはそれが事実だったなら、後で容赦なくセレスタンを叱ってやろうと心に決めている。

「ヒューゴーのは『紅蓮ぐれん』っていってね。攻撃特化で、触れるだけで皮膚が裂ける、防御無効、絶対不可避のものだよ。あいつの不知火しらぬい(分身)と陽炎かげろう(武器への炎属性付与)に組み合わせたら、ヤバいよねー」
 
 ケラケラ笑うジョエルは楽しげで、それがまた凄みを増している。二度ドラゴンを倒した人間は、この世にいないのではないか。
 
「いよいよヒューゴーに追いつかれちゃったなぁ」
 口では言っているが、嬉しそうに見えるのは、気のせいではないだろう。

「ヒューゴーの出自って結局わかんなかったんだよねー? リンジー」
「いやーん、バレてましたん? イケズやわ~」
 
 どこに潜んでいたのか、副団長の声掛けに反応し、するりとその姿を現したのは狐目の影。
 
「……相変わらずだなー」
「ウシシシ。副団長の言う通り故意か偶然か、一切の記録も記憶も見つかりまへんでしたねえ」
 
 孤児院に捨てられた日の翌朝が、ヒューゴーの人生のスタートだ。同時期の出生記録や医院、産婆など手当り次第あたってみたが不明。当人は孤児院が自身のルーツで良いのだ、と笑う。未だに律儀に仕送りを続けているそうだ。魔力があるということはどこかの貴族の……
 
「ま、いいんでないの。最強の公爵令嬢専属侍従があいつの望みですやん」
「ああそうだな」
 
 たるフィリベルトは、ふっと表情を緩めると、ワイングラスを傾ける。血のような赤をこくりと飲みこみ、その甘さとほどよい苦味を楽しんでいる。
 
「リンジーと違って影には全然向いてないからねーあいつー」
 ジョエルもグラスを傾け、くるくると回して中身の赤を見つめている。
「どういう意味やねん」
「まんま、その通りだけどー?」
 
 騎士団や魔術師団への暫定的な所属は他に例がないが、学院警護に対象を限定して、ヒューゴーの騎士団所属に承認を得たのは、他でもない副団長の尽力であった。後期から、ヒューゴーも堂々と王命で学院生として潜入予定である。

 それからジョエルは、一拍の間を置いてから、真剣な顔をして切り出した。
 
「僕は、テオを影にしとくべきだと思うよ」
「……分かってはいるが」
 
 確かに、能力的に第三騎士団は最適だろうと、フィリベルトはレオナの誕生日パーティでの、彼の動きを思い出す。
 小柄な体躯、身のこなしと通信に秀でた風属性。潜入に向いているのは誰の目にも明らかで、父であり宰相かつ公爵家当主のベルナルドも、将来の第三所属を前提として、ルーカスの訓練を許可している。
 だが茨の道だ。汚く過酷で日の目を見ない裏街道。場合によっては手も汚さなければならない。

「フィリが思ってるより強いよ、テオは」
「……」
 
 あの純真で気遣い屋の彼を思い浮かべると、とてもその道へ行けとは言えないな、とフィリベルトは嘆息する。他の明るい道はないものかと、これでもかと考えている。が、ボドワン家の事情を思うと……
 
「例え暗く汚いものでも、がないと辛そうだからね、あの子は。レオナだけじゃ『目的』には弱いかな。そこがヒューと違う」
「そうだな」
 
 ジョエルの言う通り、公爵家仕えでは満足しないだろう。
 
「これもまた、俺の業か」
「はは! そうだぞ、あきらめろフィリ。地獄へは一緒に行ってやる」
「遠慮する」
「えー、ひどーい」
「そない可愛がってはるんやったら、わいが育てますよって、心配いりまへんで」
「「……」」
「ちょいちょい、自分ら、その不安そうな顔なんなん?」
「いや、テオはヒューゴーを慕っているからな、そちらに任せておこう」
「えー。まあ師団長がそない言うんなら、従いますけどぉ~せっかく久しぶりに可愛い後輩ができると思ったんやけどな。残念やわ~」
「ありがとう。リンジーも彼を助けてやってくれ」
 
 フィリベルトは、空になったグラスにワインをつぎ足しながら、話題を変える。
 
「それよりリンジー、お前の獲得したスキルと、帝国内の様子について報告してくれ」
「ええけど、わいも飲みたい。ワインないと口が開かへんねん」
「……お前、そんなこと良く言えるなー」
 渋い顔のジョエルに、この敏腕な影はグサリと言葉を刺す。
 
「女泣かせのジョエルに言われたないわ。泣かしたん何人目やねん。ええ加減刺されんで」
「あああもう! だから嫌なんだよ、こいつー!」
「ぷっ、くくくく」
「笑ってないで助けろフィリ!」
「今日はリンジーに同意」
「え、ちょっとまって。僕副団長だよ?」
「「だから?」」
「むきー!」

 
 明日は久しぶりに二日酔いになりそうだなと、フィリベルトは大きく息を吐いた。


 
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 お読み頂き、ありがとうございました。
 2023/1/17改稿 
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